132.森はこわい
132話目です。
よろしくお願いいたします。
森林国に入り込むために編成された帝国兵は百名に満たない人数だったらしい。
交渉が主であり、大部隊であることは森の中では決して有利というわけではない。威圧するようなことは避けて、森林国内での分裂を助長して片方に取り入ることを狙ったのだろう。
だが、いざ戦闘になると人数の少なさは問題になる。
「何事だ!」
森の外縁部で聖国と帝国の国境を望む場所を確保して野営していた帝国軍は、突然の襲撃にすぐさま総崩れとなった。
ラングミュア王国の兵がいたという報告はあっても、その人数は少ないという情報もあってまさか自分たちが襲撃されるとは思っていなかった。
どん、どん、と重苦しい音を立てて国境方面で爆発が立て続けに起きると、兵士たちは追い立てられるように森へと踏み込む。
「うわっ!?」
最初に森へと入った者たちは、百メートルと走らないうちに次々と小さな落とし穴に足を取られた。
「うがあああ!」
「わ、罠だ!」
落とし穴には鋭い先端を上に向けた木の枝がいくつも埋められており、ふくらはぎや脛、薄部分があれば靴底すらも貫通する。
まともに歩けなくなった同僚たちを助け上げようと駆け寄る兵士たちも草を結んだ小さな輪や木の間に張られたロープなどに足を取られ、倒れた先に巻かれた枝に思い切り倒れる羽目になる。
細かい罠ばかりだが、そういったものに慣れていない帝国兵たちは混乱に陥る。
そこに次々と石が投げ込まれた。単なる石ではあったが、およそ人間が投げているとは思えないほどの速度であり、まともに当たれば昏倒し、当たり所が悪ければ死ぬ威力だ。
「に、逃げろ!」
「逃げろったって……」
自分たちは母国の方面から森の中へと追いやられたのだ。引くべきか進むべきかすら判断が付かない。
「とにかく一度集まれ、それか……」
言いかけた男は部隊長だったのだろうか。頭部にひときわ大きな石を喰らって、血をまき散らして倒れた。
指揮官が倒れ、さらに状況は収集が付かなくなる。
本国方面へ逃げる者、森の奥へ向かう者など様々だが、彼らを待ち受けているのは敵だった。
待ち伏せていたラングミュアの兵たちが、碌に武器も構えずに逃げてくる相手を木の陰から飛び出しては切り付け、とどめを刺していく。
「こりゃあ、楽な作業だ」
ブルーノは五人ほどを斬り倒したところで呟き、大きな木の幹に身体を隠した。
また、慌てふためく足音が聞こえてくる。
「これで、六人目だな」
「ひいっ!?」
通り過ぎた敵に足を引っかけて転ばせ、怯える兵士を斬りつける。
「しかし、森での戦闘は陛下が言われる通りに、平原でのものとは全く違うなぁ」
勉強になる、と言いながらブルーノは周囲にいる部下たちへと声をかけて状況を確認し、誰一人損耗していないことに満足げに頷いた。
「よしよし。まずはこの戦場で手柄を着実に立てようじゃあねぇか。そうしたら、また確約の機会が生まれるぞ」
小声ながら力が入った声で呼びかけたブルーノに、部下たちも気合いを入れて剣を握りなおした。
☆
「面白いように引っかかっていくな」
「陛下の狙い通りというわけですね」
「……お前はその道具要らないんじゃないか?」
ヴェルナーの言葉に頷きながら、布を使った即席の投石道具を振るうアシュリンは、首を横に振った。
「とても投げやすいですし、威力も上がります。敵を確実に仕留める良い道具かと」
「気に入ったなら、何よりだ」
他の者たちも同様の道具でそこら中にある石を拾っては布に引っ掛けて思い切り振りぬく動作をしている。
だが、アシュリンは拳二つ分ほどもある大きな石を使って、他の者よりも高速で打ち出していた。
「陛下。そろそろ良いですか?」
「ああ。始めよう」
イレーヌがそっと近づいてくると、ヴェルナーの後ろから声をかけた。
彼女はヴェルナーのプラスティック爆薬を使って、他の者たちと野営地での爆発を起こして敵を追い立てて来たのだ。
「合図を頼む」
「はい」
ヴェルナーは特製の自分にしか使えない銃に爆薬と弾丸を込め、敵に向かって構えながらイレーヌに命じた。
即座にイレーヌは、鋭い指笛を鳴らす。
指笛の音にすら驚いた敵兵は、一発の銃声で味方の頭部が吹き飛ばされたことに驚き、足が止まる。
そこに雷撃が加わると、怪我をした同僚は打ち捨てて逃げ始めた。
「動けない敵は良い! 逃げた連中を追え!」
自分たちで罠にかからないように、と念を押したヴェルナーは、アシュリンとイレーヌを引き連れて罠を仕掛けた範囲を迂回しながら敵を追い立てていく。
こうして、百名ほどの帝国兵は残らず殺された。
数名は大怪我を負いながらも一時的に生かされていたが、必要な情報が取れないとわかると、そのまま怪我で死ぬか止めを刺すか聞かれ、誰もが後者を選んだ。
「捕虜の保護をするためのジュネーヴ条約は、この世界には無いからな。傷病兵を抱えておく余裕は無い。悪く思うなよ」
森へ打ち捨てられた敵兵に声をかけて、ヴェルナーは背を向けた。
「陛下、全て完了しました」
「こちらも、全部死んでいるのを確認しました」
ブルーノと新たに着任した騎士がそれぞれの持ち場で敵兵の討ち漏らしが無いかを確認して報告する。
「わかった。一度帰投する。見張りを十名以上残しておけ。帝国側から確認や追加の人員が来る可能性がある。勝手に行動せず、必ず宿営地に報告に来るように念を押しておけよ?」
「わかりました。では、私の部隊で」
この騎士の名はアルトドルファーと言い、海軍所属のブルーノとは違い、陸軍に所属している騎士だった。
「わかった。任せる」
「はっ。では、すぐに手配をいたします」
一礼して離れていったアルトドルファー。イレーヌが彼を睨む視線を向けていることに気づいたヴェルナーは理由を聞こうとしたが、後にしておいた。
「イレーヌ。話はあとで聞く。仲間をそう睨むな」
「し、失礼しました!」
「ブルーノ。残りの兵はお前の指揮で後退して休ませろ。お前もしっかり休んでおけ。まだまだ働いてもらうからな」
「はっ! 任せておいてください!」
元気に離れていくブルーノは、まだまだ元気いっぱいといった様子だった。
見送ったヴェルナーは思わず吹き出す。
「ふふっ、あいつ長い間幽閉されていたわりには元気だな」
「ずっと鍛えてはいたようです。見習うべきことだと思います」
アシュリンの感想を彼女らしい、と頷き、ヴェルナーは死体が転がる戦場へ背を向けた。
「さあ、俺たちも休息をとっておこう。デニスが本隊を連れてきたら、また戦闘を始めるぞ」
「はっ!」
アシュリンとイレーヌが揃って返答し一時的な宿営地としている郷へ向けて歩き出した。
☆
「アルトドルファーが?」
「はい。『陛下のお気に入りという立場を勘違いするな』と」
告げ口のようで話すのはためらわれたが、イレーヌはヴェルナーから問われると答えざるを得なかった。
「はっ、なんだ、そりゃ」
宿営地の小屋でイレーヌだけを呼び、話を聞いていたヴェルナーは目を覆って鼻で笑う。
「あたしは実力で今の立場にある、と自負しています。陛下のご厚情もあるのは重々承知していますが……!」
「分かっている。第一、実力が無ければついてこられないし、少数での護衛なんざできないだろうが」
ヴェルナーとしては、上に立つ者の面倒さを改めて感じながら、アルトドルファーという騎士について思い出そうとしていた。
「確か、子爵家の継嗣だったな」
「はい。騎士訓練校でも上位の成績を上げていた、と聞きました。陛下が今の地位をお手にされたあの戦いの際は、地方へ着任していたそうです」
イレーヌはブルーノから聞いたと言う情報を話した。海軍創設前に一時期近い場所に着任していたらしい。自慢話が好きで、アルトドルファーの経歴を知っている者は多いらしい。
「現在のアルトドルファー子爵家の当主は内乱の際には中立だった、か」
正直言って、あまり目立つ家ではない。王都からも遠い領地であり、特にこれといった特徴の無い土地でもある。
「手柄に逸るところがあるという噂もありまして……」
そこが心配だ、とイレーヌは正直に話した。
「そうか。……やれやれ、若い騎士にそこまで心配されるとは、俺の組織づくりもまだまだということだな」
だが、とヴェルナーはイレーヌの肩を軽く叩いた。
「心配するな。それぞれ性格が違うのは当然で、騎士として功を求めること自体は悪いことじゃない。うまく使うようにするさ。気になるなら、お前も良く見ておいてくれ」
「わかりました。……ありがとうございます」
「ああ、頼りにしている。俺はしばらく休むから」
と、ヴェルナーは小屋の中に枯草を積み上げた上に布だけをかけたベッドへ横になる。
「また、膝枕しましょうか?」
「魅力的な提案だが、やめておこう。兵士に妙な噂が広まって、城に帰れなくなる」
「そうですか。では、あたしもアシュリンと休みます」
笑い話で終わった二人の会話だが、アルトドルファーについては笑い事では済まなくなった。
アルトドルファー自らが監視していた国境で、敵を少数と見たアルトドルファーと帝国の兵で小競り合いが始まった、と翌朝に報告が入ったのだ。
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