139.標的は
139話目です。
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聖国方面の攻略を自ら担当するつもりでいるヴェルナーは、ラングミュアを狙う帝国の動きなど知る由も無かった。
「陛下。聖国の主流派から返答が届きました」
ヴェルナーの天幕へ入ってきたイレーヌから書面を受け取り、ヴェルナーは書かれている内容に頷いた。
「デニスたちは上手くやっているようだな」
内容はデニスからの状況報告であり、条件として救国教の信教を自由とすることで援助していた主流派がラングミュアに恭順することを認めたというものだった。
これで聖国内はほぼ押さえたも同然であり、ヴェルナーが出張ってデニスが率いる聖国内の主流派とラングミュア兵の軍と共に王都を完全掌握することで聖国の征服は完了する。
その準備のため、今は戦場となった国境からやや森の中に入った場所で野営をしていた。帝国が動きを見せたときに即応するためでもあり、近くの郷に兵数が収容できなくなったからだ。
報告から、すでにデニスは用意ができており、海岸側から行動を開始しているらしい。地方の町から募兵して数を増やしながら、首都を制圧する人手も集める。
「デニスとブルーノで二隊に分かれて二つのルートを通ってくるようだな」
それはデニスの発案だろう。多くの町を通って人手を募るためだ。そして、募兵に応じた者たちが故郷に戻ることで、聖国がラングミュア王国の軍門に下ったことを宣伝する効果もある。
「俺たちもすぐに用意を。こちらは帝国国境方面に注意しながら、まっすぐ王都を目指す」
王都を制圧した後は、最低限の守備要員だけを残して帝国側国境へ兵を配備する予定だ。そこで帝国との本格的な戦いが始まる。
「全て上手く進めば、聖国・森林国・グリマルディ方面、そしてラングミュア王国本土からの包囲網が完成するんだが……」
ヴェルナーはもどかしさを感じていた。
問題は通信だった。
移動を続ける集団が連絡を取り合うのは伝令を走らせる外無い。鳥を使った連絡方法は存在するものの、拠点へ向けた一方通行であり、確実性が低い。
無線通信などで構築されたネットワークの利便性を知っている彼にとって、伝令を待つ数日間というのはいらだちを覚えるほどに長い。
だが、怒ったからといって解決するものでもなく、無線通信技術を作り上げるほどの知識は持ち合わせていない。
「我慢するしかないか……」
ヘルマンに初期型のエンジンを依頼しているが、飛行船や初期型の飛行機などを作る指示も早めに出しておくべきかもしれないと思い始めている。
だが、それもこれも成果が出るのは十年二十年と先の話だろう。
「陛下。あと三十分ほどで森林国の部隊も用意が整うようです」
アシュリンが報告に来たのを受けて、ヴェルナーも立ち上がる。
「では、用意が完了次第出発する」
●○●
森林国と聖国の国境には、ギースベルトが配した斥候たちがちりばめられており、ヴェルナーが自国の兵や森林国の戦士たちを連れて森を出発したのはすぐに察知された。
報告を受け、ギースベルトは監視を続けるように指示を出す。
「例の毒の用意は?」
「斥候の全員が持っております。些か警備が厳しいので……」
「警備が厳しいのは当然だ。一国の王だぞ?」
当たり前のことを愚痴るな、とギースベルトは部下を睨みつけた。
「何のために人数がいる。それに機会を作るための動きもやってやると言っているんだ。それでもグズグズ言うなら、別の奴に行かせる」
「申し訳ありません。すぐに動きます」
慌てて詫び、作戦の遂行を宣言する。
それをつまらなそうに一瞥したギースベルトは、室内にある大きなデスクの上に広げた地図を見下ろした。
「部隊の出現場所と向かった方向はどこだ? 書き入れろ」
「はっ。こちらになります」
投げ渡された木炭を片手で受け止めた部下は、命じられるままに印を入れていく。
森林国と聖国の国境の一部に丸を付け、そこから王都方面へと続く街道沿いに線を引いた。
「現状、確認できたのはここまでです。人数は千五百ほどです。……真正面から当たっても、今の兵力であれば……ぶっ!?」
話の途中で、ギースベルトの拳が部下の頬を捉えた。
椅子をまき散らして地面に倒れた部下は、頬を押さえたまま恐怖の顔でギースベルトを見上げる。
「馬鹿か、お前は。まとまって真正面から敵に当たって、まとめて吹き飛ばされるのが望みなら、お前一人で行って来い」
「し、失礼しま……ぐぁあああっ……!」
起き上がろうと床に突いた部下の手を、ギースベルトのブーツが踏みつけた。
「そして、お前たちに求めているのは“情報”であって“意見”じゃない。余計な考えで余計なことをするな。それが全軍を危機に陥れる可能性を考えろ」
わかったらさっさと行け、と蹴り飛ばす様にして部下を部屋から追い出し、ギースベルトは舌打ちしながら地図の前へと戻った。
「……王都を押さえる。聖国を本格的に味方に……いや、従わせて帝国に対抗する兵数を増やす、か」
ヴェルナーの狙いがなんとなく見えて来た、とギースベルトは唇を舐める。
「グリマルディ方面がどうなるかわからんが、人数ではまだまだ帝国の方が多いが。些か厄介だな」
ただでさえ戦力が分散される位置関係にある帝国は、本格的な戦闘が多方面で同時期に始まればかなり苦しい状況になる。
兵士の人数がいても、分散するならばそれだけ物資も補給のための人員も必要になる。
「かのラングミュア王は、適度に戦闘を続けるだけでも帝国をあっさりと窮地に追い込めるわけだな」
ただでさえグリマルディ方面の支配地拡大で人員が不足しているというのに、とギースベルトは嘆息しながらもラングミュアの軍勢が進む位置を確認していく。
しかしラングミュアとて弱点はある。
それは王であるヴェルナー・ラングミュアだ。ラングミュアの隆盛は彼一人の才能と武力によるものが大きいことはギースベルトも理解している。
「王だけで良い。ただ一人を始末できれば、ラングミュアも大人しくなるはずだ」
毒殺の機会を窺っている状況だが、失敗の可能性も考えねばならない。
援軍としてやってきた部隊で示威行動を見せて休ませず、精神的にも消耗させたうえで、その隙を狙わせるようにしているが、確実とは言えない。
「あまりやりたくないが……」
最悪の場合は、戦闘になる可能性もあった。
「ここだな」
そのためにギースベルトは戦場をあらかじめ設定しておくことにしたのだ。聖国王都から帝国方面へ一日の距離。岩山が続く不毛な地帯に。
「……毒殺に失敗したら、あいつらを餌に釣るとしよう」
ギースベルトはその日のうちに大まかな作戦を作ってしまうと、翌日には軍を動かし始めた。
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