134.飛び地
134話目です。
よろしくお願いします。
「説明を」
戦闘と呼ぶには一方的に過ぎる破壊行為が終わると、ヴェルナーはアルトドルファーを前にして、戦場のその場で問うた。
足に力が入らず、跪く形で拝謁しているアルトドルファーは、最初の言葉を探して何度も口を開閉している。
待ちくたびれたかのように、ヴェルナーが話す。
「俺は、勝手に戦うなと命じたはずだ。だが、どうしてお前たちは敵に追われていた?」
「……当初、確認された敵は少数でした。五名程度の偵察部隊と見られ、私どもが潜伏している場所に近いエリアを探索しておりました」
迷いに迷ったアルトドルファーは、正直に話すことにした。この期に及んで自分の保身のために嘘を吐くのは、彼にもできなかった。
「私は、功を焦って敵の捕縛を狙い、結果として敵の本体に気づくことなく突出してしまったのです」
「そうか」
ヴェルナーは頷いただけであり、その場にいたブルーノやアシュリン、イレーヌは黙ってアルトドルファーを見ていた。
彼らの視線が示すものは総じて軽蔑であったが、ヴェルナーは笑っている。
「良く正直に話したな。監視中に運悪く見つかったとでも言えば、お前の責任にはならなかっただろうに」
「わ、私にも騎士としての矜持があります! それに……」
しばらくためらったアルトドルファーだが、顔をあげてヴェルナーへとぎこちない笑みを見せた。
「私は陛下が恐ろしくなりました。嘘を吐いたところで、陛下は容易く看破なさるでしょう。それが真実かどうかはわかりませんが、とにかく、そう思えて仕方がないのです」
「ああ、なるほど」
ヴェルナーは納得した。
アルトドルファーはヴェルナーの魔法による爆発を間近で見たことで、完全に心が折られてしまったのだ。
栄達や戦功を求める気持ちよりも、たとえ死罪になるとしてもヴェルナーに対して嘘やごまかしをしてはいけないという恐怖心の方が先に来たらしい。
「アルトドルファー」
「はっ!」
話している間に覚悟が決まったのか、アルトドルファーはしっかりとした姿勢で跪く。
「お前のやったことは反逆ではないが、命令違反だ。今すぐ死ねとは言わん。本隊が到着した時点で部下を連れて入れ替わりに帰国し、王都で謹慎しておけ。処分は帰国後に決める」
それまではこれまで通り接収した郷の警備をせよ、とヴェルナーが命じると、アルトドルファーは深々と頭を垂れた。
「はっ。陛下のご寛恕に甘えさせていただき、延ばしていただいた人生を全て捧げ、王命に尽くします!」
大仰な、とヴェルナーはアルトドルファーを下がらせた。彼の口から部下たちに説明をさせねばならない。
「よろしいのですか?」
アシュリンが問う。彼女はアルトドルファーの勝手に対して怒っているらしい。
「あれはあれで良い。今は兵士が一人でも多い方が良いし、もう命令違反をしようとは思うまいよ」
「なるほど。では、万が一の際は自分が……」
「ああ、そうだな。その時は頼む」
アシュリンをたしなめるように言うと、ヴェルナーは立ち上がった。
「ジーモンは結局見つかっていない。恐らくは帝国本土へ連れ去られたと見るべきだろう。だから今後は……なんだ?」
死屍累々の戦場で騎士たちを前に今後の動きについて話そうとしたヴェルナーだが、彼らの向こう側から一人の兵士が駆けてくるのが見えた。
「へ、陛下! 森の連中が!」
「こら! まず俺を通せよ!」
駆けこんできた部下が直言してブルーノに怒られているのを止め、ヴェルナーは尋ねる。
「敵襲か?」
「いえ、その逆です!」
とにかく息を整えろ、と言っている間に、森の中から森林国の戦士たちや老齢の男たちがぞろぞろと現れた。
その老人たちのうち数人はヴェルナーも見覚えがあった。いくつかの郷の代表者たちだ。
そして、その中心にオータニアの父である長の姿も見える。
「あいつ、勝手に出て来たのか?」
「それが、森林国の者たちが陛下に恭順を誓う、と。ラングミュア王国の一部に編入を頼みたいと言っているのです!」
「編入? 森林国をか?」
●○●
「編入を希望する、というのはわかった」
森林国の郷の半数以上の代表が集まっているというので、ヴェルナーは彼らからの話を聞いてみることにした。
その内容に大きく頷いたヴェルナーは、改めて集まった者たちを見た。
それぞれの郷の代表者たちは、森を抜けるための護衛を十名以上ずつ連れていた。そのためにこの場には実に五百名近い森の戦士たちが揃っていた。
敵対していた郷の者たちも多くいるそうだが、彼らはそれぞれの郷での話し合いにより、すでにヴェルナーたちラングミュア王国に対して敵意は無いと言う。
「だが、理由がわからん。もちろん、こちらを受け入れる気になったのは歓迎する。だが、理由が不明なままで“はいそうですか”と懐に入れる気にはならん」
それについては、と長が進み出た。
「まず最初に、彼らは私のところへ来ました。ヴェルナー陛下、貴方にお会いして話をしてみたい、と」
それは常に森への外敵を阻んできた彼らにとって、初の侵入者集団であり、個人の武勇も大きく、森と共に戦うことができる人物であるとの評判から始まった脅威だった。
森の中でのパワーバランスが崩れ始めたことを察した結果でもある。
「陛下の戦いぶりを……その、帝国の兵を森へ誘い込んで殺すという方法を見ていた者がいたようで、かなりの速さでその噂は森の中を巡っております。そして先ほどの戦闘も……」
そういうと、長は百メートルと離れていない場所に散らばる人馬の跡と爆発の余波でえぐられた大地を恐ろし気に見回した。
「もはや、陛下に対抗しようという者はここにはおりませぬ」
アルトドルファー同様、吹っ切れたヴェルナーが大暴れしたことが森の戦士たちの対抗心をも打ち砕いてしまったらしい。
周囲にいる戦士たちは、以前の様な勇ましさはなりを潜め、ヴェルナーに目を合わせようともしなかった。
「俺を化け物か何かのように言うなよ……」
ボヤいたヴェルナーは咳払いして周囲の者たちに告げた。
「で、お前たちは俺に対してどう役に立てるんだ?」
その言葉に、森の代表者たちは互いに顔を見合わせた。
「役に立て、というのは?」
「そのままの意味だ。役に立たない奴を臣下にする気にはならんし、態々離れた場所を国土にするつもりは無い」
国家に属するということは、庇護下に入ると同時に国家に対する義務を負うことになる、とヴェルナーは今さらながら、と説明する。
「他の多くの国がそうだが、多少の違いはあれど、国民は租税を納め時には労働力を供出することで国へ奉仕するものだ。一方的に頼られても守ってやる理由は無い」
森林国では流通している貨幣は無い。物々交換と自らの狩猟に頼るのが基本だ。
「金を稼ぐにも……」
「だが、物資も何もないでは……」
代表者たちが戸惑う中、周囲にいた戦士たちの中から一人の屈強な男が進み出た。
「なんだ?」
「俺たちが王様の覇業に協力する。それでは駄目なのか?」
その男は鍛え上げられた褐色の身体を見せつけるかのように上半身をあらわにした格好で、背には弓と矢、そして剣を背負っていた。
「自信があるのか?」
「王様のような真似はできない。しかし、人間が相手なら勝てる!」
「俺も人間だっての……まあ、言いたいことはわかった」
お前らが俺をどう見ているかもわかった、とヴェルナーが不満げに呟くと、隣にいたイレーヌがくすりと笑う。
「陛下の御威光が森にとどろいたのですわ」
「言い方を変えても変わらん」
結局、ヴェルナーは森の戦士たちの進言を受け入れることにした。
「まあ、手勢が増えるのは悪いことじゃないな」
考えていた帝国撃退についての策を多少アレンジすることにして、ヴェルナーは宣言した。
「良いだろう! この森を暫定的にラングミュア王国の一部とする! 森の戦士たち、お前らの実力をしっかりと確かめさせてもらおう!」
森の戦士たちが雄叫びをあげる中、ヴェルナーは笑っていた。
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