122.処分について
122話目です。
よろしくお願いします。
オータニアの案内で歩いているうちに、ヴェルナーは自分がナイフでつけた傷を見つけた。近くにある次の印も確認できる。
「これで、船までの道もわかる」
全員に安堵の雰囲気が広がり、歩調も心なしか速まっていく。
「陸に上がっている待機部隊と合流して、そこで作戦を立て直す」
「やはり、ジーモン・ヨアヒムを探しに行かれるのですね」
「当然だ」
デニスは一度帰国することをヴェルナーに促していた。現状を鑑みてブルーノだけでも救出できたのを良しとすべきだ、と。
だが、ヴェルナーはそれを却下している。
「へ、陛下……」
「ブルーノか。なんだ?」
「もし、陛下の赦しをいただければ俺たちもジーモンの捜索に参加させてくださいませんか。このままじゃあ、斬首されるにしても寝覚めが悪くて仕方ねぇ」
「はっ、斬首されたら寝ることも無くなるだろう?」
にやりと笑ってヴェルナーが言うと、ブルーノは頭を掻いた。ボロボロと白いものの落ちて、後ろを歩いているイレーヌが嫌な顔をする。
「今はこんな格好ですが、俺も騎士です。仲間を助けて死ぬなら、そっちの方が良い」
ブルーノの言葉に、部下たちも賛同の声を上げた。
「……わかった。だが、そのままではどうにもならん。一度船に戻って、予備の武器を使え。それと、水浴びだな」
「陛下。彼らは陛下に怪我を負わせたのです。罰を与えねば示しが付きません」
デニスが食い下がると、ヴェルナーは肩をすくめた。
「わかった、わかった。真面目なのはお前の良いところだ。だが俺はどちらかと言えば結果を伴った状況まで含んで結論を出したいと思っている」
それは専制君主として横暴であるという宣言であり、彼が前世で法や規則でガチガチに固められた軍の中で感じていたストレスの解放でもある。
「明文化された法があるのは問題ない。だが、これは俺の問題であり、俺が自由に結論を出して良いことのはずだ」
違うか、と問われ、デニスは答えを出せなかった。
「……陛下の御意のままに」
「お前の考えていることはわかる。理由は言わないが、お前の立場で言わなければならないことがあるのも理解している。悪く思うなよ」
ただ、全くペナルティが無ければ示しがつかないというのはヴェルナーも同意しているところだった。
「ではブルーノ。お前は国に帰ったらしばらく城の中で部下と一緒に掃除な」
「えっ。そ、掃除ですか!?」
「不服か?」
ヴェルナーはニヤリと笑った。
ラングミュア王城は広い。その中で侍女たちと共に掃除をするのはそれなりの重労働だが、身体を鍛えている彼らにしてみれば、大したことではないはずだ。
「陛下のお気持ちを汲み取れ。すぐに返事をしろ!」
デニスが強く言うと、ブルーノは戸惑いながらも首を傾げた。
「掃除の期間は一ヶ月。俺の居城をきれいにしてくれよ。命令だ」
城へ戻ったら、という条件はつまり、彼に死ぬことを許さないと言っているのも同然だ。ブルーノに耳打ちしたデニスは、ヴェルナーがジーモン・ヨアヒムの捜索と救出に当たって、同行は許しても玉砕を望んでいるわけではないのだ、と伝えた。
「な、なるほど……。陛下、我ら一同で完璧にお城を磨き上げて見せますよ!」
「そうしてくれ」
「なんと察しの悪い連中か……」
デニスは不満げな声を漏らしていたが、その表情は穏やかだった。
そして一行は歩みを進めながら、話はオータニアの扱いについての話題へと移る。
デニスは森林国との関係を考えて慎重派であったが、アシュリンとイレーヌが受け入れを望んでいることもしっかりと伝えた。
「黙っていても良いのに。お前は本当に正直な奴だな」
声を漏らして笑い、ヴェルナーはデニスから離れて先頭をアシュリンと共に進んでいたオータニアに近づいた。
「オータニア、ちょっといいか?」
「はい。なんでしょう」
少しだけ、オータニアは遠慮がちにヴェルナーへ目を向けた。自分の立場の危うさを幼いながらも理解しているのだろう。
「改めて聞く。お前はどうしたい?」
「……えっ」
オータニアは驚いた。
希望を聞かれることは今までも幾度かあったが、それは選択肢を提示されるだけであり、自発的な希望を多く却下されてきた彼女にとって、ヴェルナーの質問は彼女を戸惑わせるものだった。
「えっと……わたしは外が見てみたい、です。やっぱり、森の中しか知らないままで誰かの妻になったり、族長を補佐するだけで一生を終えるのは嫌です!」
「なら、手伝ってやる」
ぱあ、と表情が明るくなったオータニアに、アシュリンは「良かった」とほほ笑んでいた。
「ただし、お前の親に話だけはしておけ。反対されても脱出するなら手伝ってやる。ただ、意思表示はしっかり自分でやるんだ」
ヴェルナーの言葉にオータニアは驚いて、思わずアシュリンへ目を向けた。
「自分も陛下と同じ意見。オータニアがやりたいことなら、オータニアが動かないと駄目」
「う……」
父親が怖いのか、あるいは他に恐ろしいことでもあるのか、オータニアは返事を口にできなかった。
「大丈夫」
震えるオータニアの手を、アシュリンがそっと握った。
「その時は、自分も一緒に行ってあげる」
「アシュリン……」
ヴェルナーは、それじゃ意味が無い、とも思ったが、すでに二人の間では決定事項らしい。
「まあ、アシュリンなら威圧にはならんだろうし、いざという時にはオータニアを守れるだろう」
「ありがとうございます」
「話は決まったな。実際にお前の郷に行くのは後だ。まずは船だが、印からみてもうすぐ……」
見覚えのある印を見つけて、ヴェルナーは海岸が近いことを知った。
ヴェルナーの言葉が終わるより前に、明るく開けている森の端から憶えのある声が聞こえて来た。
「ヴェルナー殿か!? なんて間の悪い男だ、君は! ……いや、この際は助かったと言っておこう」
走ってきたのは、レオナを連れたミルカだった。
「どうした?」
「あ、あの時の……!」
オータニアがミルカを指差して目を見開いている。
対するミルカも、何かを思い出したようだ。
「おお、あの時の田舎娘か。お前もヴェルナーの嫁になるのか?」
手の早い男だな、とミルカが言うのを遮り、ヴェルナーは状況を教えろと詰め寄る。
「慌てていたんじゃなかったのか?」
「そうだった。海岸で宿営していたんだが、つい今さっき森林国の者たちに襲われた! ファラデーたちが守ってくれたので逃げ出せたが、海岸側を押さえられてしまったぞ」
「なんだと?」
ミルカは森に潜伏して戦闘が終わるのを待つつもりだったが、ヴェルナーがいれば話は別だと言う。
「敵は人数が百名以上と多いが……ヴェルナー殿なら、問題あるまい」
「馬鹿を言え。混戦状態ならどうにもならん。とにかく、行くぞ!」
騎士たちは剣を取り、ブルーノたちもとにかく現地に武器があるだろうと声を掛け合って走り始めた。
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