113.会談と毒の正体
113話目です。
よろしくお願いします。
談話室には大臣たちはいなかった。
皇帝と向かい合うラングミュア国王ヴェルナー。その後ろには護衛として騎士デニスがいた。皇帝の背後にはギースベルト大将が立っている。
「真相とは?」
「まずは、こいつらを見てもらおう」
ヴェルナーが指したのは、ブラッケとヒルトの二人だ。
「その者は知っている。なぜ捕縛された状態なのかはわからないが」
皇帝が言う通り、ブラッケは膝をついて縄を撃たれた状態だった。皇帝に対して何かを訴えようとしているようだが、猿ぐつわのせいで声にはならない。
「そして、この者は?」
皇帝はブラッケの状況に対して然程興味がないというふうに、ヒルトへと話題を変えた。
「私が存じております。亡きアルゲンホフ大将の副官だったものです」
皇帝の後ろから、ギースベルトが説明する。
「助かるね。本物だと証明してくれた」
「その技術武官は知らないが、アルゲンホフ大将とは面識がありますから……いえ、友人と呼んで良い間柄でしたので」
ギースベルトはヴェルナーの言葉に丁寧に返した。
「説明を続けてもらおう」
「それは俺の口からではなく、彼からにしてもらおう」
促されたヒルトは、アルゲンホフと共に訪れた旧聖国首都の状況と、アルゲンホフが毒殺されるまでの状況を事細かに話した。
「気付けばラングミュアに護送され、治療を受けておりました……」
「それを信じろと? 第一、彼の言う内容では毒殺の方法が明確になっていない」
皇帝が言う当然の言葉に、ヴェルナーは肩をすくめた。
「前の皇帝。……良い奴だったな……彼が毒殺された方法と同じだ」
ヴェルナーは二つの薬を取り出した。
「この二つ……」
小皿を用意させてその上に盛り付けた二種類の薬は、見分けがつかない白っぽい粉だった。
「お前は見覚えがあるよな、ブラッケ」
「それが、父上を殺し、アルゲンホフも殺害した毒だというのか?」
「その通り」
立ち上がったヴェルナーはブラッケの猿ぐつわを取り去る。
「ふざけるな! 前皇帝もアルゲンホフも、毒は見つかっていないはずだ!」
「そうだろうな。二種類の薬を一定時間内に両方飲まなければ効果が出ない毒だ。片方だけを検食しても発覚しないからな」
よくできた毒だ、とヴェルナーは嘆息し、ギースベルトも目を見開いている。
「……では、父上は聖国の手の者に毒を盛られた、と?」
「食事を用意する連中を脅したか騙したか、二つのルートで食事なり酒なりに混ぜたんだろうな」
毒見も意味がない、恐ろしい薬だとヴェルナーは語る。
「でたらめを……!」
「お前、アルゲンホフと同じ酒を飲んだな? どっちの薬かわからんが……試しに片方飲んでみるか? 随分日数が経ったが、ひょっとしたら多少の効果は残っているかもな」
ヴェルナーの言葉に、反論をしようとしたブラッケは青褪めた顔で口を閉ざした。
「さあ、こっちを試しに飲んでみるか」
「ぐ、ぐむぅ……」
顎を掴まれたブラッケは、涙目で歯を食いしばっている。
「飲めないだろうな。わずかでも体内に毒素が残っていれば、即座に反応して死ぬ」
「……証明をさせよう。この場で」
皇帝がかつてないほどに低い声を出した。
頷いたギースベルトは、すぐに動いて死罪となっている罪人を引き出してきて、皇帝の目の前で二種類の薬を飲ませることにした。
「両方を飲んで、生き残れたら死刑を免除する」
ギースベルトからそう告げられ、怯えながらも騎士に背後から押さえられた死刑囚は一つ目の薬を口にした。
「な、何もない……」
希望が見えた、という様子で笑みを浮かべる死刑囚に、誰もが厳しい目を向けている。
「では、もう一つを」
皇帝の言葉に頷き、ギースベルトはヴェルナーから受け取ったもう一つの薬を手にした。
「飲め」
「は、はあ……」
大きく唾をのみ込み、死刑囚は受け取った粉を水に溶かして飲み込んだ。
「うぐっ……?」
変化は、すぐに訪れる。
胸を押さえて跪いた死刑囚は、ぼたぼたと口から血を流し、目からは涙がこぼれた。
助けを求めるように見上げられた顔を、ギースベルトが見下ろす。
「……皇帝陛下」
振り向いたギースベルトに対し、皇帝は追い払うように軽く手を振った。
直後、ギースベルトは騎士の腰から剣を奪い、即座に死刑囚の首を切り落とす。
苦悶の表情のままこと切れた死刑囚の首が転がり、ヴェルナーも皇帝も、それを無感動に見ていた。
いや、皇帝の方はその目に怒りをたたえている。
「……父上の死に様を思い出した」
そういう言葉で、皇帝は毒の存在を認めた。
「ブラッケ。お前の言葉を念のために聞いておこう」
「こ、これは罠です! 陛下の臣たる私よりも、敵国の王を信用するというのですか!」
必死の懇願だが、それを真面目に受け取る者はこの場にいない。
「俺が信じたのは、俺の臣であるアルゲンホフの副官だ」
「陛下……!」
「その者を、差し当たって牢獄へ放り込んでおけ。詮議はギースベルトに任せる。だが、俺は死罪以外を認めることはないと知っておけ」
「はっ」
「良いのか? その男というよりは聖国そのものがやったことだが」
「構わぬ。ブラッケが首謀者であろうがなかろうが、これは俺の気を多少でも晴らすために過ぎぬ」
個人的な理由で人を殺すことを認めながら、それでも皇帝はブラッケを殺すと明言した。
「そうか。だが、それだけで終わらせるわけにもいくまい」
「当然だ。皇帝を殺されたと分かった以上、帝国が聖国に優しい手を差し伸べる理由などない。力を以て報復する」
それで、と皇帝は自らを落ち着けるかのように大きく息を吐いた。
「わざわざここまでしてくれたこと、何を望んでのことだ?」
「一つは、義理」
前皇帝に対して、ヴェルナーは友情を感じていた。
年齢こそ違えど、国を背負う人間として相通ずる部分を感じており、友好国の国主として、義父として、信頼できる人物であると考えていた。
それを殺されたことは、ヴェルナーにとっても憎しみを感じて当然のことだったのだ。
「もう一つは、国益」
「国益?」
「帝国は東西の国との戦いが続く。大将格を三人失ったし、兵たちも減った。広い土地を征服する難しさも必要な人数もわかっただろう?」
その間、果たしてラングミュア王国へ食指を伸ばす余裕などあるだろうか。ヴェルナーが語ると、皇帝は笑みを浮かべた。
「そう思うなら、それでも良い。今のところは感謝しておこう。では、会談は終わりだ。晩餐会を用意しよう」
「いや、遠慮しておく。今は互いに慣れあう必要は無い。ただ、アーデルトラウト・オトマイアー大将の墓だけ、寄らせてくれ」
皇帝はギースベルトに案内役を命じ、自らは自室へと向かった。
それからしばらく、皇帝は公的な発表はせずに沈黙を保っていたが、数日後に前皇帝の毒殺を公表し、その敵であるとして聖国への再侵攻を明言した。
同時に、大陸の完全平定を目指すとして、軍の最高指揮官として任命したギースベルトに作戦の立案と実行に必要な権限を与えた。
帝国は全ての国を敵にする。
●○●
「不可侵条約などを結ぶ良い機会だったのでは?」
「あの皇帝が相手なら、あまり意味のあることじゃないな。誰かに任せる度量があるように見えて、実のところ誰のことも大して大事に思えないだけのことだ。他人との約束など何とも思わないだろうさ」
久しぶりの自室でくつろいでいたヴェルナーは、オットーが淹れた紅茶を楽しみながら現皇帝を評した。
「少なくとも、人員的にもグリマルディの占領地を治めるだけで手一杯だろう。ギースベルトがあと二人……いや一人いれば別だが、しばらくは聖国相手にすら決定的な戦果は上がるまいよ」
「なるほど。それで、その恐ろしい毒はどうされたのです?」
「海に流した。充分に離れた場所でな」
帝国からは証拠品として毒を渡す様に要請されたが、ヴェルナーはこれを一蹴した。
「良いことかと。それで、陛下。もう一つお聞きしたいことが……」
「失礼します」
オットーの言葉を遮るようにノックをして入ってきたのは、帝国の騎士服を着たアーデルだった。
「おお。似合うじゃないか。どうかな、新生活は」
アーデルはヴェルナーを睨みつけた。
「他の騎士たちも良くしてくれますし、特に不自由は有りません。敗北者としては恵まれ過ぎた環境だとは思いますが……」
「なんだ?」
「エリザベート様にお会いしたいのです」
「あっ」
エリザベートの名が出ると、ヴェルナーは声を上げてオットーへと向き直った。
その顔には、たっぷりと汗が浮かんでいる。
「陛下……ご自身で迎えに行かれた方が良いでしょう。道中で言い訳をお考えください」
「わ、忘れていたわけじゃないぞ! 彼女たちも充分に羽を伸ばす時間が取れただろうし……そ、そうだ! アーデルを迎えに行かせるというのは……」
「転向したばかりの者を、そのような任務に使えるはずがないではありませんか。それに、陛下が迎えに行かなければ、待たされたことに余計お怒りになるかと」
「い、今帰ってきたばかりだということに……」
「侍女たちや職員に聞けばすぐわかる嘘です。火に油を注ぐような真似はおやめになられた方が良いでしょう」
「ち、違うんだ。忘れていたわけじゃないんだ……ただ、忙しさに疲れて……」
トボトボと歩きながら小声で言い訳を呟きながら立ち上がったヴェルナーは、いそいそと外出着に着替えて廊下に待つデニスへ声をかけた。
「妻たちを迎えに行く」
「はっ」
「いや、その前に花をたっぷり買って行こう。菓子もあった方が良いな」
「陛下……花は到着までもちません。菓子も腐ってしまうかと思うのですが」
さっくりと却下されたヴェルナーは、それらを道中で買い求めることと訂正して、慌てて城から出かけて行った。
「平和なものね……」
「次の戦いまでの安息の日です。戦いの準備期間でもあります」
オットーの言葉にアーデルは頷いた。
「流石は名将。この程度は私などが言うまでもありませんでしたね」
「名将だったのは昔のことよ」
アーデルは腰に提げた新しい剣を軽く指で弾いた。
「騎士としてやり直す。折角の機会だもの。一騎士として陛下から色々と勉強させてもらうわ」
吹っ切れたようだ、と見て取ったオットーは、短い平和が少しでも長く続くように協力をお願いしたい、とアーデルに希望を伝えた。
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