124.反撃
124話目です。
よろしくお願いします。
「あれじゃ、本船まで泳ぎになるぞ」
兵士たちが上陸用の小舟を立てて矢を防いでいるのを見て、ヴェルナーは苦笑しながら走っていた。
戦いは爆発に敵がひるんだこともあり、当初からヴェルナーのペースで進む。イレーヌの雷撃も的確に相手の数を減らしていた。
「ん。動き始めたか」
視界の端で、アシュリンを先頭に別グループが動き始めたのを認めたヴェルナーは、少し大きめのプラスティック爆薬を放り投げた。
そして、即座に起爆する。
「あああっ!」
ただ“叫んだ”という印象の悲鳴が立て続けに聞こえたが、即座に爆風と砂塵が起こす風の濁流にかき消された。
「イレーヌ、デニス、俺たちも味方と一度合流する!」
味方の方へ行け、と指示を受けると、イレーヌは雷撃を繰り出しながら転身し、デニスも近くにいた敵を斬り倒すと同時にも思い切り良く後退を始めた。
しんがりを務めるヴェルナーは、散々に見せつけたプラスティック爆薬をばらまき、敵の動きを止めると共に後退する。
「陛下、ご無事で!」
防御態勢をとっていた兵士たちは、ヴェルナーの姿を確認して歓声を上げた。
「当たり前だ。で、こいつらは一体なんなんだ?」
「それについては、オータニアが」
そう言うブルーノと共に近づいてきたオータニアは、兵士たちに守られながら小舟の陰から森林国の戦士たちを見ていた。
「多分、わたしが捕まっていた郷の者たちです。他にも周辺の郷の者たちが混ざっていると思います。……全部、父と敵対する郷です」
「ふむ……」
ヴェルナーとしては、オータニアを利用して彼女の父と話す機会を得ることが第一の目的だった。
結果として友好的になれるならラングミュアも不足する可能性がある木材の仕入れについて話が進められるし、敵対する気があるならば、準備をして叩き潰しても良い。
そして今、目の前にいる連中はその父親と敵対しているらしい。
「こいつらを、お前の父親と会う手土産にするか」
少なくとも、敵対しようとしているわけではない、というアピールになるかも知れない。
「オータニア。こいつらを殺しても、“同じ森林国の民を殺した敵”だなんて、お前の親父は言わないだろうな?」
外敵がいるとなると、途端に手を携えて強調する連中は少なからずいる。
普段はいがみ合っていても、それはあくまで『仲間内のこと』という認識であるか、完全な敵として相手を見ているかの違いだろう。
「問題ない、と思います。彼らは間違いなく父の敵ですし、わたしを誘拐した者たちも含まれますから」
「よし、わかった」
ヴェルナーは敵を足止めするかのように一列に並べていた爆薬を一度に起爆した。
吹きあがった爆風は彼我の視界を塞ぎ、敵の姿が見えなくなるが、それはこちらも見えないことを意味する。
「全員、突撃!」
号令がかかると同時に、いの一番に飛び出したのはアシュリンだ。
小柄な身体に似つかわしくない大槍を振るい、まだ爆風が完全に収まっていない中に単身突撃していく。
その速度は小動物部のようにすばしこいもので、低い姿勢で駆ける彼女を、味方ですらしっかりと視認できた者は少ない。
しかし、号令後の一番槍はイレーヌだ。
アシュリンにわずかに遅れて前に出た彼女だったが、ほとばしる雷撃はアシュリンの走る速度よりも速い。
爆発の前にある程度狙いを定めていたのか、雷撃と共に敵地から悲鳴が上がった。
「さあ、大暴れしてやるわよ!」
気合いが入るイレーヌとほぼ同時に、デニスが前に出る。
魔法が使えない彼は、騎士の多くが持つ両手剣を握りしめており、ごく真っ当に敵へ向かって走っていく。
ただ、アシュリンたちと同様に彼もヴェルナーが起こした爆発にひるむことなく前に出たので、早かった。
デニスが一人目を斬り殺したころ、小舟の陰から兵士たちが走りだした。
防御陣のあたりに集められていた武器を拾いあげたブルーノの彼の部下たちも同様に突撃していく。
「これは、壮観だな」
ヴェルナーが来るまでは守勢一辺倒であったラングミュア軍であったのが、王の登場と共に戦場の雰囲気が一変していたことにミルカは声を上げた。
もちろん、爆薬による圧倒が大きな影響を与えたのはもちろんだが、“王の号令”が騎士や兵士を突き動かしているのは間違いない。
「やはり、ヴェルナー殿は戦場にいてこそだな」
「褒めているように聞こえないな。俺を戦場に引き出すような真似はやめろ」
「もちろん、今後は自重するとも」
「あとな」
戦況を見ていたヴェルナーは、オータニアの頭をぽんぽんと叩いた。
「若者に広い世界への期待を持たせるなら、最後まで責任を持て」
ミルカはニヤリと笑い、肩をすくめた。
「わかった。今後は口にも気を付けるとしよう。それよりも、ヴェルナー殿も戦闘に参加しなくて良いのか?」
「部下の手柄を横取りする気にはならないな」
未だに敵の方が数は多いが、立て続けに味方を爆破された敵は足が止まっており、戦意はほぼ最低の状況にあるらしい。
また、指揮をしていた者が死亡したか負傷したのか、まとまった動きはすでにできなくなっている。
レオナがその状況を見て、ミルカに耳打ちをした。
「ふむ……。つまるところ、ヴェルナー殿が起こした爆発は敵そのものだけでなく、敵の士気までも打ち砕いたわけだ」
それから戦闘は一時間ほど続き、敵の大半が死亡し、残った者が森へと逃げ込むという結末を迎えた。
「よっしゃあ!」
ブルーノが叫ぶと、兵士たちも快哉を叫んだ。
敵の奇襲を警戒していたデニスはあからさまに渋面を見せていおり、イレーヌやアシュリンは顔を見合わせて首を横に振っていた。
「終わってみれば、圧勝だな」
「そうでなければ、被害は増える」
ヴェルナーが目を向けた先には、合流した時点ですでに死亡していた兵士が三人、砂浜に横たえられていた。奇襲を受けた際に矢を受けたらしい。
「余が言うのもなんだが……森林国の揉め事に深入りするつもりか?」
「……向こうの出方次第だ」
そうは言っていたが、ヴェルナーとしては自国の兵士を殺害されたことに対する落とし前はつけさせるつもりでいた。
「全員に交代で休息をさせろ。明朝、改めて森林国の代表という男に会いに出発する」
「はっ!」
デニスが兵士たちの下へ走っていくのを見送り、ヴェルナーは目を閉じた。
ミルカとレオナは砂漠国のやり方で祈っていたが、ヴェルナーのそれも、死した兵士たちへ捧げる黙とうだった。
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