119.小屋の中には
119話目です。
よろしくお願いします。
切り開かれた広場のような場所に、ぽつぽつと簡素な小屋が並んでいる。集落と言うよりは、一時的な野営地に見えなくもない程度の規模だ。
広場の中央には積み重ねられた木々から炎があがり、他にも小さな灯りが点在している。
そのために集落の規模がある程度わかるのだが、建物は全部で二十軒程度しかない。
「これなら、分かれて動けば建物のチェックはすぐに終わりますね」
デニスはそう言ったが、ヴェルナーは却下した。
「はぐれた時に合流するのが難しい。戦闘になる可能性も考えて、ここは一つ一つの建物を全員で確認していく」
「では、手前から見ていきますか?」
「いや」
あちこちで戦闘の音が聞こえる中、ヴェルナーは揺れる炎の灯りに仄かに照らされながら、一つの小屋を指さした。
「見張りがいる。あそこに何か重要なものがあるか、誰かを閉じ込めている可能性があるな」
見つかっても殺すなよ、とヴェルナーは全員に言い聞かせ、見張りの死角から小屋へと近づいた。
「……言葉が通じるのが不思議だよな」
「そうですか?」
戦いが起きている場所が近くなると、怒号や悲鳴の内容が聞き取れるようになってくる。
ヴェルナーの呟きに、アシュリンが首を傾げた。
「訓練校の授業で習いましたが、各地の言語は帝国で生まれたものがそのまま広がっていったそうです」
アシュリンが小声で説明する内容に、ヴェルナーも教わったことがある、と頷いた。
それ以上は声に出さなかったが、これだけ生活圏が離れていて、生活様式から文化まで違うというのに言葉が通じるというのは不思議だとヴェルナーは思っていた。
言葉で苦労した経験がある前世を思い出し、助かるという気持ちはありながら、その不思議さに何か違和感を感じる。
口を閉ざしたまま、周囲の様子に気を配りながら小屋へと近づくと、イレーヌがそっと先行した。
指示を受けてのことではないが、ヴェルナーは止めない。何をするつもりかわかっているからだ。尤も、中の様子を確認してからにしたかったというのが本音だが。
前に出たイレーヌを守るように、ヴェルナーたちは周りへと目を向けて警戒する。
「うぅっ!?」
「ぎっ!」
それぞれに小さな悲鳴を上げて、見張りであろう二人の男はイレーヌの電撃を受けて痙攣し、その場に倒れた。
「鍵が……」
木製だが、かなりしっかりとした鍵がかかっているようで、イレーヌでは開けられない。
「任せて」
と、アシュリンが手を伸ばし、身体強化を使って簡単に閂ごと扉につけられた鍵を引きちぎった。
「うーむ……」
いとも簡単に行われた破壊行為に、ヴェルナーはアシュリンの前では金属の鍵でも小さなものであれば容易く破壊できるだろう、と背筋が寒くなった。
「まあ、悪用はしないだろう」
部下を信じよう、と彼女たちが外を守っている間に、ヴェルナーはデニスと共に開かれた扉から中へと素早く入り込んだ。
手にナイフを持ち、攻撃を受けてもすぐに対応できるようにと構える。
「……誰ですか?」
「……そりゃ、こっちのセリフだ」
中にいたのはラングミュアの兵士たちではなく、干し草を積み重ねた上にぺったりと座り込んでいる、一人の少女だった。
何かの儀式の途中だったのだろうか。顔には赤や青の文様が施されており、長い髪は後ろにまとめられて、茨で作ったような冠をしていた。
「はずれか」
ヴェルナーが背を向けると、ぐい、と上着の裾を引っ張る感触に止められた。
「待って」
「あのな」
手を振りほどき、ヴェルナーは上から覗き込むように少女へと顔を近づけた。化粧の匂いだろうか、すえた匂いが鼻腔をくすぐる。
「こっちは忙しいんだ。お前が大騒ぎして仲間を呼ばないなら放っておくが、邪魔をするなら……」
ヴェルナーが話している途中で、少女は首をぶんぶんと横に振る。
「仲間はここにはいません」
「はあ?」
首を傾げたヴェルナーは、外から鍵をかけられていた小屋から、何らかの儀式を終えるまで監禁されている巫女を想像していたのだが、どうやら違うらしい。
「私はレスキナ郷……こことは別の村から誘拐されて、ここに閉じ込められていました」
「そりゃ災難だな。だとすれば、今戦っている連中はお前の仲間か」
顔を顰めて、少女は答える。
「同じ郷であるのは違いありませんが……仲間とは違います。彼らはわたしを殺すために迎えに来ているのです。どうか、わたしをここから連れ出してくれませんか?」
「面倒くさい」
ヴェルナーはナイフを納め、はっきりと言い切った。
「め、面倒って……」
「俺は俺の部下を探しに来たんだ。ここでお荷物を抱えるつもりは毛頭無い。他を当たれ」
無碍に断られるとは思っていなかったのだろう、目を白黒させる少女にヴェルナーは言葉を続けた。
「俺たちはお前らの対立やら宗教やらに立ち入るつもりは無い。勝手にやってろ」
「ま、待って! 待ってください!」
再び背を向けたヴェルナーに少女がしがみつく。
デニスが引きはがそうとするが、少女の力は想定外に強かった。
「わたしなら森を案内できますし、誰かが閉じ込められている小屋もわかります!」
「嘘を吐くな。森はさておき、お前も捕まっていただろうが」
「嘘じゃありません! わたしの郷もここの郷も元は同じ氏族ですから、牢獄に使う建物には目印があります!」
「わかった、わかったから、声を押さえろ!」
少女は叫び声を止めたが、遅かった。
「へ、陛下! 敵が来ます!」
声を聞きつけたのか、何人かが向かってくるというイレーヌの報告に、ヴェルナーは舌打ちして小屋の外へと飛び出した。
その背中には、少女がしがみついたままだ。
「とにかく、一度森に隠れる」
目視された相手はイレーヌの雷撃で気絶させ、どうにか追われることなく森の中へと飛び込んだ。
「その子はなんですか?」
「わからん!」
イレーヌの質問に、ヴェルナーは短く答えた。
「わたしと同じくらいの子も戦うんですね」
少女ののんきな声が耳元から聞こえて、ヴェルナーは複雑な顔をして隣を走るアシュリンをちらりと見た。視線が合う。
「……お前、いくつだ?」
「生まれて十年になります」
「十歳ですか。では、自分と十歳違いです。同じくらいとはとても言えません」
アシュリンは丁寧に答えていたが、明らかに不満げだった。
彼女の肩に捕まって、引っ張られるようにして走っていたイレーヌが苦笑している。
「えっ? でも、どう見ても同じくらいの身長で、胸も……」
「それ以上言うな。振り落とすぞ」
「そうよ。あたしの親友を馬鹿にしないで」
苦笑していたイレーヌも、少女を諫める。
「親友ですか。親子かと思いま……あびっ!?」
小さな悲鳴と共に、ヴェルナーの背中にも静電気のようなショックが奔った。
「いてっ! おい、イレーヌ……」
「も、申し訳ありません! つい……」
気絶するほどではなかったようだが、初めての痛みにぐずっている声を間近に聞かされ、ようやく集落から離れた場所で立ち止まったときにはヴェルナーは身体より心が疲れていた。
「で、お前は何なんだ?」
返答次第では森に捨てていこう、と心に決めたヴェルナーは、電気ショックを受けたお尻をさすっている少女に問う。
「わたしはオータニアといいます。生まれて十年です。生まれはレスキナの郷。生を受けてからは長く母アウリッキに直接養育を受け……」
「簡潔に。なぜ捕まっていた?」
しばらくヴェルナーの目を見ていたオータニアは、褐色の肌に良く目立つ青い瞳をしっかりと見開いて、何かを決意したように口を開いた。
「わたしの父は、この周辺の氏族をまとめる長です」
面倒な奴を拾った、とヴェルナーが眉間を押さえながら、捕まっていた理由を改めて問う。
「……一言で言えば、私は父を退位させるための人質です」
「陛下……」
デニスが命令を求めて声をかけると、ヴェルナーは彼に向かって振り向いた。
「仕方ない。俺たちもこいつを利用させてもらおう」
首をかしげているオータニアの鼻先に、ヴェルナーの人差し指が付きつけられた。
「では、人質継続だ。俺たちが部下を見つけて回収するまで、生きて帰りたかったから大人しく協力しろ」
「そうすれば……」
「森の外から来たんですよね?」
「そうだが、話はまだ……」
「じゃあ、協力するからわたしも連れて行ってください! もう森の中に閉じ込められて生きるのはうんざりです!」
大きな大きなため息をついて、ヴェルナーは頭を抱えた。
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