137.帝国の判断
137話目です。
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ラングミュア王国が動き始めたという情報は、二つのルートから帝国へと伝わった。
一つはヴェルナー自身が撃退した森林国方面の工作軍が戻らなかったことで、その直前に目撃されたと報告があったラングミュア王国兵の関与が疑われたことだ。
聖国方面を押さえていた帝国大将ルッツ・ギースベルトが斥候を送って調査したところ、大きな爆発の跡と四散している帝国兵の遺体が大量に発見されたため、ほぼヴェルナーの仕業で間違いないとわかったのだ。
ギースベルトからは『あくまで防衛のために』と報告に合わせて増員要請が来ており、ほぼ同時にグリマルディ王国側の帝国文官からも報告と応援の要請が入っていた。
「なんとも騒がしいことだな。あの義弟はまた何かやろうと言うのか」
皇帝は楽し気な声を上げたが、周囲にいた大臣たちは暗い顔をしていた。ラングミュア王国、というよりヴェルナー・ラングミュアが動けば帝国とて被害なく終わるとは思えない。
「現在は将も揃っておりません。今はギースベルト大将の進言通り、防御を固めて様子を窺ってはいかがでしょうか」
大臣たちの進言をまとめると、概ねギースベルトの意見に賛成であり、グリマルディ王国方面についても今の占領地に干渉されない限りは静観というのが大多数だった。
「港も攻撃を受けたようだが?」
それを無視して黙っていろと言うのか、と皇帝が問うと、大臣たちは「ラングミュアの仕業と確定したわけでは……」と言いつつも顔を逸らした。そうではない可能性が考えられないのは、大臣たちにもわかっているのだ。
しかし、大臣たちも単に恐れからそうしているわけでは無い。一度に広がった占領地を完全に統治できているとは言えず、広がった国境や新たに得た港の管理、さらには戦闘が続く聖国方面への物資など、とにかく費用負担が激しい。
支配地が増え、人口は確かに増えた。
しかし、港が機能不全に陥ったことで商売範囲が狭くなった商人たちが、荷揚げなど港湾で労働していた者たちが増え、ラングミュアに移らず残った者たちはそのまま職を失って犯罪者になるケースも出てきている。
帝国本土もラングミュア王国との交易がほぼなくなり、経済活動の一部が失われた影響が徐々に出てきている。
ラングミュア王国がグリマルディ王国の残った土地を得ようと動き、聖国を帝国の反対側から支配にかかろうとしているのであれば、それはそれで面倒な相手を任せてしまうのも手ではないか。大臣たちはこの論調で皇帝を説得にかかった。
だが、謁見の間にいる全員が戦争回避を目指したわけでは無い。
「皆様のご意見は、些か消極的に過ぎるかと」
発言者は皇帝の前でひざを折り、今しがたグリマルディ王国方面からの状況を伝えた人物だった。
名をゲオルク・ヴィットリヒと言い、アルゲンホフやアーデルトラウトがいなくなった穴を埋めるようにして大将となった男だ。
「皇帝陛下。よろしければ私見を述べさせていただければと思うのですが」
再び向けて頭を垂れたヴィットリヒに、皇帝は許可を出す。
「良かろう。大臣たちのように退屈な意見でないことを期待している」
「もちろんですとも」
自信に満ちた表情で立ち上がったヴィットリヒは、一度大臣たちの顔を見回した。軍部と文官の対立はどこの世界でもあることだが、今の皇帝が何を「面白い」と言い出すかわからない以上、余計な進言はやめて欲しいというのが一同の顔つきだった。
「私がここへ参上いたしましたのは、グリマルディ王国の首脳部へラングミュア王国から恭順の打診……というよりは、脅迫があったという情報を得たからというのは、先ほど申し上げた通りです」
大将に昇進したヴィットリヒは亡きアルゲンホフの後任としてグリマルディ方面の兵力を取りまとめていた。かねてよりグリマルディの王城内に置いていた監視の目に引っかかった情報を重要だと感じ、自ら帝都へと報告に訪れたのだ。
「大臣の皆様はどうやら兵力や資金についてご不安がおありのようで」
「当然だろう。東西両方に対してラングミュア王国に充分対応できる兵力となると、国内から兵を掻き集めても足るかどうか……」
大臣の一人がヴィットリヒの言葉に答える。
「その通りです。それは当然のことでしょう。ですが、ラングミュアとて兵力が無尽蔵にあるわけではない」
元より人口で言えば帝国の方が勝っている。
兵力でも倍近い人数がいるのだが、ヴェルナーを始めとした個人の戦力でラングミュアの方が勝っている。
ヴェルナーの爆薬は規格外だが、それ以外でも強力な魔法は大勢の一兵卒で構成された軍団に匹敵する。
「では、考え方を変えましょう」
両手を広げ、大仰に皇帝へ向けて微笑みかけたヴィットリヒ。その顔を、皇帝は真顔で見下ろしている。
「森林国や聖国でかの国王自らが活動し、反対のグリマルディ王国でも活動が始まっている。とすれば、逆にラングミュア王国本土にいる兵力は少なくなっているのは間違いないでしょう」
「それで、どうしろと言うのだ?」
「陛下。今は危機ではなく好機です。陛下の妹御様を娶りながら帝国へ弓引く愚行を行うラングミュアは今、手薄です。グリマルディ方面はグリマルディに話を長引かせ、聖国方面はギースベルト大将にお任せし、大規模な侵攻をラングミュア王国へ行うべきでしょう」
その言葉を聞いた瞬間、大臣たちは一斉に反対を言い出した。今は好機だと考えるのは理解できても、戦争になれば帝国は更なる出費と出血を強いられるのだ。
「無謀だ!」
「無謀? そのようなことを考えて動きが遅れることこそ問題なのです。ラングミュア王国は王がいなければ、所詮は元帝国の一地方に過ぎません。我々が行う素早い攻撃によって帰る国を失った王は、兵士たちに懇願されて皇帝陛下に対し奉り、泣いて赦しを乞うか、あるいは兵士たちに殺されて首を抱えて幸福を求める兵士たちの列ができることでしょう」
「我々が、と言ったな?」
皇帝の言葉に、ヴィットリヒは息を飲んだ。
そして、大臣たちはヴィットリヒがわざわざ情報を伝えるために帝都まで戻ってきた理由に気づいた。
「つまりお前は、自らが軍を率いてラングミュアへ攻め入りたい。戦功を挙げたいがために、皇帝から兵を出させようというわけだな?」
「そ、そのようなことは……」
「まあ、良い。お前たち軍人は戦いに参加して戦果を得てこそだからな」
皇帝はそこまで言うと、しばらく目を閉じて黙っていた。
「陛下……」
大臣の一人が不安げに声をかけると、皇帝の目は見開かれた。
「一万の軍を編成しろ。一気にラングミュアの王都を目指し、押さえよ。城の者たちは殺し、建物を破壊するのだ。制圧・占拠するだけの金は出せない。そうだな?」
皇帝ににらまれ、大臣たちは頷いた。
「これならば、短期間でも可能であろう。ラングミュア王国がしばらく大人しくなる程度の打撃を与え、向こうから講和を求めてくるように仕向けよ」
「ですが、あのヴェルナー・ラングミュアが動けば……」
「動けぬようにすれば良い」
大臣が口にした不安に対し、皇帝は冷笑で返した。
「ギースベルトに希望の三倍の人数を与え、新たにラングミュア王国兵の引きつけをやらせておけ。王都が破壊されれば、そうそう反抗もできまい」
皇帝が決定した、と告げると、誰もが頭を垂れて受け入れざるを得ない。
「ヴィットリヒ大将」
「はっ!」
音がするほど勢いよく膝を突いたヴィットリヒに、皇帝は強い視線をぶつけた。
「一万で足りぬと言うなら、他の者に任せるが?」
「充分でございます! 皇帝陛下の御期待に沿えるよう、必ずや良い結果を持ち帰りますので、安んじてお任せください」
「大言に見合う報告を期待している」
こうして、ラングミュア王国に対する逆侵攻が慌ただしく準備された。
顔を伏せたまま、看破はされたものの狙い通りの勅令を皇帝から得られたヴィットリヒは笑った。
そして、皇帝たちは気付かなかった。
ヴィットリヒが『森林国がラングミュアの手に落ちた』という重要な情報を隠していたことを。
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