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闇‎

もはや月一更新、エタるのもそう遠くない、やったねっ!

この一ヶ月、色々あったんです…。

スマフォがゴミと化したり、ノートpcなのにキーボードが壊れ、外付けキーボードに頼る始末。

配置が変わり、慣れない手で三千字をうっかり消すこと四回程度。

辛かった…

 ―-あれ、どこだ、ここ……?


 目を覚ませば、そこは見知らぬ部屋だった。

 室内は薄暗く、天井は低い。足元にある畳は日焼けし年季を窺わせる。

 そして、唯一存在するものは小さなちゃぶ台のみ。


 見覚えのない、六畳一間の小さな和室。


 ――なのに、懐かしく感じるのはアレか?西洋かぶれに染まりきった世界で俺の和センスが和を欲してたってのか?和ッショイ


 深呼吸をすれば古臭く埃臭い和室の臭いが鼻を突く。見慣れない部屋なのに、妙に落ち着いた。


「さてと、な―んで俺はここにいるのでしょ―かっと」


 自分がこの部屋に至るまでを思い返す。


 夜哭街(やこくがい)に忍び込み、男を刺殺。そのまま妙な声に導かれるように意識を飛ばし、目覚めは『狂犬』の強引な口付け。そしてそれを見たギンの強烈なとび蹴りで再び意識を刈り取られたのだ。


「……俺、よく意識飛ばしてんなぁ」


 正直、痛みで失神をするなど大層ヤバい、とは思うのだが自分の身体のこともあり、あまり危機感はない。しかし、情けなさはある。


「で、この部屋に至る――と。わけわかんねぇ声といい、おちおち寝てもらんねぇなぁ」


 せめて落ち着く体勢になろうとちゃぶ台の前に腰掛けようとするも、足が縫いとめられたように動かない。

 口や手は動くのに、足のみが金縛りにあったように動かない――知った感覚だった。


 思い出されるは、白く広大で荘厳な場所。見渡す限り白が広がる世界で、ただ一人、少年だけが佇む世界――あそこと同じ感覚。


「ってことは主催(ホスト)はまたアイツか……。本当、おちおち寝てらんねぇ。何、どいつもこいつも寝ても起きても俺に構うって俺のこと大好きすぎだろ、人気者は辛ぇわぁ」


 どうせ誰も居やしないとたかをくくり、ここぞとばかりに独り言を呟く。

 そういえば、一人になるのも随分久しぶりだ――などと思っていれば、いつの間にやらちゃぶ台の前に黒い人影が腰掛けている。


 ――うおっ、何時の間に。……どこから聞かれてた?


 ただでさえ聞かれて恥ずかしい独り言、さらに自らを褒め称える内容。他人に聞かせるにはあまりにいたたまれない。

 しかし、異世界に来てから職業柄とでも言おうか、生物の気配に鋭敏になったつもりでいるものの、この人影はいまでも気配を、生気さえ感じさせない。それこそまるで人形のように物怖じせず、全容も黒いまま。


 人型の闇――そういった存在。


 ――人間じゃ、ない……?


 人の形を象った影の人形。そんな存在がちゃぶ台に腰掛けている。

 その存在が酷く不気味で――嫌悪する。


 ――気に入らない。その存在が。ただひたすら気に入らない。不快だ。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、影の人形は俺の方を見向きもしない。

 俺に気付いていないわけではない、否、気付かないはずがない。それこそ、俺の存在などそこにはない、そんな振る舞い。


「気に入らない、気に入らない――でもいいさ。だからどうってわけでもねぇしな」


 どうせ返事もない。そもそも聞こえてもいないのだろう――とまたしても独り言を口に出す。

 しかし、影の人形は首をグルリと回し、確実に俺の方を向いた。


 目もなければ鼻も、口もない。ツルツルとした無貌の闇が此方を見据え、喋る。


「オイ、――、酒を買って来い」


「……は?」


 低くドスの聞いた、厳格さを窺わせる声だった。

 口もないのに、確実にソイツから声が出ていた。

 しかも第一声が『酒を買って来い』とはどういうことだ。

 誰かを名指したようだが、その名はノイズ混じりのモザイクのようで、なんと呼んだのかわからない。


「オイっ、聞いてんのかっ、――ッ!」


 呼びかける声に怒号が入り混じる。が、それに対する反応は誰からも、どこからもない。


「俺に……言ってんのか?」


 意図せず、不機嫌な声が出た。不愉快な存在からの不愉快な口ぶりでの不愉快の物言い。

 コイツの全てが俺の心をささくれ立てる。


 しかし――


「いい加減にしろよっ、おっちゃんっ」


 違った。


「――は?」


 聞いたことのある声だった。


 またしても何時の間にやら背後に何者かの存在を感じ、振り返る。


 見知った顔だった。


 目に掛かるぐらいに黒髪を伸ばし、男にしては色白く、快活よりは陰気さを感じ取らせる少年――俺だった。


「いやいやいや、待て待て待て……」


 何時の間にやら、自分の背後に自分そっくり、少年期の自分が立っていた。


「――アァ?」


 無貌の影が怒気を孕んだ低い声で凄む。


「――ッ」


 ガキの俺が怯み、ハッと息を呑む。


「おいおい、啖呵切っておいて競り負けてんじゃねぇぞ―」


 自分そっくりな存在の情けなさに涙が出そうだ。そういうところも俺のガキの頃っぽい。


「酒なら十分呑んだじゃねぇかっ、それに――は今俺と――」


 (ガキの俺)の言うとおり、何時の間にやらちゃぶ台には夥しいほどの酒瓶や缶が転がっており、独りで呑むにしてはどれほどの時間がかかったのか、ありもしないアルコ―ルの臭気が漂っていると思うほどだ。


「タッちゃんっ!」


 (ガキの俺)が何かを言いかけたところを、背後のナニカが大きな声で遮る。

 それもまたツルツルとした無貌の闇で、男の影よりも高い声、そして一回り小さく丸みを帯びた形で少女の影だとわかった。


「でもっ、――」


 (ガキの俺)は不服そうに声をあげるが、どちらの影も意に介さず、気まずげな沈黙が場を支配する。


「わかったよ……」


 やがて(ガキの俺)が諦めて、肩を落とす。

 もうすでにこの歳で女性に頭が上がらないらしい。将来が不安だ。


「ありがとう、タッちゃん」


 影の少女が穏やかな声で感謝を述べる。

 顔も見えない、されどきっと彼女の顔は笑顔をたたえている、そうわかるような優しい声色だった。


「タッちゃん、か……」


 俺をそう呼ぶ女性は一人だけ――母だけだ。

 片親だから苦労した、などとは言わない。父を欲しがったことはない、なんてのも嘘だ。

 それでも母は俺をきちんと育ててくれたし、普通の家庭以上に、父と母の二人分以上の愛情も注いでくれた。それに対して不満などあるはずもないし、恥ずかしい話だが母として愛している。


 ――だけど。


「君を見ていると、なぜだか妙に懐かしく感じるのはなんでだろうな……。俺をタッちゃんと呼ぶ君は一体――誰なんだ……?君の名は――」


 彼女を見ていると、親愛の情が胸を燻る。彼女の名を呼ぶ二人が酷く羨ましく思える。


「ほら、一緒に行こう?――タッちゃん」


 少女が小さな手を差し伸べる。


「あ……」


 伸ばした手が空を切る。


 ――わかっている。


 この場において俺は傍観者に過ぎず、当事者たちは影の二人とガキの俺だ。


 ――わかっていたはずなのに。


「うん……わかったよ、――」


 少女の手を子供の俺が握り、二人手を繋ぎ、部屋を後にする。


「……くそっ……」


 気付かずうちに伸ばした手を、引っ込める。


 俺の姿は彼女の目に映らず、声も届かない。俺は彼女の名前さえ知らない。


「……フンッ」


 俺の悪態を聞き、嘲るように影の男はつまらなさげに鼻を鳴らす。

 視線の先には二人が出て行った襖があり、男はジッと襖を見つめて、やがて再びちゃぶ台に視線を戻し小さな杯からちびちびと酒を呑み始める。

 その男の背中は先程の高圧的な態度とは裏腹に、小さく頼りなさそうで、どこか――寂しげだった。


 そう長くない時間を男を眺め過ごしていると、廊下の軋む音と襖が開く音で二人の帰宅を知る。


「お父さん、ただいま」


「……ただいま」


 出て行った時と同じように、少女が(ガキの俺)を先導し、和室に戻ってくる。

 男はそれをチラリと一瞥し、またしても鼻を「フンっ」と鳴らし、挨拶もなしに


「酒」と要求する。


 挨拶も感謝の声もなしに、酒を要求するとはつくづく救えない酔っ払いだ。

 ここまで来ると怒りよりも呆れる清々しさだ。


 しかし、(ガキの俺)にとってはそうでもないらしい。


「――ッ! なんだよ、それぇっ!」


「ア?」


「なんでおかえりやありがとうぐらい言ってやんないんだよっ!?」


「タッちゃん、いいから……」


「いいわけないだろっ!?――はあんたの道具じゃないんだぞっ!?」


 (ガキの俺)は少女の制止も聞かず、堰が切れたように不満をこぼす。


「――ハァ?てめぇ、馬鹿か?」


 しかし、影の男は悪意を持ってその不満を流す。

 自らの頭であろう位置を指でトントンと叩く。

 仕草もさることながら、表情があるとすればさぞ不快感を感じさせる表情――そうわかるほどの悪意。


「――は俺のガキだぞ?俺の血肉を分け与えたガキだぞ?――なら、俺の道具じゃねぇか。俺の道具を俺がどう使おうがてめぇにゃ関係ねぇ。てめぇは道具に挨拶すんのかよ?時計におはようっつうのかよ?スリッパにありがとう、箸にありがとうっつってマワんのかよ?最ッ高に頭おかしいんじゃねェのかッ」


 男はゲラゲラと腹を抱えて笑う。


 ――頭おかしいのはどっちだ。


 そう言いたくなるほど無茶苦茶な言い分だった。

 一見、理にかなって見えるが、あくまで見えるだけでそもそも前提がおかしいのだ。


 ――子供が親の道具なわけねぇだろうが。


 親が子を選べぬように、子もまた親を選べない。ならば、絵に描いたようなクズの元に産まれてしまった子はどうすればいいのだろうか。


「なっ……。頭がおかしいのはアンタの方じゃねぇかっ!――を道具呼ばわりするから、おばさんは――」


「タッちゃんっ!」


「アイツの話を――するなぁっ!」


 怒鳴る(ガキの俺)にどこか諦観気味だった少女が声をあげるのと影の男が怒鳴るのは、ほぼ同時だった。


「俺らを捨てたアイツの話を俺の前でするんじゃねェッ!――を捨てたアイツの話をするんじゃねぇっ!」


 今まで斜に構えていた男の余裕は一瞬で消え去り、そこには獣じみた慟哭をあげる独りの男の姿があった。相対する者が自らの年齢の半分にも至らぬ子供だとも忘れ、手負いの獣は吼える。


「――違うっ!おばさんはそんな人じゃないっ!おばさんは――が大好きだったっ!愛してたっ!それでも、置いてかれたのはきっと何か理由があって……捨てられたのは、あんただけだっ!」


「――タッちゃんっ!」


「ぐ、ぐっ、がああああっ!」


 これまで、この和室には張り詰めた、鉄火場のような緊張感が漂っていた。

 しかし、その緊張の糸は思わぬ形で緩み、たるむ。


 少年は少女を救うために勇気を振り絞った――それが蛮勇と気付かずに。

 少女は父と少年を守るために、聞きに徹していた――冷静さを持ったまま。

 父は――男は自らの沽券を守るために、手負いの獣と化した――本当に守りたいものを忘れて。


 ――地雷を踏み抜いた。


 そう気付くのに時間はかからなかった。


 少年は肩で息をし顔を真っ赤に紅潮させており、相対する男は勢いよく立ち上がり、その手には大きな酒瓶が握られていた。

 威嚇のつもりか、それとも本当に酒瓶で殴るつもりなのかはわからない。


「黙れ、黙れ、黙れェ―ッ!」


 獣は吼える。

 敵を排さんと力を携えて。


 男は立ち上がり、酒瓶を握った右手を大きく掲げ、そのまま酒瓶を放り投げる。

 酒瓶は緩やかに放物線を描き、(ガキの俺)へと向かう。


「マジかよっ……!」


 速度に関しては問題ない。しかし、他にいくつも問題がある。

 あの軌道では確実に頭部へと当たる。更に酒瓶の重みや相手の年齢なども踏まえると、当たり所が悪ければ――死――確実にそう連想できる。


「ロ―シの矢やラットのナイフはおろか、ゴブリンの矢にも劣る……これならっ!」


 ――間に合う。斬れる。


 位置取りも問題ない。そう思って、腰に手を伸ばす。


 しかし、そこには何もなかった。

 あるべき力が、自らの腕とも呼べるほどに馴染んだ力が。


 ――『無明』が、ないっ……!?


 いつからかそこにあるのが当たり前とも思っていた愛刀がいつの間にか消えていた。あるいは、最初からなかったのか。それすらわからないほどに、失念していた。


 自分の迂闊さに反吐が出る。


 ――結果、その動揺が命取りとなった。


 放たれた酒瓶はゴッと鈍い音を立て衝突し、やがてドサリと大きな何かが倒れる音が聞こえた。


「え……?」


「あ……?」


 呆けた、間の抜けた声がふたつ、漏れる――少年と、男の声が。


「は……?」


 想定していた最悪の事態を免れ――それ以上の最悪の事態が起こっていた。


 ドサリと大きく鈍い音を立て、床へと崩れ落ちたのは少女だった。


「――?」


「お、おいっ、――?」


「嘘、だろ……?な、なぁおい、――っ!?」


 (ガキの俺)は何があったのかわからない、そんな顔で少女の名を呼び続ける。

 影の男は何が起こったのか、わかったうえで少女に近づく。信じたくない、その一心で。


 しかし、少女は


「……」


 答えない。何も。答えれない。何も。


「う、嘘だろ、――!?いくなっ、――いかないでくれっ!俺を、俺を一人にしないでくれ、一人に、しないでぇっ……!ああっ、あああっ、あああああ―!」


 男は少女に近づき、抱き上げ、揺する。それでも何も変わらない。

 男は少女の頭に触れ、離した手を見つめ、叫ぶ。


 手負いの獣でもなんでもなく、孤独を恐れる独りぼっちの男が、一人にしないでと子供のように泣き叫ぶ。


 ――闇が零れ、広がっていく。


 少女の命と思しき、少女の身体を象った闇が崩れ、広がっていく。

 さながら血のように、少女の命が崩れ、広がり、やがて足場を埋め尽くす。





 ドクドクと部屋を満たしゆく闇を見つめ、呟く。


「――クソッタレ」


 部屋にはもう誰も居やしない。

 男の影は真っ先に闇に埋もれ、呆然と立ち尽くすガキの俺も何もせずに埋もれ、消えた。


 部屋には立ち尽くす俺のみで、やがて全身に絡みつく闇に呑まれていくのだろう。

 足掻く気にすらならない。


「結局、てめぇは来ねぇのかよ、ガキンチョ……」


 呼び出しておきながら、白尽くめの少年は最後まで姿を見せる気配がない。


 ――悔しかったかい?


「……ああ、最ッ高に悔しいね、いや、最低ってのが正解か?」


 ――悲しかったかい?


「……ああ。彼女の名前もわからない、知らない。だけど、彼女が死んだことだけはわかった。それだけで、最低な気分だ……」


 守れたかもしれない命。取りこぼしてしまった命。


「結局、お前が俺にアレを見せて悲しませたかったのか、怒らせたかったのかはわかんねぇ。――でも、大成功だよ、コンチクショウ」


 もはや首の下までに至った全てを埋め尽くす闇。

 頭まで至る前に、全身が埋まる前に瞼を閉じる。


 脳裏に浮かぶ少年の姿が笑っていた。


 ――それは良かった、と。


 やがて闇は全てを多い尽くし、世界は終焉を迎えた――。

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