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13.真実は那辺に

13話目です。

よろしくお願いします。

 建物のドアを蹴破ると、中には怯えた様子で村人たちが身を寄せ合っていた。

 ヴェルナーが入る前に、アシュリンとイレーヌが飛び込んで武器を構えて警戒する。

「お、女の子……?」

村人たちが困惑していると、二人の間からヴェルナーが進み出る。鍵は外からかかっていたので、恐らく中に見張りがいたとしても少数と踏んでいたのだが、ただ閉じ込めただけだったようだ。


「村長か、責任者はいるか?」

「私が村長だが、貴方は……?」

 歳を取ってはいるが、自らもまだ農作業をしているのだろうがっしりした体格の男性が進み出てきた。

 ヴェルナーが着ている仕立ての良い服を見て貴族と判断したのか、敬語で話しかけてくる。


「こちらにおわす御方はラングミュア王国第二王子ヴェルナー様よ」

 イレーヌが代わりに説明する。

 確かに王子が自分で名乗るのもおかしいかも知れない、とヴェルナーは鷹揚に頷いて見せた。が、まだ子供の身体でこれをやってもおかしいだけかも知れない。

「外にいた連中は片付けた。俺は王命によりこの村で起きた反乱を討伐に来たのだが……」


「反乱だって!? 冗談じゃない!」

 村人の一人が声を上げた。

「そうだ! 貴族が無茶苦茶な事を俺たちにやらせるから、こんな状況になったって言うのに!」

「悪いのは貴族の奴だ! 俺たちは何も悪くな……あびっ!?」


 一際大きな声で叫んでいた青年に雷撃が当たり、痺れて倒れた。痙攣してはいるが、命に問題は無さそうだ。

「王子殿下の前で騒ぎ立てるなんて、何を考えているのかしら。まだ無礼を働くと言うのなら、あたしが一人ずつ相手してあげるわよ?」

「そこまでにしておけ、イレーヌ。充分だ」


 すっかりすくみ上った村人たちは家から外に出し、敵兵の死体からの証拠品集めと始末を手伝わせる事になった。ついでに、村はずれで縛り上げている斥候の青年も村人か否か確認させる。

 作業はファラデーたちが監督し、ミリカンらと共にヴェルナーは村長から話を聞く事になった。


 建物は村長の家であり、村の集会所も兼ねているらしい。そのまま集会所に椅子を出して座る。

「王城への届け出は『重税に耐えかねた村の武装反乱』となっていたが、いざ来てみたらこれだ。どういう事か説明をしてもらおう」

 責任者と言われても、年若いにも程があるヴェルナーを前に村長は戸惑いながらも話し始めた。


「はい。全てお話しいたします……」

 王都からの距離も離れていない割に、調査に来るのが徴税管を兼ねた代官のリグトだけというミソマ村の環境は、悪事を隠すのに都合が良かったらしい。

 目を付けたのはマルコーニという子爵だ。リグトを金で抱き込んだマルコーニは、密輸品を隠す場所としてこの村を選んだのだ。


 ところが、マルコーニ子爵は密輸元であるスド砂漠国と支払でトラブルを起こしたらしい。商品の回収と子爵への制裁の為にやってきたスド砂漠国の兵士とマルコーニ子爵の部下が村で顔を合わせていた所に、ヴェルナーはやって来たらしい。

 それぞれに討伐隊に知られるとマズイ状況であったため、緊急時として仕方なく共同で戦ったらしい。


「それでまとめて俺たちに敗れたわけだな……」

 無様な話だと思いつつ、ヴェルナーは三つの疑問を提示した。

 一つは密輸品の内容。そして王城へなぜ“武装蜂起”の連絡が届いたのか。そして村人たちが監禁されていた理由だ。

「密輸品は薬です。それもご禁制の物でして……」


 ようするに麻薬だ。それを運送中に乾燥させ、粉末へと加工する作業を村で行っていたと言う。

「もちろん、私どもが自主的にやったことではございません!」

 徴税管であるリグトが金を渡されて黙認し、かつ村人たちに命令を聞かなければ納入された作物を過少に記録すると脅されたらしい。


 そして、スド砂漠国の兵士達が村に踏み込んで村人たちを監禁した。村人たちは理由を知らされなかったが、マルコーニ子爵の指示を受けられないようにしたのだろう。

 状況の連絡役だけが村を出てマルコーニに伝え、両方の兵が話し合いから睨み合いになった時に、折良くか悪くかはわからないが、ヴェルナーがやってきた。


「私たちは従わざるを得ませんでした。……あの、それでも私どもは罪に問われるでしょうか?」

 不安げに尋ねる村長に対して、ヴェルナーは即答せずに腕を組んで考えた。

 頭を巡っているのは、麻薬についての事だ。ここで生成されている麻薬はいわゆるマリファナのような鎮痛効果が期待できるような物では無い。利用価値などありはしない。


 確かに売りさばけば結構な金にはなるだろうが、この国をいずれ自分の手中に収めようと考えているヴェルナーに取って、麻薬の蔓延は避けたい。

 だが、薬そのものは役に立たずとも、麻薬を生成して売りさばいていたという事実は残る。それは利用できるとヴェルナーは踏んだ。

「この事を黙っているなら、この件は俺が預かる。ただし、薬を自分たちで売りさばこうとするなよ。もしそれを知ったら、この村は地図から消えると思え」


「も、もちろんです!」

「保管場所を教えろ。そこに入っている分に合わせて生成作業中の分も、全て放り込んで保管しておくように。勝手に処分するなよ?」

「わかりました!」

 ホッとした顔をした村長を、ヴェルナーは睨みつけた。


「勘違いするなよ? 俺はお前たちを許したんじゃない。単に保留にしただけだ」

「あ……」

「まるで被害者の様な面をしているが、お前たちが作った麻薬で幾人もの人間が人生を壊されている」

「で、ですが私たちは……」


「別に毎日二十四時間監視されていたわけでも無いだろう。王都からここまで大した距離じゃない。リグトが信用できないなら騎士団の誰かにでも訴え出れば済んだ話だ」

 違うか、とヴェルナーが問うと、村長は顔を伏せた。

 村長宅の大きさもそうだが、内装も小奇麗にしていて調度品も上質で、単なる農村の村長が住んでいるようには見えない。


「強要されているという言い訳を振りかざしても、お前たちがそれで利益を得ていた事は厳然たる事実だ。それを忘れるようなら、壊れるのは村の門だけでは済まないからな」

 平伏する村長に対してヴェルナーはそれ以上言わなかった。これ以上相手にしたくなかったからだ。

 死体の埋葬作業も村の者たちに任せて、すぐにヴェルナー一行は村を後にした。


●○●


 ヴェルナーたちが王都へ戻ると、空は茜色に染まり始めている。

彼らは城では無くまず訓練校へ向かった。アシュリンとイレーヌを送る為だ。

「殿下御自ら。恐縮ですわ」

「なに。女性を連れ回したからには、最後まで面倒をみるのは当然だ。それより……」

 イレーヌが妙な色香を纏って一礼し、対するヴェルナーも軽口で答えた。


「ミリカン。今回の件は助かった。……反省やら何やらは後日また」

「はっ。お蔭様で若い頃を思い出しました。わしも鍛え直さねばなりませんな」

 それはつまり、また何か任務があれば呼んでほしいという事だ。騎士訓練校の校長という仕事はデスクワークが主だ。鬱憤も溜まっていたのだろう。

「村の保管庫にあった物の件、本当にそのままでよろしいので?」


 ミリカンにだけは、村に何があったのかを伝えていた。対応についても。

「問題無い。というより、証拠として残しておいた方が俺にとっては都合が良い」

「わかりました。全ては殿下の御意のままに」

「ああ、助かるよ。では、またいずれ会おう」

 三人の敬礼に見送られながら、ファラデーたちには待機命令を告げて城へと戻る。


 王命を果たして戻ったヴェルナーを迎える者はいない。廊下を歩いている間、マックスにも会わなかった。

 そして自室へと戻ると、オットーが迎える。

「おかえりなさいませ」

「ああ、今帰った」


 オットーは良く冷えた飲み物を用意し、ヴェルナーから受け取ったジャケットの埃を隣室からバルコニーに出て丁寧に払い落とした。

「陛下へのご報告はお済ですか?」

 ジャケットを片付けたオットーの問いに、ヴェルナーは空になったグラスを置いて答える。

「いや。その前にやる事がある。すぐにマルコーニ子爵をここに呼んでくれ」


 マルコーニは城内でまだ仕事をしていたらしく、オットーに連れられてすぐに姿を見せた。彼は酷く憔悴した様子だった。

「な、何かご用でしょうか、ヴェルナー殿下」

「例のミソマ村の件だが」

 村の名前を出しただけで、マルコーニはまるまると太った身体を震わせた。


「そ、その件につきましては、是非お手伝いをさせて頂ければと思いまして……」

「馬鹿を言うな。すでに片付けてきた」

 よもや即日終わらせてくるとは思っていなかったのだろう。みるみるうちに青褪めた顔をして、勧められた椅子の上で見るも無残なほど肩を落としている。

 無理も無い。禁制品の麻薬を扱っていたと知れれば、いくら子爵でも死刑は免れない。


「そこでスドの兵士と……子爵。貴方の手勢と鉢合わせした。驚いたぞ、こっちの顔を見るなり襲ってきたのだからな。やむなく撃退したが、まさかそれについて私を責めるような事はないだろうな?」

「も、もちろんですとも! まさか私の私兵が……し、ししし信じられぬ事ではありますが、殿下が言われるなら真実なのでしょう」


 マルコーニは上手く舌が回らないのか、他の手勢を使って自らもリグトを探していた、と恩を着せるように言ったのだが、それすらもヴェルナーにとっては嘲笑を誘うものでしかない。

「リグトの身柄は私が押えている。……というより、全て状況は知っている。禁制品の麻薬を密輸入していたとはな、おまけに王族に対して弓引く真似をするとは……」


 脅しが効き過ぎたようで、マルコーニはすっかり血の気が引いた顔で口をパクパクしているばかりで、まるで良くできた豚のからくりのようだ。

 まだ人間の言葉が通じるだろうか、と不安に思いながらヴェルナーは一つの提案をした。

「私の……もういいか。俺が出す条件を全て飲むなら、今回の件は見逃しても良い」

「……うぇ?」


「聞こえなかったか? お前が断るなら仕方ない。リグトと共に死刑台の露に消える運命が待っているだけ……」

「じょ、条件とはなんでしょうか!」

 すがるように叫んだマルコーニは、すでに椅子から転げ落ちるようにして床に這いつくばっている。


「村から手を引く。この件について口を閉ざす。……マックスへの援助を打ち切る」

「う……」

 マルコーニは迷った。マックスが立太子し、その後王となって実権を握った時に優遇を受ける為にこれまで多額の投資をしてきたのだ。

 ここでそれを打ち切れば、全て無駄になるどころかマックスの心証を害して不利になってしまう。


「迷う事じゃないと思うけどな。お前が死罪になれば、とうぜんマルコーニ子爵家は解体になる。まだ貴族として生きていたいのであれば、当然答えは決まっているだろう?」

「うう……こんなはずでは……」

 マルコーニはスド砂漠国の兵士たちを自分の兵で押えている間に、村が反乱を企てた事にして王国軍兵士が村を襲っている間に兵士達が火をつけて証拠隠滅を狙ったらしい。


「スドの連中も援軍と称して戦うお前の部下が始末する、というわけか。いや、村人もまとめて殺害するつもりだったな?」

 斥候に出ていた村人に見つかった事で、マルコーニの兵は潜んでおく予定が崩れてしまったのだろう。もし王国軍兵士が弱くても、マルコーニの兵たちだけでそうするつもりだったのだ。


「そして、麻薬が見つかったら、全ての罪をリグトに着せて口封じに殺害する。その為に血眼になって探していたのだな」

 ヴェルナーの推測を、マルコーニは認めた。

「どいつもこいつも……」

 嘆息したヴェルナーは、マルコーニに退室するよう命じた。スド砂漠国への対応については後程指示する事にする。


「とはいえ、俺も自分がのし上がる為に人を殺したわけだ。これからも、この先も」

「ヴェルナー様は間違っておられません。これまで手にかけられた者たちは全て悪事に加担した者たちです。気に病む事はございません」

「そうだな。できるだけ悪人と思える連中だけを殺したいものだ」

 さて、と立ちあがったヴェルナーは父である王に報告をせねばならぬと肩をすくめた。


「オットー。ファラデーたちに言ってリグトの身柄を城まで寄越してくれ。もちろん、死体で、だ」

「畏まりました。すぐに」

「オットー。……いや、良い。行ってくれ」

 部屋を出ようとするオットーを呼びとめたヴェルナーは、喉まで出かかった質問を飲みこんだ。


「陰謀やら策略やらで命を奪うのは、やっぱり嫌なもんだな」

 呟きは誰にも聞かれなかったが、ヴェルナーは言葉にした事を後悔した。

「こんな弱気な事を呟いてちゃいかんね。……さて、父上にご報告をしますかね。俺にとって都合の良い“事実”を」


 こうして、小さな村での小さな事件は、農民の不満を押えられなかったリグトがヴェルナーに襲い掛かって反撃を受けて死亡。村の者たちはヴェルナーの説得に従いこれまで同様の税を納める事で納得した、という形で終わった。

「そうか。ご苦労だった」

 報告を受けた王からの労いは、この一言だけだった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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