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136.圧迫

136話目です。

よろしくお願いします。

「き、恭順ですと……!?」

「その通りです。我が国ラングミュア王国の王は、貴国グリマルディ王国に全面的な恭順を求めております」

 ラングミュア王国の使者としてグリマルディ王国王都にほど近い港へと上陸したロータルは、正式な身分証明を以てグリマルディ王国の代表者との面会を希望した。

 宿の談話スペースを利用し、緊急の会談が始まる。


 王城どころか王都へと招かれることも無く、グリマルディ王の使者として一人の貴族が港町へとやってきたのは、その二日後のことだ。驚異的な速度であり、それだけグリマルディがラングミュアを恐れているということだろう。

 グリマルディ王国としては、正式な使者とはいえたかが騎士爵の人間を寄越したことに対する不満もあったが、面と向かって文句は言えない。


 汗だくでロータルと相対している四十代くらいの貴族は、ロータルに対して自分の爵位を伯爵であると言ったが、居丈高に振る舞うような真似はしなかった。

 彼はグリマルディ王城が崩壊したときに目の当たりにしたらしく、ラングミュアが持つ破壊力を良く知っていたのだ。

 だが、恭順と言われてわかりましたと言えるはずもない。


 ふざけるな、と言いたい気持ちを押さえて、とにかく情報を王へと伝えて判断を仰がなくてはならない。

 真新しいハンカチで顔を拭いながら、左腕が悪いらしいロータルから、その後ろで立ったままこちらを見ている女性騎士へと視線を向ける。

 赤い鎧を着た女性騎士は、金属の面で顔を隠しており、一言も発することはない。


「しかし、突然に恭順と言われましても……」

「困惑されるのはわかります。いやはや、我が王はいささかせっかちなところがありまして……ですが」

 ロータルは出された紅茶に口を付けようとはしなかった。

「これはラングミュア王国を守るために我が王が決断されたことなのです。これは機密なのですが」


 ロータルは“秘密だ”と前置きしたが、当然ヴェルナーから許可が出ている範囲までしか話さない。

「帝国が我が国と対立していることはご存知かと」

「ええ、まあ……」

 嫌な予感がして、使者は再び汗を拭う。


「これはあくまで予測ですが、我が国ラングミュア王国とヘルムホルツ帝国は近いうちに本格的な戦争状態に入るかと思われます」

 あくまでラングミュアから手を出すとは言わない。

「な、なんと! それは本当ですか?」

「予測ですよ。実際にそうなるかは、まあ、帝国の出方次第と申しますか……」


 ロータルはそういうが、使者としては王国と再び揉めた場合に早々帝国の方から手を引くとは思えなかった。

 同時に、ラングミュアの青年王の性質を知っている使者は、ラングミュアの方が大人しくしているとも考えられない。何かの拍子に全面戦争に突入することは充分にあり得る。

 そこにグリマルディが巻き込まれれば、今度こそ亡国の可能性が高まる。


「り、理由を……その予測の理由をお聞かせ願えますか?」

 とにかく情報が欲しい、と使者は可能な限りロータルから話を引き出そうと尋ねた。

「原因は貴国ですよ。グリマルディ王国と帝国の関係性です」

「えっ?」

 近隣国として影響を避ける方法を考えねばならないと思っていた使者は、突如自国が当事者であると言われて、思わず声が出た。


「帝国の弱点は海運についての……要するに大勢を運ぶだけの船の技術を持たず、軍事的な利用ができないことにありました。このために膨張の意思を常に見せていた帝国に対し、我が国も貴国も、陸続きの国境だけを集中的に防衛することでどうにかバランスが保てた」

 ところが、とロータルは深刻そうな顔つきで顔を横に振る。

「貴国は国土の多くを帝国に削り取られた上、多くの港を帝国に押さえられてしまった」


「それは……それは貴国とのいさかいで我が国の兵力が減ったからであって!」

「ラングミュア王国の責任である、と?」

 ロータルに睨まれて、使者は黙ってしまった。

「とにかく、我が国はこの状況を長く憂慮しておりました。我が国も()()()()()()多くの船を製造しておりますが、そのアドバンテージが失われてしまう可能性がある」


 そうなると長い海岸線まで防衛の対象にせねばならず、軍事費がいくらあっても足りない。兵士も無限にいるわけでもない。

「また、聖国についても帝国の手が伸びています。こちらの方は我が国でも監視を強化しておりますが、いつ帝国が再び聖国を押さえ、その港と船を収奪して軍事利用するかわかったものではありません」


「……そ、それでラングミュア王国はどうするつもりなのです? それがどうして、我が国に恭順を求めるという結論になるのですか?」

「とても単純なことです」

 羊皮紙を広げ、ロータルはその中央に線を引いた。片方には帝国。もう一方にはラングミュア、と書き入れる。


「スド砂漠国が我が国に恭順を決め、属国となったことはご存知でしょう?」

「は、はあ……」

 使者の返事に頷き、ロータルはラングミュアの横に“スド砂漠国”と書きいれる。さらにその隣に“メンデレーエフ森林国”と記した。

「えっ……?」


「つい先日のことですが、森林国も我が国に恭順を誓いました。あるいは、我が国の飛び地として編入するかも知れません。そして……」

 森林国の隣に“ランジュバン聖国”と書き足す。

「我が王は聖国に対しても同様の勧告を行うことを決めました。というより、今はもう始まっている頃でしょう。


「な、なんと……しかし、政体が不安定とはいえ宗教国家である聖国がそう簡単に恭順するでしょうか?」

「どうやら、些か誤解をされているようですね」

 ロータルはわざとらしいため息を吐いて、後ろにいる女性騎士へとほほ笑む。

 女性騎士は反応せず、視線を逸らした。芝居には乗りたくないという素振りだ。


「我が国は聖国に対して恭順の“説得”をするのではありません。従うか滅ぶかを選べ、と選択を迫っているだけです。もちろん、選択肢として帝国側に協力して我々と対決するというのもありますが」

 使者は気付いた。

 ロータルが言っているのは聖国に対するラングミュアの姿勢であると同時に、グリマルディ王国に対してのラングミュアからの警告なのだ。


「……聖国がどちらに対しても独立を守るために戦う、という選択肢もあります」

「その通りです。ですが、その結果は“滅亡”であることは間違いありませんから、あえて選択肢として扱う必要もないでしょう。我々にはそれだけのことをする力がある」

 グリマルディに対しても同様にうち滅ぼせるだけの実力があるのだ、と言外に伝えてくるロータルに対し、使者はもう汗を拭うこともしなかった。


「数日だけいただきたい。一度王へ話を持ち帰りたいと思いますので……」

 絞り出すような声で、どうにかそれだけは伝えた使者に対し、ロータルは笑顔で了承を伝えた。

 慌てて退室した使者を見送ると、ロータルの正面、先ほどまで使者が座っていたところに背後にいた女性騎士が移動し、腰を下ろした。


 ガチガチと音を立てて鉄の面を外すと、顔をあらわにしたアーデルが息を吐く。

「苦しいですか?」

「呼吸は問題ないけれど、気持ちの良いものでもないわね」

 ロータルが立ち上がり、用意されたお湯でお茶を入れ、アーデルの前へ置いた。

「ありがとう。それにしても……説得じゃなくてほとんど脅迫じゃないかしら?」


「ちょっと違います」

 ロータルは元の場所に座り、冷めた紅茶を口にした。毒の心配をしていたわけでなく、緊張で水を飲む気にならなかっただけなのだ。

「ほとんど、ではなく完全に脅迫なのです」

 力がある、というのは恐ろしいことですね、とロータルは笑った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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