129.砂漠へ帰る者たち
129話目です。
よろしくお願いします。
森の情勢は大きく変わった。
長がラングミュア王国へ恭順することを公表したこともあるが、同時にヴェルナーによる爆破がレスキナの郷の住人たちを十二分に委縮させたのも大きい。
アシュリンやイレーヌら強力な魔法を使える者たちが大立ち回りをした記憶も、強く彼らの脳裏に焼き付いた。
「ここからは、再びヴェルナー殿の力が世界にとどろくわけだ。痛快だな」
ミルカがニヤリと笑うとヴェルナーは眉をひそめた。
今はレスキナの郷にある小屋をいくつか借り切っており、ブルーノの他に船から半舷上陸したラングミュアの兵士たちが郷の中で警備についている。
長は仮に使っている小屋に入り、世話役はいるが建物をぐるりとラングミュア兵に囲まれていた。
そんな中、ヴェルナーが仮の執務室として使っている小屋へ、レオナを連れたミルカが入ってくるなり言い放ったのだ。
「そのつもりだが、お前はここで大人しくしていろ」
「いや、余はそろそろ砂漠へ帰る。あまり長く留守にしているわけにもいかぬ」
ミルカの言葉に、ヴェルナーは目を丸くして驚いた。
「……お前に、そんなことを考える責任感があるとは思わなかった」
「失礼な男だな」
ふふ、と笑みをこぼし、ミルカは言葉を続けた。
「余がここで問題を起こした。そのことはもう片付いたと思っているのだが?」
ヴェルナーはじっとミルカを見据え、息を吐く。
「はあ……わかった。しばらくすれば追加の兵士が船でくる。その一隻で帰れ」
一枚の薄い板を引き寄せ、ヴェルナーは自分の署名入りの簡易な命令書を作成してミルカへと手渡した。
「護衛を付ける。浜で待っていると良い」
「助かる……ヴェルナー殿」
「なんだ?」
命令書を左手で受け取ったミルカは、右手を差し出した。
「握手を」
「なんだよ、気持ち悪い」
そう言いながらも、ヴェルナーはミルカの右手を握りしめた。見た目は細いが、手のひらはごつごつとしている。
「武運を祈っている」
「ああ、精々そうしてくれ」
ヴェルナーの言葉に頷いたミルカは、そのまま小屋を辞した。
「ミルカ様……」
「このまま郷を出るとしよう。そろそろ気に囲まれた生活もうんざりだ」
広い砂漠が恋しい、と言って笑ったミルカは、郷を出たところでオータニアに呼び止められた。
突然ラングミュア兵たちに占拠されたこの郷の中で、唯一彼女だけが自由に動き回っている。
「どちらに行かれるんですか?」
「砂漠に戻る。オータニア、余はお前と同じように褐色の肌をしているが、森の住人ではなく砂漠に生きる者だ」
「でも、砂漠を出て旅をしているし、森にも来たのでしょう?」
「その通り。余はどこへでも行ける」
オータニアの頭に手を置き、ミルカはニヤリと笑った。
「お前も同じだ、オータニア。だが、お前の細腕では世界を歩くのは不安だろう。ヴェルナー殿と一緒にいるんだ。アシュリンやイレーヌと一緒でも良い。きっと、沢山の種類の木以外にも見ることができる。だが、気を付けろ」
ミルカは手を振ってオータニアに背を向ける。
「ヴェルナー殿は力に恵まれた分、戦いにも好かれている」
森へ入ったミルカは、しばらく郷から離れたところで立ち止まった。
「レオナ。もうしばらくすれば舞台は整う。帝国の動きはどうなっている?」
「森を出てスドに入れば、密偵からの情報が入るかと。ここでは……」
申し訳なさそうな顔をするレオナの頬を、ミルカはそっと撫でた。
「わかっている。こんなに緑の匂いが強い場所は砂漠の民には毒だ。早く砂漠に戻って、乾いた空気を味わうとしよう」
それにしても、と歩き出したミルカは郷の方を降りかえった。
「ヴェルナー殿は間違いなく良い男だが、少し……女の涙に乗せられやすいな」
「女性にお優しいのは、ミルカ様も同じです」
レオナの言葉にミルカは笑った。
「そうだな。だから余は彼を気に入ったのかも知れない。もっとも、一番の理由はあの“力”だ。余は彼の力が充分に振るわれるところをまだしっかりと見ていない。一度砂漠には帰るが、見逃さないようにしなければ」
●○●
ミルカが郷を後にした後、数日を挟んで入れ替わるようにラングミュアの兵士たちがやってきた。彼らは完全武装した状態でどかどかと郷へ入ってきたので、郷の者たちを酷く怯えさせた。
「何を考えているのよ!」
郷の子供たちが泣き出してしまい、イレーヌが兵を案内してきた男性の騎士に食って掛かった。
「しかし、陛下からの緊急招集だと……」
「緊急だからと言って、国の品位を落とすような真似をするのは間違いでしょう! 騎士の行いはそのまま陛下の評価にもつながるのよ」
「……ちっ、わかったよ」
騎士は部下たちに兜を脱ぐように言い、槍は背負わせた。
「言っておくが、陛下の名前で偉そうにするなよ?」
「どういう意味?」
騎士の男の方が上背はある。目の前に立たれるとイレーヌは自然と見上げる形になった。
「陛下のお気に入りだからと言って、それがお前の地位だと勘違いするなよ?」
「勘違いしているのは貴方よ。あたしは自分の仕事をこなしているだけ。陛下の近くに配属されたのは……」
イレーヌは右手の指先からばちばちと火花を飛ばす。訓練のおかげで、かなり雷撃を正確に操ることができるようになっている。
「あたしの実力の成果。見当違いな嫉妬はやめて」
振り返ったイレーヌは、「ついてきて」と言った。
「陛下のところへ案内するわ。兵士たちは待機……いえ、ブルーノたちに兵士の野営地に案内してもらいましょう」
近くにいたブルーノの部下を呼び寄せ、イレーヌは案内を依頼する。
「ちっ」
その姿は自信に満ち溢れていたが、騎士には若い女が生意気にも男を顎で使っているように映っていた。
「どうかしているぜ、まったく」
イレーヌに聞こえない程度の声で悪態を吐きながら、騎士はヴェルナーへ着任のあいさつに向かった。
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