128.娘の考え、そして恭順
128話目です。
よろしくお願いします。
手足を拘束され猿ぐつわを噛まされた長は、自分の屋敷が粉々に砕かれたことに驚愕し、そして今、自分を軽々と持ち上げる少女に怯えていた。
「うう……」
すぐ隣には、自分の娘であるオータニアが歩いている。そちらにすがるような視線を向けるが、オータニアの方は一切父親を見ようとしなかった。
「ここで良いだろう。ブルーノたちは歩哨に立て」
「はっ!」
慣れた動きでブルーノと部下たちが周囲に散ると、ヴェルナーは長を地面に置くようにとアシュリンに命じた。
猿ぐつわはそのままで、ヴェルナーはオータニアと並んで長を見下ろす。
「さて、まずは焼き殺そうとしたことについてだが」
ヴェルナーが言うと、長は肩をぴくりと震わせた。
首を横に振り、何かを否定するような動きをしているが、ヴェルナーは一切を無視する。
「お前は一応、森林国の長であり、国家元首の立場らしいな。つまるところ、国主自らラングミュア王国に喧嘩を売ったわけだ」
剛毅なことだな、とヴェルナーがイレーヌやデニスに微笑みかけると、二人とも苦笑を浮かべて肩をすくめた。森林国の長は愚かな王である、という認識なのだろう。
だが、アシュリンはまた違った。
「この男は、陛下を害しようとしました。即刻処分するべきです」
怒りを押し殺したような声を聴いて、誰よりも長が怯え、オータニアも驚いていた。
「落ち着け、アシュリン。早々に始末するのも良いが、こういう場合は利用できるだけ利用するだけだ」
わかってるな、とヴェルナーはアシュリンではなく長の方に目を向けた。
めまいがするほどに首を縦に振っている長に呆れたようにため息を吐き、ヴェルナーは長の猿ぐつわを外した。
「わ、わしにこのような真似をして……ぶっ!?」
「状況はそんなレベルじゃあない。現状が本当に見えないほどに愚かなら、早々に処分して、お前の郷を含めて森林国全ての郷を粉々にして“何もなかった”で終わらせても良いんだ」
その時に、まず最初に血祭りにあげられるのはお前だ、とヴェルナーに言われ、長は口をつぐんだ。
「そうやって、俺の話が終わるまで口を閉ざしていろ。……オータニア」
ヴェルナーはまずオータニアに話をさせることにした。
娘から話をすることで多少は落ち着くか、と思ったこともあるし、オータニアのけじめのためでもある。
「わたしからは、もう話すことはありません」
「オータニア、貴様……!」
娘の態度に激高する長だったが、手足は未だに縛られたままであり、その首元にはアシュリンが槍先をぴったりと当てていたために、大きな声を出すこともできなかった。
「ヴェルナー陛下を見て、わたしは疑問に感じていました。郷の者たちに対して横暴に振る舞う父親の姿を見て、どうしてわたしは違和感をいだかなかったのか、と」
「なんだと?」
「森の民をまとめるべき長が、言葉や武力を使いこなして郷をまとめるのは当然のことです。それはわかります」
だが、オータニアは父親とヴェルナーを見比べて、いや、王の周囲にいる者たちを見比べて気づいたことがある、と語った。
「父は、長として尊敬されているところを見たことがありません。血で郷の長となり、郷の者たちが強かったことで他の郷が従いました。しかし、それではこの広い森に住む多くの民を導くのは難しいのでしょう」
長は自分の周囲だけは完全に掌握出来ていたが、郷同士のいさかいもろくに仲裁できず、賄賂などによって扱いを変えたり、食料の問題などがあればまず自分を優先した。場合によっては力の弱い郷を潰して力量を奪った。
「郷の者を生かすため、森の厳しさの中では仕方がない、と納得していましたが……」
郷の外に出て、対立する者たちに捕まっている間に、彼らの事情もおぼろげながら知ることができた。
「父と対立したことで彼らは狩猟場を追われ、厳しい暮らしをしています。ところが、その狩猟場を管理することもなく放置し、ただただ敵を苦しめるだけになっています」
そのやり方は本当に良いことだろうか。
そう感じ始めていたオータニアは、ミルカから聞いた外の世界でもっと色々なことを知りたい、そうして初めて判断できることもあるだろう、と思った。
そして、ヴェルナーと出会った。
「本来の王の在り方というのは、ヴェルナー様のように実力に裏打ちされた立場であり、周りに支えられていることを自覚しているものではないのでしょうか?」
「お褒めいただき光栄だが……」
ヴェルナーはオータニアの頭に手を乗せた。
「時間が無い。結論を先に」
「あ、すみません……。お父様。わたしはわたしの人生を歩みます。わたしのことは気にせず、どうか“森の民のための”決断をお願いします」
「も、森の……。そ、そうだ! 娘を、オータニアをやろう! そうすればお前も森を支配するわしの外戚になれるぞ! どうだ?」
焦りを見せて提案された言葉に、オータニアは顔を伏せた。イレーヌがその肩を抱いて、そっと離れる。
「つくづく……娘の話を聞かない男だな」
自分に子供が生まれたら、気を付けようと自分に言い聞かせながら、ヴェルナーは長の頬を殴りつけた。
「ぶえっ……? な、何を……」
「何を、じゃねぇ。お前が選べるのは二つだけだ。ここで死ぬか、言うことを聞いて多少なりとも生き延びるか」
数秒ともたず、長は恭順を願い出た。
「決まったな」
もはや抵抗する気力も無い様子の長を見下ろしたヴェルナーは長を縛る縄を切断し、デニスの方へ顔を向けた。
「デニス。こいつの郷に戻るとしよう。今度は“新たな支配者”として」
「ヴェルナー殿に従う属国が増えたな! おめでとう!」
ミルカが嬉しそうに手を叩いた。
が、ヴェルナーは微妙な顔つきでそれを見ている。
「……属国の自覚があるなら、もう少し大人しくしてくれ」
「もちろん、わかっているとも」
ミルカとはいつか改めてじっくりと話し合う必要があるな、とヴェルナーは警戒にあたっていたブルーノたちを呼び戻した。
「改めて、外交使節団として郷を訪問するぞ。オータニアには“案内役”を頼む」
「はい。わかりました」
少しだけ涙の跡が残る顔で、オータニアは笑顔で答えた。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




