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敗北者座けえ

「うっぐ…ふぐぅ…ぐすっ、おぇっ」


 自らの弱さを、敗北を噛み締める。

 いかにつらかろうが悲しかろうが、俺は負けた。

 その事実は覆らないし、受け止めねばならない。


「おぉう。俺は男が膝をつきながら泣いてる姿を、ましてや嗚咽まで漏らしてまで泣いてる姿なんて久々に見たぞ。できれば見たくはなかったが……」

「それが自分たちの長だと思うと、なかなかこう、胸にくるものがありますね」

「いやあ、座りたかった席に座れなかっただけでこうも泣かれていると思うと、情けなくて俺まで泣きそうになってきたぞ……」


 外野のリ‐ドとロ‐シがなにやらごたごた言っているが、この悔しさは自ら土俵に上がり、戦い抜いた者にしか味わえない、何物にも得難い経験なのだ。ドン引きされても気にしない。


「タッきゅんはなんで泣いてるんスかね‐?」

「よっぽどあの席に座りたかったんでしょうか」


 シトリィとハクが俺の座りたかった席‐‐アルフへと視線を向ける。


「さ、さあ。 タツミのやつはいったいどうしたんだろうなあ‐」


 白々しく、下手な口笛を吹きながら二人の視線から逃れるアルフ。

 しかし奴の視線は回遊魚さながら泳ぎまくり。こいつ、気づいている。


「うるせえこの野郎!俺はな、その席に座りたかったんだよ、ちくしょう!むさい男共の卓に座るより美女美少女いっぱいの席に座りたがるのが男の本能ってもんだろうが!」

「おぉう、すげえ。タツミの奴、何の臆面もなく俺達も一度は思ったことを言い切ったぞ。

 あいつって頭ではいろいろ考えてるくせに結局欲望に負けて台無しにするタイプだろ。アルフみたいな。むしろ考えてる分アルフより性質悪そうだが」

「ハ、ハハハ……。それが旦那のいいところでもありますから……」


 なんでも受け入れてくれるロ‐シちゃん、好き。引き攣った笑みは気にしない。


「そんなことっスか‐。ならタッきゅん、ここ、ここ」


 シトリィはそう言いながら自らの膝をポンポンと叩く。


 うん?どういうことだ?


「お姉さんの膝の上、空いてるっスよ‐。ここ座っていいんでお姉さん達とお喋りしましょ‐」


 シトリィは膝を叩きながらそう言う。


「いやいやいや、さすがに女性の膝の上に座るのは申し訳ないし、重たいだろ」

「アハハハ、気にしなくていいっスよ‐、獣人は人とは膂力が違うっスから‐」

「いやいやいや」

「と、言いながらもしっかりとお姉さんの膝に座るタッきゅん、嫌いじゃないっスよ‐」


 気づけば俺はシトリィの膝の上にしっかりと座っていた。


「はっ!いつの間に俺はシトリィの上に。これが噂の催眠アプリの力か……!

 くっ、体は言いなりになっても心までは屈しないんだから!」

「なあロ‐シ、タツミは何を言ってるんだ?」

「さあ」


 諦めるなよ!


 さて、体は催眠アプリの力に屈してしまい、椅子の上に座るシトリィの上に座る俺と謎の構図になってしまった。


「タッきゅん、もっとウチに背中を、なんなら全身預けてもいいっスよ?」

「いやいや、さすがに背もたれもない丸椅子で全身は預けらんねえよ、ただでさえ重いだろうに」

「いやいやいや、獣人は人間と筋力が違うんスよ。だからタッきゅん一人座るぐらい軽い軽いッス。

 だ・か・ら、ウチに全身を委ねてタッきゅんはウチに幸せの重みを与えるべきっスね」


 意味の分からない理屈を述べ、シトリィは俺の腰へを腕を回し、全身を密着させる。

 背中に彼女の体温と襤褸切れのようなロ‐ブを押し上げる豊満な胸がムギュリと押し付けられるのを感じる。


「おぉう」

「華奢な背中っスね‐。ご飯ちゃんと食べてるっスか?」

「食べてるよ。おかんかよ」

「ウチ的にはもう少し筋肉つけてくれた方が嬉しいっス」

「アルフみたいにか?」

「あんなゴリラみたいにならなくていいっス。もちろんゴリさんみたいにも」

「うほ……」


 ゴリが悲しげな目でこちらを見ていた。


「パ‐ティの皆と仲良くできてるっスか?」

「多分な」

「いじめられてないっスか?」

「だからおかんかよ。いじめられてねぇって」

「それはよかったっス」


 それで満足したのか、シトリィは黙り、背中に当たる感触が増えた。

 背中にじんわりと熱が篭もり、くすぐったい吐息が当たる。

 どうやら胸のみならず顔もぴたりと背中にくっつけているらしい。


「なぁシトリィ、暑いんだが」

「ふす‐、す‐は‐す‐は‐」

「え、何、この娘鼻息荒いんだけど、何してんの、背中めっちゃ生暖かいんだけど」

「ちょ、ちょっとロ‐シ、シトリィの奴なにしてんの」

「くんくんくん、す‐は‐す‐は‐」

「聞きたいですか、旦那」

「いやごめん、聞きたくないし聞かなくてもわかった!なんでこの娘俺の背中を嗅いでるの、ずっと無言だし勢い凄いし怖いんだけど!臭いとか言われたら思春期の俺は傷ついちゃうし泣いちゃう!」


 逃げよう!シトリィから!


「えちょまって、逃げらんない!力強っ!腰に回ってる手が外れねぇ!びくともしねぇ!」

「あ‐、ほら、獣人は膂力が違うって言ってたしな?」

「今実感したくなかったわ!」

「シトリィ!シ‐ト‐リ‐ィ!頼む!離して!最悪臭い嗅ぐのやめて!」

「むふ‐、すはすはすは」

「聞いちゃいねぇっ!頼む誰かシトリィをどうにかしてくれ!」

「あ‐、いやぁ、この顔をしてる奴をどうにかしてくれって言われてもなぁ」

「この顔ってどんな顔だよ!」

「おおよそ乙女がしてはいけない顔をしてますね」

「何なの!逆にどんなのか気になるんだけど!見たいんだけど!」

「俺、この顔見たことあんぞ」

「あんの!?」

「一昔前に夜哭街で流行ったヤベェ薬打った奴と同じ顔」

「俺の臭いってやべぇ薬なの!?」

「「なるほど」」

「何に納得したのお前ら!?」

「シトリィ嬢にとって旦那はヤベェ薬と一緒、ということですね」

「失礼っスねぇ、誰もヤバイ薬なんて打ってないっスよ」

「シトリィさ‐ん!?正気に戻ったのね!なら離して!」

「イヤっスよ、折角幸せの香りを噛み締めてたのに」

「噛み締めてたどころかキマってたけどな」

「涎ダラダラ垂らしてタツミの背中びしょびしょだしな」

「うっそだろお前ェ!俺の一張羅を!」

「てへっ、ちょっと寝ぼけて涎垂れちゃっただけっスよ。も‐、あとでウチの涎の臭い嗅いだりしたらダメっスよ?」

「しねぇよ!そんな発想すらなかったよ!」

「すげぇ、そんなこと考えたこともなかった。まさか、シトリィって天才か?」

「馬鹿だろ!その発想に至るシトリィも驚いてるアルフもやっぱ馬鹿だろ!」

「え?しないっスか?寝てる恋人が枕に垂らしたよだれの臭い嗅いだりしないっスか?」

「やべえよこの女ァ!俺が思ってたより遥かに高度な変態だ!」

「……今度してみるか」

「誰ぇ!?今怖いこと呟いたの誰ぇ!?」

「もうやだ!怖いよこの人!離して!は‐な‐し‐て‐!」

「おぉ、タツミが恐怖のあまり子供みたいになったぞ」

「キャパシティオ‐バ‐しましたね。シトリィ嬢、そろそろ旦那を解放していただけませんか?」

「え‐、イヤっスよ‐、折角タッきゅんの香りを嗅いで幸せになってるのに」

「幸せっつうかトリップしてたなぁ!」

「トリップってなんスか、シトリィちゃんわかんなぁい」

「こいつ可愛い娘ぶりやがった!やめてくれ!なんで俺の臭いなんて嗅いだんだ!臭いとか言われたら立ち直れない!」

「大丈夫っスよ、ちゃあんとイイ臭いしたっス。例えるなら……」

「例えんな!」

「なんというか、夜の臭いっスすね」

「どんな臭いだよ!」

「あ、わかります。なんというか、タツミ様からは静謐な夜の臭いがしますよね」


 まさかのハク、参戦‐‐!


「わかんな!静謐な夜の臭いってなんだ!」

「え‐……」


 ハクはシュンと頭部の耳と共に首を項垂れる。その様子が怒られた子供のようで可愛いと思ったのは内緒だ。


「な‐、女将さん、静謐ってなんだ‐?」


 馬鹿代表、アルフが俺の言葉を代弁してくれた。いいぞ、珍しく役に立つアルフだ!


「あんた達とは無縁の言葉だよ」


 なるほど!わからん!


「ふ‐ん、そうか‐」


 アルフは聞いておきながらさして興味がなかったのか、そのまま引き下がる。

 やっぱお前役に立たねえなあ!


「もうやだ!お家帰る!離して!は‐な‐し‐て‐!」

「おぉ、タツミが限界を超えてまた子供化した」

「こ‐ら、タッきゅん暴れると危ないっスよ‐、大人しくママのお膝の上にいるっスよ‐」

「シトリィにあやされるの、なんかいいなぁ」

「おい馬鹿、変な扉開こうとすんな。新たな性癖開拓するんじゃない」

「タ、タツミ様‐?ハクママのお膝の上も空いてますよ‐?」

「おい、ママが増えだしたぞ。数少ない常識人だと思ったハクの姉ちゃんも結構ぶっとんでた。というか頼む、ロ‐シ助けてくれ、俺だけじゃあ面倒見切れないぞこれ」

「や‐だ‐!シトリィママや‐だ‐!ハクママのお膝の上行くの‐!」

「おっと、旦那はどうやらシトリィママではなくハクママの膝の上がいいご様子」

「突然どうしたんだこの爺さん。ダメだ、ここに今まともな奴がいねぇ」

「や‐だ‐!」

「あ‐もうっ!タッきゅんあんま暴れると……あ」

「ぐえっ」


 暴れる俺の腰に手を回し離さないシトリィ。

 そして不意にもらした声と共に腰に激痛が走る。

 首をへし折られた鶏の断末魔のような情けない声が自らの喉から発せられたものだと気づく前に俺の意識はブラックアウトした。

 どんなオチだ。


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