(8)
もはや考えても無駄だ。
こんな真っ白な世界に放り出されて何が出来る。どう抗える。
私はぺたりとその場に座り込んだ。
人が見えなくなった。
そんなもの、この世界に比べたらかわいいものだ。
妻を見失ったと思ったら、世界ごと見失った。
あまりにもふざけすぎている。
「恵理」
自然と妻の名前が零れた。
きっと、罪だ。全ては罪だ。
君をないがしろにしてきた私の罪だ。
当たり前の幸せを大事にせず、君が見えない事すら都合よく思ってしまった私の。
「こんな俺の、どこがいいんだ」
答えられるわけがない。
そんなものはない。どこにもない。
「すまない……私は……」
全てが見えなくなって、全てを見失って、ようやく気付いた。
世界が消えて気付くだなんて手遅れも甚だしいし、どうしようもない。
その時、ふっと私の肩に何かが触れた感触がした。
なんだと思い、手を伸ばす。
「えっ……」
肩に触れたはずの手は、違う温もりを感じ取った。
「朝人君」
肩からじわりと、温度が全身を伝っていく。
ここちよい、暖かさ。
「……恵理?」
振り向くと、そこに恵理がいた。
見る事が叶わなかった、恵理の笑顔があった。
「良かった、見えてるんだね」
妻の顔を、久しぶりに見た。




