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‎必殺の

最近暑くてたまりません。

ただでさえ止まっている脳がもはや死にました

脳死で書くの楽だなぁ、楽しいなぁ…夏はよ終われ

 暗夜にパシンッと乾いた音が響く。

 大海に身を委ね、まどろみの最中、自らの頬が張られたのだと気付くのにはそれなりの時間を要した。


「……は?」


 ジリジリと肌を焦がすような痛みが頬に感じる。


「-―む?」


 俺と同じような間抜けな声が聞こえる。


 ――あれ、俺、何して……どこだっけ、ここ……。


 辺りはほの暗く、人の気配をいくつか感じ、数人の輪郭がかろうじて見える程度。

 なんとなく、その数人の視線が俺に集中していることがわかる。


「――おや、あれで覚めちゃったんスか……つまんないッスねぇ」


 俺の真正面、振りかぶった姿勢のままの輪郭が喋る。

 言葉とは裏腹に口調は弾んでおり、いかにも楽しげで嬉しそうだった。


「あれ、お前は……」


 燃えるような赤毛を乱雑に長く伸ばし、薄汚れた茶色い外套でその全身をすっぽりと包んで尚、女らしい凹凸は隠しきれていない。


「確か、『狂――」


 犬、と言おうとする刹那、女はグッと顔を近づけ、口端をニッと歪ませる。その瞳には嗜虐的な光が灯っている。


 ――嫌な予感、むしろ悪寒……


 避けなければ、と思った時には既に遅く。


 顎を手で掴まれ、僅かに上を向けさせられる。俗に言うあごくい。


「んっ、ふぅっ……」


 官能的な吐息が目と鼻の先で漏れる、というよりも直接吐かれている。


「んっ、んふっ……」


 ぴちゃ、くちゅ、と湿り気を帯びた音が溶けるように脳内で響く。


(――!?!?!?!!!???)


 事態が飲み込めない。


「んっ、ふっ……はぁっ……」


 悩ましげな吐息が聞こえる。


 唇を押し付けられた、と気付いた時には口内にぬめりを帯びた熱いナニカの侵入を許していた。





 キス。接吻。口吸い。色々言い方はあれど行為としてはひとつなわけで。


 自分の口の中を自分のものではないナニカが暴力的に、不規則に動き回る。

 不思議と嫌悪感はなく、頭が焼ききれそうな快感が全身を駆け巡る。


「ふぅっ……んふふっ」


『狂犬』は頬を紅く染め、瞳はトロンと蕩けきっている。

 表情は楽しげで、官能的な吐息が強く快楽を訴えかけてくる。


 ナニカ――獣人の女の舌は俺の口内で暴れまわり、歯の一本一本の表面を舐めるように這い、やがて歯の裏、歯茎まで丁寧に余すところなく蹂躙していく。


(なんだこれなんだこれなんだこれ)


「――んふっ、んはぁっ」


 何故俺は今この女と濃厚なキスを交わしているのだろうか、というか交わすどころか一方的にされているような――などと色々考えるものの、かつてない快感に腰が砕けそうになり、立つのがやっとで考えが一向にまとまらない。

 そして獣人の女は俺のそんな戸惑う様を楽しげに眺めながら、口内を蹂躙していく。


「――ぷはぁっ。あぁ、これはダメね。ダメになる」


 やっとこさ口が離れたと思えば、口端の唾液を手の甲で拭いながら獣人の女は小さくそう呟き、


「おい、ちょっとま、やぁっ」


「んっ」


 やめろ、と言おうとしたが再び口と口が重なり合い、遮られる。


 口が一瞬でも離れたことで冷静になり、逃げねば、という意思が生まれるも獣人の女に後ろ手を頭と背に回され、その細い身体のどこからと思うような凄まじい力で押さえつけられてろくに身動きが取れない。


 まともに口で呼吸できず、鼻からなんとか息を吸い込む。しかし、鼻からだけでは息が保てず、やがて息を乱す。

 その呼吸の乱れが単に呼吸困難に陥っているだけなのか、それとも快楽で興奮しているのか。

 触れ合った獣人の女の熱いほどの全身のほてりが伝わり、胸元では外套に包まれた大きな胸がむにゅりと柔らかく形を変える。


(やっべぇ、気持ちよくてまともに考えらんねぇ……)


 息苦しさを感じながらも、この甘美な快楽から逃げ出そうとも思えず、やがて四肢に力が伝わらなくなっていき、女に支えられてなんとか立っている体制を保つ程度。


(なんか喉渇いたな……)


 そう思えば、獣人の女から口伝いに液体を与えられる。

 まるで俺の考えを読んだかのようなタイミングで唾液を飲まされ、されるがまま嚥下する。

 その液体はとても甘く、いくらでも飲めると思うほどに喉越しさわやかだ。


(うめぇけど、もういいや……)


 快楽に蕩けきった頭で、自らの意見を述べる。

 それだけで意思が伝わるのか、口から伝わる唾液の供給が終わり、今度は強く舌を吸われる。


 ジュルジュル――と卑猥な音が暗がりに響く。


 舌を強引に吸われ、だらしなく舌が伸びきる。

 その舌の上を獣人の女の舌が這い、絡み合う。

 舌先を歯で甘く噛まれ、舌の付け根を更に舌で突かれ、今度は俺の唾液を強く吸われる。


 このまま俺の全身さえ、魂さえも吸い込まれるんじゃ――などとありえない事を考えながら、それも悪くない、そう思わせるほどの強い快感だった。


 ――変なことを考えるんじゃないと言わんばかりに女の舌が絡んできて、今度は私の舌を吸えといわんばかりに数回、舌を突かれる。


 俺はその意思表示に応えるように、痺れた舌を伸ばし、女の口内に入ろうと――




 バコンッ――がりっ


「ふぉぐっ!?」


「ふぐっ」


 頭に強い痛みを覚え、更に舌先にはそれ以上の痛みを覚えて思わず蹲って顎を抑える。

 対面ではまったく同じように、獣人の女が蹲っていた。


「――ってぇなぁっ!?何しやがるっ!」


 痛みを与えた者に強く抗議する。見上げれば、アッシュが仁王立ちしていた。


「それは此方の台詞だ、馬鹿者共が。いつまで蕩けきった間抜け面を晒しているつもりだ」


「あっちゃあ。いいトコだったんスけどね―」


「何がいいトコだ、馬鹿者が。最初の張り手で目を覚ましていたものを、突然サカりだしおって」


「え―。嘘ッスよ―、ビンタじゃまだ目覚めてなかったッスよ―。だから仕方なし、ウチが口吸いしただけで―」


 口吸いて。言葉が古いぞ、おい。


「何が仕方なし、だ。俺が断った段階で嬉々として引き受けたのは貴様だろう。第一なんだ、お姫様の目を覚ますには王子様の接吻しかない!って、いまどきそんなお伽話、子供でも信じとらんぞ」


「え―、そんなことないッスよ―、ウチはずっと信じてたッスよ―?気が狂っちゃったお姫様の目を覚ますのは、最愛の王子様の熱い抱擁ときすってお話し―」


 アッシュの言葉に、『狂犬』が強く抗議する。

 どうもお伽話、眠り姫のような話がこの世界にもあるらしい。


「まぁいい、仮に百歩譲ったとしても、お前の最初の案はなんだ。何故俺がこやつと接吻を交わさねばならんのだ、頭おかしいのか、腐っているのか、貴様の頭は。いや、そうか、おかしいから『狂犬』なのか、よ―くわかった」


「ちょっと―、いいすぎじゃないッスかね―?だって王子様のきすで目が覚めるっつうなら、この場合王子様と呼べるのは『剣鬼』ぐらいしかいないじゃないッスか―」


 おいおいおい、何言ってんの、こいつ等。


「ほう。その言い分だとタツミの奴がお姫様ということでいいのだな?」


 したり顔で何言っちゃってんの、こいつ。ぶっ殺すぞ。


「ん―、確かに『剣鬼』がお姫様役ってのは無理があるッスね―」


「アッシュがお姫様役……?」


『狂犬』の言葉を聞き、ピンクのヒラヒラしたスカートを纏ったアッシュの姿を想像した。





「「おえぇ……」」


『狂犬』も想像したのか、二人で屈みこんだまま地面を見つめる。吐きそう。


「おい、貴様ら。何を想像してえづいたのか知らんが、殺すぞ」


「何を想像したか教えてやろうか……?」


「緩やかに顔を上げるんじゃない、上体を不自然に揺らすな、立つな、こっちくるな、不気味だ、いや、いい、言うな」


「うるせぇっ!ただで死んでたまるか!ピンクのひらっひらしたドレスに身を包んだてめぇを想像したんだよ!死ね!」


「「「……おえぇ」」」


 口に出して想像し、もう一度吐きそうになった。死ぬ。なんで口に出したのか、強く後悔した。


「うっ……ふ、ふぅっ。ま、まぁいい。これで無事に馬鹿の目も覚めたことだ……」


「うるせぇ、誰が馬鹿だ、クソが。クソ賢者が」


 悩ましげな声上げてんじゃねぇ、気色悪ィ。


「や―。万事解決、解決。しかしこの場合、狂ったお姫様がタッきゅんで、ウチが王子様ってことでいいんスかね―?」


「うるせぇ、誰がタッきゅんだ、このクソアマ。変なあだ名付けんじゃねぇ」


「やーん、ウチのお姫様のおクチが悪いッス―。悪いのはベッド上だけでいいッスよ―」


 悪いのはベッド上ってなんだ、いわゆるベッドヤクザ的な意味か。

 誰がてめぇと同衾なんぞ――悪くない。


「あ、でもおクチは悪いッスけど、味はよかったッス。ごちそうさまでした」


『狂犬』はそう言いながら片手で拝み、片目を閉じて舌をぺろりと出す。てへぺろバ―ジョンツ―。


「なぁ、なんでこいつこんなむかつくんだ?なんでこうも下品なことばっか言ってんだ?殴っていいか?」


「珍しく意見が合うな、タツミ。今ばかりは貴様に賛同してやろう、この女は数発、いや、昏倒するまで殴って黙らせよう。しかし、貴様は女に手を上げん奴だと聞いたが?」


「俺はフェミニストなんだ。女を大事にするぞ、大事にしたうえでこいつは殴る」


「意味がわからんな」


「奇遇だな、俺もわからん。ただわかるのはこいつを殴って黙らせろってことだけだ」


「「よし!やるか!!」」


 二人で目を合わせ、頷きあい、拳の関節をゴキゴキと鳴らす。


 アッシュの奴は気に入らない。基本気に入らないが、それ以上に気に食わないことがある以上、共闘も辞さないのだと俺は強く決意した。


「や―ん、男共が寄って集ってウチをいじめるッス―」


『狂犬』は自らの身体を抱きかかえ、クネクネと身を捩じらせる。なんで満更でもない感じなんだよ。


「そ・れ・よ・りぃ、タッきゅん、何か忘れてないッスかぁ?」


 クネクネとした動きをピタリと止め、俺の背後を指差す。


 何か忘れて――って、あ。


「ギンは!?」


 バッと勢いよく背後を振り返る。


 少し離れた後ろでギンが立っていた――俯きながら、全身を震わて。

 もしやあのままおかしくなってしまい、全身の震えもそのせいか、と思ったが、どうも違うらしい。


 なんせ、俯きながらも顔を真っ赤にし、恨めしい顔で此方を睨んでいるのだ。


(……明らか怒ってらっしゃいますね……)


 確かに、様子のおかしくなった彼女を放置し、あまつさえ一時といえどその存在を忘れるなど以ての外、言語道断。激おこもやむなし。処断は甘んじて受け入れよう。でもちょっとぐらい加減があると嬉しいなぁ……。


「あ、あの―ギ、ギン、さん……?」


 おそるおそる声をかける。


「おとさまの――」


 小さいながらも、はっきりとした口調で呟き、跳躍。


「ぶぅわぁかあああああっ!」


 見事な鋭角の跳び蹴り。矛先は勿論俺なわけで。


(あ、俺死ぬわこれ)


 遺言を告げる間はおろか、考える間すらなく。


「ぐふぅっ」


 ライダ―もびっくりな跳び蹴りが俺の腹へと突き刺さる。またしても痛みで膝をつく。


「あ―、大丈夫か?」


「大丈夫ッスか―?」


「なぁ……」


「なんだ」


「なんスか」


「俺の腹は貫かれてないか……?俺は爆発してないか……?」


「何を言っとるんだ、貴様は……」


「大丈夫ッスけど、大丈夫じゃなさそうッスね―」


 俺を見下ろすアッシュと『狂犬』は俺を呆れたながら笑っていた。


 その光景を最後に、俺の意識はまたしても刈り取られる。


(なんか俺、こんなんばっかじゃねぇか……)


 自分でも、呆れながら気を失った。




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