10.黒幕の気配
10話目です。
よろしくお願いします。
前世でのPMC所属時代、ヴェルナーは訓練で好成績を出して自信を持っていたにも関わらず実戦で恐怖に身体が竦む新兵を多く見てきた。訓練で死者が出る事もあるし、死体そのものを見た経験だけなら軍人にならずともあるだろう。
だが、“誰かの死体を見る”事と“自分の手で人を殺す”事の間には大きな違いがある。
イレーヌの反応はヴェルナーにとっては当然の事で、しっかりと動けたアシュリンを褒める事はしても、イレーヌに対して失望はしていない。
問題はここからだ。
「イレーヌ・デュワー」
ヴェルナーから声をかけられ、イレーヌはピクリと肩を震わせた。
「話がある。こちらへ。……他の者は生きている連中を縛り上げて、死体と合わせて所属を示す物を持っていないか探せ。生き残りが気絶から回復したなら、尋問も始めておけ」
そう言い残し、ヴェルナーが歩き出した後ろを、イレーヌは力無くついていく。
心配そうに見ているアシュリンに対し、ミリカンは背中を叩いて兵士を手伝うように命じた。
声が聞こえない程度に離れたところで、ヴェルナーは適当な木に背中を預けて腕を組んだ。
イレーヌは平伏すべきかと思い、膝を折ろうとしたが止められた。
「油断するな。まだ敵がどこかに伏せている可能性もある。すぐ動けるように立っていろ」
「わ、わかりました……」
それから数分間ヴェルナーはイレーヌを見たり目を閉じたりして何かを考えており、口を開いたのは突然だった。
「何故騎士になろうと思った?」
「えっ?」
叱責を受けると思っていたイレーヌは、突然の質問に思わず間抜けな声を出してしまった。すぐに質問の内容を頭で反復する。
「こ、攻撃に便利な魔法の才能が有りましたので……」
「それだけなら、別に領地の防衛に役立てるだけでも良かったんじゃないか? 何もわざわざ厳しい訓練を受けてまで殺し合いの場に出てくる必要も無い」
ヴェルナーに言われて、イレーヌは何も答えずに俯いていた。
「とりあえずは、良くやった」
「は?」
「良くやったと言ったんだ。新兵なら攻撃どころか武器を投げ出して逃げる奴もいる。そういう連中に比べればマシだ。生きて帰れるからな」
イレーヌは気付いた。ヴェルナーは褒めているようでまったく自分を評価していないのだ、と。生き残る最低限の動きはできたが、戦闘にはまるで役に立たないと通告されたのだ。
ヴェルナーから声がかかり、彼の作戦を聞いた時には自分がアシュリンと並び優秀で特別な騎士候補生だと実感できた。だがここで戦力から外されて訓練校に戻れば、今後は落伍者として評価されるだろう。
「お、お待ちください! あたしはまだやれます!」
それだけは耐えられない。イレーヌは一行から外されたくない一心で願い出た。
「そのために、お前の友人が死んだとしても?」
「えっ?」
「さっきは敵も数が少なかったからな。だが今後の戦いでもそうとは限らない。むしろ、この世界の戦争なんてのは大人数どうしがぶつかり合ってナンボというやり方だ。そんな状況で“お荷物”がいて、そいつだけ死ぬなら良いが……庇って周りが死ぬのは確実だ」
さらにはお荷物一人の為に戦列が乱れた結果。敗北して多くの兵が死に、守られなかった民衆は略奪や暴行を受ける事になる。
「お前もまだ十二歳だが、女ならわかるだろう。そういう連中に晒された女たちがどんな目にあうか」
イレーヌは拳を握りしめて、頷く。
「帰れ、とは言わない。だが、今回はアシュリンでは無く兵士達と共に行動しろ。命令があるまで攻撃に参加する事は許さん」
それは兵士達に守られたまま見学しろという意味だった。つまり戦力として計算されないという事だ。
悔しさに視界が潤む。だが、頷く以外には無い。失敗したのは自分自身だからだ。
イレーヌに背を向けて、ヴェルナーは彼女がまだ使えると考えていた。
ヴェルナーは割とそういった人間同士の殺し合いが嫌いでは無かったが、普通の兵士は大概がそうではない。
反吐が出るような、うんざりするような戦場で殺さないと自分が死ぬ、ということを嫌という程実感して、ようやく相手を殺せるようになる。
「あるいは、ショック療法かどちらかだな」
銃なら楽だ。「殺す」という覚悟が半端でも引き金さえ引けば簡単に人を殺せる。実際に人を殺してからそのショックを乗り越えるという方法が取れる。
だが、剣や魔法だと難しい。
殺すつもりで使わなければ、サーベルの刃も雷撃の魔法も人の命を奪う程の威力を持たない。
「まあ、機会が有ればその時次第だな」
そう呟いたヴェルナーの所に、兵士のファラデーが駆け寄って来た。彼はヴェルナーに話しかける度に、いちいち胸に拳を当てる敬礼を見せる。
「殿下。敵兵がこのような物を所持しておりました」
「ふぅん……?」
それは見慣れないデザインの銀貨だった。
金貨や銀貨、銅貨はこの世界で一般的な物であり、主に庶民が生活していくのには銅貨と銀貨で充分であり、金貨や大金貨は高価な物の売買でしか見られない。
「これは、隣国であるスド砂漠国で使われている銀貨ですな。裏に彫り込まれた紋章に見覚えがあります」
と言ったのはミリカンだった。以前に何度か訪れた事があるらしい。
「隣の国の兵士か」
「しかし、スドの国が使う装備とはまるで違いますが」
「変装して潜入か。で、あいつらは道を塞いで何をやっていたんだ?」
ミリカンと兵士達が尋問を行ったが、情報は特に聞き出せなかったらしい。
「敵兵を死なせてしまいました。申し訳ございません」
ファラデーたちの隙をついて隠し持っていたナイフで自害したという。
「そうか。こちらに被害が無いなら良い。結論は村の連中に聞けばわかる事だ。……イレーヌ・デュワーはお前たちのグループと行動させる。守ってやれ」
「はっ!」
ファラデーがイレーヌへ視線を送ると、彼女は大人しくファラデーの後をついていった。
その様子を見て、ミリカンもアシュリンも彼女の扱いがどうなったかを察したのだろう。何も言わず、ただヴェルナーの指示に従う。
「では出発だ。だが、村はすぐ近く。馬の足音で敵に気付かれる可能性もあるから、ここからは徒歩で向かう」
ヴェルナーは内心、この状況を楽しんでいた。おそらく“敵”は村人では無いだろうからだ。
「ミリカン」
「はっ」
「良かったな。今回の作戦は、思ったより練習生の為に良い経験になりそうだぞ」
右手に粘土を生み出してこね回すヴェルナーを見て、ミリカンはその姿に若さに似合わぬ戦場慣れした雰囲気を見た。
「死なない程度に保護してやれ」
優しいのか残虐なのか、これほどはっきりとした二面性を持つ人物も珍しい。
だが、ミリカンとしては自分の生徒達をきちんと見て評価してくれている事に感謝していた。
だからこそ、イレーヌには何としても名誉挽回の機会を与えたかった。
●○●
「どうやら、見つかってしまったようですな」
ミリカンは、背の高い木製の柵に囲まれた村を見てヴェルナーに言う。頷くヴェルナーにも、柵の上に突き出た物見の上で、誰かが叫んでいるのが見えた。
「仕方ないさ。どうせ隠れる場所も無い」
「いかがいたしますか?」
そう聞いてくるミリカンの態度は、当初よりも随分と大人しいものとなっていた。ヴェルナーの事を上官であると心境的にも納得したのだろう。
「敵の数。それと兵士や騎士など訓練を受けた者がどの程度含まれているか知りたいな」
「偵察ですか……」
ミリカン自身もそうだが、連れてきている二人の訓練生は偵察の技術を持っていない。適性も無いだろう。
「わかってるから、そういう顔をするな」
ヴェルナーは笑い、アシュリンを呼んで右手に持っていた粘土を手渡した。
「どうせ向こうから丸見えだからな。ここは紳士的にノックをして反応を窺うとしよう」
村の入り口はぴったりと閉ざされている。恐らくは閂でしっかりと閉ざされているだろう。こちらが見えても打って出て来ないあたり、籠城をする構えらしい。
村までの距離は約七百メートル。まだ矢も届かない距離だ。
「この粘土を投げたとして、どこからなら村の門にあてられる?」
「ここからでも充分に狙えます、殿下」
大した能力だ、とヴェルナーは改めてアシュリンの身体強化魔法の強さに舌を巻いた。
「そうか。なら頼む」
「はっ!」
ふんっ、と見た目とは裏腹に力強い掛け声を上げて、アシュリンの右手が投擲したプラスティック爆薬は、見事に両開きの扉の右側に当たり、貼りついた。
「お見事」
「お褒め戴き光栄です……ですが、あの粘土はひょっとして先ほどの……」
「そういう事。手に残って無いかちゃんと確認しておけよ?」
慌てて両手を擦り合わせているアシュリンに笑みを向けてから、ヴェルナーはミリカンに目を向けた。
「突然、扉が無くなったらどうすると思う?」
「農民たちであれば、村の奥に固まって自衛の態勢をとるでしょう。もし、訓練を受けた兵であれば……」
ミリカンは兜を脱いで禿げ頭を布で拭った。太陽の光がきらりと反射する。
「開いた出入り口近くに待機して、侵入者を挟み撃ちにするでしょうな」
なるほど、とヴェルナーは頷くと、直後に指を打ち鳴らしてプラスティック爆薬を起爆した。
離れているヴェルナーたちの所まで振動が伝わる程の爆発は、先ほどスド砂漠国の兵士達に使った時とは比較にならない規模だ。
「ミリカン。敵が出入り口に集まってくるまで何秒かかる?」
「う……は、はい。練度にもよりますが、およそ四十秒はかかるかと」
扉を完全に吹き飛ばした爆風に驚いたミリカンはそう答えたが、兵士達も驚いて足が止まっている可能性を思いついた。
「いえ。一分は最低でも必要でしょう」
「そうか。じゃあ……」
再びプラスティック爆薬を生み出し、アシュリンに手渡した。
「もう一発。今度は入ってすぐの場所を爆破して、それから突入と行こう」
頑丈な柵で袋のネズミになってくれているのだから、わざわざ出入り口を増やしてやる必要も無い、とヴェルナーは説明した。
念のため兵士二人を村の外周確認に向かわせて、後は入ってすぐの場所で戦う事に決めた。
「こちらの方が少ない可能性が高いからな。村人が奥に逃げて、兵士が向かって来てくれるなら区別もしやすい」
狭い出入り口を使えば、相手が多くても対処しやすいというわけだ。
ナイフを抜き、ヴェルナーは凶暴な笑みを浮かべる。
「さあ、アシュリン・ウーレンベック。お前がそれを投げ込んだ直後から、全員で走るぞ。本番の開始だ」
震える手でプラスティック爆薬を掴み、アシュリンはぽっかりと開いた村の出入り口へ正確に投げ入れた。
「良し、走れ!」
同時にヴェルナーが指を弾くと、爆発音が響く。今度は悲鳴も混じっていた事にヴェルナーは確かな手ごたえを感じていた。
およみいただきましてありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。