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117.森林国侵入

117話目です。

よろしくお願いします。

 城を出て約二十日。

 ようやく森林国の海岸が見える位置に錨をおろしたラングミュア軍船アシュリン号は、船長であるダミアン・クラウスの指示で船員たちが交代で休息に入る。

 そして、森林国の海岸の状況を遠目に見ていたダミアンは、船室へ下りてヴェルナーへと声をかけた。


「到着いたしました。およそ一時間後には陽も沈みます」

「わかった」

「……本当に、少数で上陸されるのですか?」

 低い声で確認するダミアンに、ヴェルナーははっきりと頷いた。

「正確には、浜には部隊を待機させる形だけれどな……接触する前に、相手の状況を偵察しておきたい。あまり大人数で行くのは逆に都合が悪い」


「陛下。御身に万一のことがあれば、王妃様方だけでなく、国民が皆悲しみ、厳しい他国との対立の中で指導者を失って迷走するのです。行かないでいただきたいのは本心ですが、そのようなことが言える立場でないことも承知しております」

 だが、とダミアンは一礼した。

「どうか、ご無事でお戻りください」


「ああ。もちろんだ」

 そう言って、ヴェルナーはダミアンの肩を軽く叩くと、甲板へと上がる。

 生い茂る木々の向こうへと太陽が沈みゆくのを、目を細めて確認し、振り向いた。

 そこには、準備を終えたアシュリンとイレーヌ。そしてデニスの姿があった。

 ファラデーらは上陸して待機する部隊の指揮を執ることになっており、今はまだ準備の最中だ。


「陽が沈むと同時に、小舟に移乗して上陸する」

 ヴェルナーが行動について説明を始めると、三人は真剣な顔で耳を傾けていた。

「最初の目的は集落の場所の確認と、捕らえられたと思われる者たちの場所の確認だ」

 最悪の可能性について、ヴェルナーは語らなかった。

「交渉については、状況の確認をしてからにする。密かに救い出せるなら、それで押しまいだ。全員でさっさと引き上げて終わりにする」


「余はどうする?」

 船室から遅れて出て来たミルカは、いつものようなゆったりと布を巻いた伝統衣装ではなく、ヴェルナーから借り受けた軍服を着ていた。

「ファラデーたちと浜で待機してろ。状況がわからないとどうしようもない」

「承知した」


 続けて、ファラデーを呼び寄せたヴェルナーは、場合によっては緊急で脱出するため、小舟はすぐに出せるように用意しておき、即時戦闘に入れる体制でいることも命じた。

 打ち合わせを続けている間に陽は落ちて、月明かりだけが船体を照らしていた。

 灯りは消し、夜の暗さに目が慣れた頃に動き出す。

 ヴェルナーたちがするすると縄梯子を降り、小舟に移乗して漕ぎ出すと、ほどなくその姿は闇にまぎれてしまった。


「陛下。すぐに準備をいたします」

 ファラデーに声をかけられ、ミルカは肩をすくめた。

「分かっている。が、余は泳げぬ。海に落ちたら頼むぞ」

「えっと……」

 もじもじとしているレオナに、ミルカは「何かあるのか?」と尋ねた。


 すると、レオナは小さく右手を上げる。

「私も、泳げません……」

 小さな笑い声が甲板上に広がったが、それには決して侮蔑の意味は無かった。

「ご安心ください。我々がしっかりサポートします。それに、ここにいる全員が、少し前までは泳げなかったのです。恥ずかしいことはありません」


 ファラデーの言葉に、船員が頷いたのが薄暗い船上でもレオナには見えた。

「尤も、鎧を着ていたら我々も沈みます。なるべく軽装でお願いしますね」

「わ、わかりました」

 チェストプレートだけを付けていたミルカは、慌てて取り外し始めた。


●○●


 浜へと小舟がたどり着くと、ヴェルナーは濡れるのも構わず海の中へと飛び降り、膝までを水につけたまま船を曳き始めた。

「陛下。私がやりますので……」

 慌ててデニスも飛び降り、ロープを掴む。

「なら、手伝ってくれ。波もあって結構重い」


 アシュリンの身長では少し水深があって波の影響を受けやすく、イレーヌの雷撃能力を考えると濡れるのは避けた方が良いということで、ヴェルナーとデニスの二人がかりで砂浜へ船を引き上げた。

 そして、全員で小舟を近くの茂みへと隠した。

 小一時間後には、この浜にファラデーら待機組とミルカが陣を敷くことになるのだが、念のために目隠し程度はしておく。


「ここから先は森の中になる」

 ヴェルナーは腰からナイフを取り出すと、近くの木の幹に傷をつけた。

「迷わないように傷をつけていくが……念のためにマッピングもしていく」

「はい。用意はできております」

 イレーヌが、画板のように肩掛けにしたボードに一枚の紙をセットして答えた。


 アシュリンもデニスも近接戦闘に特化しており、戦闘になれば画板を壊さずに戦うことはできない。そのため、イレーヌがこの役に抜擢された。

「地図を描くのは初めてなのですが……」

「別に正式な地図として刷るわけでもない。大体の目印をつけていけば良いだけだ」

 あまり気負わないように、とヴェルナーに言われ、イレーヌは頷いて海岸と小舟を隠した場所の位置関係を書き込んだ。


「では、行くぞ」

 ヴェルナーが小声で声をかけると、デニスを先頭にイレーヌ、ヴェルナー、そしてアシュリンという順番で森の中へと入っていく。

 満月の灯りが木の枝から漏れてくる。

 鳥の鳴き声が遠くから聞こえ、他には濡れた落ち葉を踏む足音だけが響いていた。


 歩きながら、ヴェルナーはこの森について観察を続けていた。

 湿った大地には枯葉と土が混じった湿度の高い土壌が広がっており、土地の養分が豊かであるのは良く分かった。

「だが……」

 このような湿地帯であれば、川の水は透明度が低く、危険性も高いと予想できる。できれば、集落を見つけて井戸などから水を汲むべきだろう。


 ヴェルナーは、腰に提げていた水筒を軽く揺らした。

 中はたっぷり入っているが、それでも補給無しで何日も持つものではない。

「やれやれ」

 前世でも随分前にやった密林での行軍訓練を思い出し、気持ちが重たくなったヴェルナーは、小さく呟いた。


 早い段階に集落か、せめて綺麗な水場を見つけなければ、とミルカから聞いていた、集落があると思しき方向へと歩を進める。

 すると、二時間ほど歩いたところで、夜の静寂を切り裂くような叫び声がいくつも聞こえて来た。

「陛下……!」


 振り向いたイレーヌに頷くと、ヴェルナーは全員に身を低くするように命じた。

「戦闘しているのか」

 何かを叩きつけるような音が響き、悲鳴に混じって怒声のような声も聞こえる。目的の方向からは、仄かに火の揺らめきも見えた。

 しばし迷ったヴェルナーであったが、もし捕らわれた兵士が戦っていたり、そうでなくとも巻き込まれて死亡する可能性を考えると、待つという選択肢は無かった。


「慎重に近づく。もし何かの戦闘中ならば、この機に乗じて救出もできるかもしれない」

 反対意見が出ることも無く、一行はじりじりと集落と思しき場所へ近づいて行った。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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