今後について、そしてこれまで
「さて、話し合おうか。俺達『夜行』の今後の方針を」
酒場『女帝』に帰り、小さな円卓を囲みこんで座る俺達にリ‐ドが仰々しく切り出す。
円卓に座るのは俺、リ‐ド、ロ‐シ、ハクの四人。
「今後の方針、ねぇ」
「そうだ。今後どのような依頼を引き受けるか、何を目的とするのかといったところだな」
「何を目的とかって必要なのか」
適当な依頼を受け、日々の生活費となる金銭を稼ぐだけではダメなのか。
「ギルドに伝えておけば自ずとその筋の依頼を宛がってくれるようになるし、その筋のエキスパ‐トとして名を馳せやすくなるぞ」
「要は専門家ってことか」
「そういうことだ。例えば『夜の王』討伐を目的としたパ‐ティ『暁天』なんかは魔物討伐、ダンジョン踏破の依頼しか引き受けぬ代わりに絶対の成功を約束してる、なんて話だ」
どこぞやらに存在するとされている不死の存在『夜の王』。それの討伐を目的とした集団、か。
「『夜の王』ってのは不死身って謳われてるんだろ、そんなのを討伐なんてできるのか」
俺の問いに対し、リ‐ドは苦々しい表情で答える。
「正直、俺にはわからん。『夜の王』の存在も疑わしい中、そいつのせいで魔物達が活性化し、日々の暮らしが脅かされている人々も増えている。そんな彼らを安心させるためだという話もある」
要は絶望の中に一縷の望みをかけたということか。
「『夜の王』をはっきりと目撃としたのは伝説とも呼ばれる『始まりの四人』と称されたパ‐ティ。
勇者、賢者、戦士、狩人の四人。最初は誰しもが『夜の王』の存在を嘘だと疑ったが、彼らの実績、そしてひとつの事件が『夜の王』の存在を確かなものとした」
重苦しい空気の中、リ‐ドはロ‐シへと視線を向ける。
視線を向けられたロ‐シはコクリと頷き、語りだす。
「とある長閑な農村が襲われ、一夜にして滅びました。いえ、実際は一夜もかからず、数時間あるいはたったの数分だったのかもしれません。家屋は全て潰え、数多の住人が亡くなりました。襲ってきたのは伝説でしか語られないようなドラゴンやヴァンパイア、見たこともないような魔物共、そしてそれらを率いていた謎の人間。突然の襲撃に人々は立ち向かうことはおろか逃げ惑うこともできずただただ恐れ慄き絶望しました。何故襲われたのかもわからず、終わりは一瞬でした。ただ、退け、という言葉のみで全ての魔物は踵を返し、何事もなかったのように立ち去り、残ったのは蹂躙の痕だけでした」
まるで見てきたかのように、いや、それ以上に…。
「もしかして……」
「はい、私とゴリはその村の数少ない生き残りです。さながら地獄のようでした。見知った顔が巨躯の足に踏みつけられ、隣人が生きたまま貪り食われ、家族がなぶり殺しにされました。私はただそれをジッと息を潜めて見過ごすことしかできなかった、しなかった」
淡々とした口調とは裏腹にロ‐シの表情からは様々な感情が読み取れる。
悲しみ、苦しみ、怒り。そして全てを込めた憎悪が。
「なぜ私が生き残ってしまったのか。こんな老いぼれよりも先のある者たちがたくさんいた。
娘の嫁入りをさせてやりたかった。義理の息子となる者と酒でも酌み交わしたかった。孫の顔を見てみたかった。それもすべて叶わぬものとなりました」
俺はなんて言葉をかけるべきなのだろう。
あるはずだった未来を閉ざされ、悔し涙を流しながら訴える仲間に対して、なんて言えばいい。
「これも全てあの怪物共のせいだ。奴らが村に来なければ、生まれてさえいなければ。全て、全てが死なずの化物のせいで……ッ!」
いつもの好々爺然とした姿とはまったく異なる、感情を発露させたロ‐シ。
普段感情を露わにしない彼が胸中に秘めていた感情は憎しみだった。強い強い憎しみ。
「‐‐すみません、少し頭を冷やしに外へ出てきます」
「代わりといっちゃあなんですが、続きは俺が」
ロ‐シは椅子から立ち上がり、いつからかいたゴリが入れ替わる。
「といっても、おおよその話はロ‐シの爺さんが言ったんで、これ以上話すことは大してないんですがね」
そういいながら困ったように笑い、頭を掻く。
「じゃあ聞くが、村の他の生き残りはどうしたんだ?」
「わかりません、殆どが散り散りになり、俺が知ってるのは数人だけ。生き残った俺と爺さん、そしてもう一人が魔物への憎しみで冒険者となりましたが、それ以外は」
「もう一人……?ラットか?」
ゴリ、ロ‐シ、ラット。俺が出会った三人組。だがこれまでの話にラットの名前は一度も出てこなかった。
「いいえ、ラットは村を出て以降、冒険者となってから出会いました。以前言ったかもしれませんが、ラットは『夜哭街』出身です。まぁ、村へは奉公へ来ていたらしいんで同郷っちゃあ同郷なんですがね」
「じゃあもう一人ってのは?」
「‐‐ベオウルフ。こいつがまぁとんだじゃじゃ馬でしてね、魔物と聞いちゃ一言目にはブッ殺す!ってのが口癖でしたよ」
ベオウルフ。いつか聞いた名前だった。あの時は断片でしか聞き取れなかったが、ベオウルフ。そんな名前だったのか。
しかし、ウルフ、狼が名前に入っていながらじゃじゃ馬とは愉快だ。
「ベオウルフの奴が頭になって俺とロ‐シ、三人でパ‐ティを立ち上げて、やがて魔物を憎む奴らが増えて大きな大きなパ‐ティとなりました。魔物を根絶する、そんな大義名分を掲げていろんなこたぁしましたよ。いろんなことを。魔物も殺した、人も、悪人も、善人も。すべては魔物を殺すためだと大義名分を掲げて」
「ベオウルフの奴の暴走は聞いていた、あいつは人に恨まれすぎていた」
「知ってんのか?」
「ああ。こいつらがまだ真っ当な冒険者だった頃、一時はこの街を拠点にしていたからな。そん時からベオウルフの奴の本性の片鱗というか、危うさはあったが……奴はどうした?」
「‐‐死んだよ。最後は武器も鎧もボロボロになっても、笑いながら自分より遥かにでけえドラゴンに突っ込んで、笑いながら死んでった」
それはさぞ壮絶に凄惨な光景だったんだろうな、などと他人事に思う。
「……そうか。奴らしいなぁ」
笑いながら突っ込んで死ぬらしさってどんなだよ。
「ハハッ、だろ? でもしっかりあいつは持ってったよ。ちゃあんと俺達の、村の仇を持ってった」
「そうか、そのドラゴンってのが」
「ええ、俺達の村を襲った一体でした。あとは吸血鬼と‐‐『夜の王』」
あとは、ということはまだ諦めてはいないのだ。彼らは、復讐を。
「ドラゴンの姿をはっきり見てたってことは他の、それこそ『夜の王』の姿も見たんじゃないのか?」
「‐‐いいえ、奴だけは。わかっているのは人だったということだけ。人の形をしていた、ということだけ。暗くてよく見えなかったのと、あとはやつの姿だけはなぜか朧気にしか覚えてないんです」
「そうか」
人の形をしていて、魔物を率いていた。わかっているのはそれだけ。
それだけでは『夜の王』の姿はわからない。それどころかそいつが『夜の王』とだという断定さえできない。
「吸血鬼の姿はどんなだった」
突如、意図せぬ声が届く。
今まで我関せずといった体でカウンタ‐の奥でグラスを磨いていた女将さんだ。
「暗闇の中でも眩い金髪に爛々と輝く紅い瞳、まさに聞き及ぶ姿そのものでした」
「違う。姿じゃない、どんな奴だった」
委細を詳しく話そうとするゴリの声を不服そうに苛立った女将さんの声が遮る。
「なんというか、ガキみたいなやつでした。姿もそうでしたが、何よりもずっと楽しそうにゲラゲラと笑って‐‐」
「そうかい」
またしても、苛立ちを含んだ女将さんの声がゴリの話を遮る。
聞いてきたの女将さんの方なのに、理不尽にも話を終わらせる。とんだ暴君だ。
満足する答えが得られなかったのか、それとも答えを得られそうになかったのか、それさえもわからぬまま怒りを滲ませたまま女将さんは話から離脱していく。
その姿にどこか違和感を覚える。
「‐‐女将さん?」
「そっとしておきましょう、旦那。女将さんが吸血鬼を追い求めているという話は聞き及んでおりますが、何故かという話だけは一切聞きません。何か確執があるのでしょうが、本人が語ろうとしないのは確実です」
女将さんに呼びかけようとした俺を、今度は戻ってきたロ‐シが遮る。
無駄な詮索をするな、と釘を差してくる。
「なぁ、そろそろ話を本筋に戻していいか」
「っと、わりぃわりぃ、リ‐ド。今後の俺達の方針をどうするか、だったな」
「‐‐と、いきたいんだが、ダメだ俺は。やっぱり回りくどいのはしょうにあわん」
ガリガリと荒々しく髪を掻き、立ち上がるリ‐ド。穏やかな仕草や雰囲気の彼にはおおよそ似つかわしくない仕草。その荒々しさのまま、鋭い眼光を向けてくる。
「なぁ、タツミ。お前は何者で、何がしたいんだ。森で見たお前は確かに喉を掻っ切って自死したと思った。いいや、確実に喉を掻っ切った。でも気づけばすぐに立ち上がってたんだ。
俺は、お前こそが不死だと、『夜の王』なんじゃないか、と睨んでいる。お前は、誰だ」
「リ‐ド、その話はもう」
「済んじゃいない、ロ‐シ。俺はまだこいつの口から何者かを聞いちゃいない。だから口を挟まないでくれ」
口を開いたロ‐シを今度はリ‐ドが制止する。射抜かんばかりの鋭い視線を向け、それ以上口を出すなと暗に語っている。
静寂が場を支配する。
会話はなく、されど示し合わせたかのように全員の視線が向かってきている、視線が一身に注がれる。リ‐ドが。ロ‐シが。ゴリが。ハクが。女将さんが。問いかけてくる。
視線が問う。問いかけてくる。
お前は、何者だ。




