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『狂犬』牙を剥く

 シトリィ・レトリバ‐。

 不思議な女。

 女や弱者を食い物にする『夜哭街』で『狂犬』の二つ名を馳せた女。


 出会ったときは敵だったのに、どこをどう気に入ったのか、俺のあとを付いてくる。

『狂犬』という名の割に理知的で空気を読み、普段は語尾にッスを付ける独特の口調と一般的な女性の喋り方の二通り、二面性をあるのを知っている。

 普段のひょうきんな彼女とアッシュに対して怒りを向けた彼女。

 どちらかがシトリィであり、どちらかが狂犬なのか、それらすべてがシトリィなのか。不思議な女。


「簡単な話、全部燃やせばいいのよ」


 そう言って口端を大きく歪めるシトリィ。

 普段のおちゃらけた態度とは違い、どこか険のある雰囲気を纏った彼女にを一瞬、別人かと見間違うが、目の前の彼女は間違いなく『狂犬』シトリィ、その人だ。


 発達した犬歯を剥き出しにして笑うその様は獰猛な獣のようありながらも、その笑みには人としての、彼女の人間としての美しさも内包していた。

 獣であり、人である。まさに獣人といった笑みだった。


「燃やす、とはどういうことでしょう、シトリィ嬢。

 生憎と火種となるようなものは持ち合わせておりませんが…。」


 シトリィの口調の変化に目を細めたロ‐シも、そこには言及せずにシトリィの言葉の意味を探る。


「そのままの意味よ。あんな戦い見せられたら燻って燻って仕方がないのよ。

 相手が不足だけど、いないよりかましでしょ。もし物足りなかったら…タッきゅんにお願いするッス」


 最後の最後にとってつけたようにおちゃらけるシトリィ。


「おい、あいつ……あんな感じだったか?」


 ここでようやっとシトリィの変化に気づいたアルフ。


 わかりやすい変化は口調だけだが、僅かに雰囲気も変わっている気がする。

 刺々しいというか肌にぴりつく感じがある。


 そうだ、この感じ。初めて会った『狂犬』としての彼女だ。


「ま、そんなことより蜂の相手、私に任せてもらっていいかしら。いいわよね、ダメなんて言わせないから」


 承諾を得る口調ではなく、有無を言わせず。


「好きにしろ、と言やあいいのか?」

「違うわね。私を仲間にしてくれるのならば、もっといい言葉があるじゃない?」


 試されている。リ‐ダ‐としての資質を。仲間を率いる度量を。


「任せた、シトリィ」


 真っ直ぐに見据えてくるシトリィの視線を受け止め、見つめ返す。


「うん、任されました♪」


 正解だったようで、シトリィは鷹揚に頷き、ご機嫌に答える。


「もし何かあれば…」

「ダメよ。もし、なんてありはしない。私は失敗をしない。ただ言われたことをこなす。

 これは戦いなんかじゃない、ただの試しよ。私の力を貴方たちが確かめる、ただそれだけ。

 蜂如きに遅れなんかとりはしない。だからただ見ていてちょうだい」

「……蜂如き、だなんておっかねぇなぁ」

「自信満々じゃねぇか」

「では見届けさせていただきましょう、貴女の力を。『狂犬』の力の一端を、由縁を」


 味方になるともするとも言ってなくとも、気づけばこの女は後を引っ付いていた。

 意図もわからず後ろを付いてきた。ただ敵意はなく、むしろ好意的だったのは全員がわかっていた。

 だからそのままにしていた。


「さあさあご照覧あれ。

 私は『夜哭街』の『狂犬』あらため、『夜行』が一人、『狂犬』シトリィ。

 こう見えても忠義に厚い犬なのです、なんちゃって。

 いざ推して参る、ってね。

 あ、タッきゅん、持っておいて」


 大仰な口上とともに羽織っていた薄汚れた襤褸切れを後ろに放り投げる。

 襤褸切れはバサバサと音を立てて俺の手元に届く。


「おい、俺は荷物持ちかよ」

「匂いを嗅ぐまでなら許すわよ」

「舐めたらいいのか?」

「ばっちいからやめときなさい」


 軽口をたたき合う。口調は変われど、普段のひょうきんな彼女だ。


「「「おおっ」」」


 手元の襤褸切れを見てるうちに、男どもの野太い歓声が上がる。

 視線を戻しシトリィを見れば、目に映ったのは刺激的な彼女の姿だった。


 ノ‐スリ‐ブの黒い光沢を帯びたレザ‐質のジャケットからは襤褸切れの上からではわからなかった彼女の豊満な胸の谷間がじっくりと拝め、下半身に至っては股下がむき出しのような、下着一枚をぎりぎり隠せているようなジャケットと同質のホットパンツ。

 とりわけ目を引くのはその太ももに備えられた刃物。


「なんだありゃ。ナイフ?……いや、鉈、か」


 柄から刃先にかけて僅かに湾曲し、刃の先端には小さな突起のような刃がついた全長30センチほどの刃物が鞘に収まり片足に一本、もう片方に一本とさながら拳銃のホルスタ‐のように取り付けられていた。


 口上を述べたシトリィは仕掛けることもなく、やがて二匹の蜂がシトリィを挟み込むようにブブブと大きな羽音を立てながら挟撃を仕掛ける。

 それに対してのシトリィは手を交差させ、鞘から抜刀した鉈をクルクルと空中で翻しながら、向かってきた巨大蜂へと刃を振り下ろす。

 スパンッ‐‐小気味よい音を立てた蜂は二匹とも頭からお尻へと両断され、四つの塊へと変わり果ててボトリと音を立てて地へと落下し、それ以降動くことはなかった。


「一刀両断かよ」

「恐ろしい切れ味ですね……」

「まずは二匹。向かってこないなら此方から行くわよ」


 動き出さない蜂へと告げ、シトリィは自らの眼前で二本の鉈をかち合わせる。


「双刃よ、煌炎纏いて紅刃となり、全てを灰燼に帰せ、『纏』」


 短く呪文のようなものを唱えると黒白だった鉈の刃が徐々に赤みを帯び、やがて灼けた鉄のように真っ赤に燃え上がる。


「驚きました。まさか『狂犬』が魔法使いだったとは」

「魔法?」


 なんか想像してたのと違うぞ。


「ええ。魔法使いは頭の中にイメ‐ジを作り、現実へと反映させる。

 魔法使いによって相性、使える属性などがあり、先日我々が出会った剣鬼隊の一員、黒ロ‐ブの人間は風。そして彼女はおそらく火。

 呪文は脳内のイメ‐ジを現実へとより強く映させる補助のようなものです」


 鉈の変化に次いで、彼女の足元で小さな火が燻り始め、徐々に勢いを増して燃え上がる。


「さて、行くわよ」


 宣言し、上半身を少しだけ前に屈める。

 やがてボンっと爆ぜるような音と共にまさしくロケットスタ‐トと共にシトリィは前方の蜂の集団へと駆け出した。

 すれ違いざまに撫で斬られた数匹の蜂はすぐさま炎上し、火の玉へと成り果てる。


「アハッ!足りない足りない足りない!もっともっともっと!燃えて燃えて燃えてェッ!」


 疾走しながらも蜂を斬りつけ、斬られた蜂は燃え上がる。

 嬉々として敵を斬りつけ、燃え上がらせもっともっとと叫ぶ様は常軌を逸しており、『狂犬』の二つ名の由来をなんとなく察した。


「猛るッ!」


 足元で小さな火を起こし、ボンっという炸裂音と共に跳躍し、地面に焦げを残して横に並んだ蜂を足で蹴りつける。

 蹴られた蜂は炎上し、近くの木へと叩きつけられ絶命した。


「昂るッ!」


 蹴りつけた蜂からそう遠くない場所の蜂を見定め、両手に持った鉈を放つ。

 鉈は火を放ち、車輪のようにくるくると回転しながら蜂に吸い込まれるかのように飛来し、羽を刈り取る。そして鉈もまた再び吸い込まれるようにシトリィの手元へと戻る。

 羽を刈り取られた蜂は地面へと落下し、またしても炎上。やがて全身を炎に包まれた。


「蹴って斬って燃やして燃やして燃やして!もっともっともっと!アハハハハハッ!」


 彼女の真紅の髪色が如き炎を至るところへと発現させ、彼女自身もまた太炎が如き激しさで躍動する。

 その姿はさながら炎の権化。彼女自身が一つの大きな炎のように、全てを呑みこみ燃やし尽くす。

 その姿には動物としての本能のように、火を、彼女を恐れながらも、どこか眩く美しく見えた。


「……成程。彼女が火の魔法使いとして名を馳せるよりも『狂犬』の二つ名で名を馳せた理由がどこかわかる気がしますね。強く美しいながらも、どこか危うい……」

「アハハハハッ!楽しい!楽しい!楽しいッ!」


 次々と燃え上がる蜂を恍惚とした表情で眺めながら、嬉々として笑うシトリィ。

 まるで子供のように無邪気で目を離せば燃え上がる火へと飛び込みかねない、そんな風に映り、普段の理知的な姿とはかけ離れている。


「足りない!まだッ!」


 そう叫び、二十近くいた蜂の残り二匹を視線で捉え、同じ高さへと跳躍し、真正面から叩き切るように鉈を振り下ろす。

 対する蜂は顎をカチカチと鳴らし、向かい合う。

 その威嚇音が今となっては恐れで顎を震わす弱者にしか見えない。

 そして二匹の蜂は、シトリィの振り下ろされた鉈に見事に唐竹割されて真っ二つに。墜落した後、炭となった。


 こうしてシトリィと十数匹の蜂の戦闘は終わった。

 戦闘、と呼んでいいのか、始まってみれば駆除、あるいは蹂躙といった一方的な殺戮でしかなかったが。


「フ‐ッ、フ‐ッ、フ‐ッ……」


 役割を終えたシトリィは項垂れ、呼吸を乱して肩で息をしている。

 労いの声をかけるべきなのだろうが、先ほどまでの壮絶な彼女の姿に一同皆、怯えや戸惑いといった感じで声をかけられずにいる。

 しかし、仮にもリ‐ダ‐となった今、一員に怯えていては勤まらないと意を決して彼女へと歩み寄る。


「シトリィ、おつか……」


 お疲れ様、と言葉を出そうとするも、声を発した途端にシトリィが顔を上げ、鋭い視線を向けてくる。

 その勢いと眼光に思わず怯むもその直後だった。

 暑いぐらいの体温が迫ってきて、首の後ろに手が回される。唇に生暖かい吐息がかかり、ぬるま湯のような温もりとぬめりを感じる。唇から捕食された。


「んっ…ふぅっ…んっ、んぅっ、ふぅ‐っ」


 荒々しい吐息と鼻息の音。

 唇がこそばゆい。シトリィの舌で舐めまわされ、閉じた口を無理やりこじ開けられて舌をねじこまれ、歯茎、頬の内側、舌の付け根まで触れてない場所がなくなるまでシトリィの舌が口内を蹂躙してくる。

 一方的にされるのは癪にさわったので、仕返しにシトリィの舌を吸うと、


「んぅっ!?」


 と驚きの声を上げるが、拒絶はなく、むしろ頬を紅潮させて悦に入った表情を浮かべている。


「んっ、んぅっ…ふぅっ」


 歯茎を舐めとり、ざらついた舌の上を舌でつつく。

 艶めかしい吐息だが耳に心地よい。

 彼女にされたことを一通りし返すと満足したのか、


「ぷはっ」


 息をするのを忘れていたかのように、口を離した途端にぜえはあと粗い呼吸を繰り返していた。


「いやぁ、タッきゅんに仕返しされるとは思わなかったッス。結構慣れてるッスか?」


 口を開いた彼女の顔はまだ紅いが、口調と言いおおよそいつもの彼女だった。


「馬鹿言え。まだ二回目だし、お前にされた仕返しをしただけだっつうの」

「タ…タ…タツミおまっ…」


 呼ばれたと思って振り返ればアルフとゴリが口をパクパクと金魚のように開閉していた。

 間抜け面だなぁ。


「「なんて羨ましいッ!」」


 欲望に忠実で浅ましいなァ。


 そういえばアルフに躾云々説いた手前、娘に父親のキスシ‐ンを見せるのは教育上、あと俺の精神上よろしくないなと思い、ギンを見やる。


「おじいちゃん、真っ暗で見えないよ‐」

「失礼しました、お嬢」


 ロ‐シがギンの眼を塞いでいた。さすが気づかいのできる男。


「すまん、助かった」

「いえ、さすがに焦りましたよ」


 そういうロ‐シだがいつものように毅然とした姿。むしろ取り乱す姿を見てみたい気もする。


「いやぁ。個人的に魔法を使うのは嫌いじゃないスけど、さすがに感情が高ぶりすぎて我を忘れちゃうのは難点ッスよねぇ。反省反省ッス」


 テヘペロといった風に舌を出し、自らの頭を小突くシトリィ。あざとい。


「おう!シトリィお疲れさん!」

「お疲れ!」


 そんな彼女の横に並び、肩をポンポンと叩くアルフとゴリ。

 戦いの直後は彼女の姿にドン引きだったくせに普段通りとなると我先にと駆け寄っている。


 いやぁ、本当に魂胆が明け透けで浅ましい浅ましい。そんな二人は嫌いじゃないが。


「いや本当、昂って昂って仕方ないッスけど、タッきゅんのおかげで何とかなったッス!

 全身びしょ濡れッスよ!」


 汗でだよな?今の姿のお前が言うとエロいから自重しような。


「ほれ、服返すぞ。体冷やすといけねぇしとっとと着ろ」

「あざッス!」


 汚れた襤褸切れを放り投げシトリィに返すと、すぐさま受け取り着こむ。

 露出過多の全身レザ‐ジャケットは目に刺激的すぎる。


「「あ‐‐‐……」」


 服をいそいそと着こむシトリィをもったいないという意味を込めた視線をありありと込めて眺めるアルフゴリ。

 本当に浅ましい。


「いやぁ、あっちいッスねぇ!」


 額の汗を拭いながらボヤくシトリィ。

 激しい運動に加えて、ところどころではいまだに小さなボヤが続いている。

 何もないところから火を起こせる。目に見えない奇跡、魔法とはつくづくでたらめな力だなぁと思う。


「何もねぇところから火を起こしたり爆発させたりと出鱈目だよなぁ。

 野暮な聞くこと聞くけど、いっそのこと蜂そのものを燃やしちまえばよかったんじゃねぇのか?」

「お、タッきゅん賢いッスねぇ!でも、ウチは馬鹿なんで魔法ってのがよくわかってねぇんスよねぇ」

「旦那、先ほども言った通り魔法とは使用者の想像をそのまま現実へと反映させるんです。おそらくシトリィ嬢自身、魔法が使えても何もないところから火は出ない、という想像があるのかと」

「そうッスそうっス!おじいちゃんよくわかってるッスねぇ!

 だからウチは武器や脚に火を宿す、ってイメ‐ジなんスよ!斬れば燃える、蹴れば燃える。

 いうなればウチ自身が一つの炎となるイメ‐ジなんスよ!だからこんなこともできるッスよ!」


 そう言いながらシトリィは掌を広げ、片腕を空へと掲げる。肉付きの良い二の腕が艶めかしい。


「では‐‐グッ」


 伸ばした腕を自らの顔の前に下げ、握り拳を作る。


「? なんかあったか?」


 何か起こったか?


「これは‐‐驚きました。まさかそこまで制御できるとは。本当に何故貴女が魔法使いとして無名なのかが理解できませんね」

「ふっふっふ‐、でしょうでしょう、隠し技ッスよ‐!」


 賞賛を贈るロ‐シに誇らしげなシトリィ。

 何が起こったのかわからず、置いてけぼりだ。寂しい。


「待て待て待て、二人だけで盛り上がるな、置いてけぼりじゃねぇか」

「なんだ、何があったんだ?」


 どうやらリ‐ドもわからなかったらしい。いたわ、わからない仲間。

 というかリ‐ドいたのか。


「旦那、見渡してください」


 ロ‐シに言われ、辺りを見回す。

 地面に黒ずんだ炭が落ちていたり、木や地面には焼け焦げた痕跡があるだけだ。


「何か気づきませんか?」


 いや、気づかねぇよ。


「もったいぶんなよ」

「彼女は今、火を消したんですよ、自らの意志で」

「うん?」

「どういうことだ?」

「魔法使いの火や風は自らの想像で作り出すものですが、消滅させるのは難しい。

 そもそも風の終わり、消えるところを想像できますか?」


 風が起こり、止まる場面。

 そもそも風そのものは不可視な現象だ。黒ロ‐ブが巻き起こしたような竜巻だって色んな物を巻き込んだからこそ竜巻だと認識できたもの。


「……成程な」

「終わりと始まりがはっきりとわかる火だからこそできる芸当ということか」

「いいえ、私も火を使う魔法使いを何人か見たことがありますが、いずれも火を起こすだけで終わりですよ。自在に消火できるなど見たことがありません。

 終わりと始まりを明確にできるだけでも驚きですが、まだ何か隠していませんか?」

「んっふふ‐、どうッスかねぇ‐♪仲間にしてくれるのなら、今後も見る機会があるでしょうッスけどね‐♪」


 まさか。あんな力を見せつけられて今更ついてくんなとか仲間にしないとか言えるかよ。


「貴女の目的がわからぬ以上、本当は反対すべきなのでしょうけど、私の好奇心には抗えません。彼女の同行、賛成です」

「反対、って言ったらどうなるんだ?」


 すげぇなリ‐ド。あんなん見せられたあとに試す度胸すらねぇわ。黒焦げにされるぞ。


「嫌っスねぇ、そんなん力づくでお願いするしかなくなるじゃないっスかぁ」

「おいタツミ、この女めっちゃおっかないぞ…」

「んなもんとうにわかってるだろ。それでも聞いたお前に俺は敬意すら持つわ」

「ま、まぁ敵意はなさそうだし?反対する理由もないしな?」


 こいつ、チキりやがった。


「ギンはおとさまに賛成‐」


 話をわかっていたのか、いないのか、よくわからないがギンは俺に賛成らしい。

 父としては味方してくれる娘の存在はありがたいが、思考停止してるのはいかがなものかとは思う。複雑だ。


「「よくわからんが賛成」」


 アルフとゴリは馬鹿。


「……皆が認めるなら、いい。夜哭街出身なら、気を付けた方がいい」


 ずっと押し黙っていたラットはそれだけ告げるとまた押し黙る。

 ラットも出身は夜哭街という話だし、同郷故にわかる部分もあるのだろうが、それだけ。

 形式上とはいえ、これで全員からのシトリィの同行は認められた。


「んじゃ改めて、シトリィもパ‐ティの一員になったわけだ。よろしくな」

「いやん、よろしくッス‐♪」


 言うなり首筋に抱き着いてくるシトリィ。

 暑苦しいし過剰なスキンシップに戸惑いもするが、襤褸切れの下の魅力的な体の柔らかさを感じることができて引きはがす気は起きない。


「夜行、だったッスか、パ‐ティ名。これから喧伝してくッスよ‐」

「悪名は勘弁な。勇名だけで頼む」

「はいッス‐、万引きの時も食い逃げの時も私は夜行の狂犬、シトリィだ‐って言って回るッス!」

「やめろや!」


 そんなん女将さんにばれたら殺されるわ!俺が!


「アハハハハッ」


 朗らかに笑うシトリィ。

 正直、この女への恐怖心がどこかにある。

 なんせ未だ腹の内は読めず、二面性あるのはわかりきっているし、下手すれば二心あるのかもしれない。

 それでも今、こいつと敵対するだけの力はまだない。ならば歯向かわず、泳がせて探るだけだ。


 なにより今は、先代賢狼の巫女、ギンの姉に会うことが最優先だ。


「さぁ、んじゃ本格的に森探索すっか。ギンの姉に会って聞かなきゃな」


 ギンを生かす術を。ギンから賢狼を引きはがす方法を。呪いのように人に取り憑き生きながらえる賢狼の望みとやらを。





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