嘘つき
美琴の部屋の前に来たというのに、
新太はドアをノックするのをためらっていた。
『嘘つき』
美琴に言われた言葉を思い出す。
新太は胸の奥がズキンと痛むのを感じた。
ガチャッとドアが開いて、美琴が顔を出す。
「あ、美琴…さっきのことだけどーーー」
新太は話し掛けようとしても、
美琴は着替えを持ったまま無表情で新太の横をすり抜けた。
「――ごめん…八つ当たりした」
ボソッと美琴の背中に向かって新太が謝る。
(本当は、美琴に八つ当たりしていた…)
「八つ当たり?」
美琴は、立ち止まるとゆっくり新太の方に向き直る。
「美琴が…苗字変えるから」
(ーーー本当は、寂しかった。俺達は姉弟なのに、それを否定された気持ちになってーーー。)
美琴は、
新太が教科書の背表紙に書いてあった自分の名前のことを言っているのだと気づいた…。
高校に入って、一番最初に名前を書いた、国語の教科書。
つい長年の癖で、“瀬戸”と書いてしまった自分。
新太が、あまりにも寂しそうに言うので、
「はいはい、新太は本当にお姉ちゃんが好きなのねー」
美琴はわざとからかうように言う。
「はぁ?」
赤くなる新太が可愛くて、美琴はつい微笑んでしまう。
「ごめんね、新太…」
(私が勝手に“瀬戸”から抜けてーー)
「でも!新太は変わらずに私の本当の“弟”だよ!」
美琴は、笑顔でそう言うと、
「お風呂入ってくるわ、おやすみ」
そのまま階段を降りて行ってしまった。
美琴の笑顔は、新太の心をいつも癒す。
――――泣き虫で、弱虫だった自分を、いつだって守ってくれた“姉”。
同じ学年で、同じように成長してきたはずなのに、
いつからそんな姉を、自分は見下ろすようになったのだろう。
そんな“男”と“女”の違いを感じていた矢先、
“義姉弟”だと知らされた。
ーーーまさか血の繋がりすらないとは思わなかった。
だからこそ、新太は…自分と美琴を繋ぐもの…それが“瀬戸家”であるということだと思っていた。
新太のケイタイが鳴る。
『新太、今何してる?』
――――蛍からのメールだった。
『テレビ見てた』
新太はメールをすぐに返しながら、自分の部屋に戻る。
(俺は…本当に『嘘つき』だな…)




