135.動き出した王国
135話目です。
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森林国を全面的に掌握したヴェルナーは、まずは味方になった証として森林国内の反対派一掃を森林国の戦士を中心とした戦力で行った。
ヴェルナーは策を与え、夜襲や森の中で有効な罠などを伝授して効率よく数々の郷を陥落させていく。
その速度は早く、二ヵ月ほどで森林国は完全にヴェルナーの配下となった。
その頃にはデニスに命じて呼び寄せた軍が森林国に到着しており、約二千名が森林国のレスキナ郷へと到着した。
かつてない人数の外国人を見た郷の者たちは委縮していたが、そこに他の郷から集まった屈強な森の戦士たちも加わり、郷は騒然としている。
「陛下。お待たせいたしました」
「ああ。待っていた」
デニスが顔を見せると、ヴェルナーは長旅の労を労う。
ヴェルナーは先にアルトドルファーらの帰還についての指示を出し、デニスには彼らと同時に再び船に乗るように命じた。
兵力の半数を連れていけ。森の連中も半数、船から下りた分、乗るスペースはあるだろう。
「彼らをラングミュアへ連れていくのですか?」
「いや、聖国の海岸に上陸し、手を貸していた連中に申し伝えをしてくれ。全ての指揮はデニスに任せる。……ブルーノ」
「はっ!」
近くにいたブルーノを呼び寄せ、ヴェルナーはデニスと共に海側から聖国入りをするようにと命じた。
「で、デニスとですか?」
「不服か?」
「いえ、そういうつもりは……」
ブルーノがちらりとデニスを見やると、デニスの方は鼻を鳴らして目を逸らした。
「一千の兵を率いるんだ。デニス一人では細かい部分まで手が届かない部分もある。それに船団を進めるのに船長のお前が指揮官に含まれるのは当然だろう」
「わかりました! やってみせますとも!」
吹っ切れた様子で部下たちをまとめてくると言ってデニスと共に離れたブルーノは、船の上では自分に従え、と言ってデニスから睨まれていた。
「よろしいのですか?」
イレーヌに問われ、彼女が差し出した書類に目を通しながら、ヴェルナーは頷いた。
「あれはあれで良い。二人とも自分の好みで仕事に手を抜くような性格じゃないのは良くわかっている。それより、あの二人はお互いに競り合っている方が仕事の効率は良いだろう……ん?」
書類はヴェルナーが命じた軍の編成についての報告書だった。
作成者は軍の代表である軍務省長官であるフリードリヒ・ミリカンであり、ヴェルナーの代理として二人の王妃が商人のサインを入れている。
「どうかされましたか?」
アシュリンが背伸びして自分の手元を見ようとしてくるのを見て種類を渡したヴぇルナーは、ぐったりと腰を下ろした。
「誰が許可したんだ……いや、自分で許可が出せる立場だったか……」
今回のラングミュア王国軍は大きく四つの方面軍に分かれる。その一つに王妃マーガレットとエリザベートの名前が入っていたのだ。
「王妃様方が!?」
イレーヌは王より先に書類を見るような真似はしなかったようで、ヴェルナーの言葉に驚いていた。
ところが、アシュリンは頷いている。
「殿下はお二人とも素晴らしい魔法をお持ちです。やはり陛下の御為にご活躍なさりたいのですね」
当然だろう、という表情で感心しきりのアシュリンに毒気を抜かれた気分を味わったヴェルナーは再び書類に目を通した
「まあ、オットーやミリカンのことだから、早々危険な真似はさせまいよ。それに防御のための帝国国境方面軍への参加だから、そうそう危険は無いだろう」
編成表では二人の王妃の護衛としてミリカン自身が出張ることになっており、知る限り優秀な騎士たちが護衛についている。
「聖国の方は俺たちとデニスの部隊で押さえる。あとは……グリマルディ王国だな」
今回の動きで帝国の注意を分散させる意味もあって、ラングミュア王国からはグリマルディ王国に対しても部隊を送っていた。
再建されそうな港を破壊しつつ、グリマルディ王国に対して協力を乞うための“説得”部隊だった。
「その方面の指揮は、どなたが当たるのでしょう?」
「俺が指名した。ロータルとアーデルを向かわせたよ。たっぷりと俺のプラスティック爆薬と起爆剤を抱えさせて、な」
なるほど説得というのは表向きで脅迫をして来いという命令が出ているのだな、とイレーヌは理解した。
●○●
「……やりすぎじゃあないかしら?」
「これくらい派手で良いのです。再びラングミュアが動き始めた、と王都に知らせてもらわなくては」
先ほど工作部隊が入り込み、桟橋を完膚なきまでに破壊した港を船上から眺めてロータルはアーデルの質問に答えた。
ロータルは聖国での戦闘で受けた傷が原因で左腕が動かない。指先は動くものの握力はほとんどなく、だらりと下げたままでは邪魔になると言う理由で、身体にベルトで固定していた。
その代わり、すっかり右腕一本での作業に慣れていた。風のある甲板上で器用に地図を広げ、肘で押さえたまま立て続けに三か所を指差す。
「さてさて、あと三つの港を破壊したら上陸ですね。アーデルさん、護衛をお願いしますね。いやはや、騎士に登用していただいたのに、なんとも情けない話ですが」
「いや、それは……」
アーデルは言葉を探した。
戦えない騎士というのは決して珍しいものではない。むしろ事務処理が得意な者の方が重宝されるのは帝国も同じだ。馬鹿の集まりでは組織は動かない。
「ああ、気を遣うことはありません。自分の身を守るくらいはやりますし、これも」
ぽん、と動かない左腕を叩いて、ロータルは笑う。
「貴族になれるだけの戦功を挙げた証拠です。陛下が大勢の前で私の活躍を宣伝してくださったおかげで、結婚もできましたからね。鍛冶屋をやっている両親も大喜びです」
ロータルの活躍は王都を中心に広く宣伝され、彼の騎士登用は当然のこととして貴族たちにもすんなりと受け入れられた。
独身であったロータルは騎士爵を中心に貴族家から縁談が舞い込み、怪我がある程度治ったところで慌ただしく挙式となった。
それからしばらくは静養をしてヘルマンと共にあれこれと作っていたが、今回久しぶりに戦場へ出ることとなった。
主に交渉役だが、文官を差し置いてこれを任されたロータルは自分がヴェルナーから重大な責任を課せられたことに発奮していた。
そしてアーデルの方も帝国からラングミュアへ移籍して初めての任務だ。
彼女自身は今回の作戦はアーデルに対するヴェルナーからの試金石であろうと考えていた。
そつなく任務をこなせれば良し、ラングミュアを裏切るにしても帝国まで情報を持っていくにもグリマルディ王国王城からでは時間もかかるだろう。
グリマルディ王国へ帝国の耳目を集める作戦も、最悪の場合失敗しても良いとすら考えているのではないか、とアーデルは見ていた。
当然のことだろう。
アーデルは今回の作戦に出発する前にエリザベートと話をしていた。
そこで改めて、彼女はラングミュア王国人としての覚悟をもって動くつもりでいた。誰にも文句を言わせないほど完璧に任務を遂行する。
それは帝国で騎士として奉職していたころからのことであり、所属が変わっただけのことだ。
あるいは、アーデルがグリマルディ方面へ向かわされたのは直接帝国と戦う可能性が低いから、というヴェルナーの気遣いもあるかも知れない。
いずれにせよやるべきことをやるだけだ、と考えを単純化して、アーデルは自分の上官としてすえられたロータルと共に、グリマルディ王国へと踏み込む。
こうして、ヴェルナーが決意した大陸制圧の動きは、多方面で同時に、かつ大規模に動き始めていた。
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