美緒からの話
「真太…ごめんね呼び出して」
美緒に会うのは、葬儀の時以来だった。
あれから二週間が過ぎたある日、会社の昼休み時間に少し会えないか、と連絡が来た。
――――美緒の声は、いつもの明るさがなくて…真太は、なんとなく覚悟をしていた。
「美緒、こないだはありがとう。親父の葬儀に来てくれて」
真太は、近くの喫茶店に入ると、美緒に話を切り出した。
「それで…今日はどうしたんだ?」
「私…直太おじさんが亡くなる少し前に…記憶が戻ったの…」
コーヒーにミルクと砂糖を入れながら、美緒が話し出す。
その表情は、辛そうだった。
真太は、ドキンと心臓が跳ねた。
(やはり…そういう話か………)
真太は、覚悟をしながら美緒の言葉を待つ。
「今まで美琴を育ててくれて…真太には感謝してもしきれないね…」
美緒の言い方は、完全に“母親”だった。
「美琴は、“俺達”の娘だ。美緒がそんなこと思う必要はないよ」
「でも、美琴は…」
(真太の本当の娘でもないのに…)
美緒は、ジョージを思い出しながら言葉を濁した。
「美緒と俺は夫婦で、美琴は俺達の娘だった。――――母親が事故で寝たきりになっていたんだ、父親である俺が美琴を育てるのは当然だろ?」
そんな美緒を庇うように、真太は優しく言う。
「真太…」
美緒は、涙を堪えながら真太の気持ちに胸がいっぱいになる。
(私は…何度、真太に救われたんだろう…)
「で、言いたいのはそれだけじゃないんだろ?」
真太は、真剣な面持ちで、美緒の本当に言いたいことを引き出す。
「美琴と…暮らしたい」
真太の思った通りの言葉が、美緒の口から伝えられた。
(やっぱり…そう言うと思ってた、いつか記憶が戻ったら君はーーーー)
「美琴に、話したい。本当のこと…全部」
美緒は真太に頼み込むように言う。
「私の家族は…美琴しかいないから」
「美緒…」
「舞子さんにも、なんと言ったら良いのか…」
「え?」
「―――本当は、真太…舞子さんと結婚するはずだったんでしょう?」
「何言ってるんだよ…」
真太は、平静を装って言った。
「―――本当は、直太おじさんから…聞いてた」
(本当は、婚約者がいたこと。ーーー彼女のお腹には、あなたの子供がいること)
真太と結婚する時に…反対していた直太がそう言っていた。
(だから私は…“邪魔者なんだ”と――――。)
無くしていた記憶は、想像以上に…美緒に残酷な現実だった。
(それなのに私は…真太の優しさにつけこんで…結婚した)
「少しだけ…時間が欲しい」
黙っていた真太が、重そうに口を開いた。
「舞子さんのこともあるし、もちろん美琴の気持ちもあるから…大丈夫、私は待つわ…」
美緒は、笑顔をつくって真太に言った。
「美琴にも、私からは言わないから…安心して?」
(言わないんじゃなくて…言えないんだ…。――――今さらどんな顔して“母親”だと名乗る?)
「あぁ…」
真太は、苦々しい顔でコーヒーを飲んだ。
(それでもこれ以上…真太の家族を巻き込んではダメだわ…)
美緒は、美琴が真実を知ったらどうするのか…怖くて真太にその役目を頼んだ。




