101.方針変更と戦闘開始
101話目です。
よろしくお願いします。
「思ったより、アーデル殿は頭が固かったな」
旧聖国王都内に設けた潜伏場所に戻ったヴェルナーは、デニスに向かってため息交じりに語った。
「折角の陛下の申し出を断られるのは、さすがに……」
デニスは自分の主君が助けようとしているのを断ったアーデルに思うところがあるらしい。だが、ヴェルナーとしてはそれこそどうでも良かった。
「デニス。お前はラングミュアの国民で騎士として国に忠誠を誓っているから、そう考える。アーデル殿は帝国に忠誠を誓う軍人だ。そこを考えられないと、いずれ戦闘でも痛い目にあうぞ」
それはヴェルナーが傭兵として仕事をしていく中で実感したことだった。死因になった自爆もそうだが、基本的な感覚が違えば考え方も違う。そこを理解できなければ相手がどう出るか想像などできないものだ。
「アーデル殿のにはアーデル殿の基準や矜持がある。聖国の民衆も自分たちの生活や信仰がある。考えるべきはそのバランスと思考の方向だ。……そういう意味で、今回は俺も読み違えた」
アーデルが軍人としてここまで意固地な部類に入るとはヴェルナーも想定しなかったし、聖国の民衆がこれほどアーデルに期待をかけているとも考えていなかった。
デニスはヴェルナーの言葉に頷いた。
「ですが、今の時点で国境での工作はこれといったミスはありません。この後どうするのかは陛下次第です」
「方針を変えるとしよう」
ヴェルナーはあっさりとこれまでの方針を撤回した。国境に布陣させた者たちは、引き続き帝国からの攻勢に対して軍事力で応戦させることは変わりないが。
「アーデル殿を孤立させる方針については変えないが、接触はギリギリまで控える。この旧聖国そのものを完全に孤立させてしまうことにしよう」
ある意味で、ヴェルナーはこの旧聖国の民衆を見限った。支配されることが当然であると考え、誰かが導いてくれることに期待するが、自分たちでどうにかしようと行動することは無い。国内で救国教の過激派が反乱を起こしているのを知っているだろうに、救国教の和平はというものが出てくる気配もないのだ。
「最終的に」
ヴェルナーは三つの目的を挙げた。
「アーデルの孤立。ブラッケの死。そして旧聖国領を帝国にもラングミュア王国にも所属しない放棄地にしてしまうことだ」
「陛下がこの旧聖国に魅力を感じられないのはわかりますが、帝国が手を引くでしょうか?」
「引かせる。というより、帝国に対抗する勢力としてそのまま残す。救国教の連中に訓練を施し、裏から援助をして帝国の兵を相手に戦わせる。侵略者であるとしてな」
ヴェルナーは言いながら、前世の世界でどこかの国がやっていたことを思い出していた。いわば代理戦争のようなものだが、今回は自分たちラングミュアも帝国と戦う予定だ。
デニスは今一つ理解できない様子だったが、また詳しく説明する、と言ってヴェルナーは話を終わらせた。
「問題は、この世界の権威主義が思ったよりも根強いことだな」
ベッドに倒れながら呟くヴェルナーに、デニスは口を開いた。
「権威主義、ですか」
「そう。王や皇帝に無条件で従う人間がほとんどだ」
デニスは首を傾げた。それは当然のことではないかと考えているのだろう。
「社会組織として専制君主制度を使って民衆を支配している俺が言うのも妙な話だが……デニス、お前はどうして俺に付き従う?」
「それは、陛下が我がラングミュア王国国王であり、また同時に尊敬すべき御方であるからです」
「そう、それな。どうして国王に従う必要があるんだ?」
「えっ? それは、当たり前のことかと考えますが……」
理由を問われるとデニスは口ごもった。適当な言葉が思いつかないようだ。
「生まれたときの地位なんて、その人物の能力を何一つ決めるものじゃない。本来はな。もちろん、教育や環境で為政者としての能力を身に着けるという側面はあるだろう。それは否定しない」
しかし、ヴェルナーはこの世界に生まれ落ちて二十年近くになっても、権威への対向者が恐ろしく少ないことに時代が持つ共通認識の恐ろしさを感じていた。
「生半可な民主主義を掲げる馬鹿はいたが……実のところ、血筋なんてものは理由づけにはなっても何の力も持っていないわけだ。だから、いくら相手が王や皇帝でも間違った意見であれば反対して当然なんだが……」
それができる者がどれほどいるだろうか。ヴェルナーが知る限り、オットーや帝国大将のギースベルト程度ではないだろうかとさえ思える。
「では、このままオトマイアー大将はお見捨てになられる、と」
「いや、そうなるとエリザベートが悲しむ。多少無理矢理にはなるだろうが、危機になれば助ける。逆に言えば、本当に危機になるまでは助けない」
毒や刺客については充分に注意するだろうが、限界はあるだろう。
「無事に帝国本土へ逃げおおせるならそれで良し。殺害されそうなら救出する」
ここで、ふとヴェルナーの脳裏に帝国本土へ戻ってから、アーデルが殺害される可能性が浮かんだ。今の皇帝が何を考えているかはわからないが、反逆者として処刑される可能性がまったく無いわけでもない。
「……とにかく、アーデル殿の周囲に配置している監視は増やしておいてくれ」
「分かりました」
そして、ヴェルナーは早々に旧聖国王都を後にした。
どうせならば、帝国内の反乱という形で帝国の戦力を減らしておこうと考えたのだ。つまり、帝国と旧聖国の国境、ロータルらが布陣している場所へ行き、自らの手で皇帝が派遣した軍隊を叩きのめすのだ。
「さぁて、折角だからロータルの部隊がどう活躍するのかも見せてもらおう」
●○●
旧聖国との国境を目前にして、部下からの報告を聞いたラウレンツ・フォーレルトゥンは顔がほころぶのをこらえるのに苦労した。
「では、完全に敵対する姿勢を見せている、というわけだな」
「帝国方面へ逃げていく商人からの情報です。旧王都ではオトマイアー大将を新たな王として称える集団が押しかけているようで、その動きは少なくとも一日前までは解除されていなかったようです」
考え込むふりをしながら、ラウレンツはすでに攻め込むことを決めている。しかし、国境の時点で戦闘になれば、余計な消耗を招いて王都でアーデルとの戦いになったときに不利になる可能性がある。
アーデルの手勢は旧聖国各地で反乱の鎮圧に出ていてかなり少ないとは言われるが、それでもアーデル自身の強さも無視ができない。
「国境警備の者たちへ使者を出せ」
「はっ。どのような内容を伝えましょう?」
「皇帝陛下が派遣された軍が、オトマイアー大将の助力に来た。街道を開け放ち、通過に支障が無いように用意せよ、と」
「助力、ですか?」
「何を驚く。かのオトマイアー大将がまこと陛下の臣であるならば、私の仕事はその確認と必要な助力をすることにある。何も間違えてはおるまい」
「はっ」
早速使者を立てる副官を横目に、ラウレンツは自分の栄達を考えて遠く旧聖国王都の方面へとまなざしを向けた。
オトマイアーが失敗したとなれば、ラウレンツが旧聖国の新たな総督となる可能性も高い。そこで確実に旧聖国を併呑せしめたとき、その地位はより盤石なものとなるだろう。
「あるいは、聖国領の大部分を領地として与えられる可能性もあるかもしれぬ。いささか痩せた土地であり、民衆の程度もあまり良くはないようだが……」
その程度のことは我慢してやろう、と考えているラウレンツは、すでに自分が失敗する可能性など考えていなかった。
ほどなく、使者が戻り警備責任者が通行を許可した旨を伝えると、いざという時に妨害をされることを考えてラウレンツは数名の兵士を残していた。オトマイアーとの戦闘になり、長期化してしまった際の補給線の要所となる。
後方勤務が多かった経験からの配慮だが、そうすることで部下たちに安心感を与える効果もあった。
「では、参るぞ」
ラウレンツの部下たちは、妙に浮ついた雰囲気の上官に疑問を感じながらも、警備の者たちがあっさりと通行を許可したことで今回の作戦が穏やかに終わるのではないかと期待していた。
元よりオトマイアー大将の裏切りなど考えていないが、すんなり終わればそれだけ早く本国に帰れるのだ。
集団がゆるゆると旧国境を越える。
今や聖国も帝国の一部となっている土地ではあるが、国境を越えてすぐの場所で前の使者は攻撃を受けている。一様に緊張した顔で周囲を見回していた。
「爆発する妙な武器を使ったという情報もあった。恐らくは救国教の者たちであろうが、それと結託したオトマイアーの部下がいる可能性もある」
ラウレンツはそう言って部下たちに索敵だけはしっかりと続けるように指示を出している。特に、何かが投擲された際はすぐに大声で知らせるように、と。
実際はそれでは間に合わないのだが、爆発物についての知識が乏しいラウレンツら帝国将兵には対応方法など知る由もない。
斥候は出していたが街道上など進行方向のみであり、ローレルらが潜伏している場所へは向かっていない。
この時点で、ラウレンツは先の使者が受けた攻撃はアーデルから帝国へ報告があった大砲と同様の武器によるものと考えていた。
相当な重量がある大砲を移動させつつ使うことは困難であり、街道上とそこから見える範囲に布陣していなければ攻撃されないと思い込んでいるのだ。
だが、その間違いは彼らの命によって訂正される。
「か、閣下! 敵襲です!」
「なんだと? どちらからだ!」
「街道の側面。北方向から騎馬隊が迫ってきます!」
副官が指さす先を見たラウレンツは、その速度と距離を見て、兵たちに弓を用意させて射撃させるほどの余裕はないと見た。
「歩兵を密集させて受け止める! 騎馬隊はその後ろに控え、敵騎馬の足を止めて側面から攻撃せよ!」
命令を聞いたラウレンツの部隊は、大盾を構えた歩兵を前面に出して密集隊形を作った。
その間に、ラウレンツは後方へ下がりながら敵の人数を見ていた。恐らくは五十名ほどだろう。こちらの十分の一ほどだ。
「問題ない。突撃さえ止めればあっという間にすりつぶせ小集団でしかない!」
「応!」
兵たちがラウレンツの言葉に答えた直後だった。
迫りくる騎馬隊から何かの道具を使って放り投げられた球状の物体が飛んできたかと思うと、密集する歩兵たちの真上で轟音をあげて爆発した。
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