不調
気がつけば一月以上間が空いてました。
パソコンが壊れて以来スマホでちまちまでしたが、スマホを変えたら勝手が大きく変わり萎え萎え。
何より魔神柱をぶっころ素材剥ぎ取りが忙しいっ!
「くぁ-」
欠伸を噛み殺しながら上体を起こす。
「ねみぃっつうかだりぃ……」
未だ覚醒しきらぬ身体を目覚めさせようと肩を回すとコキコキと肩がなる。
妙な倦怠感というか、 気だるさを全身に感じる。
「まぁ、しゃあなしか?」
昨晩の事を振り返る。
アルフに襲われるすんでのところをクレアに頭を抱き抱えられ意識を失ったのだ。
「ありゃあ寝たとは言わんわな。オチたってやつだ、うん」
体が休まらずとも仕方ないと結論づける。
「しかしまぁ――」
心地よかった。
顔いっぱいに感じるふくよかな乳房の感触に適度な人肌の温もり、そして安らぎを覚える甘い香りのなかに混じった僅かな汗の臭い。
「いかんいかん、これはセクハラ案件ですわぁ」
口に出そうものなら即座に制服さん達を呼ばれても仕方ない。
裁判沙汰の末、全身の毛までむしりとられるはめになりかねない。
「とまではいかんだろうが、 良い事だけでは済まんわな」
改めて振り替えると、クレアに頭ごと抱き抱えられ、その豊満な胸の感触を味わいながら窒息した。
抜群のプロポ―ションに加え、絶世の美少女ときた。彼女のファンも決して少なくはないだろう。
「うん、クレアのファンなら大金積んでまでやってもらいたいだろうな」
もっとも、 普段の彼女ならば羞恥心が先行し、決して行いはしないだろう。
「よって俺がハジメテ、というわけだ。 ざまあみろ」
なんとなく誇ってやる。
ちなみに当て付けるのはツンツン頭のハリネズミである。
「しかし窒息するまで強く抱き抱えられたってのはびっくりだ。 いやまぁ、俺も大して抵抗してないし? 思ったよりクレアの力が強かっただけだし?」
決して自分が非力なわけではない。 決して。
「――やめよう、切なくなる。
はぁ……知らなかったなぁ。 幸せとは辛いもんなんだなぁ……」
胸中にある様々な想いをまとめて、独りごちる。
――幸せとは、なかなか素直に享受させてもらえないものである。
「さてと、 ほんじゃまあケツを叩かれる前にとっとと起きますか」
ベッドから体を起こし、傍らに立て掛けてある愛刀、『無明』と名付けた刀身さえも黒い刀を掴む。
いつもなら羽のように軽く重みを感じさせないそれは、自らの手の延長であるような馴染みもなく今日に限ってズシリとした重みを感じる。
「……やっぱ調子が悪い、か? いや、気のせいか? 本来はこうあるべきだしなぁ……」
今までがどうかしていたのだ。
あるいは全身のゆるやかな倦怠感も疲労の蓄積、まだ寝起きだからと気のせいであると強引に結論づけ、目を背けて全身に鞭を打つ。
「まぁいいか……。っと、おはようさん」
「お―う、タツミ―! おっせぇぞ―!」
階段を下れば、俺的アサイチに見たくない顔ナンバ―ワンの馬鹿が騒いでいた。
「げ、朝からうるせぇ、呑んでんのか?」
「げってなんだ、げって!さすがの俺でも朝から呑んでねぇよっ!あとバカって言うんじゃねぇ、お前俺をナメすぎじゃねぇっ!?」
「悪かったよ、バカ」
「よ―し!表出ろ、クソガキャ―!どっちがバカかハッキリ決めようぜ!拳でな!」
出た、肉体言語。
決着の付け方が体育会系ってどうよ、体格差ってもんが見てわからんのかね。
「それ明らかにお前の土俵じゃねぇか、独壇場じゃねぇか」
「ドヒョ―?ドクダンジョウ?難しいこと言うんじゃねぇよっ!」
「俺、華奢。お前、ムキムキ。どっちが強い?」
「当然、俺!」
「そうだ。じゃあ殴りあいじゃなく、頭脳戦で勝負しよう、な?」
「え、やだよ。俺負けるじゃん」
真顔である。
「あっさり負け認めるなよ。せめて挑めよ」
「なんでだよ!お前もさっき負け認めたじゃねえか!」
「ああ、そうだよ。俺の負けだよ、殴りあいでアルフに勝てるわけないじゃないか、なんせアルフだからな、強いからな」
「俺が強い……へへっ、しゃあねえなぁ」
--ちょろい。
アルフは照れた様子で鼻の下を指でこする。満更でもない様子。
他の奴は俺を情けないと笑うかもしれないが、仕方ないと思って欲しい。
なんせ相手は身長ニメートル近いであろう巨漢に、ガチムチである。
幅広の、バスタ―ソ―ドと呼ばれるような大剣をブンブンと縦横無尽に振るうような奴だ。
そんな奴と殴りあいたいなどよっぽどの被虐趣味か自殺志願者ぐらいだろう。俺は勘弁だ。
ちなみに、賢い諸君ならばお気づきだろう。
このやり取りの始まりは、どちらがバカか、である。
今の俺は戦わずして勝った、とも言えるだろう。
戦わずして絡め手で勝つ。素晴らしい!
一方は強さで悦に浸り、一方は自らを賢いと自惚れる、なんとも似た者同士の醜い争いだった。
「朝から何をバカなやり取りをしているんだ、お前らは……」
アルフで戯れていると(アルフと、ではなく、アルフで、である。これ大事)どこからか彼の連れであるニ馬鹿の片割れ、リ―ドがひょっこりと顔を出す。
こいつに関してはそう馬鹿ではないのだが、酒を呑むと残念な感じになるのと、やはり相方の馬鹿さ加減に巻き込まれ馬鹿呼ばわりをされる悲しき被害者である。
「おいおい、タツミ。あんまりアルフのバカで遊ばんでくれ」
顔を見せるなり、肩を竦めて困ったように笑う。
彼の人のよさがよく表れている、柔らかな笑みだ。
「おいっ、リ―ド!聞いてくれよ、タツミの奴が!」
「――バカが騒がしくなるだろう?」
――訂正。一変して、意地の悪そうな笑み。
「バカって言うんじゃねぇっ!」
「はっはっは」
憤慨し地団駄を踏むアルフを傍目にリ―ドはへらへらと笑っている。
「――仲いいなぁ、こいつら……」
その横で呆れる俺。
「ちくしょう!どいつもこい――つぅっ」
「はっはっ――たぁっ」
そんなニ馬鹿の頭に鈍色のナニカが突如飛来し、小気味よい音を立てて馬鹿共を黙らせる。
「おおっ、ジャストミートっ」
見事なコントロ―ルで馬鹿二人の頭におたまを命中させた人物――女将さんに賛辞の拍手を。
「――どいつもこいつもうるさいね。騒がしくなるだろうからバカに酒を呑ませなかったのは失敗だったかね。結局どう転んでもやかましいったらありゃしない」
どうやらアルフの奴は朝から呑む気だったらしい。とんだ呑んだくれだ。
「しかし、いやぁ、さすが女将さん……。容赦ないおたまが眉間を--」
「あんたもうるさいね?」
「……黙ります」
びしっと背筋を伸ばし、それだけ伝えると女将さんはフンと鼻を鳴らし、そっぽを向く。
今日はえらく不機嫌のようだ。
彼女の機嫌を損ね、額を抑えて床に転がり唸るバカ共の仲間入りは勘弁。しばらくは大人しくしていよう。
床に転がる奴等を放置し、顔でも洗おうかとだらだらと動き始めると、丁度扉が開き、クレアと対面する形に。
「――え、あっ、タツミさん……おはよう、ございます……」
俺を見るなり、クレアは耳まで紅く染め、顔を俯かせて消え入りそうなか細い声で挨拶をしてくる。
なぜかと思えばなんということもない。
昨晩の事を忘れられず、俺の顔を見るのさえ恥ずかしいといったところだろう。
――ダメだぜ、クレアたんよぉ。こういうのは恥ずかしがった方が負けるのだ。ここは俺が大人の余裕と言うものを見せてやろう。
「……お、おはよぅ、キュレアッ」
……どもるは噛むは声が裏返るはと余裕なぞ一切なかった。
「青春だなぁ」
「青春ですねぇ」
「……青春」
そしてこれまたどこからかゴリ、ロ―シ、ラットの三人が現れては俺達を見ながら腕をくみしみじみと呟いている。
――お前らはおじいちゃんか。
「ところで旦那。本日はどうされるご予定で?」
リアルおじいちゃんのロ―シが尋ねてくる。
「ん―、特に予定はねぇなぁ。女将さん、今日は?」
「幸い人手は足りてるから好きにしな」
「だとさ。まぁ、ギルドでも行ってフラフラすっかなぁ……。あとそういやギンはどこだ?」
愛娘を探せど、何処にも見当たらない。
「ん? いや、俺達は見てないが……」
「旦那とご一緒ではなかったのですか?」
「いや……」
「ギンちゃんなら私の部屋で眠っていますよ」
「なんでも調子が悪いらしくてね、寝かせてやんな」
ギンの調子が悪い……?
あの元気印の娘が不調とは。重い病などではなければ良いが……。
――ああ、そういえば
昨晩の事を思いだし、詳しそうな女将さんとロ―シ、念のためリ―ドの三人を手招きし呼び集める。
「女将さん、ロ―シ、それとリ―ド、ちょいちょい」
「なんでしょう」
「ん、なんだ」
ロ―シとリ―ドはすぐに寄ってくれるが、女将さんが動く気配がない。聞こえなかったのだろうか。
「女将さん、ちょいちょい」
「なんで私が行かなきゃならないんだい。あんたがこっちへ来な」
「あ、はい……」
「タツミ……」
「旦那……」
二人の哀れむような視線を背中に受ける。
我ながら立場が弱いと呆れるが、仕方ないじゃない。
女将さんに睨まれるだけで縮み上がるんだよ、色々と……。
カウンタ―にもたれかかりながら、会話を切り出す。女将さんも不承不承といった体ではあるが、しっかり話を聞いてくれるようだ。
「そういや女将さんとロ―シはギンの、あの生成りとかっての詳しいよな?」
「ギン嬢ちゃんのことですかい?」
「そうそう」
「……まぁ、多少は。おそらく女将さん程ではありませんが……」
自信なさげにロ―シはぼやくが、気になるのは昨晩のギンの様子だ。それさえわかればいい。
「それでもいい。知ってることを教えてくれ」
「……わかりました。まずギン嬢ちゃんですが、亜人――獣人でないことは確実です。
なにせ獣人は獣に化けるようなことはありません、というか不可能です。
獣人は身体の一部、それこそ耳や尻尾が獣のそれであることはあれど、基本は人間であり、身体能力が勝る点を除けば我々人間と変わりません。そしておそらく、ギン嬢ちゃんは獣憑きかと」
「獣憑き……?」
生成りや先祖返りとは違ったまた新しい呼称だなぁ、ややこしい。
「はい。獣人は体に獣の血を混じらせた人間ですが、獣憑きは単なる人間です」
「へ?」
「獣憑きとはその体に獣を降ろす--言わば巫女です」
ギンが、巫女--?
「--へえ」
ロ-シの言葉に女将さんは感嘆の声を漏らすが、俺にはちんぷんかんぷんである。
ついていけてないのは俺だけなのかとリ-ドを見ようとする。が、
「ギンちゃんは人間で獣憑きとやらで、でその獣憑きとやらはなんなんだ?」
見るまでもなくどうやら仲間らしい。良かった。
「端的に言ってしまえば器、でしょうね。前にも言ったように、あの森には『賢狼』と呼ばれる存在がいる--いえ、いた、といった方が正しいかもしれませんね。おそらく『賢狼』そのものはすでに亡く、しかし絶やすわけにもいかず、少女に宿すことでその継承を続けている--違いますか?」
そう語るロ-シの視線は俺達を通り越し、奥の女将さんを見据えている。そして女将さんはその視線を受け止め、瞠目する。
「まぁ、正解と言えるだろうね。ギンは獣憑きの巫女で、確かに体にはかつて賢狼と呼ばれたものが入り込んでる」
「へぇー。でも、なんでまたその賢狼とやらを継いでんだ?」
「--あんたら、賢狼の知識はどこまであるんだい」
女将さんは俺たちに問いながら目配せをする。
しかし、残念ながら俺はその問いに対する返答は決まってる。
「いやまったく」
「--はぁ、だろうね、あんたは……」
深いため息をつかれた。そしてとても残念なものを見るような目だ。
やめてほしい。結構傷つくぞ。
「俺も名前ぐらいだなぁ」
リ-ドがぼやく。
「私もかつて魔物から村を救った、としか……」
「--まぁ、そんなもんだろうね」
--なんで俺とは露骨に対応が違うんですかねぇ……。
「自分の心に聞いてみな」
「こわっ! 心読むのやめて、怖いっ!」
「あんたはわかりやすいんだよ。 さて、時間もないから簡単に話すとロ-シの言う通り、賢狼はかつて魔物から村を救った。それこそ知性のない魔物共があの街は危ないぞ、賢狼がいるぞ、と認識し、自ら遠退いていく程にね。そして住人たちも賢狼がいるからこの街は安全だと思っていた。でも、賢狼にも当然寿命があり、奴自身の願いがあった。
その願いを叶えるまでは--その決意も虚しく賢狼は志半ばで息絶える。
住民は焦った。なんせ今まで奴ありきで保証された安全。
賢狼がいなくなればこの街はどうなるか、日の目を見るより明らかだ。
だから賢狼を絶やしてはならない--そして行われたのが人の身体に異なる存在を宿らせる獣憑きの儀式。選ばれたのは何の変哲もない町娘。
但し、身寄りもなく産まれ持っての病のせいで先も短く、当時賢狼と唯一意思疏通がはかれるとされた少女--こういうと色々あったね。でも、なにより--運がなかったのかね」
女将さんは簡単に、と告げた割にわかりやすく、ほぼ全ての事情を語ってくれた。
静かに、落ち着いた様子で--そして、憐れむように。
「なんだよ、それ。それじゃまるで…」
「生け贄みたい、と言いたそうだね。 事実その通りさね。
少女の身体に宿ったのは確かに賢狼の魂だった。 しかし、元々の少女であった器は奴の魂を受け入れるほどの頑丈さはなかった。
結局短かった寿命を悪戯に縮めただけだった。そして町民は次の器を求める。しかし、今度は魂の方が器を否定し、肉体が変異する、精神を蝕まれ、出来上がるのは人でもないナニカ。
肉体に魂を宿らせ、不適合ならば捨てる。そして宿った肉体が朽ちれば次へ、次へと繰り返していき--」
「そして当代に適合したのがギン嬢ちゃん--というわけですか」
「--その通りさね」
俺はこの過ちを、愚行を、暴挙を知っている。
人を人とも思わぬ、非人道的な行いを。
「人体実験……ってやつかね……」
行き場のない怒りを覚える。思い付いた奴らを今すぐぶち殺してやりたくなるほどの怒りを。
「肯定するつもりもないが、当時の街の奴らの気持ちはわからんでもないがね。 当時は夜の時代で魔物も活発、互いのナワバリなんてあったもんじゃなし。なにより、賢狼が特殊すぎた」
「賢狼が特殊……?」
「ああ。賢狼は獣ではなく、魔物だった。獣から魔物に成り果てる変異種ではなく、生粋の幻想種。それこそ伝説や神話に語られるような正真正銘の怪物--それが賢狼の正体だよ」
またしても、変異種、幻想種と聞きなれない言葉が出てきた。
しかし、それ以上に聞き捨てならない言葉--
「ちょ、ちょっと待った! 頭がおっつかないんだが…。
賢狼は魔物--? なのに街を魔物から守ってたってのか?」
「ああ、そこは事実さね。 何故、という質問には私にゃあ答えかねるがね。 賢狼はその名の通り高い知性があった。 そして願いがあった--きっとそれが繋がってるんだろうよ。
ごく稀にいるんだよ--人間に味方する、気まぐれな魔物ってのがね」
「結局、奴の願いはわからず仕舞い。 いつまでも憑いてまわる厄介な獣さね--生きる亡者ってやつかね」
賢狼は繰り返す--自分の願いを叶えるために。
何度も何度も、肉体となる者を壊し、朽ちるまで憑いてまわる。
生前は人を守る善良な魔物、それこそ神と崇められるほどに。
しかし、今はどうだ。
自らの願いのためだけに人に乗り移る厄介な獣ではないか。
そんなものはとっとと払わねばならない。
いつまでも愛娘を宿り木にするつもりはない。
「--で、賢狼とやらのことはおおよそわかった。
それと、昨晩ギンが一部分--腕だけを変化させたあと、呆然と立ち尽くしてた。 意識はあるのに、ただ呆けていた。それもやっぱり賢狼と関係があるのか?」
俺の言葉に、女将さんとロ-シはわずかに戸惑い、焦りを表情に滲ませた。しかし、それもほんの一瞬、まばたきの間にはいつものように堂々と、片や凛と立ち振舞い、こう告げる。
「それは--」
「それは良くない兆候だね
「--どんな兆しだ?」
「言ったろう。獣憑きの末路を」
--待て。
『話が違う』と叫びたくなる。頭の中で警鐘が響く。
理解しているが、納得ができない。
獣憑きの成れの果てとはなんだ。
ギンは『適合』しているのではないのか。
「このままだとギンは、あの娘は--」
--嘘だ。嫌だ。違う、違う違う違うッ! 聞きたくないっ!
「そう遠くないうちに--」
ほんの一瞬のはずなのに、その一瞬が酷く長く感じる。
ゆっくりと動く女将さんの口から出る言葉を聞きたくないと思った。
「死ぬよ」
俺が全力で否定したかった可能性は、無情にも女将さんに何事もないかのように、平然と告げられた。




