1.最期の記憶
予定では少し長めの掲載となります。
どうぞよろしくお願いいたします。
※未成年の殺害シーンがありますのでご注意ください。
とある世界にて、一番大きいと言われる大陸に複数存在する国家の一つ、ラングミュア王国。
国王レオンハルト・ラングミュアには二人の妻の間に三人の子がいた。全て男子であり、それぞれマックス・ヴェルナー・エミリオと名付けられた。
そしてこの日は、次男ヴェルナー・ラングミュア十歳の誕生日である。
「今さら気付いたけどさ」
砕けた話し方をしているのは、相手が生まれた時から侍従として側にいるオットーが相手だからだ。普段はもう少し、大人しい子供として振る舞っている。
「第二王子って、要するに兄上の予備って事じゃないか?」
「言い方は少々問題がございますが、概ねその通りかと」
悪い事でも事実ならハッキリ言ってくれるオットーをヴェルナーは信頼していた。だからこそ、要らぬ誤解を招きそうな発言も軽く口にできるのだ。
誕生パーティーに参加するための控室であり、誰の耳も無いという事もある。
「順当にいけば、兄が王に成って俺とエミリオはその予備。王弟として、まあ適当な地位に就くってところかな」
「然様です、良くご存じで。ヴェルナー様の前世でも、そのようなお立場であらせられたのですか?」
オットーは、ヴェルナーが前世の記憶を持ったまま生まれてきた事を知る唯一の人物だ。
「まさか」
鼻で笑って、椅子に深々と背中を預けて腕を組む様は、とても十歳には見えない態度だった。
「俺はPMC……まあ、分かり易く言えば傭兵だったんだよ……。銃も使えたが、ナイフと爆薬の扱いが得意だったんだ」
「戦場を渡り歩いておられたのですね」
「そうさ。現地の民兵と一緒になって戦う時もあれば、民兵を相手に戦う時もあった」
「誇り高い戦士として、ご活躍なさっていたのでしょう」
買いかぶりすぎだ、とヴェルナーは笑いながら首を振った。
「金の為に戦って……戦場で死んだんだよ」
生まれ変わった当初は、死んだ瞬間の事がトラウマになりそうな程に嫌な思い出だったが、今となっては懐かしいとすら思える。
「戦場に何日か……長い時には三か月以上居たな。で、ホームに帰ったらたんまり入った金で酒を飲んで女を買う。真っ当な仕事じゃないな」
「なるほど。十歳という年齢の割に胸の大きな女性をお好きなのはその頃からですか」
「なんでわかる?」
「視線で丸わかりでございます」
真顔でいうオットーの言葉に、ヴェルナーは今後気を付けようと誓った。しかし、この世界の貴族が好んで着るドレスは胸元が大きく開き、コルセットで胸を強調するデザインの物が多い。視線が吸い寄せられるのも仕方が無いだろう。
「……何か、お飲み物をお持ちしましょうか?」
「いや、いい……パーティーももうすぐ始まる。そうなれば嫌でも何か口にすることになるさ」
言いながら、ヴェルナーはPMC所属の傭兵として生きて、そして死んだときの事を思い出していた。
「暇つぶしに昔話をしよう。いや、こことは違う世界の事だから、昔とはかぎらないか」
オットーは黙って横に立っている。
「ある日、俺は命令を受けて十人ばかりの部下と共に砂漠に近い場所にある、風がパリッパリに乾燥していて、息をするだけで喉が渇く様な町に送り込まれた」
そこで、別のチームと連携して町を捜索する任務に就いた。
当時、彼は至という名で、二十八歳の日本人だった。
●○●
「クリアです」
「こっちもだ。先へ進もう」
至は建物の中を確認した仲間の報告を受けて前進を続ける。
小さな町だった。
いたるところに爆撃の跡があり、戦車や装甲車の残骸が瓦礫の中に見え隠れしている。人の気配はほとんど無い。
「……廃墟ばかりですね、少尉」
「このあたりは連合軍が念入りに爆撃したからな。犬猫すらほとんどいない。人がいるとしたら、隠れているゲリラか行き場の無い難民だ」
部下の言葉に小声で応じながら、至はブツブツと文句を言っていた。
「反吐の出る仕事だな。狙撃に怯えながらネズミ野郎を探して空き家巡りとは」
ライフルを抱えて、至は毒づいた。彼はプラスティック爆弾による破壊工作が得意であり、本来であればこういった作戦に呼ばれる事は無い。
だが、少しばかり金のかかる性悪女に入れ込み過ぎた結果、少なくない借金を抱えて仕事を選べる立場ではなくなっていた。
「我ながら、女好きが過ぎて嫌になる」
「ですがね少尉。貴方がいると長生きできる気がしますよ」
「死ぬまではそう言っていられるな」
違いない、と部下が声を押えて笑った。
その後の事を、転生して新たに王族の一員となった今でも、彼はハッキリと憶えている。
「誰かが前方から接近してきます」
「ああ、俺にも見える……子供だな」
素早く構えたライフルのドットサイトから見える小柄な人影は、近づいてくるとはっきりと子供だと分かる。ボロボロの服を着た、現地の者のようだ。
「保護しますか?」
「待て。様子がおかしい」
至は嫌な予感がして部隊を止めた。
今まで見てきた難民の子供なら、怯えた目をして逃げ惑うか、逆に全身で自分をアピールしながら駆け寄ってくる。
だが、今スコープの先に見える子供は、片手で何かを抱えてゆっくり歩いているのだ。目は前方よりも手元をしきりに確認している。
「周囲に狙撃手がいないか確認しろ……あれは囮か、爆弾を抱えさせられている可能性が高い」
「そんな……子供ですよ!?」
「ゲリラ連中にはそんなの関係無いんだよ。理想の為に子供だって使う」
連合軍でも手癖の悪い連中は作戦地域で女や子供を犯したり、面白半分に殺している連中がいる。至はそう言うと部下たちに命令を再度伝えた。
「子供は俺が確認する。お前たちはここに待機して援護しろ」
「り、了解!」
スコープ端に電子表示されている彼我の距離は八百メートル。射程内ではあるが至の腕では少し自信が無い距離だ。風もある。
散らばっている欠片をブーツで踏みしめながら距離を詰めて行く。
「……くそっ、こういう時だけは勘が当たって欲しく無かったぜ……」
爆薬に詳しいヴェルナーは、子供が抱えているのがプラスティック爆薬であり、どうやら雷管もセットされているらしく、スイッチと思しき物を握っている事まで確認できた。
こうなると、近づく前に始末しなければならない。もし金属片などを仕込んだ爆弾であれば、半径二百メートル離れていても危険なのだ。
「悪く思うなよ。悪いのはお前の周りにいた大人たちだ」
狙撃の為、片膝をついて膝射姿勢を取った。スコープに移る子供との距離は約五百メートル。この距離ならまず外さない。
狙うのは子供の頭部だ。プラスティック爆薬そのものに着弾しても爆発はしないが、雷管を刺激すればあっという間に吹き飛ぶ。
二度、大きく深呼吸してから至はスイッチを単発に切り替えて引き金を引いた。
乾いた銃声が響き、弾丸は少年の頭部上半分を跡形もなく吹き飛ばした。
素早く周囲に銃を向けて確認する至には、他の誰かがいるようには見えない。
「囮……じゃあ無かったか」
近づいてこようとする部下たちを止めて、自分だけで少年の死体を確認する。
「……子供に持たせる物じゃない」
仰向けに倒れた子供の死体の腹には、簡素な布でプラスティック爆薬が括りつけられていた。その様子から、投げつけるためでは無く最初から自爆するつもりだった事が分かる。
至はアーモンド形になっている粘土状の爆薬からそっと信管を引き抜き、子供が握っていたスイッチを奪い取って放り捨てた。
「何かがおかしい……」
至は違和感を感じ、愛用のナイフを取り出すと少年の腹をぐるりと囲んだ布を切り裂いた。
「普通なら、こんなふうに丸く形成したりしない。切り分けたブロックのまま立方体で使う筈だ。わざわざ爆薬をこね回すの意味は……」
言いながら、少年の腹の上でプラスティック爆薬を裏返す。
至は息を飲む。爆薬には何かの受信装置と思しき小さな機械と、先ほど捨てた物と同型の信管が突き刺さっていたのだ。
「罠だ! 近づくな!」
振り向いてそう叫んだのが、至の記憶の最後だった。
●○●
「そうして、気付いたら赤ん坊になってやたらと豪奢なベッドに寝かされていたわけだ」
恐らくはその直後に爆薬が爆ぜて死んだのだろう、とヴェルナーは自分の死因を笑いながら推測した。
「その……プラスティック爆薬というのはそれほどまでに威力が強いものなのですか」
この世界にもわずかだが黒色火薬が存在する。だが、それほど量が多く出回っている訳でもなく、爆発力も小さい。
「強いさ。だから俺も好んで使っていたし、敵が使っていてもすぐに見抜けた。そうだな。これくらいあれば」
と、ヴェルナーは三キログラム程の塊を手で示す。
「俺なら数箇所に配置してこの城を瓦礫にできる」
構造を知っている事と、起爆装置がしっかりしていればの話だが、というヴェルナーの言葉に、オットーは少しだけ恐怖の色を見せた。
ヴェルナーは当時の事を振り返りながら、どうせ死ぬなら気になっていた別の女にも声をかければ良かった、とかスカした顔で死地に向かわせるPMCのオペレータを殴っておけば良かった、と後悔をひとしきり並べた。
「人生……か」
十歳で口にするような言葉では無いが、彼は実質三十八だ。できれば、二度目の人生を無為に過ごしたくは無い。
この世界の事を勉強したり、ナイフの腕が鈍らないようにこっそりと訓練をしたりしてきた。
時にはオットーと共に城を抜け出して城下の様子を見て回ったりもしている。密かに城下の子供たちとも友人を作っていた。
「ふむ……」
ヴェルナーが考え込んでしばらく経ち、部屋にノックの音が響いた。オットーが素早く対応に出る。どうやら、侍女の誰かが連絡に来たらしい。
「ヴェルナー様。式典が始まりました。間もなく皆様の前にてご挨拶と儀式が執り行われます」
「ああ、じゃあ行こう」
この世界では儀式によって使用できる魔法の才能を見極める、一種の通過儀礼が存在した。
十歳の誕生日を節目として行うのが一般的であり、ヴェルナーは国内の貴族や他国の外交官が集まる前でそれを行うのだ。
そこで魔法の才が見いだされれば、農民でも人生が変わる事があり得るのだ。
「オットー。一つ面白い事を思いついた」
「何でしょう?」
ヴェルナーが着ているジャケットの襟を正し、肩から下がっている飾りを丁寧に揃えているオットーに微笑む。
「王位簒奪をやるぞ。横暴な親父と愚鈍な兄貴を排除して、俺が王に成る」
突然の宣言に手が止まっているオットーの肩に、ヴェルナーはまだ小さな手を置いた。
「俺とお前だけの秘密だぞ?」
「勿論ですとも」
いつも通りのポーカーフェイスを取り戻したオットーは、ヴェルナーの前でそっと頭を下げた。
「さて、それじゃ行こうか。役に立つ魔法が使えるようになるといいんだが」
「ヴェルナー様ならば、きっと良い結果が出ますとも」
「そうだな」
オットーがやたらとヴェルナーを持ち上げるのは、今に始まった事では無い。無根拠に期待されるのも慣れていた。
「前世不運だった分、多少はマシな結果を期待したいな」
颯爽と歩き始めたヴェルナーは、オットーを従えて堂々と会場へと踏み込んだ。
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