126.森の王
126話目です。
よろしくお願いします。
レスキナの郷。
オータニアが帰ってきたという報告に郷の人々は喜びの声を上げたが、そこに同行している異国人たちの姿を見るや、一転して騒然とした雰囲気に変わった。
オータニアがヴェルナーたちを引き連れて郷に入り、見張りの者に取次ぎをさせたうえで正式な訪問ではあるのだが、郷の者たちはそこまでの事情は知らない。
「オータニア様が戻られた!」
「だが、あの連中はなんだ?」
「まさか、外国に嫁がれるのでは……」
憶測を語り合いながら、無遠慮に向けられる視線をヴェルナーは軽く受け流して歩いている。為政者として疑惑の視線など慣れたものだ。
同じく、ミルカも涼しい顔をして歩いていた。その後ろにいるレオナは警戒心の塊のようにとげとげしい表情をしていたが。
「ヴェルナー様。こちらがわたしの自宅です」
オータニアが振り向き、他の平屋の簡素な小屋に比べて数倍の大きさがある一つの家を指差した。
彼女はヴェルナーの呼び方を様付けすることにした。
他国の王であると聞かされてのことだが、アシュリンからそう呼ぶように勧められたという経緯もあった。
「名を呼ばれるとは、慕われているな」
「庇護者として頼られているだけだ」
ミルカの言葉をさらりと躱したヴェルナーは、案内されるままに家の前に立った。
ここでいきなり踏み込むのは非礼であるし、相手の出方を図る意味合いもある。
それがわかっているのか、オータニアはヴェルナーと視線を合わせた後、緊張した面持ちで一人、自宅へと入って行った。
ヴェルナーとしては、この時点で森林国の代表者であるというオータニアの父に対してあまり良い評価を感じていない。
ヴェルナーがラングミュアの王であり、スド砂漠国の王ミルカもいるということは、オータニアが伝言を頼んだ郷の見張りから伝わっているはずだ。
それを出迎えもしないというあたりで、なんとなく郷の長がヴェルナーたちを歓迎していないらしいことはわかる。
「当然だろうな」
ヴェルナーは自分たちが突然すぎる登場をしたことは理解していたが、それにしても国内で揉め事の段階を越えて内戦へと突入している現状を鑑みるに、呑気に過ぎるとも思える。
出てきて、誰かを確認するくらいはするべきではないだろうか?
そうこうしているうちに、オータニアではなく別の女性が建物から出て来た。
「こちらへ、どうぞ」
案内役らしき女性が向かったのは、目の前にある家ではなかった。
「ここではないのか?」
ミルカが問うと、女性は視線を合わせようとはしなかった。
「に、人数が多いので……」
苦し紛れとはっきりわかるような声で伝えると、女性は足早に近くの建物へ案内した。そこは郷の集会場であるという。
確かに大きな建物ではあるが、簡素に過ぎるものであり、とても歓待しているとは思えない。
「これは、あまりにも……」
「なるほど、な」
デニスは困惑していたが、ヴェルナーは納得した様子で建物へと入っていく。
「陛下と一部の護衛だけが室内に入れば良いだけのことでしょう。このようなところに……」
「デニス。良いから、お前も来い」
案内の女性に食って掛かったデニスをなだめ、ヴェルナーは全員に室内へ入るように促した。
中には簡素なベンチが並んでいる。
「では、少々お待ちください」
わずかに震えながら一礼した女性は、ヴェルナーら一行が全員室内へ入ったところで扉を閉ざした。
そして、ごとりと重苦しい音が響く。
「ここまであからさまだと、笑うしかないな」
ヴェルナーは全員を見回して肩をすくめた。
どうやら外から鍵を書けたらしい。簡単な閂のようなものだろうが、デニスが押しても引いても扉はびくともしない。
「くくく……」
ミルカが肩を震わせて笑った。
「知らぬ、というのは斯くも恐ろしいことか。王の末路も気になるが……ヴェルナー殿よ、吹き飛ばすか、叩き壊すか、どちらを採る?」
「しばらくは様子見だ」
ヴェルナーがベンチの一つに寝転がると、素早くアシュリンが座って膝枕の体制に入った。
「気に入ったらしいわね」
イレーヌは微笑み、ヴェルナーに倣ってベンチの一つに横になる。
「森を歩いて疲れました。デニス様、お先に休憩しますね」
「お、おい……」
アシュリンの動きに驚いていたデニスは、イレーヌが目を閉じて寝息を立てるまでに異議を唱えることはできなかった。
「すぐに眠れるとは。大した奴だな。では、デニス、ブルーノ。変事があれば起こしてくれ。それまでは見張りを頼む。仲良くな」
「自分はイレーヌと交代で休息を採ります」
アシュリンの宣言を受け入れ、デニスはブルーノと顔を合わせてため息を吐いた。
「……私がドア越しに外の様子を窺うことにする。その間、他の場所に注意を向けてくれ」
「了解しました。お前ら、聞こえたな?」
ブルーノが部下に声をかけると、広い室内に兵士たちが二人組になって広がった。訓練が行き届いた動きを見て、ブルーノはデニスを見てにやりと笑う。
「あんたも、休んでいていいんだがね」
「陛下に命じられた職務を放棄するなど、ありえないな」
●○●
「これはどういうことですか?!」
オータニアは、自宅へと入った直後に郷の男衆に両腕を掴まれて無理矢理に座らされていた。
その目の前にいるのは、この郷の長であり、森林国の中でもっとも強い勢力を束ねる長である父親だった。
「無事に帰ってきたか」
「今まさに、自分の親から虐待を受けておりますが」
「ふぅ……いつの間に、そのように反抗的になったのか……」
でっぷりとした身体をきしむ木製の椅子に乗せた男は、舌打ちしてオータニアを睨みつけた。
「お前の嫁ぎ先が決まった。嫁入りまで大人しくしておれ」
「な……!」
驚いて声も無いオータニアに、父親は追い払うような手つきを見せて部下たちにオータニアを部屋へと連れていくように命じる。
それに対してオータニアは激しく抵抗し、長の娘に乱暴な真似をするわけにもいかず、男たちはすっかり困ってしまった。
「どうして急にそのような話になるのです!」
「森を……国をまとめるためだ。お前という人間が互いの勢力の橋渡しになり、繋がりができればこの騒乱も治まる」
「わ、わたしを敵勢力に渡すというのですか!」
「敵ではない。お前が妻となれば我が勢力に加わると言っているのだ。これも森の安定のためだ」
歯を食いしばり、父親を睨みつけるオータニア。
しかし、父親の方はそれを意に介した様子も無く一人の女性を読んだ。
「表の連中を、会談場所とでも言って集会所に閉じ込めておけ」
「なんてことを……! あの方々は他の国の王たちの一行ですよ!?」
「それを鵜呑みにするから、お前はまだ子供なのだ」
「待ちなさい! そのような命令を聞いてはいけません! お父様は、あの方々を見もせずにそんなことを考えているのですか! どちらが愚かなのか、お分かりになりませんか!」
外で待つヴェルナーたちのところへ向かう女性を悔しそうに見送るオータニア。彼女の言葉を聞いた父親は、立ち上がって娘の頬を激しく打った。
「父に向って、なんという口を利くか!」
さらにもう一発、口から血がこぼれるほどの強さで殴られたオータニアは、脳震盪を起こしてぐったりと力なくうなだれた。
「他国の王だと? それが本当だとしても、森では我々の方が強い。娘に余計なことを言ってそそのかしたのだ。正体がなんであろうと相応の報いを受けて当然だ」
引きずられるようにして運ばれていくオータニアを見送り、森の王を自称する父親は尊大な態度で椅子へと座りなおした。
「やれやれ。これでようやく森も静かになる」
小さく呟いた後、王は室内にいた一人の部下を呼びつけた。
「集会所の様子を窺っておけ。どうせ逃げられないだろうが、念のため見張りを付けろ」
しばし考え、王は災いの芽は早々に潰しておこうと考えた。
「疲れて寝入ったところで火を点けて集会所ごと処分してしまえ」
命令に頷いた男が出ていくと、ようやく満足したのか、王はしばし昼寝をすると言って自室へと戻って行った。
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