新太と蛍
「―――ー…ねぇ!聞いてる?」
彼女である、七種 蛍に腕を掴まれて、
新太は我に帰る。
「あぁ、うん。聞いてるよ。大丈夫…」
(確か、今日の放課後、買い物付き合ってってことだろ?)
新太が慌てて返事をするも、蛍の機嫌はなおっていない。
「最近新太…全然私の事見てないよねー?」
蛍が上目遣いに新太を見つめる。
「見てるよ…、蛍しか見てないじゃん」
内心うんざりしつつも、新太は笑顔をつくる。
その笑顔で、蛍の表情が明るくなる。
「じゃあ、またね!」
蛍は1組、新太は2組。
それぞれのクラスに戻ると始業のチャイムが鳴る。
3組の美琴と斗亜が気になりつつも、
新太は自分の席に着き、教科書を出す。
教科書を開くと、可愛らしい文字で書き込みがされていて、
慌ててて教科書を閉じ、背表紙を見る。
『瀬戸 美琴』の“瀬戸”の部分に二重線が引いてあり、
“相馬”と書き直してある。
ーーー昨日、新太の部屋で宿題をしていたときに入れ違ってしまったのだろう。
複雑な想いで、美琴のフルネームを眺めて、
新太は再び教科書を開いた。
ーーーー美琴が“瀬戸”から“相馬”になったのは、
高校生になる前に、父親の姓に戻したからだった。
『新太と私が姉弟って話、イチイチ説明するのめんどくさいから』
美琴は、新太に笑って言った。
元々、新太の母親が“瀬戸”で、
再婚する時に美琴の父親が“瀬戸家”の婿養子となった。
15年間、“瀬戸”として暮らしていた二人は、
勿論、そんな事実も、ついこの間まで知らなかった。
同じ学校で、同じ家から通う二人が、
双子でもないのに同じ学年にいたら、好奇の目に晒されるのは確かにめんどくさいと新太も感じていた。
(だからって…なにも…苗字変えなくても良いだろ…)
もともと中高一貫教育のこの高校に、
同じ中学から入学したのは、美琴と新太以外居なかった。
だから二人が義理の姉弟であることも、
同じ家に住んでいることも、
知っている生徒は一人も居なかった。
新太は、彼女である蛍にさえ、その事実を隠していた。
そして…、
姉だと思っていた美琴への気持ちが変わりつつあることも…。




