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師事

「ほらほら、とっとと行くぞ。

ハクさん、持ち出す荷物とかあるのか」


普段どのような生活を送っているのかわからないが、この白い花が咲き誇る空間に生活感といったものは皆無だ。持ち出すものがあるとするならどこから出てくるのか興味がある。


「いえ、ございません。着の身着のままでございますれば。それとタツミ様、再度申させていただきます。私共に敬称や敬語は不要でございます。どうぞお気軽にハクと呼び捨てになさってください、どうかアッシュ様も」


一体何度言われたことか、再度呼び捨てにすることを促される。

華奢な見た目とは違い、芯の強い、言ってしまえば頑固な女性のようだ。そういうところは姉妹でよく似ている。


「わかったよ、ハク。できたらあんたからももう少し砕けた喋りなら助かるんだが」


やむなく折れる。下手すれば改善するまで言われそうだ。


「……善処させていただく。どうもジョディ殿の御友人と思うとどうも……」


アッシュの場合はそうすんなりとはいかないようだ。真面目な奴め。


「ま、追々ってこった。そろそろ帰ろうぜ、ローシ達も待ってるだろうし」

「かしこまりました、では門の用意を」


ハクがそういうなり、何もなかった場所に突如一枚の扉が現れる。

依然どういった仕組みか気になるが、驚きは少ない。

段々と自分自身がこのファンタジーな世界に染まりつつあるのを感じる。

それがいいのかわるいのかは、まだわからないが。


「ギン、ハクに手を貸してやってくれ。あとそうだな、シトリィも頼む」

「はーい、姉様ー、手つなごっ!」

「りょーかいッスー、はい、ハクちゃん、こっちもッスよー」


手を貸してやってくれとは言ったが、まさかの二人ともそのまま手を繋ぐとは思わなかったが、ハクも嫌がる素振りもなくそのまま二人の手を取り、立ち上がる。見えない目を聴覚や嗅覚で補っているとは言っていたが、やはり見えないと動きづらいだろう。


「ありがとう、ギン。シトリィ様、申し訳ございません……」

「違うッスよ、ハクちゃん。ごめんじゃなく、ウチもギンちゃんと同じようにありがとうでいいんスよ。それとシトリィでいいッスよ、なんせ仲間なんスから」


申し訳なさげなハクにシトリィが優しい言葉をかける。普段はちゃらんぽらんな女だが、人との距離の詰め方には驚かされる。ふざけつつもしっかりと考えている、馬鹿ではないどころか相当賢いだろう。


「ありがとうございます、シトリィ……さん」

「あれま、惜しいッスねぇ!なんならシトリィちゃんって呼んでくれてもいいんスよ?」


……多分。あまり自信はないが。


「ぜ、善処します。それと私も呼び捨てでお願いしたいのですが……。さすがにちゃん付けで呼ばれるほど若くはないので……」

「あ、それはお断りッス。可愛い女の子はちゃん付けで呼ぶのはウチのポリシーなんで。ハクちゃんはハクちゃんッス。可愛い言われてるうちは偉そうにふんぞりかえってりゃあいいんスよ。といっても限度があるッスけど」

「は、はあ……」


出た。よくわからんシトリィ節。

さすがのハクも言葉を失い、困惑している。

シトリィは癖の強い女だが、悪い奴ではない。

なんだかんだでそりも合いそうだし、この二人はうまくやれるだろう。


「だからギンちゃんもずっとギンちゃんッスよ!尻尾モフモフしていいッスか!耳ペロペロしていいッスか!」

「や!」

「まぁ断られてもあとでするんスけどね!」


なんだよそのだが断るスタンス。本人嫌がって拒否したのに、強制執行じゃねえか、なんで聞いたんだよ。


「やー!助けておと様!」

「諦めろ、ギン。シトリィと天災は俺には止められんのだ」

「これは人災だと思うのですが……」

「そう思うならハクげシトリィを止めてくれるか」

「助けて!姉様!」

「……ごめんね、ギン。無力なお姉ちゃんで」


諦めるのはええな、おい。


「うわああん、二人の裏切り者ー!」

「まさかの保護者公認!即ペロモフ待ったなしッス!ギーン子ちゅわーん!」


泣き叫び逃げ惑うギンと大泥棒さながらのジャンプをスタートダッシュに繰り広げ、瞳をギラつかせたシトリィ。二人の鬼ごっこは一瞬で片がつき、速攻で捕まったギンはシトリィの腕の中で力なくぐったりとしている。


すまない、ギン。無力な父を許してくれ。


そんなやり取りを無事に見届けて、扉を潜ってローシ達の待つ『賢狼の森』へと戻る。





戻った矢先に聞こえる喧騒。

潰れたカエルの鳴き声のような醜悪な声にもならぬ音。

金属のぶつかる甲高い音。風切り音。肉を貫く音。

怒声。断末魔。戦場の音。


戦火の中、矢を番えたローシの姿を見つける。

撃ち放たれた矢は吸い込まれるかのようにゴブリンの眉間に突き刺さる。

ゴブリンは声をあげることもなく絶命した。


「何してんの」

「見たままですが、どう映りますか」


俺の問いにローシは目もくれず再び矢を番え、放つ。次の矢はゴブリンの小さな体に深々と突き刺さり、

今度はグギャッと耳障りな断末魔をあげる。


「ゴブリン狩り?」

「惜しいですね。危うく狩られる側にまわってるところです」


戦況は芳しくない様子。

崖を背にし、展開するこちらを大多数のゴブリンに囲まれている。

アルフとリードが前めで防衛戦をひき、盾を持つゴリがローシを守るように動き、最後尾のローシが祠を守りつつ、自身に近づくゴブリンを射抜く。

姿の見えないラットは木の上からナイフを投げて全員のカバーをしている。


「今しがた数に押し切られたところです。無事に戻られてなにより。早速ですが、撤退を進言します」


攻勢に出れなかったのは前衛不足。

アルフとリードのみでは火力や突破力に欠けていていまひとつゴブリンの囲いを抜け出せずにいたが、俺とシトリィ、ギンに加え今ならアッシュもいる。

数えるのも億劫な程のゴブリンだが、一体の戦力はたかがしれている。


「ゴブリン、ですか」


背後でハクが噛み締めるかのように呟く。

振り返り、彼女を見る。苦々しい表情。

思うところがあるのだろう。


「最近まで森には居なかった種族です。女王が現れ出たのを確認し、討伐をお願いしておりまして無事成されたとの報告も受けました。ですがまだ、こんなにもいるとは……管理者として情けないばかりです……」


女将さんから森の管理者からの依頼云々は聞いていたが、管理者とはハクのことだったようだ。

ゴブリンといい巨大蜂といい、ハクの知る生態系とはかなり変化が起こっているらしい。


「これもまた新しい眷属とやらの影響かね」

「おそらく……」


眷属の余波による大量発生。

ならばここでゴブリンを狩り尽くすことで眷属とやらにも影響があるのではないか?


「まぁ、完全に俺らの不始末だしな。いい加減その可愛くねえツラも見飽きたわ」

「旦那」


ローシが何か言いたそうだが、留まる。無駄だと思ったのだろう。


「お前ら、聞こえてるかあ!」


激しい剣戟が鳴り響く中、一番遠くにいるアルフとリードにも聞こえるように声を張り上げる。


「「おう!」」


二人の返事はすぐに返ってくる。しっかりと聞こえている。


「いい加減ゴブリンの顔を見るのもうんざりだ!幸い、森の管理者様もご覧になってる!

ここでいいとこ見せりゃあ報酬もたんまりだ!ゴブリン共を根絶やしにすんぞ、お前ら!」

「「「「「オオオオオッ」」」」」


地を揺らさんばかりの野太い歓声が響く。

士気を上げるため、意図を知らせるための口上だったが、正解だったようで味方の士気が目に見えてあがり、動きも良くなっている。

もう少し品のある口上にすればよかったかな……。


「旦那!」


そんな後悔をしている最中、目の前の茂みから一匹のゴブリンが飛び出してくる。遅れて聞こえるローシの声。

鋭く尖った耳に高い鼻。小さな緑の体には不釣り合いな大きな口は醜悪な笑みを浮かべては鋭い歯を覗かせている。

何度見ても嫌悪するし、できることならもう見たくないほど野蛮な姿。


「でもまあ、お似合いか、なっとッ!」

「ギャッ」

「ほう」


踏み込みと共に『無明』を振り抜く。

鍛錬と日々の鞘から抜く練習のおかげで淀みなくスムーズに、イメージ通りに刃が届く。

ゴブリンに対して横薙ぎの一太刀。

眼前のゴブリンは俺に届くことなく、上下に分かれてさようなら。


「いい踏み込みだ。それに見事な一刀両断、恐れ入る。だが」


カチン、と音が鳴る。

ボトリと何かが地に落ちる音がする。


「隙が大きすぎる、その一撃はここぞという勝負とこの決め手にしておけ。それに乱戦時は前のみならず四方への注意を怠るな。木々を背にするなりして死角を潰し、思考を巡らせて動きは最小限に行い、すぐさま次に繋げろ。大事なのは大火の一撃ではない、流水のごとき連撃だ」


気づいた時には、縦に真っ二つに割れたゴブリンの死体が二体、俺の左右に増えていた。

一体目に気を取られ、反応が遅れた俺の後ろでアッシュが剣を抜いたらしい。

音もなく静かな剣が始まりを感じさせる間もなく、淡々と鞘に収められた剣が終わりの音を告げる。


見ることも聞くことも叶わぬ神速の剣。

これが剣の申し子『剣鬼』の本気。


「聞いたところによると、お前はゴブリンの放つ矢を撃ち落としたらしいな。だが俺ならば、ローシ殿の矢も撃ち落とそう」


緩やかな弧を描くゴブリンの矢と真っ直ぐに放たれ、物凄い勢いで吸い込まれるかのように着弾するローシの矢では段違いの速さ。

それらを比較して、俺ならばもっとやれると煽り、マウントを取ってくるアッシュ。

先程の聞いてもいないのに吐き出された烈火のごときアドバイスといい、つくづくムカつく奴だ。


「あ?なに、喧嘩売ってんの?」

「年上のありがたーい忠言だ。加勢ついでに手解きしてやる」


そう言いながら、今度は手近なゴブリンを先程とは違い目視できる緩やかな速度でゴブリンを切りつける。


「別にいらねえ」


負けじと目についたゴブリンを切りつける。

両断とは言えないまでも袈裟斬りされたゴブリンは血を吐きながら倒れ込む。


「確実に葬るならば頭か胸を突け。ゴブリンならどちらも丁度いい高さにある。対人戦ならば狙いをつけず、傷を負わせろ。それだけでパフォーマンスが落ちてやりやすくなる」


ゴブリンへの浅いひと突きは脳へダメージを負わせ、絶命させる。突き刺さった剣はすぐさま抜き取られた。


「刺すときはあまり深々と刺すなよ、これもとどめの一撃だ。刺さった剣を抜くのが手間だ」

「じゃあ気軽に刺すって言うなよ」


ゴブリンに刺した『無明』はゴブリンの頭蓋も貫通し、深々と突き刺さった。

なんかチキンの丸焼きみたいになってる。

ゴブリンが突き刺さったままの『無明』はおもいし、ぼたぼたと垂れ落ちる血が不愉快だ。

ひっこぬこうにもつっかえてすんなり抜けやしない。

踏ん張って振り上げたら頭部を切り裂いた。


「うへぇ、グロぉ……」


ぱっかんされた頭部は吐き気を催すが、堪えた。


「剣も振り上げるより振り下ろせ。重みが増して勢いが乗る。避けられてもすぐに切り返せるようにしておけよ」


一匹のゴブリンに剣を振り下ろし切りつけ、返す刀で別のゴブリンを切り上げる。地を這うかのような低所からの一撃はゴブリンの股を裂いて、アッシュの胸元で剣は止まった。


「上から下ぁ!」


利き手である右側から一体のゴブリンの肩から切り下ろし、すぐ隣にいた別のゴブリンの足の付け根を切り上げる。Vの字のように剣を走らせる。


「いいねえ、いいッスねえ!タッきゅん!うちも混ぜーー」

「ダメ」

「なんでッスかあ!」


戦闘狂のシトリィが大人しくしてるとは思ってなかったが案の定。むしろよく待った方だと思う。


「お前は今日すでに戦ってるだろ、それにハクとギンのそばで二人を守ってろ」

「えー、ウチは受けるより攻めたいッスよー」

「知るか。二人のそばを離れんなよ、俺たちやローシが撃ち漏らした奴だけな」

「そんなこと言ってもさっきからお爺ちゃんが物凄い勢いで射抜いてるんスよぉ!?ぜんっぜんこっちに来ないッスよ!」

「ホッホ。年甲斐もなくはしゃいで申し訳ありませんね。これでも矢の扱いには自信がありましてな」


好々爺然とした口調とは裏腹に物凄い速さで矢を番え、狙い、放つという工程を繰り返すローシ。

その目は笑っておらず、むしろ鬼気迫る勢いで狙い撃ちされまくっているゴブリンが不憫に思えるほどだ。


「おいアッシュ、お前の挑発、俺よりローシの方が焚き付けることになってるぞ」


アッシュに背を合わせ、ぼそりと告げる。


「ローシ殿にはすまないことをした。というか、あの速度の連射はさすがに全て斬り落とす自信はないな……」


さすがの『剣鬼』様も唸らせるお爺ちゃん、恐るべし。


「おっと」


ローシの矢に見惚れていると、ゴブリンからの反撃を喰らいそうになるが『無明』で受け止め、押し返してそのまま斬りつける。


「あまり攻撃を受けようとせず、足を使って躱せ。受けて足を止めたら狙い撃ちされるぞ」


背中からアッシュが離れ、半身をずらしてゴブリンの一撃を躱す。

渾身の力を込めて棍棒を振り下ろした一撃が空を切ったゴブリンは耐性を崩して隙だらけで、そこに一撃を叩き込む。


「必殺の一撃は外せば隙だらけのチャンスだ。

受ける技と躱す技を見極めて隙を作らせろよ」


そう言って、カチンとまたしてもアッシュの鞘が鳴る。

ぜえはあと荒げる息を整えて辺りを見渡す。

辺りには裂傷を負うか、矢かナイフが刺さっているか、あるいは木々や崖にぶちあたり潰れたゴブリンだった何かしか見渡せない。


「終わった、か」

「おそらく」


木の上からラットが降り立ち、告げる。


「かあー、ゴブリンってえのは数だきゃあいるから疲れるぜ!」

「まったくだ、これで低報酬だから割にあわん」


大剣を背に担ぎなおしたアルフにショートソードを腰に差し直したリードがこちらに愚痴をこぼしながら歩み寄る。

二人だけは姿が見えない位置で戦っていたが、細かい擦り傷などを負ってはいるが無事のようだ。

アルフなんざ大剣をブンブン振り回して戦う割に傷は少ないあたり、立ち回りが上手いのだろう。

今度しっかり見てみよう。


「うし。ゴリは……無事、だよな?」


大きな盾を防具にも武器にも扱うゴリは血塗れだった。


「無傷とはいきませんが、大したことは。

旦那も無事でなによりです」

「いや、まじでなんでお前そんな血まみれなんだよ、血でも浴びた?」

「ええ、まあ。盾で押しつぶしたり、鷲掴みにして潰したり」

「え、待って待って怖い怖い!蛮族かよ!」

「と言われましても……」


ドン引きだよ!ずっとゴリは武器持ってないなあとか思ってたけどゴブリン鷲掴みってなんだよ!

よく見たらハクなんて顔引き攣ってるし!ドン引きじゃん!


「こっわ!まじこっわ!感染症とか拾うなよ!?帰ったらまず風呂!わかったな!?」

「あ、そうそう。風呂って言ったらタツミよ、そのえれーきれーなねーちゃんは?」


アルフがハクを指差す。

さすがバカ、無作法極まりない。つうか


「なんで風呂って言ったらで人の紹介につながんだよか、どういう脈絡してんだおめーはよお!」

「あ?おかしいか?きれーなねーちゃん見たら一緒に風呂入りてえなあってなるだろ?」

「なんねえよ!バカ!やっぱお前バカだ!バカはもうしゃべんな!こんなん紹介できんわ!」

「は、はじめまして、皆さま」

「ハクも喋んな!無理して喋んな!声震えてっから!

あとでいい!今は一旦帰るぞ!」


うん、やっぱうちのパーティ、山賊だわ、野蛮すぎるし、馬鹿だわ。


「おいタツミ、ゴブリンを侮るなよ。奴らは異種交配を可能とし、一匹でも残すとすぐ数を増やすからな。やるなら徹底的にだな」

「あー、うるせえアッシュ!真面目か!空気読め!今んな話してねえだろ!?」

「む、何故だ。ゴブリン駆除」

「うるせえうるせえうるせえ!一旦帰るの!」

「ねーえ、タッきゅんー!」

「んだよ、シトリィ!お前が一番余計なこと言いそうで怖いんだけど!」

「ギンちゃんがおトイレって」

「もうやだ、帰るううううっ!」


なんやかんやあってできればしばらくは『賢狼の森』には来たくないなって思いましたまる

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