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(3)

「誘っておいてこういうのもなんですけど、怒られませんか?」

「大丈夫だよ。別にいちいち何時に帰るなんて律儀に報告してるわけでもないし」

「でもさすがに二週連続ですよ?」

「何だよ、嫌なら帰るぞ」

「あーもう、嫌じゃないですよ! 嫌じゃないですけど、先輩に迷惑だったら嫌だし」

「誘っておいてよく言うよ」

「だからそれは最初に言ったじゃないですか!」


 怒ってますよアピールをしながらも全く怖さを感じさせず、それどころか可愛らしさが引き立つのは二十代前半という若さのおかげだけではない。

 愛嬌というある種の天性を備え持つ女性が世の中には少なからずいるが、私より6つ年下の七海ななみも、その天性を与えられた女性の一人だ。

 美人な顔立ちではないが、くりくりとした瞳と小さい輪郭が彼女の愛嬌をより引き立たせている。


 七海は私が結婚している事をもちろん知っている。

 それでも事あるごとにご飯に行きましょうと私に懐いてくる。きっかけはおそらく、彼女が悩んでいる案件を少し手伝ってあげた事だ。

 正直言えば私にとってみれば大した案件ではなかったが、入って一年足らずの社員にとってみれば少しやっかいなものだったのだろう。恩義なのか何なのか、それ以来彼女とはしばしばこういった時間を過ごすようになっていた。


「お前さ」

「はい?」

「早くいい男見つけろよ」

「だーかーらー」

「ん?」

「見つけてますって」

「俺以外でだ」

「あーまたそうやって簡単にフる! ひどいー!」


 私達にとってはお決まりなやり取りだが、恵理がこれを聞けばどう思うだろうか。

 だが違う。私は彼女に異性としての好意はないし、七海もそのはずだ。だからこそあっけらかんとこんなやり取りが出来る。


「もー結婚しましょうよー、私結構上玉だと思いますよ?」

「上玉は自分でそんな事は言わない」

「じゃあどうやって自分が上玉だって知ってもらうんですか?」

「それは場面場面でそう思わせるポテンシャルを見せつけてやればいいんだよ」

「ほう」

「さり気なくが大事なんだよ」

「なるほど」

「分かったのか?」

「分かりません」

「時間を返せ、この下玉」

「ひどい! ってかゲダマなんて言葉ないですよ!」

「お前の為だけに存在する言葉だな」

「え、私だけの為?」

「きっとその目はひどい勘違いをしている」


 くだらないやり取り。

 だがそのくだらなさが私の心をほぐしているのも事実だ。だからこそ私は彼女の誘いを断らない。そっけない返事をしながらも、心の中ではありがとうと唱えている。

 




「ではではおやすみなさーい」


 無邪気に手を振る彼女の姿を見送った。

 自分の頬が自然と緩んでいる事に気付く。

 ささやかな日常の刺激。


 これぐらい求めても、悪くないだろ。


 そう思って家に帰り、姿なき妻に帰宅を知らせ早々に風呂に浸かる。

 好意などない。

 そのはずだ。

だが、だったら何故、私は風呂場にまでスマホを持ち込んでいる。

 

『いつもありがとうございます。でも奥さんも大事にしなさい浮気者!』


 七海から届いたラインを見つめる。

 

 ――これが見られたくないんだろう?


 私は、どうしたいのだろう。


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