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107.新たな部隊

107話目です。

よろしくお願いします。

 グンナーの部下を通じ、ヴェルナーからの命令書を受け取ったロータルは唇の端を上げて笑みとも苦みともとれる表情を浮かべた。

「大舞台が用意された」

「派手にやるんで?」

「派手も派手。……持ってきた火薬を全て使い切れ、渡したプラスティック爆薬も使い切れ、とさ」


 部隊員の騎士たちはロータルの言葉を聞いて彼と同じような表情を浮かべる。

「あー……。陛下は国境周辺の地面を全部ひっくり返すおつもりで?」

「ひっくり返すのは我が国と帝国の兵力差だろうな」

 ロータルが説明した作戦に、隊員たちは歓声と悲鳴を同時に上げた。

「敵、我々、敵、そしてまた別の敵。随分と分厚い構造の戦場ですね」


「まとまっている分、やりやすい」

 ヴェルナーの指示は旧国境を越えて帝国本土から再び送られてくるであろう戦力に対して爆発物による最大の打撃を与えつつ、離脱して帰国しろという実にアバウトなものだった。

「要するに、細かい部分は自分たちで考えろということだなぁ」


「信頼されていますね、隊長」

「涙が出るほど嬉しいね。だが、きっと陛下はどこかで見ている。緊張の方で泣きそうだ」

 ロータルは早速準備をすることにした。旧国境からの報告で、帝国方面から大軍が押し寄せてきている報告が届いたばかりなのだ。

 今頃は、旧王都近くにいるはずのヴェルナーにも連絡が届いているだろう。


「出番はすぐだ」

「やっと本国に帰れる」

 誰かがこぼした言葉に、全員が頷いた。

 そして、ロータルは冗談ではなく本当に緊張感で身体がしびれるような感触を味わっていた。ヴェルナーから、隊長として最大の義務を聞かされていたのを思い出す。


「命令もこなす。そしてお前たち全員を国に帰すことが私の役目だ。死ぬなよ」

「もちろん。隊長も一緒に」

 拳を突き合わせた彼らは、慣れた手つきで荷を解き始めた。中身はたっぷりと詰まった火薬だ。


●○●


「やれやれ……」

 二千名を超える大軍を率いたルッツ・ギースベルトは、幌馬車から身を乗り出して正面を見ていた。

 かつてランジュバン聖国と呼ばれ、宗教国家として多くの秘密を抱えたまま帝国や砂漠国とやり取りをしていた国は、今や帝国最大の忌避すべき地となりつつある。


 かつての多くの戦いの中で、帝国の軍勢がこれほど一方的に蹂躙されたことはなかった。皇帝は涼しい顔をしていたが、他の大臣たちは怒り心頭であり、グリマルディ王国の制圧は文官たち中心の体制に移行してでもギースベルトを旧聖国へ送ることを決めた。

「アルゲンホフが死んだか。フォーレルトゥンも。そしてオトマイアーは裏切り。どうなっているんだか」


 多くの軍人たちと輜重の馬車が通ったことで荒れている街道の道路状況は悪い。

「馬に乗っていた方が楽だな」

 たっぷりと布を強いていても容赦なく突き上げられる痛みに顔を顰めながら、ギースベルトは馭者の肩越しにじっと進行方向を見ている。

 草原はいつしか荒地に変わっており、緑の少ない、赤茶けた大地が広がっていた。


「埃っぽいな」

「失礼しました。では幌を閉めますので……」

「いや、はは。単なる愚痴だ。気にしなくて良い」

 ギースベルトのつぶやきに馭者が振り向いたのを、ギースベルトは止めた。幌を閉ざされてしまうと前も見えなくなる。


「まもなく旧国境が見える頃かと」

「“旧”国境ね。……旧にせずに、そのまま国境にしておけば良かったんだ」

 ギースベルトは、今回の聖国行きについて皇帝と交渉を行った。「一つご提案があります」と皇帝へ言った時、周囲はざわついたが皇帝自身はあっさりと頷いた。


 謁見の間でのことだ。突然呼び戻された何事かと思えば、アーデルトラウト・オトマイアーの裏切りが確定し、おまけに五百名の帝国兵が帰ってこないと聞かされた。

 そして、後始末をせよ、という命令がギースベルトへと下されたのだ。

「提案とは、どういったものか」

 皇帝が問う。


「旧聖国領を放棄してはいかがでしょう」

 馬鹿な、と大臣の誰かが悲痛な叫びをあげた。

「戦いの末に得られた土地を放棄するというのか!」

「黙れ。今はこの者と話をしている」

 皇帝の言葉で口はつぐんだものの、叫んだ大臣は怒り心頭といった表情だった。


 それを横目に見たギースベルトは、表情を崩さない。

「説明せよ」

「はい。私の知る限り、かの地は今や混沌とした情勢です。帝国軍でも地方反乱を完全に抑えるにいたらず、真意はわかりませんが、オトマイアー大将も妙なことを考えているらしい」

 ギースベルトは皇帝の表情をちらりと盗み見たが、真顔でじっと自分を見ているだけで、その感情まではわからなかった。


「まず第一に、あの土地を得ることで帝国が豊かになることはありません」

「人的資源もある。また聖国には強力な兵器となる技術があると聞いているが?」

 皇帝の質問に、大臣たちからも賛同の声が上がる。

 それでも、ギースベルトは揺るがない。

「人はただいるだけでは何の役にも立ちません。敵性勢力でしかない連中がどれだけいても、何の役にも立たないものです」


 皇帝が頷いたのを見て、ギースベルトは続けた。

「兵器はあるでしょう。しかし、旧聖国を押さえて数か月経った今でもまともに情報すら届いていない。旧聖国の勢力が隠匿しているか、あるいは……たしか、聖国王都でオトマイアー大将はラングミュア王国の勢力と出会っていますね?」

「そう聞いている。王であるヴェルナー自らがオトマイアーに協力したそうだ」


 自由で羨ましいことだ、と皇帝は小さく呟いたが、それはギースベルトにしか届かなかった。そして、ギースベルトは聞こえなかったふりをした。

「では、ラングミュア王が根こそぎ持ち帰った。あるいは破壊してしまった可能性も高い。オトマイアーの性格を考えれば、“まだ”見つからないという報告はしても“なかった”とは報告しづらいでしょう」


 さらにギースベルトは皇帝へ視線を一度向けてから言う。

「……陛下が任命なされた技術武官の存在を知っております。彼の存在はオトマイアーにとって皇帝陛下の命令を受けた上位者にも感じられたかも知れませんが……」

「陛下のご判断が間違っていた言うか!」

 先ほどと同じ大臣が吠える。


「よい」

 皇帝は軽く手を上げて大臣を諫めた。

「それで、お前ならばどうする。ギースベルト大将」

「大軍を以て国境を封鎖し、かの地を放棄いたします。貧しい土地を奪い合う戦いが起きたとしても、我々がわざわざ出向いてこれ以上の血を流す必要はありません」


 ギースベルトの進言は全面的に受け入れられた。

 そしてアルゲンホフ大将の軍に所属していた兵士たちの一部や予備兵力も加えた大兵力が帝国本土から聖国方面へと向かっている。

 あまりに大きな兵権を得たギースベルトの存在を危惧する声もあったが、皇帝はその声を無視し、ギースベルト自身も鼻で笑っていた。


「皇帝になったところで、国を左右する戦争にでもならない限りは城に閉じ込められているだけだ。頼まれたってやるものか」

 声に出して言ってみたギースベルトは、謁見の際に皇帝が漏らした言葉を思い出していた。

「ひょっとすると、皇帝は……」


 あまり良いことにならなそうだ、と言葉を止めたギースベルトは、旧国境の砦が見えてきたところで指示を出した。

「制圧しろ。全軍を以て国境を封鎖する。帝国の兵に見えてもまずは武器を捨てさせろ。抵抗するなら殺せ」

 大軍であり、再編成されたばかりの軍であるために命令伝達と行動開始はギースベルトが考えているよりも遅かった。


 しかし、戦いは確実に始まりを迎えつつあった。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。


※今後、しばらく更新が不定期になります。

 ご迷惑をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

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