美琴のヤミ
『“愛”なんて、一時のものだからーーー』
その日の夜、写真を見ながら、美琴はためいきをつく。
幼い頃の自分と、父親がカメラ目線で笑っている写真だ。
何も知らない小さな女の子は、父親と手を繋いで歩いている。
この写真を撮ったのは…新太の母親ではない。
まだ再婚前の、唯一の写真だった。
(――――ママ…)
私を捨てた実の母親は、今どこで何をしているのだろう。
(どうして…私とパパを捨てたの…?)
「ほら美琴、お母さんと弟だよ」
―――――パパがママとは違う女の人を連れてきたのは、美琴が3歳の頃だった。
自分より小さく幼いまだ喋らない男の子と、その“お母さん”はそれから毎日一緒に暮らすようになった。
美琴にとっての“普通の家族”は、これだと思っていた。
やがて、ママの声も顔も思い出せなくなった。
―――中学を卒業してから明かされた“再婚”の事実は、
すでに知っていたからすんなり受け止めることができたし、
自分のことも本当の娘のように新太と同じように育ててくれた母には本当に感謝していた。
そして自分の顔かたちが父親に似ていないことは、
成長していくうちに感じていた。
日本人よりも色素の薄い髪色や瞳、高めの鼻、白い肌…。
何となく、覚えていない実の母親の顔はこんな感じではなかったか…と鏡を見るたびに美琴は思うようになった。
「美琴…、いい?」
新太が美琴の部屋のドアをノックする音で、
我に返った美琴は写真を隠すようにしまいながら言う。
「うん、いいよ」
「どうしたの?」
美琴は、ベッドに寝転んで聞く。
「うん… あのさーーー」
新太は美琴のイスに座ると、続けた。
「今日、律季に中学の卒アル見せろって言われた」
「え、ダメ、絶対!」
「そんなこと、分かってるよ!」
美琴の反応とほぼ同時に、新太が言う。
(新太……)
美琴は新太の顔を見つめる。新太は美琴を寂しそうな顔で見つめ返していた。
「―――美琴、いつか話してくれる?」
「え?」
「好きになられたら逃げる理由…―――」




