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138.二人の大将

138話目です。

よろしくお願いします。

「閣下! 皇帝陛下の御判断はいかがでしたでしょうか?」

 帝都内の自邸に戻った帝国大将ヴィットリヒを見つけ、邸内で彼の帰りを今かと待ち構えていた男性が駆け寄った。

「ここで話せるわけがないだろう。侍女たちの耳もある」

「こ、これは失礼を……」


 男性の動きを手で制し、ヴィットリヒは屋敷のホールに立っていた侍女に談話室へコーヒーを運ぶように命じた。

「それ以外で部屋への出入りは禁止だ。全員に伝えておけ」

「かしこまりました」

 一礼して侍女が移動すると、ヴィットリヒは男性を談話室へ促した。


 部屋に設えられたソファに向かい合って座り、コーヒーが届くとヴィットリヒは口を開いた。

「皇帝陛下は派兵を決定された」

「おお、それは良かった!」

 男性はコーヒーに手を付けることも無く、ヴィットリヒの言葉に狂喜した。


「勘違いするな。派兵先はラングミュア王国との国境だ」

「なんですと!? そ、それは話が違います! 我がグリマルディ王国の危機に対し、私は帝国に“助力”を求めたのです。そのためにラングミュアの動きを貴方にお教えしたというのに……!」

 男性はグリマルディ王国の城に勤める高級文官の一人だった。


 高級文官と言っても、帝国に対して敗戦し、ラングミュアの工作によって港に大打撃を受けたグリマルディ王国の中で、少ない予算で経済と国防について走り回る仕事をしているのだが。

 グリマルディ王国中枢はロータルを通じてのラングミュア王国からの交渉を受け、帝国に対して協力を願い出る方策を選んだ。


 窓口としてグリマルディからの使者である男性から話を聞いたヴィットリヒは、これを自分がのし上がるための、そしてライバル視しているギースベルト大将へ間接的に攻撃を加えるためのチャンスだと感じた。

 そして、ヴィットリヒは男性をグリマルディ王国から連れ出し、帝都まで引き連れて来たのだ。


「落ち着け。これはグリマルディ王国を守るためでもあるのだ」

「……伺いましょう。できるならば、私の様なものでも理解できる内容でお願いしたいものです」

「当然だ」

 ヴィットリヒはたっぷりと砂糖を入れたコーヒーをすする。


「皇帝陛下はすぐにご理解くださった。グリマルディの担当者がラングミュアの使者から聞いた情報では森林国をラングミュアが押さえた。そして、その動きはグリマルディにも向けられた」

「その通りです。先の不幸な衝突で我が国はラングミュア王国に対して防衛をする余力はありません。しかし、貴方方帝国の監視下に等しい状況でラングミュア王国に恭順することは、我が国の矜持からしても……」


 その後を男性は言わなかったが、グリマルディは国土としては半島であるはずが、帝国とラングミュアの板挟みにあっている状況にある。

 ラングミュアの軍門に下れば、それは帝国との戦いが始まるに等しいのだ。これ以上自国の兵士を消耗したくない、とグリマルディは帝国に助けを求めることにしたのだ。

「だが、それは少々都合が良すぎるとは思わないか?」


「なんですと?」

「都合が良すぎる、と言ったのだ。グリマルディは自国を守るために自らの血を流すことなく、帝国とラングミュアの間を行ったり来たりして我々だけに苦労させようとしている。そうは思わないのか?」

「し、しかし……」


「お前たちグリマルディ王国の兵が減少したのは我々帝国のせいでも無ければラングミュアのせいでもない。ただお前たちが弱かったからだ。お前たちの国が危機ならば、まずお前たちが血を流して守れ。それが道理だろう」

「ですが、我々だけではあのラングミュアに抵抗することは……まさか、ラングミュアに恭順城とおっしゃるので……ぅぐっ!?」


 ヴィットリヒに顎を掴まれ、小太りの男性はうめき声をあげた。

「それが良いなら、その選択をしてみろ。但し、その時はラングミュア王都を叩き潰した後で、私の部隊は次にグリマルディの王都を標的にするぞ」

 剣を鍛えているだけあって強い握力を持つヴィットリヒ。彼に掴まれて顎関節が悲鳴を上げるのを聞きながら、男性は涙目でヴィットリヒを見上げる。


「しばらくの間耐えるだけだ。話を引き延ばし、ラングミュアが本格的にグリマルディを攻撃し始めたら、必死で城に閉じこもって嵐が過ぎるのを待っていろ」

 そうするだけでラングミュアの軍勢の一部は無駄にグリマルディへ割り振られる、とヴィットリヒは言う。

「その間に、私の部隊がラングミュア王都を破壊し、連中の帰る居場所を無くし、王の支持を地の底に落とす」


 そうすればグリマルディも生き延びることができる。そのように皇帝に進言してやる。

 ヴィットリヒはそう言って、すぐにグリマルディへ帰って今言った策を実行しろ、と男性を屋敷から追い出した。


●○●


「三千も送ってくれるとは、随分と太っ腹なものだと思ったが……」

 グリマルディ王国方面とは反対側、聖国方面の国境で砦を築いて仮の居城としていたギースベルトは、大挙して押し寄せた“援軍”の正体をしり、ため息を吐いた。

「ラングミュアと戦え、と?」

「その様に命令を受けております。皇帝陛下からのご命令も、この通り」


 増援部隊を率いて来た騎士から渡された書面に目を通し、間違いなく皇帝からの勅命であると確認したギースベルトは、一気に両肩に重い物がのしかかるのを感じた。

「勅命でなく、文官どもの要請だっていうなら、即座に断ってやったんだが」

 受け取った書面を丁寧に丸めて懐にねじ込んだギースベルトは、騎士に向かって苦笑した。

「とにかく作戦は立てる。兵を休ませたら指揮官だけ指令所へ集まるように」


「はっ!」

 騎士が退室すると、ギースベルトは眉間をもみほぐす。

「あれと戦え、と……? 皇帝は一体何を考えている?」

 ギースベルトは個人の趣向としてはサディスティックであり、敵に対しては残虐でいることを好む人物であったが、戦闘狂ではない。


とにかく最低限の消耗で皇帝が飽きてくる頃を待ち、一時停戦の提言を皇帝に送ることにしよう、とギースベルトは基本方針を設定した。

「勝てる、と考えるのは無謀だ。それこそ長期計画なり、誰かを送り込んで毒殺するなりしない限りは……ん?」

 自分の言葉に、ギースベルトは疑問を抱く。


「……なるほど。あの青年王が森の中にいるとすれば、食事はどうしているかな?」

 あまり趣味なやり方ではないが、とギースベルトは目を光らせ、側近を呼び出した。

「少数……そうだな、五名ほどで良い。斥候が得意な奴を集めてくれ」

 誰が皇帝をそそのかしてラングミュア王を狙えなどという無茶な命令をさせたかは不明だが、ギースベルトはその期待に応えてやろう、とほくそ笑む。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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