111.弾け飛ぶ戦場
111話目です。
よろしくお願いします。
ロータルの決断は、“三百といえども敵軍勢は止めておくべき”だった。
「爆破があれば敵は足を止めるはずだ……」
それでもギリギリまで、敵の観察をしていた。さらに、ロータルはただ敵を見ていただけではない。万一、敵の討ち漏らしが出た場合のことを考えて、埋設していたプラスティック爆薬の一部を掘り起こした。
土まみれの粘土を腹の下に抱えた格好で、伏せていたロータルは苦虫をかみつぶしたような表情を見せる。
「木偶か……!」
敵の馬車や一部の馬に乗せられているのは、近くで見れば人の形をしただけの藁や布でしかなかった。
ロータルは自分の失敗を痛感する。
敵を一網打尽にするために一度の着火で全ての火薬・爆薬が起爆するようにしたのだが、敵が分散するのであれば、埋設個所を複数に分けておくべきだった。
「ふぅ、ふぅ……」
懸命に呼吸を押さえているが、それでも緊張と焦りがロータルの呼吸を荒くする。心臓は先ほどから早鐘のように鳴っていた。
「後悔しても仕方がない。今やれることは……!」
口の中で、自分を叱咤するように言葉を紡ぐ。
爆薬を仕掛けたあたりに、すでに敵の軍勢は踏み込んでいた。足元に埋め込まれた異物に気付く様子もないことに安堵しつつも、起爆のタイミングを考えていた。
この時点で、ロータルは自然と爆破を決めている。
そして、爆破が終わったら腹に抱えた爆薬を壊滅した敵の直中に置いて、もし確認にくる者がいればさらなる打撃を加える。
「……よし!」
ロータルは手元に小さく火を灯した。
指先でゆらゆらと揺れるローソク程度の大きさの火を一度消す。
「思えば、こんな魔法が何かの役に立つ日が来るとは想像もしなかった」
国王に呼ばれた時、自分が何かしでかしたかと緊張で胃が痛かったことを思い出し、ロータルは思わず笑みを浮かべた。
「私のこの魔法が、多くの敵を倒すんだ。そして、ラングミュアは発展する。帝国は大打撃を受けてラングミュアに攻め込む力も失う」
国王ヴェルナーの聖国での工作に、部下が疑問を感じていたことがある。だが、ロータルは納得していた。
帝国にラングミュア以外の敵を作る。グリマルディはもう敵と成り得ないから、他の敵を。
そして、その間にラングミュアは防衛の準備を整える。
ヴェルナーはそう説明して、しかもロータルがその要の一人だという。
「死ぬわけにはいかないな」
地面に張り付くようにして精一杯身体を低くしたロータルは、目印に立てていた油をしみこませた棒に、遠くから魔法で火を点けた。
小さな火であり、集団は気付かない。
そして、最初の爆発が発生して帝国軍前衛部隊は根こそぎ吹き飛ばされた。
ロータルは爆風に耐えながら、ポケットに入れたわずかな火薬に引火しないように懸命にポケットごと手で握りしめている。
爆風はあっという間に通り過ぎる。
そして大量に巻き上げれた土砂と共に、兵士たちが持っていた武器や荷物、破壊された馬車や木偶の破片が降り注ぎ、中には血肉も混じっていた。
「うぐっ!?」
鋭い痛みを感じて目を向けると、自分の左腕に手のひらほどの大きさがある木材の破片が突き刺さっているのを見つけ、ロータルは慌てて引き抜いた。
「ああ、しまった……」
あふれ出た血を見て、抜くべきではなかったと後悔しながらもハンカチを取り出して傷口を強く縛る。
手早く結びながらも、興奮が勝っているのは不思議と痛みをあまり感じない。しかし、血を失った分身体に怠さを感じ始めていた。
急がなくては、身体が動かなくなる前に次の爆破をしなければならない。
まだ破片が降り続ける爆破個所に向かって、ロータルは飛び込んだ。
「はあっ、はあっ……」
周囲に生きている者の姿は見えない。
煙と土埃が舞っており、帝国軍が来た方向も、聖国王都方面も見えないが、逆に言えばそれでロータルの姿も見えないはずだ。
プラスティック爆薬を抱えたロータルは、血をこぼしながら走った。
人の死体や、人馬の区別がつかない肉、馬車の破片に折れた剣を横目に見て、吐き気を覚えるような血とくすぶりの臭いにまみれる。
これがラングミュアの戦い方なのだ。
ロータルは悲惨な状況ながらも、ラングミュア、ひいては国王ヴェルナーが作り上げていこうとする新しい戦場に興奮を覚えていた。
今までも、アーデルトラウト・オトマイアー大将のような強力な魔法を持っている人物が戦況をひっくり返すことはあった。だが、これほど大規模に、一網打尽にする攻撃は前代未聞だ。
聖国は火薬を持っていた。
だが、ロータルからすれば有効に活用できていたとは思えなかった。砲弾を撃ち出すのも強力な攻撃だが、敵を直接爆破したり、橋を落としたり砦に仕掛けて空城作戦をとっても良い。実際に、ヴェルナーからそれらの使用法を教わった。
「ラングミュア王国が、これからの大陸の覇者になる。そして、国民は戦争の脅威から解放される……!」
ロータルは赤く染まったハンカチを忌々し気に取り去ると、袖を引き裂いてさらに強く巻き付けた。左腕の感覚はもう無い。
それでも、右腕に抱えたプラスティック爆薬の存在は実際以上に重く存在感がある。
「ここなら、良さそうだ」
石畳など全て吹き飛んでしまっているが、そこは街道の中心部であり、爆発の影響を多く受けた場所だ。
少しだけ爆心地をそれて、燃えている物が近くにないことを確認して、地面に手を当てると、まだ熱かった。
足で地面を軽く掘り、素手で触れてもよさそうな熱さに迄下がったことを確認して、プラスティック爆薬を慎重に置く。
ぐにぐにと指で中央に穴をあけ、ポケットから取り出した黒色火薬をさらさらと流し込んでいくと、導火線となる油をしみこませた棒を立てた。
そこで、ロータルは多くの足音が帝国本土方面から近づいてくるのを感じた。
「やっぱり、本隊は後方にいたのか……!」
驚くことに、音からして敵の数は先ほどの部隊よりもはるかに多い。やはり国境で確認された二千という兵数は間違いではなかったのだろう。
そうすると、ロータルが今設置した爆薬が効果を表す。
「二度目の爆発に巻き込まれれば、敵も慎重になるはずだ。そこに……っ!?」
反対方向、聖国王都方面からも騒動の音が聞こえ始めた。それは救国教残党が率いる聖国の民衆たちなのだが、ロータルには正確にはわからない。だが、味方ではないだろう。
音に耳を傾けている間にも、帝国軍本隊はかなりの速度で迫っていた。
「……連続で爆発は無いと思っているな? それなら、好都合だ」
ロータルは走り始めた。
二つの集団に囲まれている緊張感と、血を失ったというのに速まっている鼓動に舌打ちしながらも、重く感じる足を懸命に動かす。
そして、ロータルの背後を帝国の先頭集団が駆け抜けようとする瞬間、ギリギリ見えている導火線に着火する。
飛び込むように地面へ倒れようとしたロータルの身体を、爆風が大きく煽って転がす。
それでも姿勢が低かった分、爆風の影響は小さかった。
ごろごろと転がりながらもどうにか地面に張り付いたロータルの上を、槍や剣が飛び、鎧の破片が飛び越えていった。
そして、帝国兵も。
明らかに狼狽えて足が止まっている帝国の軍勢を間近に見て、ロータルはしてやったりと笑った瞬間、左腕の痛みが強くなったのを感じた。
「うっ……これは、駄目かも……」
左腕の傷口は広がり、転がったときにどこかにぶつけたのか肘から先は奇妙な方向に曲がっている。
痛みは全身に広がり、仰向けに転がったロータルに向かって帝国兵の一部が近づいてくるのがかすむ視界の端に見える。
「捕まるよりは、良いか……。申し訳ありません、陛下……」
意識を失いかけたロータルは、まだ動く右腕を空へ向かって伸ばした。できれば自分の国で死にたかった、と思う。
視界が白く塗りつぶされ、気を失いかけたところで、伸ばした右手を誰かが掴んだ。
同時に、周囲で小さな爆発音が立て続けに起こり、悲鳴や驚きの声が聞こえる。
「起きろ! 馬鹿野郎!」
声と同時に腕は力づくで引き上げられ、力が抜けた身体にロータルは再び気力を巡らせて馬上から無理な体勢で腕を掴んでいる人物の顔を見た。
気絶しかけたロータルの意識が、一気に覚醒する。
「へ、陛下!?」
「さっさと乗れ!」
命じられるままに、ヴェルナーが座る鞍の後ろに這いあがると、馬は勢いよく走り始めた。その走り去った後が、次々と爆発による煙によって塗りつぶされていく。
「やれやれ、もう少しスマートに敵を陥れるつもりだったんだがな」
こういう派手なのは予定外だぞ、とヴェルナーが言うと、ロータルは泣きながら詫びを言う。そして、ヴェルナーの腕に掴まれた右腕が熱く感じた。
「生還した。とりあえずそれでいい。しかし……」
うつ伏せに馬の尻に乗ったような格好をしたロータルに振り向いて、馬の腹を蹴りながらヴェルナーは笑った。
「帝国兵の連中、驚いていたな。爆発が終わったところにまた爆発だ。どうやったか、後でゆっくり聞かせてくれ」
馬は疾風のように駆けて、小爆発が次々と起きる戦場からあっという間に離脱した。
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