不機嫌な弟と短気な姉
「ただいまー」
新太が、蛍との買い物を終えて帰宅する。
「おかえり新太、今日ありがとね」
珍しく玄関にまで美琴が顔を出す。
「何が?」
新太は顔をあげずに靴を脱ぎながら聞く。
「教科書!私気付いてなくてさぁ―――」
「あぁ」
美琴がいつも通り話し掛けても、新太は素通りする。
「新太?なんか怒ってる?」
美琴が新太の制服のシャツを掴んで引き留める。
新太は、そこで初めて美琴の顔を見る。
二人の目が合う…。
「なんか最近イライラしてるよね?なんで?」
美琴が不安そうに尋ねる。
新太は、何も言えずに美琴の顔を見つめていた。
「新太おかえり。―――何、姉弟喧嘩?」
母親である瀬戸舞子が、キッチンから顔を出す。
「ただいま」
新太は母親にぎこちなく答える。
「新太、早く着替えて来て!ごはんにするから」
母親がいつも通り、新太に笑顔で言う。
「分かった」
新太は、そのまま二階の自分の部屋に行こうとする。
「あ、新太…」
美琴が掴んでいた新太のシャツは自然と手から離れていった。
「はい、美琴はこっち。お箸並べて」
美琴の両肩に手を置くと、舞子は美琴をキッチンに誘導する。
料理を並べながら、舞子は美琴に話し掛ける。
「新太と、喧嘩なんて珍しいわね」
「喧嘩っていうかさ、昨日から新太、なんか怒ってない?」
美琴が箸を並べながら不貞腐れる。
「そう?気付かなかったけど…」
美琴に言われて、舞子は昨日の新太を思い出してみるが、
特に怒っていると感じなかった。
「………あぁ!私が“彼女”のこと悪く言ったからかも!」
答えが閃いて、美琴はつい大きめの声で言う。
「か、彼女?」
舞子は動揺してフライパンを落としそうになる。
「あっと…」
「ちょっとお母さん大丈夫?――てか、知らなかったの?」
美琴がそんな様子の母親に笑いながら言う。
「知らないわよー、いつから彼女なんて…」
舞子が楽しそうに美琴に答える。
「えっとねー」
美琴が“彼女”との馴れ初めを話し出そうと、
口を開いたときだった。
「…美琴、黙れよ」
話し出そうとした美琴の口を、
着替えてきた新太が後ろから慌てて押さえる。
「ちょっと…新太!」
舞子は残念そうに声をあげる。
「お母さんにも教えなさいよー、彼女って―――」
「そんなの、イチイチ言うわけないだろ!?」
新太が声を荒げる。
「新太、ごめんって…」
美琴の口を押さえていたはずの手は、いつのまにか外され…、
美琴の手の中にあった。
「ホタルちゃんとのこと、悪く言ったから怒ってるんでしょ?」
「ーーー違う、そんなんじゃない」
(そもそも、怒ってなんかいないし…。)
新太は、美琴に握られていた手を乱暴に振り払う。
「ーーーじゃあどうして怒ってるの?」
頬を膨らませながら、美琴が言う。
「何も怒ってない」
「嘘、怒ってるじゃん」
「怒ってないって!」
「新太の嘘つき」
「“嘘つき”…?」
(俺が…?)
「もういい、食べようお母さん!」
美琴が料理の並べられたテーブルに手をつくと、
自分の席に座る。
「ちょっと美琴…」
新太が話し掛けようとしても、美琴はもう新太の方を見向きもしない。
「二人とも、喧嘩しないの…」
苦笑いで母親がため息をつく。
(喧嘩?美琴が一方的に決め付けて、キレただけだろ…)
新太は、こうなると自分から歩み寄らなければならないと知っている。
ーーーー昔からそうだった。
美琴に敵うものなんて、何もなかったから。




