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手合わせ

 街の大通りを抜けボロボロになった木製の陳腐な門を潜ると、街の外へ出る。

『賢狼の森』は街を出た目と鼻の先にある。

 門の外側には胸当てのような鉄製の鎧を身に着け、腰に剣を下げた男が二人。

 二十歳を超えてわずか程の男と顎髭が渋い三十ほどの男だ。

 どこかで見たような姿だと思うと、先日見えた『剣鬼隊』などと称される隊の者たちだった。


「これは。ロ‐シさん、こんにちは」


 気づいた一人、顎髭の男が先頭の俺を差し置いて、ロ‐シへとあいさつをする。

 それはまだいい。


「これはこれはご丁寧に。こんにちは」


 ロ‐シも挨拶を交わす。

 それで満足いったのか、『剣鬼隊』の二人は俺達全員を見まわし、一巡すると再び先頭に立つ俺へと視線が戻ると、若い男が俺へと視線を留め、眉をしかめる。

 見るからに不機嫌だ。


 はて。この男とは初対面のはず。少なくとも俺には面識がない。こうも露骨に嫌われる覚えがない。


「あの‐、俺、何かやっちゃいました?」


 わからないことは聞いてしまおう。伝家の宝刀、何か僕やっちゃいましたか。


「おい」


 未だに俺を見て顔をしかめる、どころか睨みつけていた男を顎髭の男が肘をつき諫める。


「いやあ、すみませんね。相棒は昨日から寝ずの番で不機嫌なんですよ。ほら」

「ちっ」


 男は舌打ちをし、俺から視線を外してそっぽを向く。子供かよ。どんな態度してんだ。

 部下のしつけがなっていない。上司を出せ上司を。ああ、アッシュか。むかつくわ。


 あくまで目の前の本人の態度や素行の問題だが、明らかに不機嫌で初対面な男に対して強く出ることはできない。怖いし。

 想像の中でアッシュに叱責することで自分をなだめることにした。ちょっと胸がすっきりした。


「皆様は『夜行』の方々でお間違いはないですかね」


 顎髭の男が尋ねる。


「そうだけども」

「それは重畳。この先の森の広間にて隊長がお待ちです。ささ、どうぞ」

「あれま、今回は立ち入り禁止です、とかなんねえの」

「とんでもない。粗野で粗暴な命知らずの冒険者や一般人ならばともかく、腕の立つ皆様を立ち止まらせるわけもなく。むしろ『夜行』の方々が見えた際には隊長の元までご案内しろとの命令ですから」

「前に来た時はゴブリンがどうこうだとか蜂がどうこうだとかで入らせないとか言ってたくせに、急にきなくせえなあ」

「これもまた『夜行』の皆様のご活躍のおかげでどちらの退治も順調に進んでおり、日々数を減らしているのが確認されております。この度は隊長自身も皆様にお礼を述べたいほどだとおっしゃっておりましたよ」


 顎髭の男は口を開けば俺達を絶賛し、対して若い男はずっと不機嫌な面で腕を組んでいる。なんともちぐはぐな光景だ。

 しかし、この先にアッシュがいるという話はありがたい。

 奴にも聞きたいことがある。


「ささ、皆様どうぞどうぞ。このまま真っすぐ道なりに行けば広場へと向かいます。そこで隊長がお待ちです」


『剣鬼隊』の者たちが自らの隊の長であるアッシュに対し、尊敬や羨望の眼差しを向けているのに気づいたし、更には敬愛する隊長が俺を見る、そのことを快く思わないのだろう。俺自身に向けられる、疑いの目、嫉妬。目で問うてくるのだ。誰だお前、と。

 その目が不快なのだ。とにかくおもしろくない。俺は俺でしかない。俺を知りたくば、見ろ。俺を見ろ。それが答えだ。

 今尚、若い男は俺を見続けている。つまらなさそうな顔をしたまま、視線を一瞬外そうが、意識だけはずっと俺へと向いている。

 その視線や意識がとにかく不快だった。一刻も早く逃れたい。そんな気持ちもある。


「……行っていいんだよな?」

「どうぞどうぞ」


 顎髭の男はへらへらと笑いながら言う。この男もこの男で不快である。

 ジロジロと値踏みするような視線はないが、愛想笑いの下には拭いきれない忌避感がある。

 言葉の節には、「いいからとっとと行け」そんな思いが色濃く出ている。

 どいつもこいつも腹の内の感情が明け透けだ。若輩の俺にすら腹芸が容易く読める。平社員からやり直せ。出世できないぞ。


「んじゃあ、まあ行かせてもらうわ」

「はい。露払いは済んでおりますが、道中お気をつけて」


 後ろ髪をひかれる思いで俺達は男二人の元を後にした。




「あんたはいいのかよ」


 未だに不服そうな相棒が声をかける。意外だな。そう思った。

『剣鬼隊』と呼ばれるこの部隊はかの『剣鬼』アッシュ・グレイに心酔し、志願した者が殆どだ。

 彼がそうと思わずとも、彼の言うことは絶対であり、カラスが白いと言えばカラスが白くなる。

 それぐらいにイカれた連中だと思っていた。

 だから今回も、彼が「部隊に引き入れたい者がいる」そう口にしたと聞いた時、全員が快諾すると、大人しく受け入れると思っていた。

 だが、隊の殆どの者が目の前の相棒のような態度だ。


 おもしろくない。受け入れられない。


 アッシュの人を見る目は信用できる。彼が引き入れたツヴァイ姉弟の実績を振り返れば信用に足る。

 かの姉弟は今やアッシュに次ぐ実力者になり、隊の者も信用している。

 彼女らには一目で俺達とは違う、そう思わせる何かがあった。カリスマ、というものだろう。

 だが、タツミという少年はどうだ。何の変哲もない。そこいらの者と変わりない。俺達となんら変わらない。だからこそ、隊の者たちもおもしろくないのだろう。なぜあいつなのだ、と。


 そう、彼には何もないのだ。出自も不明。経歴も不明。なのに、いつの間にか現れて当たり前のようにそこにいる。いつの間にやらぬるりと現れて注目を現れている。

 かつて悪行を重ねた『暴君』の残党、『二馬鹿』などとふざけた通称ながらも実力が確かな二人、更には獣人の少女、素性不明の者、それらを束ね上げていた。


 警戒はしていた。

 いずれこの道を通ると聞いていた。いつまで経っても来ないななどと半ば諦め、欠伸を嚙み殺していると、ゾロゾロと連れ立つ連中を見かけ、見知った顔を見つけて彼らが例の、噂の連中だとわかりはした。

 だが、肝心のタツミという少年には気づかなかった。故に知った顔であるロ‐シさんに声をかけた。

 なんというか、不気味だったのだ。

 確かにそこにいるはずなのに、靄がかったような、蜃気楼さながら正常な認識ができない。

 会話をしてようやく輪郭を帯びた。

 話してみれば生意気ながらも、気持ちの良い少年だった。自らの警戒心が薄れていくのを気付いた。


 そう思えることが酷く不気味だった。恐ろしかった。


 さながら水にインクを溶かし混ぜ合わせるように、警戒する自分の心のうちにするりと入り込んでくる彼が恐ろしかった。

 このまま会話を続けていれば、かねてからの知己であるかのように親しみを刷り込まれる。そんな危機感を漠然と抱いた。


 ‐‐このままではいけない。そう思って言われた通り、彼らを広場に向かわせる任務を強引に会話を打ち切ってでも向かわせることにした。

 本当にそれでよかったのか。

 もしやアッシュが彼を気に掛ける理由も彼に魅入られたのではないか。

 そんな嫌な予感がするも、既に彼はアッシュの元へと向かった。

 それに彼に魅入られたとしても、アッシュはこの街‐‐いいや、最早この国で最強と謳われる強者である。彼がどうかなったとしたらそれは最早余人ではどうしようもない。彼の敗北、即ちこの国では誰も勝つことができない、国の敗北そのものだ。

 そうなったら手の施しようもない。なるようにしかならない。

 しかし、どうしてもかのアッシュ・グレイが誰かに負けるなど、到底思えなかった。

 杞憂というものであろう。


 そうなるとやはり、思考はあの少年の事へと戻る。


 アッシュやツヴァイ姉弟のように眩く輝き人目を引き付ける太陽の如きカリスマ性とは違い、胡乱な気配で近づき、されどしかとそこに確かにある。気づけば人の心にするりと入り込む。

 前者を陽光とするならば、後者はさながら闇夜の如き。


 もし、彼に魅入られるようなことがあれば……。


「‐‐きっと、魔に魅入られるってのは、そういうことなんだろうなあ」

「は? 意味がわかんねえ」


 思考を巡らせ、図らずと質問を無視する形となってしまい、相棒は鼻を鳴らし、不貞腐れる。

 短絡的で御しやすいが、気分屋である相棒の機嫌取りは自分は意外と嫌いでなかった。


「まあそうへそを曲げるなって。いいもなにも隊長が言うことは確定事項、だろ?

 だったら隊の人員が増えて仕事が減る、喜ばしいことじゃねえか。

 未来の同僚に期待しながら今は仕事に戻ろうぜ、な」


 ご機嫌斜めな相棒へとそう声をかけ、顎髭を生やした男‐‐イグルは職務へと戻った。




 整備された道を進むと、やがて大きな広場へとたどり着く。

 広場には依然なぎ倒された木々や切り裂かれた蜂の残骸などが散らばっており、濃厚な木々の香りが鼻につく。

 そんな中で三人の人物がいた。見慣れたハリネズミ男アッシュに、腰に鉄製の剣と氷細工かのような装飾のない青白い剣を下げた水色の髪色の女、ツヴァイ。そして絶えずヘラヘラと笑みを浮かべている紅い髪の男、アイン。

 なんとも色彩鮮やかで特徴的な三人だった。


「よお」

「来たか」


 待ち合わせたわけでもない邂逅をすんなりと両者ともに受け入れる。

 入口の隊士の口ぶりから、アッシュらは俺達がここに来ると核心していたような口ぶりであったのが、行動を読まれているかのようでおもしろくないが、嚙みつくほどでもない。


 いや、やっぱ無性に文句が言いたい。

 親が憎けりゃ子も憎い。人が憎けりゃやることなすこと憎い。つまるところ俺はアッシュが嫌いなのだ。


「なんなの、行く先々でお前に会うのまじでなんなの、スト‐カ‐やめてもらえます?」

「はははっ、今回ばかりは俺の方が着いていたというのに、よくもまあ」

「貴様っ、隊長になんて口ぶりだっ、たたっ斬るぞっ」


 女の方‐‐ツヴァイがキャンキャンと喚きながら鉄製の剣へと手を伸ばす。

 キツめの美人が怒るだけでも恐ろしいというのに、怒気も殺気も凄まじく危うくチビりそうだった。


「ツヴァイ、よせ。いつもの軽口だから気にするな。こんなので腹を立てていればキリがないぞ」

「おいおいよせよ、人を軽口のバ‐ゲンセ‐ルみらいに言うの。こんなこと言うの、あんただけなんだからねっ!」

「はははっ、だそうだ。俺はどうやら特別らしいからな」

「隊長っ、しかしっ」


 笑いながら宥めるアッシュだが、ツヴァイは未だに不服そうで口を尖らせて文句をブ‐ブ‐言っている。


「こらこら、美人なね‐ちゃんがそんな怒ってばっかりじゃしわが増えて婚期が遅れちゃうゾッ」

「貴様っ」


 ものっそい勢いで睨まれた。親切心からのアドバイスだったのに。なぜだ。


「いやあん、怒っちゃや‐よ、ツ‐ちゃん」

「ツツツ、ツ‐ちゃん!? 貴様、馴れ馴れしいにもほどがあるぞ!やはりたたっ斬る!」


 この娘、貴様言い過ぎじゃない? あと沸点が低すぎる。チョロおもしろい。

 第一印象は最悪だし、釣り目などでク‐ルな印象だったが結構おもしろい娘っぽい。


「どうやら今更自己紹介はいらんだろうな。本当ならもう一人、お前たちに会わせたい人がいたのだが……まあ、どんな人物かは俺よりロ‐シの方が詳しいだろう」

「やはりあの人ですか……。大方面倒とでも言って来なかったのでしょう、あの人らしい」


 アッシュとロ‐シの共通の知り合いらしい。二人とも和やかな雰囲気で話すあたり、それなりに親しい仲なのだろう。『剣鬼隊』の顎髭の男もロ‐シと馴染みがあるようだったので、もう一人の会わせたかった人物というのもやはり『剣鬼隊』の所属なのだろう。


「で、だ。ツ‐ちゃんで遊ぶの程々にして、なんか用があるみたいだけど、何の用だよ。用がなけりゃあ蜂退治やらゴブリン探しやらやりたいことやんなきゃいけないこと山積みなんだよね、こっちは」

「誰がツ‐ちゃんかっ、ふざけた呼び方をやめろっ」

「まあそう急くな。蜂に関しては巣も駆除してある、あとは日数賭けて生き残りをせん滅していくさ。それよりも、賭けをしないか?」

「はあ?」


 意外だな。真面目一辺倒そうな男が賭け事を持ち掛けてくるなんて。


「賭け事とか嫌いそうなのに、どういう風の吹き回しだよ」

「なに、これもお前たち冒険者の流儀に則ったまでよ。現にお前もそうやって仲間を増やしたのだろう?」


 アルフとリ‐ドのことか。


「‐‐内容は。勝負の内容、俺が賭けに乗るメリットは」

「手合わせだ」

「隊長っ」


 不測の出来事だったのか、ツヴァイが慌てて声を荒げる。


「なあに心配するな。今日は調子がいい」


 そう言われれば、いつもは土気色のようなアッシュの顔色も今日は幾分かマシに見える。それでも顔色悪いが。


「何も隊長自らやらずとも。この礼儀知らずなど、私でもっ」

「え‐いいな、いいなあ。むしろ隊長僕とやりましょ‐よ‐」


 ずっとだんまりニコニコだったアインも身を乗り出している。いたのね、君。ずっと喋らないから忘れてたよ。


「やだっ、ツ‐ちゃんったら。礼儀知らずだなんて呼ばずに、タツミきゅん愛してるって呼んで、愛してるまでしっかりね」

「いえ、むしろ隊長。私にやらせてください、二度と口を開けないようにします」

「おいおい、タツミ。話がすすまんだろうからいい加減にしておけよ。はあ。メリットはそうだな、俺と戦うことも一つのメリットだと思わんか?自分で言うのもなんだが、この街では相当に強い部類に入る人間と手合わせして、自分の今の強さを知ると思えば得だろう?」

「そんなっ、隊長が一番に決まってますよ!」

「一番か二番ぐらいには強いと思いますよ‐」

「そこは一番と言えっ、愚弟っ」


 なんか太鼓持ち姉弟が言ってる。


 そうは言っても、そもそも目の前の人間‐‐アッシュはこの世界に来て真っ先に剣をかち合わせた相手だ。

 聞けば『剣鬼』と名を馳せ、剣速が凄まじいと誰の口からも語られている。

 しかし、俺は一度、奴の上段からの振り下ろしを受け止め、不利な体勢から押し返しも成功している。

 その経験が俺の自信にも、また奴の評判への不信感を募らせる一因となっているのも事実だ。


 アッシュの奴はこんなにも騒がれる程の強者なのか、と。


「え‐。メリットとして弱くない?それにお前がやるうま味ねえじゃん」

「俺としてはお前に強くなってもらいたいからな。稽古をつけるようなものだ。しかし、そうだな。じゃあもし、お前が勝てばお前の置かれている危機的状況、それにお前があの晩殺めた男の話をしよう」

「ばっ、お前っ」


 遅かった。


「‐‐は?」


 アルフの奴が間抜けた声をあげる。


「おいおい待て待て、アッシュ。今、あの晩殺めたって言ったな、どういうことだ、タツミ。聞いてないぞ、お前まさか人を殺したのか」


 アルフが緊迫した様子で問い詰めてくる。

 アルフからはくれぐれも人を殺すな、直接的に人を害するような依頼を受けるな、と口酸っぱく言われている。その理由は倫理や命の尊さなどの高潔な理由ではなく、人は必ずしも誰かと繋がりがあり、無駄な怨嗟を増やすようなことをしてくれるなよ、とそういった忠告だった。


「なんだタツミ、言ってなかったのか」

「わざわざいうようなことかよ、俺人殺しちゃいました‐、なんて」

「まあ、そうか。新兵なども人を斬ったかどうかで今後を悩む者も多いしな。その点、やっぱりお前は肝が据わっているな」

「おほめにあずかり、ど‐も。そのまま弁護してくれると嬉しいんだが」

「そうだな。実際、相手は『夜哭街』のチンピラ、物分かりがいい相手とは思えんし、何よりテトさんの娘、アオイ嬢を連れ去る寸前だった。話が通じぬとわかったら俺だって同じようにしたさ」

「それでも、話をつけることはできなかったのか」


 アルフは未だに食い下がらない。

 彼の中では人とやり合うことはよっぽど忌避すべきことのようだ。


「過ぎたことを。話でどうにかできることならば今俺達はこんなものをぶら下げてはいない。どうにもできないことが多すぎる、だからこそ俺達は今剣を振るっているのだろう」

「それもそうか……。手段はともかく、アオイちゃんが無事だったことは喜ぶべきか」

「やっぱ知り合いなのかよ」

「ああ。あの娘が小さな頃からな。テトさんの可愛がりようったらなかった。あんなおっかなかったおっさんがデレッデレ鼻の下を伸ばすんだからな。もし、あの娘に何かあったら、テトさんがどうなるか想像さえできん。あの二人の事、改めてありがとう、タツミ。

 だが、今後人を手にかけるような事態になる前に相談しろ。あるいは事後報告でもいい、必ずメンバ‐に話せ。それを守れないようなら、俺は賭けも約束も全て反故にしてパ‐ティを抜けるからな」

「‐‐悪かった。今後はきちんと話す」

「ならばいい」

「話は済んだか?」


 アルフとの話が落ち着いた頃合いを見て、アッシュが話しかけてくる。

 律儀に話が終わるのを待っていたのか。


「その男、タツミが殺した男の事なのだがな、遺体はしっかり処理し、名前がわかった。男の名はブロン。『夜哭街』のしがないチンピラに間違いはない」

「ブロン……?」


 ロ‐シがその名を反芻する。

 知っているのかと問いたくなるが、つい先ほど話を脱線させてしまった手前、口に出すのを憚られる。


「さて、俺から開示できる情報はここまでだ。この先が知りたくば俺に勝てば情報をくれてやろう。さあ、どうする?」


 アッシュはここまでと口を閉ざし、挑発的な視線を飛ばしてくる。


 正直、死んだ人間の情報なんぞどうでもいい。


「ロ‐シ、どう思う?」

「賭けに関しては、旦那のしたいように。かの『剣鬼』と手合わせできるなんてこの街で剣を持つものならすべての人間が憧れる夢のような一時でしょうな。いい経験にはなるかと。

 しかし、気になるのはブロンという男のこと。私の知る男で相違なければ些かまずい事になります、確かめるために時間が惜しい」

「俺はどちらかと言えば反対だ。彼我の実力差は言うまでもない。タツミ、お前じゃあまだ経験不足だ。お前の事だから平気だとは思うが、『剣鬼』に負けて武器を置いた者も珍しくない。それ程までに『剣鬼』アッシュは圧倒的なんだよ」


 な‐んか癪にさわるな‐。

 ロ‐シもアルフの奴も、微塵も俺が勝つとは思ってない辺り、ムカつく。

 ごくごく自然に煽られてる気がする。勝てるまで言わずとも一矢報いろ、ぐらいの発破かける奴はおらんのか、なんて甲斐性のない薄情な奴らよ。


「‐‐いいぜ、アッシュ、やろうぜ」

「そうこなくてはな。形式は任せる」




「それでは両者。準備はよろしいか」


 審判を担うツヴァイの凛とした鈴の音のような声が響き渡る。

 対面には十メ‐トル程の距離を保ってアッシュが立っている。


「構えねえのかよ」


 泰然自若といった振る舞いでアッシュは腰に下げた剣に手をかけるでもなく、ただ突っ立っている。


「俺もお前と同様、抜き打ちの一手を得意としていてな。侮るわけではない、相応の敬意を払ってここにこうして立っている。構わずかかってこい。胸を借りるつもりで、な」


 侮ってはいない。そう言ったくせに、奴にとってはあくまで稽古のつもりらしい。

 どこまでも格上のつもりらしい。カチンとくる。


 勝負は実戦形式の真剣勝負。得物はお互いの得意な剣。

 奴はいつもの直剣。俺も『無明』を腰に差している。

 稽古ならば木剣の用意もあるというが、そこで日和るつもりもない。

 勝敗はどちらかが戦闘不能に陥るか、参ったというまで。

 全員の反対があったが、何より手に馴染む『無明』が最高のパフォ‐マンスを発揮できる以上、全力で挑む姿勢を崩すつもりはなかった。


「それでは‐‐」


 ツヴァイの声に身を低く屈め、『無明』に手をかける。

 つま先へと力を籠め、奥歯をがっちりと噛み締める。合図と共に駆け出し、毎日のように鍛錬を重ねた居合を解き放つ。

 圧倒的な経験不足は厚くなった指の皮が自信を後押ししてくれる。


「‐‐始めッ!」


 爆発的な推進力を得て、風をもごうと切り裂く。

 瞬く間にアッシュの全身を視界に収め、解き放つは渾身の一撃。

 イメ‐ジするはどこまでも続く水平線へ波紋を広げる。これが一番しっくりきた。


 自らの腕を振りぬく。水面へと波紋が広がり‐‐一輪の花が咲いた。

 真っ赤で歪な一輪の花。


(‐‐なんだ?)


 前へと進んでいたはずの自分の身体が後ろへと倒れ行く。視界が赤く明滅している。肩口から、胸へと、やがて全身がかあっと熱くなった。


 真っ赤な花が自らの胸から咲いていた。


 かちん、と。


 鍔鳴りのような金属音が響いて、自分が斬られたのだと気づいた。


 赤い花は自らの血だと今になって気づいた。


 花越しに見えるアッシュの顔が酷く冷たく見えた。

 つまらなそうな顔をし、振り返ろうとしている。

 先程までの談笑が嘘だったかのように。

 そんなつまらなそうな顔をしてくれるなよ。


 全身が水面へとずぶずぶと沈み込んでいく気がした。

 冷たくなった全身は一向に動く気がせず、どこまでも沈み込んでいく恐怖を覚え、やがて恐怖から逃げ出すように意識はブラックアウトした。

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