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イモはイモ頭

「よお、兄ちゃんじゃねえか!」


 賢狼の森へと調査のためにパ‐ティ全員で向かう途中、街の大通りを歩いていると不意に声がかけられる。

 声の出所を探ると、いつかのじゃがバタ‐もどきの屋台、じゃがいもに似た禿頭がトレ‐ドマ‐クのおっさんだった。


「よお、おっさん。今日もいい湯気たってんじゃねえか」

「坊主、どこ見て言ってんだ、それはウチのイモだイモ。こっちこっち」

「おお、間違えた」


 おっさんの坊主頭と店頭に並べられたホクホクの蒸し芋を見間違えてしまった。

「坊主、おもしれえなあ」

 おっさんは俺を見ながらガハハと肩を揺らして笑っている。筋骨隆々な体躯通り、豪快な性格らしい。

「でだ、そんなことよりわざわざ呼び止めて何の用だよ」


 おっさんは俺達一同を眺めてる。

 ロ‐シは頭を下げ、アルフとリ‐ドの二人に視線を留める。どうやら二人と面識があるようだ。


「ハハハ、悪い悪い。思ったより大所帯だったなぁ、坊主に嬢ちゃんにあとは……野郎ばっかだなぁ。どっかで見たアホ面もいやがる」

「うっせえ」

「聞いたぜ、バカ共。馬鹿な賭けをした挙句負けたんだってな」

「うっせえよ、おっさん」

「違うんだ、おやっさん」

「「そもそもこのバカが」」


 並び立つアルフとリ‐ドがお互いを指さし罵りあう。その息もピッタリだ。


「「ああ?」」


「そもそもお前が勝手に賭けなんぞしなければだな!」

「蜂相手にレイピアをブンブンぶん回してるてめえに言われたくねえ!」

「うるさい!筋肉馬鹿が!」

「んだと!この器用貧乏!」


 勝手におっぱじめやがった。


「ま‐た始めやがって。ガキの頃から変わりゃあしねえな」

「おっさん、二人の事知ってんのか?」

「おうともよ、ガキの頃から知ってるぜ。ずっと変わらずバカのまんまで、ちいせえ頃には俺みてえな冒険者になる!って目ぇキラキラさせて可愛かったもんよ」

「ちょ、おっさん!」

「いつの話だ!」

「いいじゃねえか、ガキの頃の話ぐれえ!」

「つうか、おっさんも冒険者だったのか?」

「おうよ!昔の話だがな!ガキができてからはこんなナリよ!」


 おっさんはバンバンと自らの腹を叩く。

 こんなナリ、とは言うが腹筋は引き締まり、二の腕は着ているシャツがはちきれんばかりに窮屈そうにしている。

 年の衰えなど見えず、現役と言われても違和感がない。


「昔は人のためなんて正義漢ぶってたが、てめえのガキができたら死ぬのが怖くなっちまってこのザマよ、情けねえなあ」

「いいんじゃねえのか、大事なもんができたんだ。誰だってそりゃあ失いたくねえさ」


 ふと言葉が途切れ、沈黙が訪れる。

 何かおかしなことを言ったのか、おっさんを見ると、ハトが豆鉄砲を食らったような顔をして俺を見ていた。


「なんだよ」

「いや、ちと意外でなあ、すまんすまん。俺がお前の年の頃には無鉄砲で、冒険者を辞める奴なんて腰抜け、腑抜けだと馬鹿にしてたもんだが、坊主は違ったか」


 おっさんは自らの頭をペチペチと叩きながら肩を揺らしながら笑っている。

 そんなにおかしなことを言っただろうかと思うものの、未だこの世界の住人の死生観はいまいち掴みきれてないのだろう。様々な人がいるものだ。


「そうそう、それで本題なんだが坊主には改めて感謝を言わなきゃならんのでな、呼び止めたって次第よ」


 はて、感謝をされるようなことはあっただろうか。


「おおい、アオイ!アオイ!」


 おっさんは屋台の中で体をずらし、後ろを振り返る。

 小さな屋台の中にでかいおっさんの図体で隠れて見えなかったが、もう一人いたらしい。

 肩口に揃えられた髪が細い肩の上で、否、全身が震えている。

 どうやらシルエット的には女性のようだ。


「アオイ!おい!」


 おっさんが呼びかけるたびに、女性の全身がプルプルと震えを増す。


「うるっさい!聞こえてるわよッ!」

「いてェッ!」


 突然の怒声。おっさんの悲鳴。

 瞬く間に女性が振り向き、おっさんの頭をものすごい速さでひっぱたいていた。


「なんだよ!叩くこたぁないだろ!」

「いつも言ってるでしょ!恥ずかしい話ばかりしないでって!この馬鹿親!」

「馬鹿親とはなんだ!せめて親馬鹿って言え!」

「うっさい!バカ!ハゲ!イモ!」


 なんだなんだ、また喧嘩か。


「イモとはなんだ!イモとは!」


 気になるのそこかよ。


「ったく!誰に似てこんな口が悪くなったんだ!ああ、俺か!」


 ガハハと突然大口を開けて笑い出した、なんだこのおっさん。


「お父さんじゃないから!私はどっからどう見てもお母さん似でしょ!」


 ああ、なんだ、ただの親子喧嘩か。


「そうそう!坊主に礼を言いたかったのは俺の娘、アオイのことでな!」


 おっさんは俺に向かって娘だという少女を紹介する。

 年の頃は俺と同じぐらい‐‐十代後半ぐらいだろう。


 はて、どこかで見たことがあるような‐‐?


「アッシュの奴から聞いたが、坊主だろう? 夜哭街で女衒の野郎からアオイを助けてくれた全身黒ずくめの冒険者ってのは。なんでもかの『狂犬』がいる場で救ってくれたとか」


 夜哭街で女衒‐‐って確か、遊郭とかに女性を売りさばく誘拐犯とか、そんなんだったか。

 アッシュ、夜哭街、女衒。

 ああ、あの夜の時の、シトリィと初めて出会い、俺が初めて人を殺めた、あの夜の少女か。


「ああ、奴さん、あの夜の眠り姫か」

「ねむっりっひめっ!?」

「ハハハ!眠り姫たあ言ってくれるじゃねえか!坊主!まぁ俺にとっちゃあお姫様みたいなもんだがな!」

「お父さん!もう!」


 アオイと呼ばれた少女はすっとんきょんな声をあげ、おっさんはその姿を見てまたしても笑っている。しかし、このおっさんずっと笑っているな。


「それじゃああれか、今回はさしずめ坊主が王子様ってことか」

「だ、誰がこん…な…」


 少女は自己紹介も未だ済ませぬままの俺に対して、こんなやつ呼ばわりと失言をかましかけるも、それぐらいの分別はできるのか、自制が効いたのか、最後まで言うことはなかった。

 といっても、俺に伝わってる段階でかなり失礼なことに違いはないが。


「……すみません、いきなりこんなやつ呼ばわりをしかけちゃって……」


 少女は先ほどまでの姿はどこへやら、シュンと項垂れる。どうやら本気で反省はしているらしい。


「良いってことよ。改めて、俺はタツミってんだ、王子様って柄じゃなくて悪いな」

「アオイ、です。今回はその、本当にありがとうございました。私、気を失っててよく覚えてないんですけど、お父さんから聞きました。アッシュさま……じゃなくてっ、ア、ア、アッシュさんが私を負ぶって、そのっ、家に届けてくださったって、あの、大丈夫でした!?私変な寝言とか、その、よ、よだれ……とか……」


 少女は突如声を大きくしたり、小さくしたり。しまいには自分が気絶している時の状態などを訪ねてきた。それをアッシュに見聞きされたりしていないか、と。

 この様子だと、気絶している間の事やその後も大事なかったようで安心だ。


「あ‐あ‐大丈夫、大丈夫。本当、綺麗な寝顔だったから気にすんな。アッシュもそう思ってるよ」

「本当ですか!?っていうか、アッシュさまに私の寝顔見られちゃった!?」


 最早アッシュを様付けで呼んでいることさえ気にしていない。なんというか、暴走がちな恋する乙女って彼女のようなことを言うのだろうな、なんてことを思った。


「ハハハ!そんなわけで悪いな、坊主!うちのお姫様にゃあ気になる王子様がいるようで!」

「悲しいもんだ。告白する前に振られちまった。となりゃああれかな、俺は二人を応援する恋のキュ‐ピッド、って柄でもねえなあ。せいぜい二人を城に送り届ける馬の役にでもなるわ」

「馬って、もっといい役もあるんじゃねえか?」

「いいんだよ、馬で。せいぜいお姫様と王子様の恋路が叶うように願うし、なんなら馬が運んでやる。あるいは人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやら、ってな」

「へえ、そんな言葉もあんのか。ハハ、しっかし坊主、おもしれえしいい奴だなあ!今後ともウチのお姫様と店をよろしくな!」

「もう!お父さん!恥ずかしいからやめて!」

「なんでだよ!昔っからお姫様になりたいって言ってじゃねえか!」

「子供の頃の話でしょ!」

「なんでい!俺にとっちゃあいつだって子供だしお姫様なんだよ!」

「だからやめてってば!」


 二人はまたしても喧々諤々といった様子で口喧嘩を始めている。

 本当に仲のいい親娘だ。


 どこにでもいるような、だけど、俺はそんな二人を見れなかったのだとふと寂しくなった。

 娘を可愛がる父と嫌がる娘‐‐待て、二人って誰だ。

 ‐‐俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 思考の海に沈みかけた時、袖を引っ張られ現実へと引き戻される。

 見れば、傍らに立つシトリィがグイグイと袖を引っ張っていた。


 彼女はバレたくないからと、襤褸切れ同然のロ‐ブを全身に纏い、フ‐ドまでしっかりと目深に被る始末。その姿はさながら幽霊のようだ。

 口調も独特なので誰かに聞かれようものならバレるからと終始沈黙を保っている。

 赤毛の獣人だけでも珍しいのに、独特な口調も相まったら知る人には『狂犬』だと即バレるらしい。


 そんなわけでずっとだんまりで俺の傍らにいたシトリィだが、今日初めての動きを見せた。


「うん、どうした?」


 視線をシトリィへと向け、問う。

 シトリィはゆっくりとそして大きく首を傾げる。

 その動きはさながら、どうかしたかと問うような動きだった。


「いやいや、わからんて」


 喋ることを期待はしていなかったが、なにかしらの意思疎通は図れるものだと思ったが、さっぱりだった。


「お、おおう。坊主かいや、嬢ちゃん、か?顔も体もすっぽり隠れてわかんねえけど、どうかしたのか?」

「え、ええと……」


 いつの間にか喧嘩を辞めていたおっさんとアオイの二人も困惑した様子でシトリィを見ている。

 ロ‐ブで全身をすっぽりと覆っている不気味な何者かがだんまりで首だけ傾げたのだから不気味で仕方ないだろう。

 片やロ‐ブの下の素顔を知っている俺からすれば大きく首を傾げるシトリィの姿なんて可愛らしく思えるが。


「口が効けねえのか」

「ああ、いや、理由あって喋らないだけで、口が効けないわけじゃねえんだ、すまねえな、おっさん」

「なんだ、そんなことか。冒険者なんてやってりゃあいくらでも訳ありの奴なんているからなあ、気にすんな」


 おっさんと会話を交わすうちにも、シトリィはグイグイと俺の袖を引っ張る。

 シトリィは空いた手で道を、それも『賢狼の森』の方角を指差していた。

 どうも『早く行こう』と催促をしているようだった。

 その姿はまるで子供のようでなんとも微笑ましい気持ちになる。


「わかったわかった。すぐ行くからもうちょっとだけ待ってろ。そんなわけで悪いな、おっさん。もう行くわ」

「気にすんな坊主、呼び止めたのはこっちの都合だしな、ただ礼が言いたかったんだよ。

 アオイを助けてくれてありがとうな、本当に感謝してもしきれねえ。もしこいつの身に何かあったら俺も死んでも死にきれねえからな」

「お父さん、大げさ!」

「なんだと、大げさなものか!」

「あ‐もういい、もういいから、俺達は行くからな‐」

「待て待て坊主!お前ら、『パ‐ティ』組んでんだろ!?名前は!」

「『夜行』ってんだ。夜を行くで『夜行』。宣伝よろしくな」

「おう、任せろ!今後ともうちの店と娘をよろしくな!あとはこれ、もってけ!」


 挨拶もほどほどにし、歩き出すとおっさんが紙袋を放り投げる。

 慌てて受け止めると、ずしりとした重みが腕の中になる。

 袋の中を見ると、ホクホクと湯気を立てたじゃがバタ‐が大量に収まっていた。


「お、いいのかよおっさん。こんなにもらって。よっ、太っ腹!」

「ハハハ!恩人に対してこれっぽっちで足りるかよ!じゃんじゃん持ってけ!」

「いや、今はこれで十分だ。ありがたくいただくな、おっさん。ほら、ギンも、お前らもしっかり礼を言えよ‐」


「ありがと‐おじちゃん!」「「「ありがとうございます」」」「サンキュ‐、おっさん!」「感謝します」


 ギンが元気よく、ゴリラットロ‐シの三人が声を揃え、アルフとリ‐ドがそれぞれの言葉を述べる。

 シトリィはどうするのかと思えば、足を止めて屋台の方に向き直し、ペコリと頭を下げていた。


 その様子を見ていたおっさんは驚いたあとに、「ハハハ!なんでい、強面の野郎ばっかだと思えば可愛い奴らじゃねえか!しっかりな、あっさりおっちんじまうなよ!」とまたしても豪快に笑っていた。


 仕切りなおして、『賢狼の森』へと歩みだししばらくすると、俺を挟みギンとシトリィが並び歩く横へとロ‐シとリ‐ドが更に並んできた。


「しかし、タツミの奴がテトのおやっさんと知り合いだったとは意外だな。いつの間に知り合ったんだ?」

「娘さんを救われたとの話でしたね。しかも、『狂犬』シトリィ嬢も居合わせたとか。その辺の話、詳しく伺いたいものです」


 ロ‐シの口調は穏やかなものだが、眼光だけは『詳しく話せ』と語っている。おっかねえ。


 さて、どこからどう話したものか……。


「あ‐、そういやシトリィ、さっきはなんだったんだよ、袖引っ張ってきて」

「旦那、今はそれどころでは。それに街中で名前を出すなって話では」

「いいっスよ、お爺ちゃん。こんだけ人がいる中でウチらの話を聞いてる奴なんていないっス。だってタッきゅん、あの親娘見てる時、すごく辛そうな顔してたっスよ」

「え、マジで」

「無自覚だったんスか、こりゅあ重症っス。つっても、あの時だけだったんスけどね。だから袖引っ張ったんスよ」

「あ‐、なんだ、ありがとうって言うべきなんかな。確かにまあ、あん時はちょっとよからぬ考え事してたからなあ」

「タッきゅんはどうもギンちゃんの事といい、親子、父と娘って関係になんだか強い思い入れがあるみたいっスね」

「別にそんなつもりはないんだがなあ、しっかし、シトリィ、よく見てるなあ」

「タッきゅんの事はずっと見てるっスよ、なんせ大好きな人の事なんスから」


 シトリィの顔はフ‐ドに隠れて見えはしないが、しっかりと俺を見て言い放つ。

 どうも彼女の直情的な好意は苦手だ。ひねくれものの俺には眩しすぎる。


「はいはい、どうもありがとさん」

「あ‐!ずるい!ギンも!ギンもおとさん大好き!」


 シトリィの告白に負けじとギンもぴょんぴょんと飛び跳ねながら伝えてくる。

 その子供らしさがやけに微笑ましい。


「お‐、ありがとな、ギン‐。おとさんもギンの事大好きだぞ‐」

「やった‐!」

「あ、ギンちゃんずるいっス、タッきゅん、ウチは、シトリィちゃんのことは大好きって言ってくれないんスか‐?」

「あ‐大好き大好き‐」

「うわめっちゃ適当言ってるっスこの人!」

「なんだこの甘ったるい空気、ロ‐シ、俺にじゃがバタ‐くれ。甘すぎて胃がむかむかしてきそうだ」

「どうぞ。しかし旦那、顔真っ赤ですね」

「おい、しれっと言うなよロ‐シ!好きとかあんま言ったことなくて恥ずかしいんだよ!」

「ハハハ、旦那もやはり子供でしたか。しかし、テトさんの娘さんの事はしっかり教えていただきますよ」


 うわぁ、この爺さんぶれねえな。

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