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腰巾着‐

「ふんふんふ‐ん♪」


 陽気な鼻歌が真横から聞こえる。


「ウウウゥ」


 反面、不機嫌な唸りも真横から聞こえる。

 両腕には大きく柔和な幸せと慎ましい小さな幸せ。

 両手に華とはこういうのを言うのだろうなぁと両腕に感じる確かな幸せをかみしめながら考える。


「呑気なもんだなぁ」

「タツミらしいっちゃらしいけどな。 ところで嬢ちゃんが睨みつけてるあの女、誰だ?」

「俺が知るか」


 後続のアルフとリ‐ドの会話。

 俺の腕に引っ付く赤い髪の犬耳の獣人の女。なんでも『狂犬』とかいう物騒な二つ名があり、そこそこ名は通っているらしい。その二つ名通りのイメ‐ジで。

 二つ名とか俺は嫌い。別に僻みとかじゃない。


 その女がなぜ俺の腕に引っ付いているのかは俺自身が知りたい。

 街を出て森を抜けた頃にはどこからか現れ、気づけば腕に引っ付いていた。


「なぁ、シトリィ。 お前なんで俺に引っ付いてんの? 邪魔なんだけど、歩きづらい」

「いやん、タッきゅん冷たいッス‐。 そりゃあハ・ジ・メ・テを捧げた男ッスよー?

 ウチ、意外と尽くす女なんで。 離れた方がいいッスか‐?」


 媚びるような声色に男を誑かす上目遣い。とどめに自らの体をさらに強く押し付けられ、体の片面に温もりと幸せを感じる。

 シトリィという女は自らの武器を自覚し、最大限活かしてくる。恐ろしい女だ。


「あ、いや、別に嫌ってわけじゃないんだが。その、なんだ。せめてもう少し離れてくれ」

「りょ‐かいッス‐♪」


 鼻歌交じりにご機嫌で答えるシトリィ。心なしか腕に押し付けられる柔らかさが増したような気がする。

 おかしい。


「それにしても随分と大所帯になりましたね、旦那。

 その女性の素性、我々も知りませんが旦那がパ‐ティに加えるというのなら異論はありませんが」


 迎え入れるような口ぶりでありながらも、シトリィを見るロ‐シは目をすっと細める。

 鋭く差すような眼光。きっとこういうのを鷹の目というのだろう。


「いやん、タッきゅん♪

 皆に認められちゃったッスよ? これはもう実際、夫婦みたいなもんじゃないッスか‐?」


 一方、鋭い目を向けられたシトリィは飄々としている。

 この女があの視線に気づかないと思わないが、俺自身がなぜこうもシトリィからの好感度が振り切れているのかわからない。解せぬ。どうしてあの目を向けられても平然としていられるのか。脳内お花畑なのか、こいつ。


「いや、正直俺自身なんでこいつがここにいるのかようわからんし、なんでこんなに懐かれてもぶっちゃけわからなんから手に余ってるのが本音」


「うっわぁ、タッきゅんひどいッスね‐?

 だってほら、囚われのお姫様を救ったんスよ? 王子様的な?」


「なんで疑問形なんだよ。 そもそもお前お姫様って柄じゃないだろ。

 どっちかっつうとチンピラに絡まれた後輩キャラじゃん」


「意味がわかんないっスけど酷いッスね‐! 女の子は皆お姫様なんスよ‐?

 だったらほら、一目惚れ的な奴じゃないッスかね‐?」


 だめだこいつ。本気で脳内お花畑だ。


「……おい、タツミ。 このね‐ちゃん本当に連れてくのか?

 俺が言うのもなんだけど、その、アレだろ」


 我がパ‐ティで一番なアレのアルフにすら言われる始末。


「うっわ、疑惑の目がビンビン向けられてるッスね‐!なんかこうゾクゾクするッス!

 自分で言うのもなんッスけど、こう見えて結構腕は立つッスよ‐?」


 凄んで見せるシトリィ。しかし、体を抱きしめてくねくねと身をよじらせながらだと一切のすごみを感じない。


「な‐んでこう、俺の周りって変な奴ばっか集まんのかなぁ。

 人望ないの知ってるけど、こうも癖の強い奴ばっか集まってくるとなんかなぁ、人望あるなしとか次元の違う話になってくるよなぁ、頭痛くなってきたわ……」


 元悪党の三人組に馬鹿と知者の二人組。訳あり娘にお花畑女。

 どいつもこいつも癖強いわぁ。まともなの俺しかいないじゃん。


「いやいや、どう考えても俺にこんなんまとめらるわけないじゃん……はぁ」


「おとさま、大丈夫‐?」


 項垂れた顔の下から覗く心配そうなギン。

 その頭には未だに白い狼の耳が貼りついている。

 自らの状況を知っていながらも他人の身を案じれる優しい娘。

 俺を『おとさま』と呼び慕ってくれる愛しき愛娘。

 彼女を救わねばならない。ならば持てる力はすべて使おう。


「あぁ。 ありがとな、ギン。 大丈夫、大丈夫だ」


 ギンの頭を撫でる。

 サラサラとした髪が指に掛かり、ギンはくすぐったそうに目を瞑る。

 そう、大丈夫。きっとうまくいく。うまくいかせる、救ってみせる。


 腹積もりは決まった。

 思惑はどうであれ、利用できるのは利用させてもらおう。

 きっとこの女もそのつもりだろう。


「シトリィの身元、確かに俺が預かった。

 正直こいつが何を考えて俺に引っ付いてるか知らんが、力があるとも俺に貸すとも言ってる。

 なら信用してぜひその力を貸してもらうつもりだ。行く先はもちろん『賢狼の森』。

 最近は魔物やらも頻出してるとも聞くし、今じゃああのいけすかねぇアッシュの野郎共もいるって話だ。

 俺自身穏便に話し合いで済ませるつもりだが、奴さんらは前回俺たちをひでぇ目に合わせてくれた。

 今回はそうでないという保証もねぇ」


 前回、巨大な蜂と格闘する俺たちの前に現れたハリネズミ野郎と黒フ‐ドの野郎。

 黒フ‐ドの魔法で巻き起こった竜巻で木々共々吹き飛ばされると散々な目にあった。

 今回こそあいつらに出くわしたら今度こそ竜巻ミキサ‐でぐちゃぐちゃにされかねない。

 そうなったら愉快なパ‐ティの肉片スム‐ジ‐の出来上がりだ。

 笑えない。


 だったら。


「もし、あいつらに出会ってまた魔法なんて馬鹿げた力に巻き込まれるぐらいなら、先手必勝。

 こっちからぼっこぼこにしてやろうぜ!」


 我ながら馬鹿げた発想。


『応っ!』


 意気揚々と答える馬鹿たちの声に自然と笑みがこぼれる。

 馬鹿をするのも決して悪くない。たまには頭を空っぽにして暴れてやろう。


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