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二つ名

長年苦楽を共にしたパソコンさんがご臨終。

お疲れさまでした。今後どうしよう……

「目を覚ましたか」


 目を開ければ、閉じる前と同じような闇が広がっていた。

 でも違う。これは単なる影-―人影だ。


「……ああ」


 上体を起こせば、傍らには不景気な面をした灰色の髪の男が見下ろしていた。


「気分はどうだ?」


「――最低だな。前はとびっきりの美少女のやわ―い膝枕で目覚めたってのに、今じゃ地面は硬い、傍らには辛気臭い男の二重苦ときた。せめて美女あるいは美少女が良かったもんだ」


「それは良かった」


「お前俺の話聞いてた?良かった要素皆無じゃねぇか」


「俺だって貴様の機嫌をとりたいわけではないからな。むしろざまあみろ、と言ったところだ」


「いい性格してるぜ……」


「貴様に言われたくはないな。起き抜けでそこまで口を叩けるのなら心配はいらんのだろうな」


「心配……?どの口が言いやがる」


「この口だが。恩人の恩人だからな、蔑ろにするわけにもいかん、一応はな、一応は」


「一応言いすぎだろ……。でもま……あんがとよ」


 寡黙な男が珍しく、軽口に付き合い饒舌になっている。

 いつもは刺々しいまでの態度が、いくらか軟化しているように思えるのは一応は心配をしてくれていたのだろう、あくまで一応は。


「……なんだよ、その面。鳩が豆鉄砲食らったような面しやがって」


「その顔がどんなものかは知らんが、驚き、間の抜けた顔をしているんだろうという自覚はあるな」


「まんまそんな面だよ、クソッタレ」


 気まずい沈黙が流れ、ジッと俺を見つめるアッシュが耐え切れず口を開く。


「――ともかく、大丈夫そうだな」


 そう短く呟き、


「――ああ」


 こちらも短く返答すればまたしても互いに口を閉じる。


 向けられるアッシュの鋭い視線の中に僅かな安堵の色を見つけ、驚いていると悟られたのか、「フン」と鼻を鳴らし、そっぽをむく。

 随分と子供じみた所作だと内心で笑うが、これでいい。


 俺達は互いに子供のようにいがみあい、ひがみあい、言い合う仲でいい――それでいい。






「ところでよ」


「なんだ」


「――ありゃなんだ?」


 起きてからずっと、視界の隅でチラついていた疑問を声に出し、指差す。

 その先では狭い路地を所狭しと駆け回る、ギンと『狂犬』の姿がある。


「――どう見える?」


「疑問に疑問で返すんじゃねぇよ。だけどどう見えるかっつうと――」


 ぐるぐると狭い路地を円を描いて走り回るギンに、後ろからおっかけ回す『狂犬』。


 ギンは「く―る―な―」と絶叫し、『狂犬』は「ちゅっちゅちゅっちゅしてあげるッスよ―」などと意味のわからぬことをのたうち、唇を突き出したり涎を垂らしたりともはや人様にお見せできない、一種の放送禁止顔になっている。


 ――妖怪タコ(グチ)女と名づけよう。


「――逃げるギンにキスを迫る『狂犬』、ってな感じだな」


「見たままだな」


「うるせぇ」


「-―だが、その通りだ」


「その通りかよッ!なんつうか、違えよっ!」


 とりあえず突っ込んでみた。


「……」


「……」


 待てども、アッシュからの返事は――ない。


「言えよッ!説明しろよッ!さてはお前、めんどくさがってるな!」


「見たままだな」


「あっさり肯定すんじゃねぇよっ」


「――だが、その通りだ」


「この流れ二回目なんですけどォ!」


 一回目同様、妙にためたのが余計腹立つ!


「本当にやかましい奴だな、お前は」


 アッシュはそう言いながらも嫌な顔をせず、むしろ笑いを噛み殺そうと堪えているが、堪えきれずにクックッと低い笑い声が漏れている。

 見た目も所作も堂に入った男なのになぜかふと、子供のような男だなとそう思った。


「――後悔しているか?」


 唐突に聞かれる。


「――何をだ」


「男を殺した時、貴様の面は今にも泣きそうに、なぜ殺したのか自分でもわからぬようだったからな。現に貴様は直後、糸の切れた人形のように倒れた」


「後悔……?するわけねぇだろ。こいつは俺の守りたいものを、女をモノのように扱うようなクズだ。例え今回は俺の意思で殺してなかったとしても、俺はきっと別の機会にコイツを殺したさ」


 ――そうだ。女をモノのように、道具のように扱うような外道は誅さなければならない。でないと――


 脳裏に甦る姿もわからず、名も知らぬ影の少女――彼女を。彼女のように誰かを喪うのは二度とごめんだ。


「昔、とある新兵が言っていた。そいつは村を守るために魔物を殺し、腕っ節を買われ兵士になった。そして兵士になり、初めて人を殺した時、脳裏に大事な人の事たちが過ぎったそうだ。

 相手を殺さなければ自分が死ぬ、殺さなければ――そう思って必死に戦い、結果新兵は相手を殺した。

 しかし、相手を殺した直後、脳内では自分が大事な人を殺していたそうだ。

 俺の殺した相手は誰かにとって大事な人だったのではないか――そんな不安が新兵を強い後悔、自責の念に駆り立て、それ以来新兵は誰かを殺すたびに、脳内で己にとって大事な人間を殺していった。

 当然、実際に手をかけたわけではない。だが……」


 対面する相手を、自らの大事な人間と重ね、殺していった。結果――


「そいつは、どうなった……?」


「そうだな……。結果、新兵は孤独になった。誰も大事と思わず、家族も同僚も、全ての命が等しく――無駄で無為なものだと思うようになり、人も魔物も、邪魔だと思ったものは全て殺める、そんな怪物に成り果てた」


「で、それを俺に聞かせてどうしたいんだ? 俺もそうなるってか?」


「――いや、貴様はならんだろうな。貴様は己の大事なものを弁え、それを守るためにその剣を取った。例え、剣が折れようと、拳が砕けようと貴様は戦う、そんな確固たる意思が見える」


「――で、だから何を言いたいんだ、お前はよ」


「――さぁな。結局、俺自身、貴様に何を言いたいのかわかっていない。ただ、そうなった者もいる――その事を努々忘れるな」


「――ご忠告どうも。その新兵の名前は?」


「――ベオウルフ。兵士をやめ冒険者となり、『狂王』と呼ばれるまでに至った男だ」


 ――ベオウルフ。『狂王』。どこかで……


「ベオウルフ。ゴリ、ラット、ロ―シ。かつて男も女も、老人も子供も――人も魔物も、仇なす者全てに刃を向け、屠ってきた。人道を踏み外した外道の群れ、『狂王』の手勢。そして今お前が共にする者達はその生き残りだ」


 ――ゴリ達が……


「奴らはとうの昔に道を踏み外し、今尚冒険者を続け、貴様という存在をそそのかした。俺は正直、不安だ。貴様が第二のベオウルフ、第二の怪物……あるいはそれ以上の怪物へとならないか」


「――ならねぇよ。俺は俺だ」


 ――旦那はな、人間なんだよ。人間でありたい、そう願った紛れもない、人間なんだよ。


 いつかの日に、ゴリが俺の不死について知ったアルフとリ―ドへ向けた言葉。

 きっとこの言葉は、自分達のことだったのだ。

 一度は道を踏み外し、外道へと成り果てた彼らを今一度人間へと。


「――それに、俺が道を踏み外そうとするなら、戻してくれるのはアイツ等だ。逆にアイツ等が今一度道を踏み外そうとするなら、引き戻すのは俺の役目だ」


「――そうか」


「ああ。だから心配すんな」


「心配――?」


「お前の恩人だって――女将さんやクレアを危ねぇ目には合わせねぇよ」


「――そうか」


 アッシュの返事は短かった。だが、その僅かな返事の中に様々な感情が込められているのは確かだった。

 そしてきっと、これで満足だったのだろう。アッシュはこれ以上、口を開こうとはしなかった。


「――そんじゃま、今日は帰るわ」


「――ああ。本来、貴様をそのまま帰すわけにはいかんのだが、『狂犬』の言うとおり、ここは『夜哭街』。俺の管轄外だ。ただ、遺体だけは――」


「任せた」


「オイ。……はぁ、わかった、引き受けよう。ただし、その少女は頼んだ。俺の知り合いでもあるし、クレア殿の友人でもあられる、どうか丁重にな」


 俺の即座の切り返しに、アッシュは異論を述べようとするも諦めたように嘆息し、交換条件を突きつける。


「つわれてもなぁ。家の場所とか知らねぇぞ?」


「なに、そう遠い場所でもないし、幸いわかりやすい場所にあるから心配するな」


「土地勘に疎いんだが……」


「なんとかなる。ならずとも、彼女の父君は近隣では有名なお人だからな」


「へぇ、そりゃまたなんでだ」


「まず、『夜哭街』付近で出店を構える変わった人でな――」


 ふむ。確かにここ(『夜哭街』)に近づくたびに出店や屋台は減っていったな。


「そして豪快でな、商売人の割にどうも利に疎いというか――」


 それでよくやっていけるな……。


「まぁとにかく、豪気な方でな、禿頭が特徴的で昔、冒険者をやっていたというだけあって恰幅がよく――」


 禿頭が特徴的? この世界でハゲは貴重だぞ。なんせ今まで一人しか俺は見てな――


「その人の作る芋は絶品なんだ。質素な見た目の割に味わい深く――」


「あ、俺多分そのおっさん知ってるわ。屋台で芋作ってたハゲのおっさん」


「――そ、そうか。既に知っていたか……。この街は広いと思っていたが、随分世界とは狭いものだ……」


 珍しく、アッシュがしょんぼりとしている。

 先程まで、えらく饒舌に「芋がうまい」「芋おいしい」と連呼して、俺の「知ってる」発言だけで意気消沈しているのが、えらく笑える。


 目覚めてからこいつの意外な一面をいくつか見られ、それだけで『夜哭街』に赴いてよかったと思えるから我ながら薄情なものだ。


「――とにかく、彼女の家はその人――テトさんというのだが、彼の屋台のすぐ近くだからすぐに見付かるだろう」


「ポテトのテトさんってな。あいよ、とりあえず彼女をおくりゃあいいわけだな」


「――くれぐれも余計な真似をするなよ。送り狼なんぞになるなよ、そして意外とテトさんは怒ると恐ろしいぞ」


「ばっ、おめ、ばっか!余計なこと言うんじゃねぇよっ!」


 そんな気は微塵もないんですけどぉ!


「――ククッ、目に見えてうろたえるとは。怪しいな」


「うるせぇっ!」


 送り狼ってなんですか。こいつの語彙、どうなってんのっ!


「――さて、無駄話はそろそろにしとくか」


「だな、キリがなさそうだ。お―い、ギン―、程々にして帰るぞ―」


 アッシュとの実のない話を切り上げ、未だに元気に走り回ってるギンへと呼びかける。

 アッシュとの会話中も絶えず走り回っていたのだから、ギンもさることながら『狂犬』の体力はげに恐ろしい。あんなのに追いかけ回されたら三秒で捕まる自信がある。


 出会って逃げて、三秒で捕まる。実に短い鬼ごっこだ。


「お―と―さ―まああっ!」


 ――おおっ、見事な直角カ―ブ。


 俺の呼びかけに気付いたギンは、即座に方向転換。すぐさま此方へと向かってくる。しかし――


 ――あれ?やばくね?速度緩めて――ないな!うん、ないなっ!


「ちょっと待て、ギンっ、その速度のまんまこっちくるな、止まれ、止まって――ごふっ」


「お―と―さ―まあああっ!」


 結局、ギンは俺の体にそのままの速度でダイブ。ヘッドがいい具合にボディに刺さる……!


 ――カラッポだぜ、肺ん中がよぉっ!


「アハハハハッ、ウチも混ぜるッス―!」


「うべっ」


「ギャーッ!」


 そして全ての元凶である『狂犬』も更に突進、俺を始めとした全員がもつれこみ、ギンに至っては女子にあるまじき悲鳴を上げて崩れ落ちた。


「うぐぐ……」


 容赦のない突進のおかげで盛大に尻餅をついてしまい、痛みに呻く。


「きゅう……」


「アハハハハッ」


「お、おい、大丈夫か……?」


「痛ッテ…。俺の可愛いお尻が二つに割れちまった、どう責任を――」


「軽口を叩けるなら大丈夫だな」


「お前、もうちょっと俺の心配しようぜ?」


「してるぞ、大変心配だ。お前の頭が」


「やっぱりいいです、男に心配されても嬉しくないんで。あと俺の頭は大丈夫ですんで」


「アッハッハッハっ、やっぱりおに―さんおもしろいッスね―」


「いいから、笑ってないでお前はとっととどけっ、重い!ギンが目を回してるだろっ!」


「まぁ。女の子に重いだなんて、しつれ―ッスねぇ。本当はウチの身体にドギマギしてたり…?」


「してねぇし、お前の身体にゃあまったく触れてねぇし、ドギマギってなんだよっ」


 ちなみに、密着するギンの身体は先程までの逃走劇で温まり、ほのかに汗の香りがしているもののどこか甘みのある臭いにやはり女なのだと実感させられる。


 惜しむべくは胸がペッタンな辺りか――っ!


「…ハァ。やはり貴様らには付き合ってられんな。俺は遺体の処理のため、人手を借りに行く。貴様らも早々に立ち去ったほうがいいだろう。いくら『夜哭街』とはいえ、死体が見付かれば騒ぎになる」


「-―わかった。なぁ、『猟犬――」


「シトリィッスよ」


「ん?」


「いつまでもりょ―けんやきょ―けんなんて呼ばれたくないッス。ウチの名前は『シトリィ・フラン』ッス。シトリィと呼んでくださいッス」


「――わかったよ、シトリィ」


「――ほう」


 何がほう、なのか。アッシュは感嘆の声をもらし、

「――改めて名乗ろう、『剣鬼』アッシュ・グレイだ。二つ名に関しては同意見だな。俺はいつまでも『鬼』などに甘んじるつもりはない。いずれは至ろう、頂まで。……あの御方と同じく、『帝』や『王』の名を冠するまで」

 釣られたように、名乗った。


「あんまり『剣鬼』さんとは仲良くしたくないッスねぇ。仲良くしたら背後からバッサリ斬られちゃいそうで」


「ハハッ、言ってくれるな。安心しろ――斬るときは正面からだ」


「――アハハッ」


「ハハハッ」


 シトリィとアッシュは正面で向き合い、朗らかに笑っている――ようには見えるが、互いに目が笑っておらず、火花を散らしている。

 先程までの陽気な雰囲気はどこへやら――巻き込まれる人間としては胃が痛くなりそうだ。


「-―アハハハッ。で、おに―さん――タッきゅんは名乗ってくれないんスかね?」


 アッシュと笑っていたシトリィが不意に此方を向き、問いかける。


「タッきゅん言うな。俺はタツミ。フジ タツミだ」


「――で?」


 シトリィは「まだあるでしょ」と言わんばかりに続きを促してくる。が、


「で? も何もねぇよ。俺の名前はそれまで。二つ名とかそういうの、ないんで」


「「――え?」」


「そのえ、何、二つ名無いの? うわ、だっさぁみたいな顔をやめろ」


 アッシュさえもぐるりと首を此方へ向け、呆けている。


「「してないしてない」」


「うそつけ」


「え、タッきゅんって結構被害妄想激しいクチっすか? うわ、めんどくさ」


「おい、やめろ、傷つくだろ」


 メンタルが弱いで定評のある俺の心が傷ついて折れるだろ。


「しかし、え? ってなんだよ」


「いや、だって……ねぇ?」


「む、むぅ……」


 シトリィは驚いた顔でアッシュを見て、当のアッシュは眉間に皺を寄せ瞠目している。


「だからタッきゅん言うな。あとありません―、二つ名とかそういうのいいんで―。別に欲しいとか思ってねぇし―、欲しくねぇし―」


「うわ、ここまで露骨に意地張られるとちょっと可愛いッス」


「意地とか張ってないですぅ―」


 別に剣をひたすら振るってきた鬼だとか、誰かの忠実な僕である証、犬の獣人である証明とかそんなの別にかっこいいとか思ってねぇし。ねぇし。


「あ、いやいや、待て、タツミ。貴様確か、パーティの長だったな。ならばパーティの名はあるだろう?」


 そういえば、ギルドでも宣伝になるだとか何だとかで名前は付けたほうがいいとかって話をリ―ドとしてたな――今まで忘れてたけど。


「我輩は人間である。パ―ティ名はまだない」


「――は?」


「――マジか……」


 俺の渾身のボケに対し、シトリィは真顔で、アッシュは呆れたような顔をしている。

 偉大な文化人たる先人が生み出した名言のギャグだというのに、通じてさえいない。


 ――許すまじ異文化。許すまじ異世界ファンタジ―。


 しかし、マジという言葉がある辺りはなぜなのかと疑問を拭えないがきっと創造主の趣味だろう。本気と書いてマジとよむ。マジ許すまじ、白ジャリ。


「なんだよなんだよ。パ―ティが名無しで悪ィか。二つ名がそんなに偉いのか」


「拗ねたッスね」


「拗ねたな」


「拗ねてないやい」


「――よしっ、こうなったらおね―さんがタッきゅんの二つ名を考えてあげるッス」


「え、まじで。 というかそんな簡単に二つ名とか決めれんの。ギルドとか介さなくていいのか」


「介して自らが名乗るのもありだが、他人が名づけ、吹聴することもあるぞ」


「ウチと『剣鬼』さんが後ろのヤツッスね。気付けば変な風に呼ばれて、もっと可愛いのがよかったッスよ」


「他者から認めえられた証と思えばいいさ。二つ名を得、その知名度で自分がいかに高みに至ったか、その目安にもなる」


「かぁ―、上昇志向のお高いことで」


「まあな」


 否定しないのかよ。


「そんなわけで、噂を知れば三日で町中に流すことが可能なおね―さんが今ここでタッきゅんに素敵な二つ名を授けてしんぜようッス」


「すごいのかすごくないのかようわからんが、遠慮します」


 既に嫌な予感しかしない。むしろ嫌な予感がビンビンします。


「そうッスねぇ―、タッきゅんは―」


 そういってシトリィは目を閉じ、腕を組みながらうんうんと唸り始める。


「いいっつってんだろ、アッシュといいお前といい俺の話聞いてる?」


「潔く諦めろ」


「他人事だと思って、てめぇっ」


 どいつもこいつも俺の話聞かねぇな、ちくしょうっ。


「よし、決まったッス」


 シトリィはカッと目を見開き、その大きな瞳でじっと俺を見据える。

 悩んでから決まるまでが早いっ。一分も経ってねぇぞっ。


「――タッきゅんの二つ名は――!」


 シトリィはもったいぶって焦らす。

 もしや俺の為に結構いい二つ名を考えてくれて――


「『女好き』ッスッ!」


 ――なかった。


「ぷふっ」


「おい、ふざけんなてめぇ、それ二つ名でも何でもねぇだろうがっ」


「え―、そんなことないッスよ―。『女好き』のタツミ!って名乗るとちょっと可愛くないッスか―?」


「可愛くねぇよっ!それじゃ遊び人か単なる変態だろ!」


「そんなことはないぞ『女好き』のタツミ」


「うるせぇ!てめぇもニヤニヤしながらここぞとばかりにノってくんじゃねぇよっ!」


 こいつさっき帰るとか言ってた癖にまだいやがるっ!


「――ククッ。ではな、『女好き』。あまり婦女子の胸部ばかり見るんじゃないぞ」


 快活に笑いながら背を向けるアッシュ。どうやら今度こそ帰るらしい――俺の不名誉な二つ名を土産に。


「ばっ!みみみ見てません―!」


「嘘ッスよね?タッきゅん、口吸いしてからずっとチラチラ見てたッスもん」


「みみみみ見てねぇしぃっ!」


 ロ―ブの下に隠れて見えないが、胸を押し付けられた時、ふくよかな膨らみをしかと感じた。ごちそうさまでした。


 ――結構でかかったッス。


「ハハッ!だそうだぞ、『女好き』!」


「その呼び名をやめろぉ!てめぇ、それ流したらぶっ殺すぞっ!」


「ふむ。貴様と刃を交えるのも楽しそうだ。次に貴様の名を聞くとき、如何な名で通っているのかと思うのと同じほどにな」


 それは遠回しな挑発だ。

 ――人伝いで俺の話を聞かせろと。こいつ(アッシュ)に届くまでに名を馳せろ――と。


「――わかりずれぇんだよ。バカ野郎」


「――ではまたな。『無名(むめい)』の男よ」


 そう静かに告げ、灰髪の男は光煌く街へと溶けるように去っていった。


 残されたのは俺と未だに昏倒するギンと少女。そして――


「さて。邪魔者は消えたことだし、真剣な話をしましょうか」


 燃えるような赤い髪と、吸い込まれそうな真紅の双眸で此方をジッと見据える、底知れぬ獣人の女のみ。



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