104.アーデルの考え方
104話目です。
よろしくお願いします。
「敵の全滅を確認しました」
「そうか。ご苦労」
馬で周囲の状況を確認した騎士が報告をすると、ヴェルナーは短く答えた。
王の視線の先に倒れ伏した男が一人いる。絶命しているらしいが、その装備は他の兵士や騎士たちに比して立派なものだ。尤も、見る影もないほど踏み叩かれているようだが。
「敵将、でしょうか?」
「そうだろうな。恐らくはあの混乱の中で味方に踏みつぶされて死んだのだろう」
立て続けに起きた大爆発を前に混乱しないはずもない。周囲にある死体はどれもが驚きと恐怖に満ちた表情をしていることに気付き、騎士は息を飲んだ。
「陛下の臣で良かった、と思います。本当に……」
「そうか」
短く答えたヴェルナーはラウレンツの死体から視線を外し、騎士へと目を向けた。
「やれやれ。帝国が面倒なのはその人材の厚さだな。目立たない大将格でもこれだ」
ヴェルナーの言葉に、騎士は首を傾げた。
「旧国境の斥候からの報告では、ラウレンツ・フォーレルトゥンという将とのことです。今までは後方勤務が多く、確かに目立たない人物ですが……」
騎士はヴェルナーがラウレンツを評価するような言葉を出したことが意外だったらしい。爆薬の魔法で完膚なきまでに敗北し、知られる限りは戦果らしいものがほとんどない相手に対して。
「何を勘違いしている。後方勤務。兵站の確保や護衛任務を大将格になれるだけ着実にこなしてきたということだろう。評価されるほどに効率よくできる奴だったわけだ」
それを先に知っていれば、もし安全に接触できる機会があれば、引き抜きを狙ったかもしれない、とまでヴェルナーは言う。
「戦闘は戦いが得意な奴がいれば勝てるというわけじゃない。食い物が無ければどんな強兵でも飢えるし、情報が無ければ敵を探し出すことも、必要な作戦を立てることもできない」
国家の運営も同じで、様々な才能が適した立場にいるからこそ、良い国家になる。
「誰かを評価するとき、騎士や兵士は強さを基準にしやすいが、その部分だけを見て有能無能を語ると、いずれ足元を掬われるぞ?」
「はっ……!」
「それと、誰かを評価するのは別に良いと思うが、みだりに口にしない方が良い」
多くの場合、たった一人が見聞きして出した評価は間違えていることが多い、とヴェルナーはこぼした。
「……つまらん話をしたな。こいつらはこのまま打ち捨てておいて良い。俺たちは旧王都に移動して、情報を確認。その後東の港へ向かう」
ヴェルナーは頬を叩いた。
「うし。本格的な戦いはこれからだぞ」
●○●
アーデルトラウト・オトマイアーは国境からの連絡を受けてラウレンツの到着を待っていたのだが、待てど暮らせどラウレンツらは現れず、結局迎えの兵を出したことでラウレンツらの全滅を知った。
この時点で、ヴェルナーがラウレンツを撃滅してから五日が経過している。すでにヴェルナーは王都でグンナーの部下たちから情報を得て港方面へ向かっているのだが、アーデルがそれを知る由は無い。
「後手に回って失敗した……!」
机を殴りつけるような勢いで両手をついたアーデルは独り言を呟いた。
ラウレンツ大将が来るのであれば、本国への帰還についても彼と共に行く、もしくは総督職を彼に一時委任すると考えていたアーデルは、あてが外れたことに歯噛みしている。
自らが疑われていることも明確にわかった以上、確認役が来るのであれば座して待つべきだろうと考えた結果が裏目に出た。
「こうなれば、一刻も早く皇帝陛下に状況をお伝えして助力を乞う……いや、弁明と言うべきか……」
いつの間にこのような立場に立っていたのか、アーデルは悔しさで血がにじむほどに奥歯を噛みしめた。単純な戦闘であれば相手の策ひ乗せられたことなどほとんどない彼女だが、こと政治的な部分でのセンスが自分に欠けていることを痛感していた。
「あくまで私は軍人であったというわけね……腹立たしいけれど、ラングミュア王のように、そして皇帝陛下のように土地を預かる身には向いていないのよ」
思えば、侯爵家に生まれて貴族領の運営に携わったり、どこかの家に嫁いで屋敷を管理するようなことは性に合わない、と強権を使ってまで騎士になったのではなかったか。
「……陛下に謝罪しなくては。大将格の剥奪もあるかも知れないけれど、失敗した責任はとらなくてはね」
自分に言い聞かせて覚悟を決めようとするが、アーデルの内心には恐怖があった。
戦闘で死ぬことは覚悟していたし、女である以上は辱めを受ける可能性すらも考えていた。無論、そうなる前に自害するつもりでいる。
だが、無様に失敗した挙句、皇帝に対して弁明せねばならぬ状況というのは武人として想定していなかった。
「おまけに、何がどう失敗したのか説明できない部分も多いのよね……」
言葉の中にため息が混じる。
冷静にならねば、と自分の胸に手を当て、椅子へ座りなおしてアーデルは執務室の中を見回した。副官たちは全員が出払っており、状況の確認に奔走している。
「まず、フォーレルトゥン大将を倒した勢力ね」
アーデルは二つの勢力の可能性を考えている。一つは救国教残党によるもので、もう一つはヴェルナー率いるラングミュア王国軍が動いている可能性だ。
特に、後者の可能性が高いと見ている。
「いくら後方勤務に慣れた部隊とはいえ、護衛任務もこなしてきた程度には戦えるわ。救国教に五百名の帝国軍を壊滅させられるほどの力があるとは思えない」
しかし、救国教残党の可能性を完全に捨てきれない。
「火薬を救国教が握っていたら? あるいは、あの男が流していたら……」
アーデルが指しているのは元聖国軍大将ブラッケのことだ。まだ彼が裏切り者であり、救国教との繋がりが残っているという証拠は見つかっていないが、火薬を使用する兵器を救国教残党が使えば、集団に対して少数で壊滅的打撃を与えることは不可能ではない。
調査をしたいところだが、アーデルにはそんな時間は残されていない。ラウレンツが帝国へ戻らなければ、そしてそれについての説明も何もなければ、皇帝は確実にアーデルを裏切り者と判断するだろう。
とてもじゃないが、そんな状況にアーデルは耐えられなかった。
「無様を承知で、皇帝陛下にすがりつく、か……」
そのために、アーデルはようやく決意した。
「誰かいるか!」
大声で呼ぶと、ドアの外で待機していたらしい騎士が五名、速足で執務室へ飛び込んできた。殺気立って剣の柄に手を触れているあたり、敵襲かと思ったらしい。
「お呼びですか?」
敵の姿が見えないことに安堵したらしい一人が尋ねると、アーデルは頷く。
「ブラッケを捕縛する」
短く宣言すると、騎士たちは神妙な顔で頷いた。
「名分は無い。ただ怪しい、それだけのことだが、手を貸してもらえるだろうか?」
アーデルはあえてそう聞いた。不名誉な結果につながる可能性があると先に説明しておいて、納得した者だけついてきて欲しいと思ったからだ。
騎士たちは、アーデルのその律義さが付け込まれる危うさであると薄々気付いてはいたが、その部分をこそ貴重なものだとも感じている。
誰一人、アーデルの願いを断ろうとはしなかった。
「……登城していることは確認しております。急ぎましょう」
「わかった。頼む」
剣を提げ、執務室を出ていくアーデルの表情は険しかった。
ブラッケを捕らえたからと言って自分の潔白が証明されるとは限らない。だが、それでもあれが獅子身中の虫であることは確信している。
最悪の場合は、自分が乱心したと思われようとも、ブラッケを排除せねばならぬだろう。それが、アーデルなりの帝国への忠誠の示し方だった。
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