『鬼』と『犬』
もはや月一更新ぐらい、しかも徐々にどう書けばいいかわからなくなっております。
リハビリしましょーねー!
ワンちゃんのキャラがはからずとも被っちゃったんです…~ッス口調がもはや柘榴にしか見えない…!
「ク……ハハッ、ハハハッ」
気が狂いそうになる。
笑わねばおかしくなりそうだ。
あるいはすでにおかしくなっているから笑っているのかもしれない。
どちらかはわからない。でも、ただただ何かがおかしかった。
「おい、タツミ!」
「ちょ、ちょっとおに―さん―?」
アッシュの呼びかけが聞こえる。『猟犬』の戸惑った声が聞こえる。
どうでもいい。
「アハハハハッ!」
視界の端に棒立ちしているギンの姿が映りこむ。
相も変わらず感情の読めない、能面のような表情をしている。
この娘はもっとコロコロとよく笑う娘だったはず。ずっとこのままなのだろうか、心配だ。
(――だが、今となってはどうでもいい。だろう?)
脳内に乾いた声が聞こえる。
地の底から響くような、低く、くぐもった声。しかし、どこか心地よい声。
全身を奇妙な感覚に包まれている。
フワフワと体が宙に浮いているような、全身を大海に委ねて浮いているような、そんな気分。
どうでもいいわけがない。彼女は俺の娘だ。守ると決めた娘だ。
そう激昂しようものの、裏腹に心は穏やかで、全てがどうでもよく思える。
今はただ、この声に。海に身を委ねていたい。
(ギャハハハハハッ!血、血、血ィッ!殺せ!壊せ!全部っ、全部っ!)
今度はまた別の声。
下品な笑い声を上げながら、全身を巡って声が頭にガンガンと響く。
(うるせぇな……)
煩わしさを感じながらも全身を這うような声の出所を探る。
声はどうも右手に持つ『無明』から聞こえる――ような気がした。
それもやはり、どうでもよかった。
全てがどうでもいい。そう思いながら辺りを見回す。
驚いたアッシュの顔も、怪訝な『猟犬』の顔も、全て。
遠目で俺を見つめるギンの濁った瞳が潤み、今にも泣き出しそうに見えた。
――きっと気のせいだ、どうでもいい。
「アハハハハッ!」
今はただ笑おう。全てを忘れて、ただ笑おう。
「ちょ、ちょっと!おに―さん急にどうしちゃったんスか―!?」
「俺が知るか――と言ってやりたいが、そうもいかんのだろうな。癪に障るがコレは一応は恩人だからな……一応は」
「なんで二回言ったんスか……」
「気にするな」
そう言って灰髪の男は肩を竦める。
どうでもよさげに呟くものの、声色等からおに―さん――黒髪の少年を心配している様子は汲み取れる。
聞いていた通り、ぶっきらぼうで不器用な男、といったところだろう。
「おい、貴様、何をニヤついている」
「気のせいッス。いえ、気にするなッス」
「……チッ」
先程の意趣返しと返答すれば、『剣鬼』は舌打ちをし、それ以来黙りこくってしまった。
気難しい性格――というのも事実らしい。短気、と言ったほうがいいのかもしれない。
「さてはて、個人的にはこのおに―さんには狂っちゃって欲しくないッス」
「同感だ。しかし、俺の場合は、俺個人としてはこのままでいい。むしろこのままがいいがな」
そうはいいつつも、視線は常におに―さんから外されていない。
「素直じゃないッスねぇ」
「何か言ったか」
「……い―え―、なんにも―」
しかし、意外だった。
「まさか、一人殺っちゃったぐらいで気をヤるとは思わなかったッス。見込み違いだったッスかねぇ。あの目、大事な人を喪った、あるいは大事な人を殺した――そんな目をしてたッス」
「……さぁな」
そう言って灰髪の男は肩を竦める。
どうやらこの男は何かをごまかす時、偽るときには肩を竦める癖があるらしい。
実にわかりやすい。
「――まぁイイッス。さて、おにーさんとついでにそこのお嬢ちゃん、どうするッスかね?」
相も変わらず少年は笑い続け、生成りの少女は彼を見つめ続けボーッと突っ立ったまま。
「案外、一発ぶん殴れば目が覚めるんじゃないか。むしろ覚めるまでぶん殴るか」
「アハハッ、意外と過激ッスねぇ!嫌いじゃないッス。でも好き折角の可愛い顔が台無しになっちゃいそうなので却下ッス」
「可愛い……?あぁ、まぁ、そうか」
疑問符を浮かべたまま、『剣鬼』は生成りの少女を視線で追う。
確かに、彼女――少女はあどけないが、十分に美少女と呼べる愛らしさがある。
珍しい銀髪は人目を引くし、獣人の特徴でもあり、彼女を生成りと知らしめる狼の耳や尻尾は毛並みを整えられ、半端者の生成りと知った今でも嫌悪感よりも一種の神々しささえ感じられる。
ウチの店で働けば、瞬く間に上位になるどころか、この街の顔になるのも難しくはないだろう。
しかし、
「――神々しさ、ね。笑わせてくれるわ」
何気なく浮かんだ自らの感想を小さく口に出し、自嘲する。
「ん?何か言ったか?」
「そっちのお嬢ちゃんも可愛いッスけど、こっちのおに―さんも可愛くないッスか?」
「……ハッ」
「あ、今鼻で笑ったッス?鼻で笑ったッスよね?」
「気のせいだ」
そう言ってまたも肩を竦める。嘘だ。気のせいでもなんでもなく、鼻で笑っていた。
「『猟犬』は『飼い主』の意思に反し、屠殺を好むと耳にした。故に『狂犬』なのだともな。嗜虐的とも聞くが――結局のところ、悪趣味の一言に尽きるな」
「失礼な話ッスね―。噂に尾ひれがついただけッスよ、これでも店のおね―さん方からはいい趣味してるってよく褒められるんスよ?」
「本当なのか嫌味なのかはわかりかねるが、男の趣味に関しては褒められたものではないだろうな」
「ん―、どうなんスかねぇ。実際、男の趣味についてはとやかく言われたことないッスねぇ。――なんせ、初めての事だしね」
「……ん?最後の方、よく聞き取れなかったのだが?」
「気にしない、気にしない―ッス。実際、おに―さんは可愛いと思うッスよ?なんかこう、見てると守ってあげたくなるみたいな、胸がキュンキュンするッス。それに、怒った顔も凛々しくて良かったッス」
「……実にどうでもいいな」
「まぁ、男に他の男の容姿の評価を求めるのもおかしな話ッスからね。それも剣の腕と容姿を買われ、今や小隊長にまで上り詰めた『剣鬼』殿なら尚更ッスね」
「……フン」
冷やかしをつまらなさげに鼻で笑い、一蹴する。
容姿に関して話すと機嫌を損ねる――実に話に聞いていた通りだった。
確かに『剣鬼』に関しては聞いていた通り――その通りすぎて面白みに欠ける。
長身痩躯に灰色の逆立った髪、怜悧な瞳と整った容姿。
確かに男前だとは思うが、そこまでだ。
あの少年のように、心が奮わない。
駆り立てる何かがあるわけでもなく、ただ男前なだけだ。
――それなら私はまだ彼のほうがいい。
苦悩し、懊悩し、その末で自らの判断に従い、歩もうとする彼の少年を見ていたい。
悩んで悩んで、悩みぬいた末、自らの答えに疑問を抱きながらも歩みを進める。
そんな彼がいずれどうなるのか、私は見てみたい。
何を成し、何に生るのか。その末を、私は見届けてみたい。ふとそう思ってしまった。
「まぁウチは咲き誇った華を愛でるより、そこらで拾った種を何の華が咲くのかとワクワクしながら育てたいクチッスからね」
再び、視線を『剣鬼』へと移す。
腰に携えた直剣。
そこから繰り出されるは神速の居合いと聞く。
一度は手合わせ願いたいとは思うものの、手を合わせればお互い無傷とは済ませられないだろう。
そうなれば主の意向に背くことになる――それだけは避けねばならない。きっと、お互い。
「ん、俺の剣を見つめてどうした。珍しくもない数打ちの一本だぞ」
「いやいや、大したことないッスよ。一度手合わせ願いたいと思ったッスけど……万全ではない相手に本気を出すのもフェアじゃないッスから――今はいいッス」
「貴様……!」
気遣いとも侮りとも取れる言葉に、『剣鬼』は警戒を強める。
視線は私の両手に注がれ、僅かな発汗が臭いでわかる。
泳いでいた手は腰の剣に添えられ、今すぐにでも抜かんばかりに力が込められている。
「……どこまで知っている?」
「忘れたッスか?ウチの主とあんたの主――この場合、本当の主との関係」
「ならば、彼女の知っていることは、お前も知っている、ということか?」
「そう思ってもらっていいッス。ウチはあの人の腹心と言っても過言じゃないッスよ?」
「……抜かせ。腹芸はお前たちのお家芸だろう?」
口では信じていないように振舞っても、緊張の度合いが緩むのが臭いでわかる。
まったく、素直じゃない。
「でも、これで信用してもらえたみたいッスね?」
「信用、とは言わないがこの場で案を出し合うぐらいは構わんだろう」
「……治るんスか?」
「……さぁな。産まれ以てのモノだ。最早生涯を共にする覚悟さえある」
「……そッスか。残念ッス」
「なに、時が来ればいずれ共闘することも、死合うこともあろう。その時は全力を以て相手をしよう」
「さて――あの人の部下としては死合うようなことは避けるべきなんでしょうけども、ウチとしては是非一度ぐらいは刃を交えてみたいモンッスね」
「聞いた通りの戦闘狂ようだな」
『剣鬼』はそう言って呆れたように肩を竦める。
こればかりは仕方ない。性分なのだから。
「ま、否定しないッスよ。よくある話ッス。戦ってる時こそ生を実感する、力を誇示できる、ウチがウチでいられるってヤツッス」
「確かに珍しくもないな。そんな馬鹿はうちの隊にもいるが――お前ほどの力がありながら剣に固執する馬鹿ではないな」
「馬鹿……馬鹿ッスか、ふふっ。それは褒め言葉と取ってもいいんスかね?何より剣に固執した鬼にそういわれるってことは」
「……好きにとれ」
『剣鬼』はそう短く答え、すっと顔を背ける。
どうやら照れ隠しらしい。
不器用でぶっきらぼうで、無愛想――そう聞いており、評価としてはかなり低いもだったものの直接対面してみねば、やはりわからないものである。
「……ふふっ」
「……どうした」
「……いいえ、何でも。やっぱりどんな人も直接見てみないと駄目ッスね。ウチ、あんたのこと嫌いじゃないッスよ」
「……そうか」
「あ、でも好きってワケでもないッスよ?勘違いしないで欲しいッス」
「……実にくだらん、どうでもいい。それより、いい加減無駄話を切り上げてこいつ等を起こす術を考えろ……」
――そこまで言われると、女としての自信を失くすわね……。
「あー、全然ショック受けてないってのも悔しいッスね―」
「嘘つけ、毛ほども思ってないだろう」
「そんなことないッスよ?」
「ならばなぜそうも笑顔でいられる……。はぁ。もういい、貴様と話しているときりがない。とっとと策を講じろ」
『剣鬼』は辟易とした表情でそう告げる。無駄話を嫌う、と聞いたが十分どころか十二分に無駄話をした、付き合ってくれた。なら次は今度はこちらが応える番だ。……でも、どうしたらよいものか。
「ん―……。どうしたもんッスかねぇ……」
「今の所は殴って目を覚まさせる、しかないわけだが、もうこれを試していいか、いいだろう、構わんだろう」
「なんでそう言いながら腕まくりなんてしてんスかね……」
私に許可を求めるフリをしながら、『剣鬼』は袖を捲くり、腕を曝け出す。
その腕は白く、細い――病的なまでに。
――こう見ると、本当に武人というより病人そのものね……。
月明かりに照らされる『剣鬼』の顔は青白く、目の下には大きな隈。頬は痩せこけ、肉付きは薄い。
――心配、なんてものではないつもりだけれど……。
彼はまるで枯れ木のようだ。今にも折れてしまいそうな脆弱な枯れ木。
こんな場所におらず、今すぐにでも家に帰り、寝所につくべき。それほどまでに脆く、弱く見える。
しかし、それは彼をよく知らぬ者が言う言葉だ。
彼を知る者はこう言うだろう。
「彼に剣を与えれば、無類なき強さを得るだろう。比類なき者となるだろう」と。
彼は神に愛されなかった。
生まれながらにして病を患い、長くは生きられぬと医者に告げられ、運命に見放された。
しかし、彼は神に愛されずとも剣に愛された。
その逆境を剣を手にし、覆した。
剣を持つことすら叶わない。
そう言われても彼は意地で握った。
剣を振るうことはできない。
そう言われても彼は根性で振るった。
強くなれなくてもいい。
そう言い続け、振るい続け、彼は誰よりも剣を振るい続けた。
その結果、彼は強くなった。
力がなくとも、速くなった。
誰よりも速く抜き、速く斬る――最速の居合い。
それが意地のみで剣を振り続けた――生きながらも死に掛けた、小さな餓鬼のお話。
もはやこの国では小さな子供にさえ語り継がれる、御伽噺のような英雄譚。
そう、御伽噺のような――ん?御伽噺?
「……いいこと、おもぉいつ―いた―」
「……なんだ、その不気味な笑みは……。なぜ此方へにじり寄ってくる、おい、聞いているのか、貴様。よせ、こっちへ来るな、笑うな、せめて話を――おぉいっ!」




