114.持ち込まれた問題
114話目です。
よろしくお願いします。
※後書きに次回更新についてご連絡がございます。
帝国や聖国の騒動は、基本的にラングミュア王国には何ら影響を及ぼさなかった。
一人の女性騎士が増えただけで、それも出自を秘匿された形であり、王妃エリザベートの専属護衛となったことで一般の目に触れることも少なかった。
「陛下自らが国外で活動されたおかげで、国の発展は停滞することなく進んでおります」
「皮肉にしか聞こえん」
ヴェルナーはオットーの言葉に鼻を鳴らした。
妻たちを避難先へ迎えに行った彼は王城帰着後も四日ほど無視されたが、回復したアシュリン・ウーレンベックの願いもあって夫婦たちは和解した。
“お預け”の期間が長かったこともあり、和解後の夫婦生活は非常に睦ましいものであったが、しばらくは国王ヴェルナーの寝不足を招く結果となった。
「まるで種馬の気分だ」
目の前に積み上がった書類全てに目を通し終わり、眉間を押さえた。
「大差はないでしょう。王族の役目で最も重要なことは血統を残すことです。一族の男系は陛下とエミリオ様しかおりません」
「お前ね……」
文句を言いたかったが、そうしたのはヴェルナー本人であり、また王侯の血統保持についてはオットーと同意見であったため、反論できなかった。
「人として、安寧が欲しい」
「王は人ではありません」
「俺には人権も無いのか……」
「人権が何かは存じません。陛下の前世での言葉でしょうけれど、少なくともこの世界には無いものですね」
改めて、ヴェルナーはいかに前の世界が温かかったかを感じ、目頭を押さえた。
「次は?」
「技術部の成果をご確認ください」
「……成果?」
技術部門のヘルマンと、左腕を包帯でがちがちに固められたロータルがいたのは城の外れにある広場だった。
ヴェルナーが到着すると、他にアーデルの姿があった。
彼女は名前をアーデルトラウト・オトマイアーから単なるアーデルへと変更し、家名についてはエリザベートが自らつけると申し出て、もう何日も待たされている。
「まだかい?」
「まだです、陛下」
そんな挨拶は、おそらくまだ数日は続くだろう。エリザベートは最高の家名を考えるつもりらしい。
「それで、成果を確認しろ、とオットーに命じられたわけだが」
「ははっ、陛下に命令できるのはオットー様だけですな」
ヘルマンは笑いながら一つの鎧を指さした。
木製の台に並べられたそれは、鈍色の武骨な配色ながらデザインは流麗で細身であり、いかにも女性的な雰囲気がある。
「アーデル様……いえ、騎士アーデルの装備を作ってみたんで、試してみようかと」
アーデルの立場は仮の騎士爵という形であり、ヘルマンやロータルよりも格下という形になる。身分を隠すためもあって、言葉遣いも徹底されることになっていた。
「早速、装備してもらおうか」
「思ったより軽いですね」
胴鎧を身に着けたアーデルの言葉は、強度に対する不安でもある。
「実際、柔らかいんですよ、これが」
予備に用意していた手甲の一つを台に置いたまま、ロータルは右腕一本で剣を叩きつけた。
すると、甲の一部はくしゃりとへこみ、液体がこぼれた。
「いくつかの仕切りを付けて、中に粘度の高い液体を仕込んでいます」
柔らかい部分が潰れ、衝撃を受け止めることで中の身体には影響が出にくい、と説明した。
「メイスやらで叩き潰されでもしないかぎり、かなり防御性は高いですよ」
ロータルの説明を聞きながら全身に鎧を身に着けたアーデルは、金属と違うひやりとした冷たさはそれか、と嘆息した。
「厚めの服を着ていないと風邪をひきそう」
「裏に革でも貼っておきましょうか」
ヴェルナーは早速アーデルに魔法を発動してみるように話してみた。
「では」
と、アーデルは右腕に魔力を集中して熱を発した。
「どうしてもあの灼熱に耐える素材はなかったんで、魔法を発動したら右腕の手甲は連結部分が燃え尽きてすぐに外れるようにしました。手甲そのものは再利用できます」
というヘルマンの説明通り、周囲にまで熱が感じられるころには、アーデルの細くしなやかな右腕は露わになっている。
「おお、いい感じに……」
とヴェルナーが艶やかな腕も含めて褒め言葉を口にしようとした直後だった。
ぽん、とはじけるような音がして、右肩と胴鎧の一部がはじけ、ねっとりとした液体がアーデルの右腕にまとわりついた。
水分があっという間に蒸発した液体は、得も言われぬ悪臭を放つ。
「陛下……」
すぐに魔法の発動を止め、涙目で助けを求めるアーデルにヴェルナーは首を横に振った。
「液体が熱膨張するのに耐えられなかったか。……アーデルはすぐに宿舎に戻って湯を浴び得てくると良い。ヘルマンとロータルは反省のためにここの片付けな」
肩を落とした二人をよそに、ヴェルナーは侍女を呼んでアーデルを送らせた。
●○●
城の内外で、似たような実験は随時行われていた。
ヴェルナーの思い付きから始まった実験もあったが、他にもヘルマンが考えた道具などもあった。成功率は低かったが、王族主導による科学の発展はヴェルナーの狙いでもあったので、積極的に推進されている。
火薬の製造や取扱いについても同様だが、まだ始まったばかりだ。砂漠国からの硫黄の輸入がようやくスタートしたところだった。
「で、なんでお前までくる?」
「随分な言い草だな。重要物品の最初の輸出だからな。万が一のことがあってもいかん」
硫黄の第一便がやってきて、責任者があいさつをしたいと申し出た。
そう言われてヴェルナーが会ってみると、責任者はスド砂漠国の王ミルカだったのだ。
「帝国では……というより聖国で、だな。うまく立ち回って、帝国に敵を増やし、敵を強化し、自分は見目の良い騎士を一人連れ帰った、か」
「そういう言い方をするな。妻が誤解する」
「聞いていないだろう?」
「どこから漏れるかわからんと言っているんだ」
身分に関係無く接するマーガレットも、言葉は強くともしっかりと面倒を見るエリザベートも、侍女たちに人気がある。世間話もしているようで、自分の話題が出ることも少なくないようだ、とヴェルナーは知っていた。
「で、態々ついてきたんだ。何か目的があってきたんだろう?」
「その通り。……妻をもう一人増やさないか?」
「勘弁してくれ。褐色美人は魅力的だが、今は手いっぱいだ」
ヴェルナーは即座に断りを入れたが、ミルカは食い下がった。
「では、弟君の相手にどうだ? スドとの友好を深めるためにも、姻戚関係があるのは悪いことではないぞ?」
談話室ではなく会議室に通され、お互いの護衛を後ろに従えての会談ではあったが、緊張感は乏しい。
「エミリオに?」
ヴェルナーの弟であるエミリオは、実母アロイジアと共に城内で生活しているが、母親同様に政治に監視を示さず、ただ毎日城内でいくつかの趣味と勉強をしながら過ごしている。
「エミリオ殿ももう十五歳。そろそろ結婚してもおかしくない頃ではないかと思うが」
「確かにな」
ヴェルナーにしてみれば、兄との対立時に敵に回った貴族たちから接収した領地を分け与えて、エミリオを独立した公爵家として扱うことを考えていた。
母親のアロイジアは自分の実母でもある。お目付け役として同行してもらうというのも検討している。
「……その話そのものは、別に悪くは無いな」
「で、あろう? 余のまたいとこにあたる、少し遠い縁ではあるがスド王族には変わりない。年齢も十二歳。見目も良いぞ」
「だが」
ヴェルナーは、ミルカに向かって胡乱気な視線を向けた。
「ただ嫁を紹介したいというわけではないだろう。……何を考えている」
ヴェルナーに問われ、ミルカは頭を掻いて視線をそらした。
「……少し、トラブルがあってな」
「具体的に」
「少しばかり行き違いがあってな。森林国と揉めた。戦争になるかもしれんから、助力を求めたい」
「……はあ?」
そんなものに巻き込むな、とヴェルナーが言うと、ミルカは口を尖らせた。
「そうは言うが、今のところスドはラングミュアの保護国。何かあればラングミュアに助けを求めるのは当然のことだろう。それに」
ミルカは指を二本立てて見せた。
「ラングミュアの船が二隻、その揉め事の影響で森林国に拿捕された。乗員ごとな」
「それを早く言え!」
頭痛を感じながら、ヴェルナーは詳しい説明を聞く前にミリカンとオットーを呼ぶように騎士へ命じた。
「森林国、か」
聖国へ行く船の中で通りすがりに海上から見た緑豊かな土地を、ヴェルナーは思い出した。
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次の更新は8月2日予定となります。
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