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100.非公式会談

100話目です。

よろしくお願いします。

「やあ。久しぶり」

「なぜここに……とにかく、こちらへどうぞ」

 たった一人の護衛を連れただけのヴェルナーは、アーデルが待ち構えていた談話室へ入ってくるなり片手をあげて軽すぎる挨拶をした。

「機密のために、侍女も含めて人払いをしております。紅茶でよろしいですか?」


「おお、帝国を代表する将軍が手ずから淹れていただけると。もちろん、紅茶で大歓迎」

「帝国を代表する、ですか」

 先に用意させていた湯が入ったポットをウォーマーから持ち上げ、ティーポットへと注ぎ込みながらアーデルは呟いた。

 彼女が好んで飲む、帝国産の紅茶から爽やかな香りが広がる。


 自分とヴェルナーの分の紅茶を用意すると、向かい合って座る。

 先に口を開いたのはアーデルだった。

「帝国を代表するのはアルゲンホフ大将とギースベルト大将です。私はまだその次席に過ぎません」

「しかし、その両翼の一角は失われた」


「ご存知でしたか」

 ヴェルナーがどこまで知っているのか掴めず、アーデルはうっかり話をするのは危険だと改めて気を引き締めた。この後も、城の前での騒動を押さえる仕事が残っているのだ。

「それで、この騒動は陛下の仕業ですか?」

「いやいや、聖国民たちがこれほど一致団結してアーデル殿に期待を寄せるとは思わなかった。集合の扇動なんてしていない。たまたまだよ」


 ヴェルナーの言葉は本当で、“集合の扇動”はしていない。グンナーたち諜報部を使って帝国とアーデルの間に対立が生まれているという話を流したに過ぎない。

 王を失って混乱を経験した民衆は、救国教の存在を一定以上認め、公正な統治をおこなっているアーデルを失うことに恐怖した。中心となる人物はいただろうが、城に押しかけるとはヴェルナーも想像していなかった。


「本当は裏から訪問しようかと思ったが、ありがたく騒動を利用させてもらった」

「……まあ、良いでしょう。一応はそのお言葉を信用します」

「ありがたいね。……うん、良い紅茶だ」

 たっぷりと湯気を吸いこんで香りを楽しみ、一口だけ含んで喉を潤す。

「それで、今日ここに来られた理由は?」


「アーデル殿がピンチなようだから、助言と情報を。そして必要ならば、手助けを」

 ヴェルナーの言葉は、素直に考えればありがたい話ではあった。部下であるブラッケが信用に値しないうえ、本国からの連絡がうまく取れていない今、情報が本当であれば有用であり、味方であればこれほど心強い相手もいない。

 しかし、アーデルの中で何かが引っかかっている。


「……最高のタイミングで差し出される手ほど、怪しいものはありません」

 迷った末、アーデルは言い放った。妹のような存在であるエリザベートの夫であり個人的に信用できるとも思える人物ではあるが、今は敵国同士だ。

 ヴェルナーは意外そうな顔をしてから、にやりと笑った。

「では、手助けは必要ない、と?」


「不自然さをずっと感じていたのです。皇帝陛下がブラッケを派遣したことは、彼の知識を最大限に利用するためだとわかりますが、そのブラッケの知識を貴方は必要としなかった。グリマルディや聖国の造船技術は念入りに回収したというのに」

 性質はどうあれ技術的には聖国王城の者たちが握っていた技術は非常に重要なものだとアーデルもわかっていた。うまく利用できれば、数で圧倒することが基本だった帝国も大きく戦術を変更し、もっと少ない戦力で効率よく戦えるはずだ。


「国ごと抱え込み、技術を独占した方がラングミュア王国としても有利だったはずです。でも、それをせずに早々に撤退されました。当時は確かにラングミュア王国の軍勢は人数も少なく、また広い土地を統治する能力に疑問はありました」

 しかし、アーデルは実際に統治者としてこの地にいる間に、ヴェルナーであればその能力を使って地方反乱など少人数でたやすく押さえられ、自分よりもよほど少ない人数でうまく統治可能なのではないかという疑念が生まれた。


「やってみないとわからないことじゃないか?」

「いいえ。陛下には私がこうなることが分かっていたはずです。そうでなければ、これほど早い段階でここに来ることはできません」

 もちろん、情報収集の能力もあるのだろうが、アーデルとしてはヴェルナーが当然の帰着として帝国が聖国の統治に失敗する。あるいはつまずくと考えていたのではないか。


「ふふん?」

 半分正解、といったところの推論を聞かされたヴェルナーは、どうするべきか考えている。統治に人数が少なく済むというのは正解だが、それをやった結果、征服者と被征服者に溝ができれば、それは未来への禍根となる。やれるからやるというわけにはいかない。

「改めてお聞きします。何をお考えなのですか」


 まっすぐに見つめられ、ヴェルナーはアーデルの整った顔に焦燥を見て取った。孤立を実感し始めているのだろう。それでも冷静に相手の出方を窺おうとする姿勢にはヴェルナーも好意を感じた。

「わかった、わかった。じゃあ、正直に話そう」

 緊張するな、とヴェルナーはもう一口紅茶に口をつけてから続ける。


「俺としては、アーデル殿のような優秀な武官を迎え入れたいと思った。言っては悪いが、皇帝はここで二つの失策をしている。ブラッケという男を引き入れるのは良いが、何の保険もかけずにアーデル殿に任せたこと。そして、アーデル殿だけを責任者にして一国の総督にしたこと」

「皇帝陛下の批判はお控えください。その話でいけば、単に私の能力が足りないと言えば済む話ではありませんか」


 アーデルはヴェルナーが特に“武官”という呼び方をしたことに意味があると感じた。軍隊と警察の区別が無い政体で征服地の総督は軍人が就くのは一般的なことだが、アルゲンホフのように苦手とするタイプもいれば、ギースベルトのようにそつなくこなすタイプもいる。

 言外に、ヴェルナーはアーデルが統治に向いた軍人ではないと語っているのだ。


「私は帝国から離れるつもりはありません」

「その帝国の方から拒否されたらどうする?」

「そんなはずは……!」

「事実、国境ではもめ事が起きている。使者を害された皇帝は、今度は軍を派遣してくるぞ?」


「私は、帝国へ行って弁明するつもりです。何ら後ろ暗いことはありませんから」

 拳を握りしめたアーデルの言葉に、ヴェルナーは頷いた。

「そうすると良い。だが、ブラッケには気を付けるべきだろうな。そして、その周囲にいる連中にも。しっかり調査をするんだ。場合によってはブラッケを殺すつもりでな」

「彼は皇帝陛下の任命を受けたものです。証拠を掴み次第捕縛しますが、勝手に殺害などできません」


「融通が利かないな。自分の命を縮めるぞ?」

「皇帝陛下のお考えをみだりに疑うのは臣下としてやってはいけないことです」

「そうか。じゃあ俺がこれ以上口出しするべきじゃないな」

 立ち上がり、ヴェルナーは後ろに控えていたデニスに「帰ろう」と声をかけた。

「ああ、そうだ。帰る前に一つだけ伝えておこう」


 ヴェルナーは扉を開く前に振り返った。

「注意すべきはブラッケの“周囲にも”と言ったが、彼の部下だけじゃないぞ。帝国兵にも救国教信者にも広がっている。見分けなんかつかないと思うが、念のために言っておく。……それと、アルゲンホフの副官は大けがをしていたが俺の部下が拾った。預かっているから、必要なら取りに来てくれ」


「えっ? ちょっ……」

 そしてヴェルナーは、今の皇帝は好きじゃないが、前の皇帝を殺した連中を憎んでいる、と言い残して、立ち上がったアーデルに目もくれずに部屋を出た。

 廊下で待機していた帝国騎士に案内されて帰っていったヴェルナーの言葉が、アーデルの脳裏で何度も響いている。


「ラングミュア国王。どこまで情報を握っているの? でも今は、皇帝陛下にお会いしなくては、最悪の事態が……しかし、ブラッケをそのままにしておくわけには……」

 自分で口にしたことだが、皇帝の意向には目をつぶって捕縛すべきだろうか。しかしそれを指して“皇帝に対する反抗”と言われる可能性も考えられる。

 どこから手を付けるべきか。アーデルは思い悩んでいた。

お読みいただきましてありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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