金色
よっしゃ!シリアス書いたるで!と意気込む最初
シリアスってどう書くんや…もうやりたいようにやろ…と諦める中盤
あああ、めんどくせぇっ、着地点どうしよ!と全てを投げ出した最後でした。
ちなみにセリフを一行開けるのは見やすいのか見にくいかどうなんざんしょ?
「あ―、テステス。此方タツミ、聞こえるか」
「おとさま?」
なぜか真っ暗闇の酒場『女帝』の扉を僅かに開き、中を覗きながら背後にいるギンに呼び掛ける。
――おかしい。
「おかしい、やはりおかしい。今日は休みなどとは聞いていないし、守護神である女将さんの姿すら見られない……」
「ねぇねぇ、おとさま?」
自分の知る限りでは、『女帝』には常に明るい灯りが点いており、カウンタ―の奥には女将さんが常駐していた。
営業日であろうはずの今日も、この時間なら客である冒険者たちの野太い喧騒が外にまで聞こえるはず――なのに。
「なぜ真っ暗で、誰一人いやしないんだ……?」
「ねぇ、おとさまってばっ!」
「はっはっはっ、まぁ、こんな暗闇に一人いる方がかえって怖いが……で、ギンよ。 どうした?」
「さっきからおとさまが一人で楽しそうに何してるのかなぁって思ったけど、いるよ?」
ギンは何を言っているのといわんばかりに可愛らしく小首を傾げる。
「は? いるって何が?」
――おいおい、こんな暗闇で何がいるってんだ。幽霊だよってか? 冗談はよしこさん。
「だって――ほら」
「ほらって……ッ! 」
ギンが指差す方へと目を向ければ、そこには確かに居た。
なぜ先程は気づかなかったのだと後悔しながら、ソレから目が離せなくなる。
――なんだ、アレ。
ソレは金色でありながらもギラついた光を放ち、ジッと此方を見据えていた。
中空に浮かび、視線と同等の高さで佇み続ける、小さなナニか。
――なんだ、なんだなんだなんなんだ、アレはなんだ!?
えも言えぬ不気味さに全身に鳥肌が粟立つ。
今すぐ背を向けて、走りだして逃げてしまいたい。
しかし、眼前のソレが許さない。
――無駄だ――逃げることはおろか、歯向かうことさえ、全てが無駄だと嘲るように。
本能があの種には逆らえないと警鐘をならし続ける。心臓が早鐘を鳴らすように脈打つ。全身の筋肉が恐怖に強張る。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
静かだ。不気味な静けさ。声をあげれば死ぬ。逃げれば死ぬ。
何をしても死ぬ――そんな予感めいた確信があるのに、何もさせてもらえず、虚しく自分の荒い吐息だけが響く。
――誰か助けて。
叫びたくとも、声がでない。
あの生物の前では、全てが無駄。
時間さえも無為に流れるのか――そんな風に思い始めた最中、不意に背後から強く服を引っ張られる。
「おとさま?」
場違いとも思えるような子供の声に、思わず後ろを振り返ってしまった。
そこには当然、ギンがいた。
なぜか俺を父と呼び慕う、血の繋がりどころか今日まで縁も所縁もなかった他人。
それでも、我が子がごとき娘だった。
――守らねば。彼女だけは守らねば。
死んでもいい、何度死んでも構わない。でも、彼女は死なせない、一度たりとも、絶対に。
弱くてもいい、情けなくとも構わない。しかし、頼りないのだけは駄目だ。
――おとさまに任せろ。
そう胸を張って言えるように、彼女が安心できるように。
――来いよ、化け物。
「――フゥ」
目を閉じ、息を整え全身を落ち着かせて腰に差した『無明』へと手をかける。
ドクン、と『無明』が脈打ち、全身へと血が巡ったような、不思議な感覚。
これならば戦えると発奮興起し、目を開く。
「……あれ?」
金色の光を放つナニかは、姿を消していた。
「さっきから何をしてんだい、あんたは」
「え? あれ? 女将さん?」
「見てわかんないのかい」
「いやいやいや、暗くて見えねぇし、いつからそこに?」
「ずっと居たさね。 あんたがぶつぷつ言いながら中を覗いてる時からね」
「あ、最初からだわ。え、じゃああの化け物は……」
「……化け物? なんのことだい」
「いや、なんか居たんだよ。 金色に輝く、瞳みたいなのが、ちょうどそこ、女将さんの位置に……」
「なるほど。 あんたはあたしを化け物扱いするわけだね」
「いやいやいや!? そんなわけじゃねぇよ!?」
「実際そう見えてたんだろ?」
「いや―、そこに見えた……はずなんだけどなぁ……」
「ずっとここにはあたしが居たし、あたししか居なかったがね」
「はっはっはっ、やだなぁ。この僕が女将さんのような美しい女性を化け物と見間違える分けないじゃ―ないですか―」
「見栄すいたおべっかをどうも。 幻覚を見るぐらい疲れてんじゃないのかい。 とっとと寝な」
女将さんと駄弁り、あしらわれる。
その調子はいつもと変わらず、紛れもない女将さん本人だった。
――見間違えか?
女将さんの言う通り、幻覚だったのだろうか。
確かに今日は色々あり、気持ちも昂ったままだ。きっと、幻覚だったのだ。
無理矢理にでも自分を納得させ、今日はもう大人しくしよう、そう決めた。
背中にかいた大量の汗が不快でたまらない。
本当にあの怪物はなんだったのだろうか。
抗うことさえ無駄だと、全てを嘲笑うかのような圧倒的強者から放たれる威圧感。
かと思えば、覚悟を決めた俺の前から霞のように姿を眩ませる始末。
まるで――そんな覚悟さえ、無駄である――そう嘲笑われた、そんな気分だった。
「……まぁ、そうさせてもらうことにするわ」
「――と、言いたいとこだが、させてもらえるかは別の話さね」
自室へと戻ろうと足を踏み出すと、女将さんはえらく挑戦的な言葉を吐き捨て、どういうカラクリかパチンっという音と共に一斉にロウソクに火が灯り、室内が明るくなりがさごそと物音が聞こえ始める。きっといつものようにグラスでも拭き始めたのだろう。
しかし、気になるのはもっと別のことだ。
「――諦めて帰ってみれば、随分と呑気に帰ってこられたようですね? ――タツミさん」
――おぉっと。
背後から聞こえる、地の底から響くようなドスの利いた声は最早聞きなれた癒しの声に非ず、頭にかけられた指は各々の指が強力な力を徐々に込めてきて、痛みを走らせる。
癒しの女神のお怒りであった。
「あ―、これはこれはクレアお嬢様、随分と遅いお帰りで……」
「それは私の台詞です」
有無を言わさず、ピシャリと。
「婦女子がこんな時間まで出歩くとは感心しませんが……」
「ご心配なく。 ゴリさんやリ―ドさんとご一緒でしたので」
「そうかそうか、それなら安心だな」
「――振り向かないでください。 今は笑顔で迎えられそうにないので」
「ぐえっ」
クレアや共に帰ってきたであろうゴリ達の姿を一目見ようと振り返ろうとして首を捻られ、思わず蛙が潰れたような声をあげる。
タツミカエル――おうちかえる。
否、帰ってきたと言うのに、この不安は一体なんだろう。
「あ―、タツミ? 今はあまりクレア嬢ちゃんのことを刺激しない方がいいぞ。 かなり怒ってるようだからな……」
「そうですとも、旦那。それに心配して街を駆け回った私たちの気持ちも決して穏やかでは……」
聞きなれたリ―ドの忠告に、ロ―シの声。
普段は温厚なロ―シがここまで言うとは、かなり心配をかけたようだ。
「――お二人とも、今は私がタツミさんと話してるので……お静かに」
「「……はい」」
――こえぇ。
「さて、タツミさん。 何か言うことはありますか」
「クレアさん、さすがにもうアイアンクロ―は勘弁……あだだだだっ! 」
ぎりぎりと頭に立てられた指に力がこもり、激痛が走る。
「刺激するなと忠告したろうが……」
「まぁ、タツミだしなぁ。 はっはっはっ」
呆れるリ―ドとアルフの笑い声。
アルフに馬鹿扱いされてるみたいなのが、地味に腹立たしい。
「タツミさん、私怒ってます」
「お、おう……」
「何か言うことはありませんか」
「……悪かった、すまん」
「まだです」
「勝手に飛び出していって、すみませんでした」
「まだです。 随分といい香りが――香水の香りがしますね」
「うぐ……」
心当たりが多すぎるが、シトリィの香水の移り香だろうか。
おそらく、この様子だと『夜哭街』まで行ったことはばれているのだろう。ならば無駄なあがきはよそう。
「約束を破って、『夜哭街』まで行きました、ごめんなさい」
「む―……」
俺の謝罪の言葉を聞き、ようやっと頭からクレアの指が離れるが、背後からはクレアの唸るような声が依然聞こえる。
どうやらおもしろくないらしい。
「えいっ、えいっ」
「あたっ、あたたっ」
今度は首筋にどん、どんと鈍い痛みが連続する。
「……何をしているんですかい、姐さん」
見かねたゴリが尋ねる。
「前に本で見たんです、こうやって首をトンってすると気絶するって」
「「あ―……」」
幾人かの声が重なる。
考えることは皆一緒らしい。
「クレアの姐さん、あれはそういった訓練を受けた者ができるもので、素人がやっても……」
確かに、あれには憧れるものがあるな。
「わかってますぅ―。でもなんだかおもしろくないんです、えいっ、えいっ」
俺が気絶しないことがそんなにつまらないのだろうか。しかし、そろそろ勘弁して欲しい。地味に痛い。痛くて肩凝りぐらいが治りそうだ。
「いてっ、いてっ。 だ―か―ら―、悪かった、俺が悪かったって」
「む―……」
痛みに耐えながら詫びると、またしても可愛らしい唸り声が聞こえ、不意にどんとクレアの頭が背中にもたれかかる。
「おい、クレア――」
「――心配しました」
「……悪かった」
「厳しすぎたのかなって」
「まぁ、厳しくはあるが……」
「急に飛び出していっちゃって……」
「……悪かった」
「……もう……帰ってこないんじゃないかって……」
最初は怒っていた、怒りを装っていた声は徐々に萎れて、やがて涙声となった。
そんなわけないだろ――そう思ってるのは俺だけなのだろう。
突然ふらりと紛れ込んだ身だ、去るのも突然と思うかもしれない。
「……ただいま」
「……そこは悪かった、じゃ、ないんですね……」
「悪かった、黙って出ていって」
「……ばか」
「もう二度としない。俺は帰ってくるよ、 なんせ帰る場所はここしかないし……俺はここが好きだから。 だから、帰ってくる、絶対だ」
「……約束ですよ」
「もちろんだ。だから、そろそろ振り向いてもいいか」
「……駄目です、しばらくこのままで」
「かしこまりました、お嬢様」
未だに涙声のクレアをなだめるように茶化すが、彼女は俺の背中に頭を預けたまま、動こうとせず、なんとも気まずい雰囲気が流れる。
「見せつけてくれるものだな」
「やっぱあれか、タツミとクレアの嬢ちゃんって出来てんのか?」
さすがリ―ドとおバカのアルフさんです、さすがです。
「あ―、僕達そういう関係じゃないんで―」
「つまんねぇなぁ」
何がだよ。
「あ―あ……あぁ、そういやタツミ、アッチはどうだったよ」
にやにやと下品な笑みを浮かべたアルフが聞いてくる。
もう既に嫌な予感がする。鼻っ面を殴り黙らせたい。
「アッチってどっちだよ」
「行ったんだろ? 『夜哭街』」
「あ―……」
その話か。
一度終えた話、掘り返すとろくな目に会わない。
なんせ『夜哭街』の単語を聞いたクレアの俺の服を掴む手に明らかに力がこもったからだ。
行くなと言われた場所に行ったことは既にゲロったし、バレてやましいことなどは特にないが、深く話したくはない。
特にシトリィ関連、口付けなどはもってのほかだ。
「行ったっつってもあれな、ほんの入り口。 先っちょだけだから」
「なんでえ、お前入り口で済ませたってことはガ―ディアンかよ」
「はて、ガ―ディアンとはなんぞや」
えらく似つかわしくない、カッコいい単語が出てきたぞ。
「む、タツミは見なかったのか? その……」
リ―ドが口をはさむが、えらく歯切れが悪くいまいち要領を得ない。
「カマキリみてえな女と、アンコウみてえなブッサイクな女の二人組だよ」
「ぶっ」
思わず吹き出す。
「あ―、その、なんだ……。まぁ、こいつの言う通りだ……」
「あの二人はここいらでも有名ですからね。 楽園として名を馳せる『夜哭街』に何を思って紛れ込んだか死神二人。行くも地獄、退くも地獄。彼女らの手に掛かれば手練手管、一秒経たずとして果てる、なんて言われてますが」
「まぁ、溜めに溜めてあいつらに身を任せて事後には猛烈に死にたくなる、ってのもあるぜ」
酷い言われようだが、楽しみにしていた『夜哭街』に赴いて、真っ先にあのクリ―チャ―二人に出くわせば、そりゃガッカリ、俺の同情もわかってもらえるだろう、そんなわけで否定はしない。
「値段は良心的、技術もピカイチ――らしいのでそう悪くは無いそうですよ」
「なんせタダにしてくれることもあるらしいが――そこんとこ、どうだったよ」
「いかにも俺が体験してきた、みたいに言うんじゃねぇよ。 それとクレアさん、爪たてるのやめてください、痛いです」
「個人的には彼女らが意外と武闘派で、力を認められて境界の守護を命じられている、なんて噂も気になるところではありますが」
「なんじゃそら。 カマキリはまだしもあのアンコウはあり得んだろ。 なんせブヨブヨだからな」
「あくまで噂だろ? それよか命じられて、ってのが気になるな」
「『夜哭街』の女王と称される女性ですよ。 兎の獣人だと知られていますが、それだけです。 その辺は女将さんの方がお詳しいかと――」
「――あの女について話すことなんてないさね」
「ご覧の通りです。 現在、この国から独立したと言われる『夜哭街』を取り仕切っているのは彼女でありますが、最近はどうも胡散臭い輩が動いてらしいですが」
「胡散臭い輩?」
「ええ、どうも彼女にとってかわり、『夜哭街』を支配しようとする男共がいるらしく。 しかし、女王と呼ばれる彼女も王などとは呼ばれておりますが、支配なんてものではなく、むしろよく共存し、発展させたものだと思いますよ」
「ん、どういうこった?」
「今でこそ歓楽街として発展した場所ですが、彼女が現れるまではまさにゴミ溜めのようでしたからね。 行き場を無くした物たちが集い、今日を生きるために弱者を喰らう抗争の日々。それも弱者が弱者をなぶるようでしたからね。 弱き者同士が手を取り合い、補い合う――彼女の教えがあってこそ今のように発展したわけです」
「で、胡散臭い奴は彼女の位置になりかわって再び弱者を食い物にしよう――ってか」
「――おおよそ、そんなところかと」
「かぁ―、馬鹿だねぇ。救いがあるからこそ人は集い、形を成してるっつうのに、巻き戻しゃあま―たゴミ溜めに戻るだけじゃねぇの」
「それでも、そこでしかいきられない者たちがいるのも事実ですから……」
もしや、シトリィが言っていたのはこういうことだろうか。
それならばあの場所――『夜哭街』も一見するときらびやかな場所だったが、聞けば聞くほど血生臭い。
「随分と熱心に聞きたがるじゃねぇか」
「別に、ちょいとした好奇心だよ」
「む―……」
「で、結局何しに行ったんだ? 金もねぇくせに」
「……まぁ、ちょいとな」
「む―うぅ―……」
アルフと話してる間もクレアは唸りっぱなしだ。
いつ怒り出すかと気が気でない。 もう休みたい。
「はいっ!」
静まり返る中、場違いな程元気な声があがり、全員の視線が一点――声の主であるギンに集中する。
――いや―な予感がひしひしすんなぁ……。
今まではだんまりだったギンがなぜ突然手を挙げて、大声を上げたのか。
「どうかしましたか、ギン嬢ちゃん」
ロ―シが膝を曲げ、ギンと視線を合わせる。
――どうでもいいが、ギン嬢ちゃんってなんか語呂悪いな。
「きすしてましたっ!」
「「「――は?」」」
――この娘は一体何を言ってくれちゃってんだろうか。
「魚のキス――はさすがにベタすぎるしなぁ。 キス、キス、キス――君が好きだと言いたいの略なんだよ。 クレア、キスしよう」
「はえっ!?」
「何いってんだこいつ――ところで嬢ちゃん、キスってのはあれか、口付けのことか?」
ギンの暴露に戸惑いを覚えながらも平静を装いながらもおかしなことを言ってしまった気がするが、クレアは耳を紅くし、この様子だと見えない顔も真っ赤で俺以上にパニックね様子。
それならばまだなんとかなる――と安心しつつも、馬鹿のアルフは余計なことにギンへの追求を始める。
「そうっ!くちづけ―!」
――やめてくれませんか、ギンちゃん。 おと様との約束は――してませんでしたね、断られてましたね。
信じていた娘からの手痛い裏切りである。
「ほぉ、タツミの奴も案外すみに置けんな」
「はっはっは、まさか。 タツミの奴が娘の目の前でキ、キ、キスするなんてな……嘘だっ!? 嘘だろ!? 嘘だと言ってくれ!?」
何がこいつをここまで駆り立てるのだろうか。
「もちろん……嘘だ」
「は、はは、はははっ……だよなっ!?」
「? ほんとだよ?」
俺の嘘を即座に首を傾げながら否定する。
本当にこの娘は俺に恨みでもあるのだろうか。
だとしても可愛いから許す。
「ふしだらっ!?」
そしてアルフの奴はそんなギンの姿を見て膝を突く。 こいつ面白ぇなぁ。
「ま、まだだ……。 ど、どうせ相手はガ―ディアンで襲われたとかって……」
「まぁ、半分は正解だな」
「どっちだ!?ガ―ディアンが相手かっ!? 襲われたか!?」
「襲われました」
「へぶらいっ」
今度は床に倒れ伏した。
「へ、へへっ……ど、どうせ相手はガーディアン並のとんでもねぇブサイクなんだろ……? なぁ……そうだと言ってくれよ……なぁ……」
「ソウダゾ」
「嘘はやめろぉっ!」
どっちだよ。
「なぁ、嬢ちゃん……そいつぁ、タツミのキスの相手は……美人だったか? 綺麗だったか? それとも、可愛いかったか……?」
「よせ……アルフ……。 もういい、もういいんだ、よせっ……!」
時折、ビクンビクンと体を痙攣させるアルフはもはや死に体だ。
――こんな演技力があるならば役者にでもなればいいのに――そう思う俺をよそに、ゴリなぞはその姿に涙ぐんでいる。
途中までは楽しんでいた俺だが、どうも人間、自分以上に熱を持った人間が傍らにいるとかえって冷静になる――そんな現象が今の俺らしい。
「ん―とね……綺麗だった……」
「……がふっ」
「「「「「アルフ―っ!」」」」」
アルフの問いにギンは先程までのノリの良さはどこへやら、不機嫌全開で答え、アルフはそのまま帰らぬ人となり、男衆の叫びが虚しく木霊した。
「……惜しい奴を亡くしたな……」
アルフの奴は床にうつ伏せで、時折びくんっと大きく体を跳ねあげている。
どうやっているのかは不明だが、その姿はさながら浜に打ち上げられた魚のようだ。
アルフ……魚……おもしろい事は浮かばなかったのでこの状態をそのままアルフ魚と名付けよう。アルフ、ぎょっ。
「馬鹿野郎……無茶しやがって……」
なにをだよ。
「タツミ……お前はこいつに恨みでもあったのか…?」
「ないない」
「なら……なぜ殺したぁっ!」
「殺してねぇし、死んでねぇし。 今も元気にビクビクしてんじゃん」
「なぜ……なぜなんだ……」
リ―ドな奴は涙ぐんで俺に絡んでくる。
そこまでされると最早真剣なのか、ギャグなのかわかりずらい。
――さすがに遊びだよな?
不安になって辺りを見回すも、リ―ドを筆頭にゴリやロ―シ等は沈痛な面持ちでアルフを見下ろしており、女将さんは我関せずの様子でいつもの様にグラスを拭いている。
――やっべ、遊びなのかわかんなくなってきたわ、これ。
「タツミよ…この落とし前、どうつけるつもりだ……?」
「いや、知らん知らん」
「お前は仲間が死んだと言うのに……! 薄情なぁっ!」
「だから死んどらんて。 それに根掘り葉掘り聞いたのこいつ自信やん? 自業自得やん?」
おわかりだろうか。 このおざなりな対応、エセ関西弁。 内心、俺はめんどくさがっている。
「ぐぅっ、アルフ……お前は確かに馬鹿な奴だったが、いい奴だった……。あとやっぱり馬鹿だった……」
「ばりばり貶めてはりますやん、こっそり笑てはりますやん」
泣き顔を隠すふりした腕の下の口が歪んでいる。
「アルフ……うぅ……。アルフ……お前は……いや、やっぱりなんでもない……」
「途中でやめんなや! 言い切れや! 諦めんなよ!」
「いや、やっぱりこいつが馬鹿だということしか浮かばなくて……」
「お前は長い付き合いなんだからもうちょっとなんかあんだろ」
「例えば?」
「馬鹿だとか笑い声がうるせぇとか声でけぇとか粗野だとか粗暴だとかやっぱり馬鹿だとか」
「大体一緒だな」
「だな」
そろそろこの茶番は終わらないだろうか、飽きてきた――しかし、アルフはいまだ突っ伏したままで、ギンは指先でつつきはじめる始末。
こりゃあギンも飽きてるな。
「おい馬鹿、もういいから起きろ。 間違えた、おい、アルフ」
「わざとだな」
「みなまで言うな。お―い」
「わっ」
アルフからの返事はない――が、突如がばっと立ち上がり、ギンが驚きの声をあげるが、アルフは気にする様子もなく、いつになく真剣な表情だ。
「なぁ、嬢ちゃん……」
「なぁに?」
アルフは真剣な眼差しで、座ったままのギンに語りかける。
今にも結婚しようとでも言い出しそうな雰囲気だ。
馬鹿には娘はやらんぞ。
「そのキスの相手は……」
その話はもういいだろ。
「クレア嬢ちゃんとどっちが綺麗だった……?」
その質問に、ピキリと、空間に歪みが入った――気がした。
あるいは、室内の気温が数度下がった、気がした。
とにもかくにも、嫌な気配だけが立ち込めたのは確かであり、未だに俺の背中に張り付いたクレアが握る服は確実により一層強く握られたのも確かだ。
「なぁ、タツミよ」
表情を強張らせ、ぎこちない笑みを浮かべたリ―ドが呼び掛ける。
「……なんだ」
「間違いなく、俺達は遊びだった。少なくともラットとロ―シと俺は、な。 それはおそらく、お前もだろう?」
「……当たり前だろ。誰が他人のキス事情なんて知りたがるってんだ」
「……ちなみに、ゴリがどうだったかは知らんぞ」
「……やめろ」
「そして今……核心した」
「やめろ」
「え―っとね……」
リ―ドと言葉を交わす傍ら、アルフのギンの会話は続く――室内に漂う不吉な気配に、当人たちは気づかぬままに。
――よせ。
「どうやらアルフの奴は――」
「ク―ねえ様と――」
――よせ、リ―ド、ギン。
「――本気だったようだぞ」
「――同じぐらい、綺麗だった……」
「ばっかやろおおおおおっ!」
その言葉で、俺は死を予感した。
前に立つアルフは無表情で殺気を放ち、後ろのクレアはギリリとちぎれんばかりに背中の服を掴む。
――一体、何が悪かったのだろう。 一体俺が何をしたというのか。
「――タツミ、ギルティ」
「――タツミさん」
怒気を孕んだ声で、静かに歩み寄るアルフ。逃げようにも後ろのクレアにがっちりと背中を抑えられ逃げ出せない。
「な、なぁ、俺なんかしたっ!? 俺の何が悪かったの!? 言ってくれたら直すからっ!」
「旦那――」
ゴリが俯いたまま静かな声で呼び掛ける。その表情は読めなかったが――緩やかに顔を上げ、
「――ギルティ」
清々しい笑みとサムズアップと共に、そう告げた。
「なんなの!? ギルティってなんなの!? 俺、死ねって言われてる気がするんだけど、気のせいだよな!? 死刑執行の合図じゃないよな!?」
「タツミ。 諦めろ、男の嫉妬というものだ」
「やめろ、リ―ド! 助けてくれっ! 仲間だろ!」
「ああ、もちろんだ。 だから――介錯は任せろ」
「なんで介錯って言葉知ってんですかねぇ!?」
「寿司、芸者、ハラキ―リ。 ああ、すばらしきかな東洋文化」
「浸ってんじゃねぇ―っ! てめえあとで覚えてろよ―っ!」
こうしてる間にもアルフはじりじりと距離を詰めてきており、「ギルティ、ギルティ」と呟き続けており、無表情なのが帰って怖い。
「はなせ! はなしてクレア! クレアさんクレア様、ク―ねえ様あああっ!」
背中をがっちりと掴んで離してくれないクレアに必死に頼み込むが、聞こえていないようだ。
うつむき気味で「一緒……一緒……私と一緒……」とひたすら一緒と繰り返し呟いている。
――病んでおられるぅ!
「クレアもダメか、ちくしょうっ! ゴリはっ!?」
ゴリの方を見る――無表情で「ギルティ」とだけ告げられた。
「てめぇもかぁっ!? ラットは、ロ―シは!?」
二人を見る――無言で首を横に振られた。
――諦めの言葉が脳裏を過る。このままここでギルティされるのが俺の天命なのだ。
「は、はは……。ギンは……?」
せめて最後にと愛娘の方を見やる。
彼女は悲痛な面持ちで俺を見るだけで、なんともなかった。無事でなによりだ。
――まぁ、彼女が元凶なんですけどね。
「そうか……このままギルられるのが俺の天命か……。煮るなり焼くなり好きにしろ……」
諦めて、抵抗を緩める。手を下ろし、もはや立つだけと全身の力を抜く。
眼前には「ギルティ」と呟き続けるギルティマシンが迫っていた。
「ああ……。良き人生だった……」
瞼を閉じ、その時を待った――次の瞬間。
「えいっ」と可愛らしい掛け声と共に、頭をかかえられ、顔に風を感じるのも束の間、すぐに新たな感触を覚える。
――なんだ、これ。温かくて柔らかくて……妙にいい臭いがする……。
顔に感じる妙な心地よさ。
「なんと!」「おおっ……」
何が起こったのかわからぬうちに仲間内から驚嘆の声が漏れる。
「「ギルティイイィッ!」」
アルフとゴリの悲鳴のような怒号が耳を打つ。
「喧しいっ!」
更にはそれを上回る女将さんの声。
「大丈夫、大丈夫ですから、タツミさん」
頭上から聖母が如く、安らぎを与えてくれる慈愛に満ちた声が聞こえてくる。
――何が大丈夫なのか。
そう訪ねようとした俺の不安を汲み取ったように、頭の後ろに回された手がぎゅっと力をこめられ、顔の圧迫感が増した。
息苦しさもあるが、それ以上に柔らかさが増し、心地よい臭いが強烈になった。
「大丈夫、大丈夫ですから。大丈夫……大丈夫……」
その声は弱々しく、不安げなのに、とても頼もしく感じられた。
「だから、ゆっくりお休みください。タツミさん……おやすみなさい」
クレアの胸元に頭を抱き抱えられ、わずかな恥ずかしさと絶大な安らぎを覚え、俺はゆっくり意識を手放した。
「――一体、何の茶番だったんだい」
「以前、タツミさんが言っていたんです――眠れない―――と」
「……ふぅん」
私の言葉にお母さん――女将さんは興味なさげに呟きましたが、一瞬でしたが、珍しく手を止めていました。
その仕草が不器用なこの人なりにタツミさんを心配しているのだと思って嬉しくなりました。
「眠れない――?」
「はい。何でも、声が聞こえるのだと。タツミさんの持つ黒い剣から恨み辛みの数々が」
「なるほど。それは確かにたまったもんじゃないな……」
「ですが……私には聞こえませんでした」
「……どういうことだい?」
「私もその剣を握ってみたのですが、私には何も。ただただ威圧感のある黒い剣としか……」
「……そうかい。でも、二度とそんな真似するんじゃないよ。
アレは得体が知れない――タツミ共々ね」
「女将さん、そんな言い方は――」
「――何もタツミに近づくな、触れるなってわけじゃない。その刀には絶対に触れるんじゃない――いいね?」
「――はい、わかりました」
「しかし、タツミの身体に奴が持つ黒い剣から漏れる声――か。
その声がタツミにしか聞こえないのか、あるいはクレア嬢がたまたま聞こえないのか――わからないことばきり。 つくづく不思議な奴だ……」
リ―ドさんはタツミさんを見つめながら呟いていました。
でも、不思議といえば――
「なぜ皆さんは項垂れているんです……?」
アルフさんとゴリさんには嗚咽までもらして……。
「あ―、そっとしといてやってくれ……。ほら、お前ら、帰るぞ」
リ―ドさんは一人一人の肩を叩き、立つように促していきます。
やがて起き上がった皆さんは、タツミさんに恨めしそうな目を向けて静かに帰っていかれました。
「あ……しまった」
「どうしたんだい」
「タツミさんを運ぶのを手伝ってもらうのを忘れてました……」
「……はぁ。 あんたはいつまで経っても抜けてるねぇ……」
「うっ、気にしてるんですから、言わないでください……」
「ギン」
「はいっ!」
女将さんの声にギンちゃんは元気よく返事して手をあげます。
「クレアを手伝ってその馬鹿を運んでやんな。――頼んだよ」
「はいっ!」
女将さんはそう言うと全て終わりとご自分の仕事に没頭されました。
ギンちゃんに手伝ってもらいタツミさんを寝かせると、不意にその寝顔が目に入り、
「――ふふっ、こうして見ると子供みたいですね」
お店に来る冒険者の皆さんとは似ても似つかない姿で、馬鹿なことばかり言って、情けなくて、でもとても頼もしくて。
「?ク―ねえ様なんか言った―?」
「いいえ、なんにも」
私の呟きが聞こえたギンちゃんは不思議そうな顔をして私に歩み寄ってきて、タツミさんの横に屈みました。
「おと様、子供みた―い」
私と同じ感想を漏らしていました。
「ふふっ、本当ですね」
たまらず笑みが。
「では行きましょうか、ギンちゃん」
「は―いっ」
「では――」
「「おやすみなさい」」
私たちはタツミさんの部屋をあとにしました。




