12.イレーヌ・デュワー
12話目です。
よろしくお願いします。
柵の外側を回り込んでくる敵に気付いた最初の人物は、イレーヌだった。
ヴェルナーから渡されたプラスティック爆弾を抱えたまま、戦場全体が見える位置に残っていた為に発見できたのだ。
「あれは……!」
すぐに飛び出そうとしたところで足が止まる。
イレーヌはヴェルナーに戦闘に参加する事を禁じられているのだ。だが、敵を殺す事を条件に解除は許されている。
「人を、殺す。あたしが?」
その覚悟はしていたつもりだったが、実際に目の当たりにすると身体が動かなくなった。
同じ訓練生のアシュリンは嘔吐しながらも立派に戦い、今でもミリカンと肩を並べて奮戦している。
「アシュリン……そういえば!」
戦闘の途中、再び突出気味になったアシュリンはミリカンに言われて兵士達と交代するように兵士達の後ろへ下がっており、そこから槍で攻撃していた。
このまま接敵すれば、最初に敵と当たるのはアシュリンだ。彼女は周囲を確認する程の余裕も無く敵と戦っている。近づいている敵に気付いている様子は無い。
「アシュリン!」
イレーヌは駆け寄りながら声をかけるが、戦闘の喧騒に声がかき消されたのか集中しすぎているのかアシュリンには聞こえていないようだ
「このままだと……」
アシュリンが殺される。
それは敵が死ぬより何倍も嫌な想像だった。
イレーヌとアシュリンは親しいというわけではない。専攻が違う事も有り、時折顔を合わせる程度だ。だが、自分と違うタイプながら好成績を残す彼女に対して、勝手にライバル心を抱いている。
子供っぽいアシュリンに対して、イレーヌは発育が良かったこともあって精一杯背伸びして“大人の女”を演じてきた。意外と周囲の受けも良かった。
雷撃魔法。強力だが、それが為に彼女は騎士への道を歩んでいる。貴族に生まれ、単なる家同士のつながりを作る政略結婚の道具に使われずに済む道として。
力があるから、ライバルがいるから、敗けたくないから。
思い返せば、イレーヌは与えられた環境に対応するという理由で人生を選択して来た。その中で、せめてものポーズとして大人っぽく振る舞っていただけだ。
ところが、今日の一連の戦闘でアシュリンだけでなく王子にまで情けない姿を見られた。
「校長にも、兵士にも。……もう、終わりにしましょう」
ヴェルナーは言った。民衆のためとかどうでも良い。ただ自分と仲間に対する責任を果たせ、と。
「アシュリンがいないと、張り合いが無いもの。ちゃんと助けてあげなくちゃ」
イレーヌはサーベルを抜いた。
「格好つけるのもうんざり。王子様が言う通り、シンプルで良いのよ。死にたくないから殺す。仲間を殺されたくないから殺す。嫌な目に遭うのも嫌だから殺す」
プラスティック爆薬を握り、迫る敵兵に走りながら投げつけた。
突然横から迫ってくるイレーヌに気付いた兵士たちは、立ち止まって剣を構えた。その数八人。
「あたしはイレーヌ・デュワーよ!」
アシュリンがやったように、大声で名乗りを上げる。
「折角もらった天賦の才、こんな所で腐らせるのはもったいないわね。恰好なんてどうでもいいから、あたしはあたしのやりたい人生を歩みたい!」
充分恥はかいた。恰好を付けるのもやめる、と決めた。
イレーヌは、自分の意思で騎士として立つ。
「あたしはあたしにとって格好いい最高の騎士になってやるわ!」
突き出したサーベルから放たれた強烈な雷撃は、一人の兵士を貫き、その足元に落ちていたプラスティック爆薬へ側撃雷として落ちた。
直後、強烈な爆発が周囲にいた兵士を纏めて吹き飛ばす。
「イレーヌ!?」
爆発に驚いて振り向いたアシュリンは、まだ生きている兵士に向けてイレーヌが雷撃を打ち込むのを見ながら声を上げた。
その威力は死体が黒焦げになる程の威力だ。敵は即死している。
「ボーっとしてるんじゃないわよ! 猪突が過ぎて脇が甘いと合同訓練で何度も言われているでしょう?」
アシュリンの近くに来たイレーヌは、近づいて来た兵士の剣をサーベルで受けながし、軽快なステップと共に喉を貫いて殺した。
「う、す、すまない」
「まあ、冷静に周りを見ながら戦うなんて、貴女には無理な話よね」
サーベルを振るい、風切り音を響かせて立つイレーヌは微笑むと、アシュリンに背を向けた。
「後ろと左右は任せなさい。アシュリン、貴女は正面から来る敵に敗けるような人じゃないでしょう?」
「わかった!」
大きく頷いたアシュリンは、どん、と音がする程の勢いで鎧ごと敵兵を貫き、振り回して死体を槍から抜いた。
飛んで行く死体は血と臓物を撒きながら村はずれに飛んで行った。
「グロテスクね……」
イレーヌは爆風のダメージを受けながらも迫る兵士を前に、サーベルによる突きを連続で放つ。
タン、タン、と美麗なフォームで踏み込むイレーヌの突きは五回。
両手両足を一度ずつ突き、兜に守られていない目を貫いて終わった。
遠くで立ち上がった兵士を見つけると、再び黒焦げにするほどの雷撃魔法を打ち込む。
「あら、人の死に様は良く見ると美しいじゃない」
アシュリンや仲間と共に戦う中で、イレーヌは少しだけ奇妙な興奮を覚えていた。
「赤も黒も、好きな色よ。さあ、真っ黒に熱くなりたいならお待ちなさい。赤く染まりたいなら近くへ来なさいな」
イレーヌは完全に戦うためのスタンスを確立したと言える。
それは、ミリカンやヴェルナーが求めたものとは、若干違う方向性ではあったが。
●○●
「イレーヌめ。やってくれたな」
爆発音を聞いて、ヴェルナーはそれがイレーヌによるものだと確信していた。少なくとも、他の者たちではプラスティック爆薬を起爆する能力は無い。
プラスティック爆薬の安定性は一般的な火薬の比では無い。火をつけても燃えるだけで、電流でも多少では爆発しない。少量の火薬などで爆発を起こし、誘爆させる必要がある。
「とすると、あいつの雷撃魔法でも起爆装置代わりに使えるわけか。……良い発見をした」
欲しいな、とヴェルナーはニヤリと笑った。笑いながら、生成したプラスティック爆薬を小さくちぎる。
「アシュリンも大した腕だ。おつむは少し残念だが、純粋な戦力としてこれほど頼りになる者もそういない」
アシュリンとミリカンに殺到している兵士達を囲むように小さな爆発が起こる。ヴェルナーが千切って振り撒いた爆薬だ。
大きな音と巻き上げられる爆炎は、兵士たちの恐怖心を煽ってより一層出入り口に向かって殺到させる事になった。結果、彼らは狭い場所に無理矢理集中する事になる。当然ながら動きは鈍り、アシュリン達に取って有利になったはずだ。
「あとは、指揮官か」
爆発に混乱している二人の指揮官を確認したヴェルナーは、背後からそっと近づいて順番にナイフで喉を掻き切った。
「あっけないな……」
指揮する声が止まっても、戦闘の熱狂と爆発の恐怖に包まれた兵士たちは出入り口に向かって押し寄せていく。
「アシュリンはさておき、ミリカンあたりはそろそろ体力的にも辛いだろう。終わらせるか」
改めて兵士達の中に村人に見える者が居ない事を確認したヴェルナーは、大量の爆薬を作って一握りずつ千切り取ったそれを次々に兵士達の頭上に向けて放り投げはじめた。
兜を付けた兵士たちは、上から落ちてくる小さな塊など気にも留めない。
だが、ミリカンやファラデーたちは足元にいくつか落ちてきたそれを見て、顔色を変えた。
「ヴェルナー様!?」
「逃げるぞ!」
目の前の敵を乱暴に叩き伏せ、兎に角距離を取るために門の前から離れる。
「きゃああああ!?」
悲鳴を上げたのはイレーヌだ。自分で起爆した経験がある彼女は、発動しようとした雷撃魔法を取りやめ、慌ててアシュリンの背中を叩いた。
「アシュリン! ほら、下がるわよ!」
「撤退か? わかった!」
イレーヌの声に反応したアシュリンは、槍を一振りして敵兵の足を何本かまとめて斬りつけると、くるりと踵を返して走り出した。
「楽をさせてもらうわね」
背の低いアシュリンの肩に腕を引っかけるようにして身体を預けたイレーヌは、アシュリンが走り始めると両足が浮くほどの速度になって舌を巻いた。
待っていたヴェルナーは、敵が逃げられないように手前にある爆薬から順番に起爆していく。
敵兵は逃げようとしたが、狭い出入り口に足を切られた味方が倒れており、思うように進まない。
そうこうしているうちに、兵士達全員が爆発に巻き込まれた。
●○●
「殿下……あまり言いたくは無いのですが、少々ご自重いただければ」
ミリカンが禿げ頭に浮かんだ汗をぬぐいながら苦言を呈して、ファラデーたちも控えめに頷いていた。
「ちゃんと巻き込まれないように時間も空けただろ?」
「びっくりするから、何か合図でもいただければ助かります」
ファラデーの進言も尤もだな、とヴェルナーは納得した。
しかし、通信機など存在しない世界では、戦闘中の意思疎通は非常に難しい。狼煙や太鼓が使われるのが一般的だが、太鼓を背負ってウロウロするのは考え物だった。
「その件については考えておく。それより……」
兜を付けたままのアシュリン。彼女の頭を抱くような恰好で立っているイレーヌを見た。
「ヴェルナー殿下。先ほどお預かりしました“お守り”は、とっても役に立ちましたわ」
見られていることに気付いたイレーヌは、アシュリンと並び胸に拳を当てる敬礼では無く、貴族令嬢がやる礼のように、ローブの裾をつまんで一礼した。
「イレーヌ・デュワー。騎士としてそのような礼は……」
ミリカンが注意しようとしたが、ヴェルナーはそれを止めた。
「デュワー。良くやった」
イレーヌはヴェルナーの賞賛に対して微笑みで返した。
「殿下。イレーヌとお呼びください」
「良いだろう、イレーヌ。それで、ようやくまともに騎士として戦った感想はどうだ?」
ヴェルナーとしては、これでもううんざりだと答える可能性もあると思ったし、貴族令嬢として嫁に行く為に実家に帰るのも彼女の選択の一つだと考えていた。
しかし、イレーヌは違った。
「殿下のおかげを持ちまして、あたしの目標が決まりましたわ」
「目標?」
イレーヌはサーベルをするりと抜いて、目の前にかざした。
「美しい死。美しいあたしが美しい死に様を与える……」
何を言い出したのか、とヴェルナーが顔を顰めていると、イレーヌは年齢に似合わぬ妖艶な笑みを浮かべた。
それは戦闘前のような背伸びした雰囲気では無く、内側から香り立つような色気を含んでいる。
「美しい死を演出する事。これこそあたしのやるべき使命ですわ。爆発も綺麗ですけれど、やはり雷撃で真っ黒にするか、真っ赤な血に沈む姿こそ綺麗な最期かと」
失敗した、とヴェルナーは頭を抱えた。
「で、殿下……」
ミリカンの戸惑う声を聞きながら、ヴェルナーは同じような事を言い出した者を何度か見たことがある、と思い出していた。
「戦いの中で、変なこだわりを言いだす事は珍しくない」
ヴェルナーはナイフや爆薬に拘ったが、他にも偏執的にスナイプの腕を磨いたり、ハチェットの扱いに習熟する者もいる。
その中に、殺す道具だけでなく殺し方にまで拘る者が出てくるのだ。とにかく目を撃つ事に拘る者。心臓を一突きで殺せないと「減点」と言い出す奴。
「こうなると、戦場から離すわけにはいかなくなるんだよな……」
当人が殺しを嫌いになるまで戦場にいるか、あるいは心の病気として監禁するか。
ヴェルナーは「仕方ない」と呟いた。こうなった責任は概ね自分にあると思ったのだ。
「イレーヌ。それにアシュリン。お前たちが騎士訓練校での課程を修了した時、おそらくまた声をかけるだろう。その時まで、俺に仕えてくれるかどうか、良く考えておいてくれ」
将来の部下を探すつもりであったのだから、収穫を得られた事は僥倖だろう。だが、一人の少女を壊してしまった結果について、ヴェルナーは自身がまだまだ人の気持ちに鈍いのだろう、と反省した。
「さあ、まだ終わっていない。村人らしき者たちが閉じ込められた建物を発見した。すぐに調査にかかるぞ」
敵兵全員の死亡を確認した一行は村の中心へと向かった。
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