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 唐突に起きたその現象に、おそらく誰しもが困惑しただろう。

 昨日まで居たはずの人間が見えなくなる。

 全く説明のつかない怪奇現象。

 しかも、それは全国規模で起きている超集団的な怪異。

 

 だが、全ての人間が見えなくなるわけではない。

 この現象に関して分かっている数少ない事柄の一つだ。

 私で言えば、妻の恵理は見えなくなったが、会社の同僚や先輩。学生の頃の級友達。ほとんどの者が見えている。

 ほとんど、という表現をしたのはその中でも見えない者がいたからだ。

 

 例えば会社の中でも他部署に所属する倉持部長の姿は見えなくなった。

 高校の同級生と集まった時、あまり名前の憶えていない数名について、言われて初めて自分が見えていない事に気付いた。


 条件も何も分からない。

 自分の世界から消えていった人間達。

 一体これは、何なのだろうか。


 見えない、という表現をしているが実際全く何も見えないというわけではない。

 見えない者達を言葉で伝えるのは難しいが、それはいわば気配を纏ったシルエットといった所か。

 とても感覚的な話になるが、そこに誰かがいるという強烈な気配を察知している。そんな感じだ。視覚的には何も見えていないが、脳がその気配を変換処理して気配を映し出している。

 透明人間の輪郭。そのおかげで、何者かがいるという事は知り得る事が出来る。


「この番組つまんない」


 恵理の声と共に、目の前に置かれていたリモコンが消失する。そして次の瞬間、映っていた番組がぱっぱっぱと切り替わっていく。


「あ、かわいいー」


 番組は子犬が映し出された所で止まった。そしてごとりと音を立てて、リモコンが再び世界に現れた。


 もう一つ、この現象について分かっている事。

 それは見えない者が触れたものは見えなくなるという事。

 

 今みたいに、恵理がリモコンに触れると、リモコンが見えなくなる。

 服もその肌に身に付ければもろとも見えなくなる。

 どの程度の範囲なのかは定かではない。だが、彼女が今触れている椅子やテーブルが消えていない所を見ると、ある程度大きなものになるとその効果は発揮されないという事だ。


「風呂入ってくる」

「うん」

 

 私は立ち上がり、風呂場へと入る。

 ポケットに入れたスマホを取り出し画面を見つめる。

 さっと手早く操作を済ませ、衣類を脱ぎ去り洗濯機へと放り込む。

 沸いた風呂の中に、体を沈ませる。


「ふぅ……」


 恵理が見えなくなって半年が経った。

 こんな異常が起きてから、もう半年も経つのに、この世界は元に戻らない。

 恵理が見えない事にも、恐ろしい事に私は慣れてしまっていた。


 いや。

 延長線上なのかもしれない。

 見えていた頃と今と、何が違うか。

 

 結論から言えば、恵理が見えないからと言って困る事は何もなかった。


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