怪物同士の攻防
疲れ果てた上での更新、からの誤っての記事の削除。
ゴリゴリ下がるモチベーション、一度目とは大きく変わってしまった内容!
誤字脱字、破綻とかなければいいなぁ…
「その脇に差した剣が見掛け倒しじゃないってトコ、期待してるッスよ?」
女はそう言い放ち、前傾姿勢になる。
クラウチングスタートに似た姿勢で武器を構え、武器は女の身体に隠れて初撃の軌道が読めない。
「あはっ。何か考えことしてるッス?だめッスよぉ、戦闘中は考えるより――身体を動かさないと」
女はニッと笑い、低姿勢のまま駆けて来る。その這う様な体勢のまま、凄まじい勢いで瞬く間に数歩先へと迫り来る。
『無明』を抜き、防御の構えを取る。
―-どっちだ?右か、左か。
二本のナイフのどちらが先に、どの方向へ振り抜かれるかを予測する。
「――あはっ」
――死……!?
突如、女の恍惚とし狂気染みた笑顔が目前へと迫る。
目にも留まらぬ加速を行い、気がつけば女は鼻が触れ合うような俺の目の前へと迫っていた。
刹那、死を覚悟する。
「ぐ…っ」
死ぬと思った間際、痛みは前面ではなく背面――主に首にかかった。
目の前を死神の鎌の如き、白刃が掠めていく。
首へとかけられた負荷の勢いそのまま、後ろへと尻餅をつく。
どうやらギンに首根っこを掴まれ、引っ張られたようだ。お陰で助かったが、もう少し穏便に済まなかったのか。
「おとさまは私が守るから……!」
尻餅をついた俺と獣人の女の前に、ギンが立ち塞がる。
「あ―、やっぱり同族ッスねぇ。まぁアレぐらい躱してもらわないとウチが困るッスから。さぁ、楽しむッスよ?」
女は躱された不快感よりも、よくぞと賛辞を贈らんばかりだった。
「うるさい、犬…ッ!」
その調子がギンの神経を逆撫でしたのか、ギンは怒鳴りグルルと唸りを上げる。その声は紛れもなく人ではなく、狼のソレだった。
「黙らせたいならイイ方法があるッスよ?殺せばイイッス」
女は臆面もなく、口端を歪めながら平然と言ってのける。物騒な女だ。
「――あはっ」
女は一層笑みを強め、シュッと鋭い風切り音が聞こえ始め、パシンッと何かを弾くような音が後に響く。
どうやら女の縦横無尽に襲いくる両手のナイフを、ギンも両手を用いて徒手空拳で弾き、軌道を逸らしているようだ。
シュッ、パシンッ――シュッ、パシッ――シュッ、パッ――シュッパッ――シュパッ
乾いた音の応酬は徐々に素早くなり、やがては間隔をなくし、音が混同して聞こえるほど早くなる。
「うっはぁ、お嬢ちゃんその歳でウチに付いてくるとかマジッスかぁ。かぁ―、早くイカせるってのがウチのウリなんスけど、やってらんないッスわぁ」
速度を緩めることなく、それどころか音が素早さを増していく中、女は軽口混じりにヤッてらんないとボヤく。
その表情は嬉々としており、楽しげだ。
「…ッ。うッ…さいッ!イヌッ…!とっとと…死ねッ!」
対するギンの声は苦悶交じりで息も上がってきている。対等に見える攻防戦も、ギンの防戦一方で徐々に押されていっていることがよくわかる。
――まずいな。
「おーっと、おに―さん。乱入なんて野暮なマネしちゃダメッスよ?おに―さんはあとでじっくりとイイ思いをさせてあげるッスから」
「させない…ッ!おとさま、逃げてッ!」
ギンが後ろ目で此方を窺い、逃げるように促すがそれは致命的な隙となる。
「……逃がすと思う?」
「…痛ッ」
「ギンッ!?」
女の軽薄な口調とは裏腹にゾッと背筋が冷えるような低く重い声。
その直後、ギンが悲鳴のような声をあげ、右腕がダラリと力なく下がる。
「忘れないで欲しいッス。今はウチと遊んでるんスよ?余所見は禁物ッス」
女は手を止めてそう告げ、自らの左腕を振るう。手に持ったナイフから僅かに血が弾かれていった。
「さぁ、おに―さん。可愛い女の子は未だに眠り姫。娘さんは戦闘不能。勇敢なおに―さんはどうするッスか?」
獣人の女はおちゃらけた態度で問う。
均衡していたはずのギンの力を容易く削ぎ、今でも本気を出せば――いや、この女なら本気を出さずとも容易く俺たちを屠れるだろう。そうしない辺り、この女の言うとおり『遊び』なのだろう。
「ふざけるなッ!ギンはまだ戦える…ッ!」
その態度がギンはつくづく気に入らないらしく、またしても狼の唸り声を上げながら、怒鳴る。
「あはっ!勇敢なお嬢さんッスね。でも、利き手を潰されてどうするッスか?」
「グゥ…グルゥ……」
暗い路地裏に、低い唸り声が木霊する。
「今更唸られたって怖くもなんともないッスよ?」
女はしっかりとギンを見据え、怯むことなく挑発をする。
「お、おいっ!犬っころ!いつまでも遊んでんじゃねぇ!とっとと殺しちまえよっ!」
不気味な唸り声に対し、対立する女よりも先に忘れかけていた男のほうが音を上げる。
「なんスか、捕らえるんじゃなかったんスか―?」
「う、うるせぇっ!今更唸るような不気味な奴いらねぇよっ!とっとと殺してずらかるぞっ!」
「臆病な人ッスね―。でもイヤッス、折角楽しくなってきたところなんスから」
「お、オイッ!」
男がヒステリックな声をあげるが、女はそれを無視する。
「さぁて、お嬢さんは何を見せてくれるッスかね―?」
「ウゥ…」
ギンは未だに低く唸り続け、やがて変化をもたらす。しかしその変化は、彼女の手だった。
ギンの小さな手はビキビキとひび割れのような音を起こしながら肥大化し、白銀の毛並みが生え揃う。
こうしてギンは、おおよそ人間でありながら耳、尻尾、手が狼のものとなり、その風貌は一見、マスコットのような愛らしいものと化した。
だが、その風貌は愛らしさよりも不気味さを漂わせる。
「――あはっ!獣化ッスか!イイッスねぇ!同族かと思ったら半端モノの化物だったッスか!どうりで臭いが薄いわけッスよ!ウチもヤるのは初めてッス!楽しくなってきたッスよぉ!」
女は楽しげでその瞳がトロンと熱っぽく、色気を帯びる。どうもこの女は生粋の戦闘狂らしい。
「ギン……?」
「……」
「あはっ!今のは危なかったッス!」
ギンは俺の言葉に反応を示さず、素早く女の懐に潜り込み、腹部を目掛けて抉るような横薙ぎの一撃を放つ。しかし女はバックステップで回避し距離をとるものの、またしてもギンが素早く懐に潜り込んで横薙ぎの一撃。女は今度はそれを拳で弾き、軌道を逸らす。そして更に叩きつけるような上からの一撃、女は上体をのけぞらせ、回避する。
ギンの苛烈な攻撃は緩むことなく、肉を抉るような横薙ぎの一撃。全てを捻じ伏せるような上からの一撃。横から、上からの攻撃は苛烈さを増していくが、女はそれを拳でいなしながらも斬撃を放つ。それでも回避しきれず、互いに浅い傷を増やしていった。
「痛ッ…傷を負ったのは久々ッスよ―」
「……」
女は額に汗を滲ませながら、浅く裂けた頬の血を舌で拭う。
一方、ギンは浅い傷を増やしながら無言のまま、怯むことなく苛烈な拳打を放ち
続ける。
「ギン……?」
その様子がいつもの陽気な彼女とは違いすぎて、妙に不気味だった。
戦況は大きく変化し、一転。此方が優位になったはずなのに、女はまだ余裕を感じさせ、余力を残しているようだ。
――だが、それ以上に妙に不安になるのは――なんでだ……?
「ち、ちくしょうっ!てめぇら、う、動くんじゃねぇ!動くとこの女を殺すぞぉッ!」
戦況に変化をもたらせたのは、以外にも例の男だった。
男はいまだに昏倒する少女の上体を起こし、鋭いナイフを喉にあてがっている。だが、そのナイフを持つ手は声と同様に、小さくない震えを起こしていた。
「ちょっと―。折角盛り上がってきたトコロなんスから、邪魔しないで欲しいッスよ―。それにその娘、殺しちゃうとマズイんじゃないッス?」
女はギンとの攻防を繰り広げたまま、男を一瞥し、そしてまたすぐにギンとの戦いに没頭する。
「うるせぇっ!そもそも犬っころ!てめぇがとっととソイツらを殺さねぇからッ!」
「あ、ひょっとしてウチの腕を信用してないッス?大丈夫ッスよ、ちゃんと仕事はこなすんで―」
「じゃあとっとと殺せよぉっ!」
男はヒステリックな金切り声を上げるが、獣人の女は憮然とした態度でまともに取り合わない。上下関係、あるいは雇用関係にあるはずなのに、その関係はいかにも曖昧なものだ。
「はいはい。でも結構本気でこのお嬢ちゃん強くてヤバイんスよね―。久々にウチも本気で―、ってお嬢ちゃん、かなりもう混じっちゃってます?手を止めないとあの娘さん本当に死んじゃうッスよ?それはウチもマズイんですけど―」
男は血走った目で鼻息荒く、今すぐにでも凶行へと至りかけない危うさがある。
しかし、今、ギンを制止すれば、少女の命が助かってもギンの命が危うくなる。
見ず知らずの娘の命とギンの命――天秤にかけるまでもない。
俺は別に見ず知らずの人間のために、友人の命を捧げてやるような人間ではない。だから、ギンを制止する必要はない。
ないはずなんだが――
「ギン、止まれ」
その言葉だけで、激しい攻撃を放っていたギンの拳がピタリと止む。
「……」
此方を見やることもなく、無言でダラリと腕を下げて立ち尽くすギンはまるで機械のようだった。
「お?やっと止まってくれたッスか?」
ギンに呼応かのように女もピタリと行動を止める。
「へ、へへっ。やっと止まりやがったな、化物女が」
男は安堵したのか、下卑た笑みを浮かべるがナイフの切っ先は依然少女の喉元にあてがわれている。
――さて、どうしたものか……。
「さて、じゃあどうするんスか?このお嬢ちゃんを殺しておに―さんも殺すッスか?」
「うぇへへっ、なんでい、最初っからこうすりゃ良かったんじゃねぇか……へへっ。そうだなぁ、まずはそこのガキ、てめぇ良い剣持ってんじゃねぇか、そいつを俺によこしな」
男は俺が持っていた抜き身の『無明』に興味を持ち、渡すように促す。
「早くしやがれっ!この女とガキの命がどうなってもいいのかぁっ!」
「随分いい剣みたいッスけど――早く渡した方がイイかもしれないッスよ?」
なぜか女からも催促されるが、なんというかこの状況下で一番切迫しているのは男のようだ。
そもそも欲しいものがあるというのならば、俺やギンを殺して奪えばいいというのに、未だに脅迫を行なってくるあたり、人を殺す力がなければ覚悟すらないのかもしれない。
語尾にスを付け、三下っぽい口調の女よりも遥かにこの男の方が三下のようだ。
――なんて考えるぐらいには余裕があるんだな…。しかし、人を殺す覚悟、か…。
果たして、俺にもあるのだろうか?
気分次第で命が損なわれかねないこの状況下。
ギンと娘を救うために、こいつらを殺す覚悟が――。




