115.遵法意識
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メンデレーエフは森林国と呼ばれてはいるが、その政体は対外的には明確にされていない。
国土のほとんどが深い森に囲まれており、国土を接する帝国や聖国の者が不用意に足を踏み入れれば、まず生きて帰れないとされている。
とはいえ、一部の行商人などは特別に許可されており、全くの謎というわけでもないらしい。問題は、情報をラングミュアが持っていないことだった。
そのため、ヴェルナーの命によって緊急招集された者たちは必然的にミルカから森林国についての話を聞くことになる。
状況の説明を受けた彼らは、優雅に立ち上がって一礼するミルカを複雑な表情で見ていた。
「親友ヴェルナー殿の特別な計らいによって、強大国たるラングミュア王国の保護国としてもらったスド砂漠国のミルカだ」
「ミルカ」
落ち着いた調子で自己紹介を続けようとするミルカに、ヴェルナーは声をかけた。
「時間がない。手短に、簡潔に、わかりやすく、必要な分だけ話せ」
「王族だというのに、無粋だな」
「無粋で結構。そんなものは部下の命と比べるものじゃない」
肩をすくめたミルカは、一度だけ咳ばらいをする。
「では、森林国について説明しよう。国というには王や国主がいるわけではないらしい。森の中に住むいくつかの部族があって、土地や水場を取り合ったりして戦っている……いうなれば、前時代の遺物のような連中だ」
ミルカはそう評しながらも、森林国の住人達の戦闘力については認めた。
「とにかくあの森が厄介だ。帝国も聖国も数度侵攻を試みたが、すべて失敗に終わっている。その原因が森だと言われているようだな」
砂漠国の諜報員が以前に調査した内容だ、とミルカは付け加える。
「平地で大軍をぶつけるのが得意な帝国や、拠点を作って例の火薬を使った攻撃に特化した聖国軍では、薄暗い森に潜んでいる森林国の部族たちとまともに戦うことすらできなかったようだな」
「ゲリラ戦か」
ヴェルナーは目元を押さえて呟いた。
現代戦の経験者であるヴェルナーは、大国がゲリラ戦で現地民に多大な被害を受ける実例を知っていたし、経験もしていた。
ミルカが言う通り、この世界の軍では対応は難しいだろう。
「ですが、まとまりの無い部族単位で動く相手であれば少数でしょう? せいぜい数百の相手に、帝国がそう簡単に敗北しますか?」
そう質問したのはデニスだった。彼はヴェルナーの護衛が主であり、戦場で指揮を執った経験はほとんどない。その故の質問だとヴェルナーは考えていたが、ミリカンやオットーもうなずいているのを見て、基本的な認識の問題だと思いなおした。
「そうじゃない。戦闘で人数は重要だが、大人数の軍隊が必ずしも有利とは限らない」
ヴェルナーが話し始めると、全員の耳目が集中する。
「補給や連絡に手間取ること、行軍の速度が落ちること、あとは費用がかさむこともあるな。そして、森などの遮蔽物が多い場所や暗所での行動にも制限がかかる」
視界が悪ければ同士討ちの可能性が高まる大軍の方が動きが鈍る。
「それに、森に潜んだ敵から、一人ずつ弓やナイフで静かに人数を減らされてみろ。敵がどこにいないかわからない状態で味方が減っていく恐怖。いつ襲われるかわからない緊張感に何日も耐えられる奴なんてそういない」
想像したのだろう。誰かが息を飲む音がした。
「連中は森を熟知している。対して、帝国や聖国の兵は知らない。これは大きな差だ」
装備に関しても、森を移動するのに馬は不適格であり、重い鎧を着て薄暗く湿った森を進むのは体力だけでなく精神も消耗する。
ヴェルナーがそう説明すると、誰もが視線を落とした。
「それで、ヴェルナー殿はどうするのだ?」
唯一、飄々としているミルカが問うた。
「決まっている」
「森ごと、派手に爆破するのか?」
興味を隠し切れない様子で尋ねたミルカを、ヴェルナーは強く睨む。
「馬鹿を言うな。話し合いから入るに決まっているだろう。俺としては、森林国の連中と事を構えて得られるものがそう多いとは思えん。消耗するものの方が大きい」
それで、とヴェルナーはミルカに話を続けるように言う。
「一体、何があったのかを説明しろ」
「わかった」
ミルカは立ち上がると神妙な顔つきを見せ、ヴェルナーに深々と頭を下げた。
「今回は余の失敗によるものだ。まず誤っておこう」
驚いている周囲をよそに、ヴェルナーは冷静だった。
「芝居はいらん」
「ふふ……。では、状況を説明しよう」
ミルカは再び微笑みを浮かべると、椅子へ座りなおした。
「知っての通り、スド砂漠国は不毛の地だ。人は煮焚きをするのにいくばくかの植物を乾燥させたものや、動物の糞を使う。しかし、それでは不足しがちになってきた」
小さくため息をついて、ミルカはちらりとヴェルナーへと目を向けた。怒られる前の子供のように。
「……そこで、無理を言って短期間だけ船を借りたのだ。森林国から木を調達するためにな。船があれば、大量に積み込むこともできるし、物が木なだけに水に浮かべて運ぶこともできる」
「勝手な真似を……」
「その通り、勝手な真似だ。だが、勝手にやらないとヴェルナー殿は許可しないだろう?」
「色々と質問はあるが、とにかく続けろ」
ヴェルナーに促され、ミルカは話を続けた。
「わかった、わかった。余はそう、たまたま硫黄回収に来ていたラングミュアの軍船があって、砂嵐の影響でもあったか、硫黄の到着が遅れていてな。時間もあったので……」
丁度よいと言うことで、軍船の船長に掛け合って森林国まで船を出せと“依頼した”らしい。
およそ王という立場を利用した無理押しだったのは明白だが、話を進めるためにヴェルナーは黙っていた。
「森林国に行ったのは良いが、思ったより伐採に手間取ってな。何しろ、我々砂漠の民は木を樵るのに慣れていない。そうこうしているうちに、森の連中に見つかってな」
「うん? ちょっと待てお前、まさか勝手に……」
「許可なんて取るわけないだろう。勝手に生えているものを伐るだけだ。何が悪い」
「よその国の物を採っているということから目を背けるな……」
ヴェルナーのため息に、ミルカは首を傾げた。
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ホラーですが、直接的に怖いというよりは、状況が怖いというか……良かったら、読んでやってくださいませ。
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