125.不穏の芽
125話目です。
よろしくお願いします。
ヴェルナーと合流できたことや、ブルーノらが帰ってきたことで兵士たちは喜んだが、今後の作戦行動についての話になったところで全員がまた暗い顔に戻った。
「森林国の有力者と話をつけてくる」
「……やはり、危険ではありませんか?」
「これもラングミュアの将来のために、資材を得るための外交さ」
デニスが苦言を呈し、ヴェルナーが理由を述べて意見を通す。
まるでデニスの理解が足りないかの様なやりとりではあるが、周囲で聞いている兵士たちに言い聞かせるための芝居という面もあった。
「それに、まだ見つけていない連中がいる」
ジーモン・ヨアヒムと彼の部下五名のことだ。ブルーノとはぐれて以降の足取りは掴めていない。
「では、再び最低限の人数で向かいますか?」
デニスの質問には、まだ不満の色が含まれている。森林国の内部で大きな戦闘が起きつつある、あるいはすでに始まっている可能性を考えると危険だと言いたいのだろう。
もちろん、それについてもヴェルナーは承知している。
「いや、ここにいる全員で向かう。今日は休み、明日の朝から出発する。最初の目的地はオータニアの郷、レスキナだ」
それからは、兵士たちが交代で歩哨に立ち、状況を本船へと伝え、食事の用意をしたり、とそれぞれに忙しく立ち振る舞う。
「ヴェルナー殿」
用意された天幕で身体を休めていたヴェルナーのところへ、ミルカが一人で入ってきた。
「なんだ?」
「今回の件だが、本当に申し訳ない」
素直に頭を下げたミルカにヴェルナーは顔をしかめた。
「なんだ、気持ち悪いな」
「気持ち悪いとは随分だな。座っても?」
床几のような折り畳み椅子が空いているのを見ての言葉に、ヴェルナーは手ぶりで許可する。
「森林国とは手を組むのか?」
「わからないな。向こうの出方次第だ」
「出方次第では……戦闘もあり得る、というわけだ」
「あり得る。その可能性を排除しては、俺の目標は果たせない?」
「目標?」
言ってなかったか、とヴェルナーは首をかしげるミルカを見て思い出した。
「折角王族に生まれたんだ。できるだけ最高の権力を握ってみたい。……単純だろう?」
「いや、わかるとも。余もヴェルナー殿の様な才能があれば、同じことを考えていただろう。きっとな」
「理解してもらえた、と考えておこう」
ヴェルナーは用意されていた酒を木のカップへ注ぎ、ミルカに手渡した。
「……先日、レスキナに行ってきた」
「知っている。そこでオータニアに出会ったんだろう? そして、ついでのように余計なことを吹き込んだ」
「あれは想定外だった。あの少女がそこまで外に憧れてしまうとはな」
「子供の好奇心を甘くみた結果だ」
「それで、彼女はどうするのだ?」
「知らん。本人が決めることだからな。やりたいならラングミュアで兵士の訓練を受けても良いし、誰かの侍女になるのも良い。もちろん、町で暮らすならそれでも良い」
ただ、町に出す方策は取れない可能性もある。
「問題は森林国の代表というあいつの親父さんだ。猛反対するなら、こちらも余計な口出しはできない。逆に友好的に送り出すとして、ひょっとすると人質のようにこちらにオータニアを押し付けてくる可能性もある」
そうなると、オータニアは“国賓”となり、町で自由にさせるわけにもいかないだろう。
「もっと悪い方向でラングミュアを利用するなら、そうだな……ラングミュアに森林国の使者として送った上で、森林国内で暗殺する、とかだな」
「……自分の娘だぞ?」
「おや? ヴェルナー殿は自信の父親と戦ったのではなかったかな?」
沈黙が天幕内に満たされ、互いににらみ合う時間が流れる。
天幕の外では兵士たちが行き来したり、何がおかしいのかブルーノが高笑いする声が聞こえて来た。
「わかった。可能性としては考えておくべきなんだろう。提言に感謝する」
用件はそれだけか、とヴェルナーが尋ねると、ミルカは酒を一口呷って首を横に振った。
「あの少女のことは余談だ。問題は森林国そのものの状況にある」
「内戦状態、とみているがそれ以外にもあるのか?」
「ある。国境を接する二つの国の動きだ。はっきりと何かがあるというわけではないが、どちらも安定しているとは言えない」
ミルカが言う二つの国とは、ヘルムホルツ帝国とランジュバン聖国のことだ。
森林国は南に聖国、西に帝国と接している。
どちらの国とも国交はほとんど無く、一部の商人が出入りしている程度だ。
「行き来が無いということは、ためらいなく攻撃ができるという意味でもある」
「しかし、森林での戦闘では多くの犠牲をはらったと聞いたぞ。特に帝国は」
それでも、帝国が森林国に踏み込む可能性はある、とミルカは語る。
「今の皇帝は何を考えているかわからん。それに上級指揮官を失った軍部内では、必ずポストを争って戦功を求める動きが活発化するだろう」
失敗に終わっている森林国侵攻が多少でも進めば、大きな成果となって大将への昇格も夢ではないだろう。ミルカはそう予想した。
「聖国はまだ政体が固まっていない状況で、誰が主導者になるか不明瞭だ。少しでも味方が欲しいグループが、森林国との接触を図る可能性も考えられるだろう」
互いに聖国と森林国内での勢力争いに協力する形をとる、という選択肢を持っている者もいるはずだ。
「森の中だけでなく、森の外にも気を付けろ、というわけか」
「正確に言えば、森の外からつつきまわしてくる連中の影響に気を付けろ、という点だな」
「その点なら」
ヴェルナーは肩をすくめて、笑った。
「俺たちも“外からつついている”うちの一つだ。他をどうこう言える立場じゃない」
「そうだな。その通りだ」
ヴェルナーも酒を飲み、酒で湿った唇を舐めた。
「安心しろ。どうにもならなければ早々に帰る。得られないものがあるときもあるもんだ。そういう考え方もちゃんとできる」
だが、とミルカを見据えるヴェルナーの目は、重苦しい鋭さを孕んでいる。
「……あっちがこっちとことを構えるつもりでいるなら、存分に叩きのめすまでだ」
それでこそヴェルナーだ、とミルカは嬉しそうに手を叩いた。
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