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‎夜哭街

「そういえばギンは今まで森に住んでたのか?」


 苦し紛れで咄嗟に思いついた疑問を口にする。


「うん、そうだよ―」


 なるほど、どうりで浮世離れした雰囲気があるわけだ。


「一人でか?」


「ううん、ずっと姉様(あねさま)と一緒だった―」


「姉様?」


「うん。ギンの姉様―」


 そういえば酒場で女将さんとギンが顔馴染みだという話をしていた。詳しく聞けば、ギンの姉と女将さんが古くからの知己であり、女将さんが度々森へと顔を覗かせていてギンとも知り合ったらしい。


「最近は魔物が活発だったからジュディ姉様もあまり来なかったんだ―」


「そうなのか?」


 確かに、冒険者でもない一般人が魔物がうようよいるような場所に行くのは――


「なんでも一度でも魔物と相対しちゃうと血が騒いで魔物を狩り尽くしちゃそうだから来ないんだ、って姉様が笑いながら言ってた―」


 撤回。そういえば女将さんは元・冒険者だった。しかし、ゴブリン、巨大蜂(ビッグビ―)だけでも相当な数だったのに、あの森の魔物を狩り尽くすなどできるのだろうか、と思うものの女将さんならできそうな気がしてしまうあたりが恐ろしい。


「は、はは…。で、そのギンの姉様ってのも獣人なのか?」


「ううん、獣人じゃないよ―。それにギンも厳密には獣人じゃないんだよ―」


「へ?」


 ――そういえばロ―シはギンを見て『なまなり』だとか『せんぞがえり』だのぶつくさ言ってたな。


「ギンはね、巫女さんなのっ!」


「――巫女?」


 ギンは銀色の耳をピンと伸ばし、腰に手を当て小さな胸を誇らしげにグッと張っている。


「うん、そ―だよ―」


 軽い。実に軽い。


「巫女っていうと、神様に仕えてたりする?」


「そ―なの―」


 目の前の明るく軽い調子の少女が、神社などで見かける厳かな雰囲気の巫女とはとても思えない。

 ――現在の格好がメイド服なのも原因かもしれないが。


「ギンは巫女様なのです、えっへん」


 ギンはご機嫌な様子で、尻尾を左右にふりふりと揺らしている。どうやら誇張や嘘でもないようだが。


 ――獣人だと思ったら実は巫女で、巫女がメイドで……もうわけわからん、カオス。


 属性を盛るのも大概にしておけと萌えを司る神様に小言を言いたくなる。盛るのはラ―メンだけでいいです、久々に食べたくなってきた。


「えっと、待ってくれ。獣人じゃなくて人間で、巫女?」


「そ―だよ―。ギンはね、巫女さんで狼の神様に仕えてるのですっ」


「じゃあその耳と尻尾は?飾り――じゃないよなぁ」


 飾りではないことは確かにこの目で見ている。

 なんせ全裸姿を見せつけられたし、耳と尻尾は確かに彼女に直に生えていた。


 ――いやまぁ、その代わり別のもんが生えてな……いかんいかん。


「ギンはね、その神様としんわせい?とかっていうのが高いからって!神様が出したがるし、それに――」


 しんわせい――親和性か。用はそのほうが馴染(なじ)むということらしい。


「この方が可愛いでしょ?」


 ギンは頭の上に広げた両手をおき、ウサギの長い耳を表すように、前後にピコピコと扇ぐように揺らしている。


 ――なんてこった!


「確かにッ!ということは、ギンの耳と尻尾は計算された……あざと可愛さだった

 ということかッ!」


「そのと―りッ!」


 ギンはビシィッと擬音がはまりそうに、人差し指を勢いよく俺に向ける。


「とまぁ冗談はさておいて。神様に仕えてるから耳と尻尾が生えるのか?」


「冗談じゃないんだけどなぁ、ううん。ギンはね、狼の神様を身体に宿してて、その神様が耳と尻尾を出したがってるの」


「へぇ。出したがってる、ってことはしまえるのか?」


「うん、しまえるよ―、んっ」


 ギンは力むように声を出すと、すぐにギンの狼の耳と尻尾が何処かへと消えうせ、そこにはメイド服姿の銀髪の美少女が残る。


「えへ―、どう、どう?」


 またしてもギンは誇らしげに胸を張るが、耳と尻尾がない状態とはがらりと印象が変わる。

 耳と尻尾があったときは活発な印象を受けたが今や、怜悧な切れ長の瞳からは高い知性が窺え、美しい銀髪と相まり、深窓の令嬢といったところだ。


「どうっつってもなぁ、耳と尻尾があった時は明るくて可愛らしいって感じだったけど、今でも十分に可愛い、というか綺麗だぞ?」


 身体は十代前半と未成熟なものだが、美しい銀髪と怜悧な瞳を備えた今のまま成長すれば、静的な美人になることは間違いない。


「……えへへっ」


 今のままでも可愛いぞ、と伝えてやるとギンは頬を紅く染め、照れたように笑っている。

 何気なく搔き上げた髪からは人間の――正真正銘のギンの耳――が垣間見え、紅く染まっていた。よっぽど恥ずかしいらしい。


「ありがとう、おとさま」


 落ち着いた様子でそう告げると、またしても「んっ」と唸り、すぐに狼の耳と尻尾が飛び出していつものギンへと戻る。


「なんだ、戻すのか?素のままでも可愛いのに」


「えへへっ、恥ずかしいからこのまま―」


 耳と尻尾を出していたほうが楽と言っていたので、仕方がないとはいえ、少し残念な気もする。

 先程の照れた様子といい、ギンの素のようなものが垣間見えた気がして、惜しい気分になった。


「で、結局のところ、ギンは人間で狼の神様を宿してるんだよな?」


「うん―。姉様は『狼憑(おおかみつ)き』って呼んでた―」


 ――(おおかみ)(おお)いなる(かみ)、なんつってな。


「その辺はやっぱ獣人とは違うもんなんだよな?」


「うん―。獣人さん達は獣さん達の血を継いでるんだけど、私と姉様はその獣さん達そのもの、始祖様の力を宿してるの――」


「なるほど。獣人は血を受け継いで、ギンは獣そのものを宿す、と」


「そういうこと―」


 獣人達は元々ハイスペックだが、ギンの場合は獣の力を借りる、器は人間そのものということか。しかし、森で狼の姿であったように、力の譲渡は相当融通が利くらしく、狼そのものに変化もできる、と。


「なるほど、おもしろい話だなぁ」


 ギンの素性にあれこれ聞いているうちに、真っ暗闇を抜け、曲がり角からは明かりが漏れている。


「……眉唾もんだと思ったんだが、どうやら本当にあるっぽいな?」


「ん―?」


 首を傾げるギンを連れ、角を曲がる。

 そこには驚愕の風景が広がっていた。


 赤、黄、オレンジと様々な光を放つ眩いネオン街。

 和と洋が入り混じったように様々な建築物が立ち並び、日本風の屋敷や洋館なども見え、窓からは下品な色の灯りが漏れている。


「……すっげぇな」


 そして、先程までの人気のなさが嘘のような人、人、人。

 狭い道には人が広がり歩き、中にはいかにも娼婦といった様相のスケスケのシ―スル―を纏った女性や客引きの男性か、ス―ツ姿の男性が行きかう人々に声をかけ、呼び止めている。


「うぅ、人いっぱい、くさいぃ……」


 ギンは早速街の雰囲気に呑まれたのか、人々に圧倒されながら鼻を摘んでいる。


「確かに臭いな……。香水に男の匂い、それに……」


 匂いの元の殆どはこの場に見える人間たちの匂いだ。

 だけど、そこには確かに異臭が混じっている。

 嗅ぎ分けようと思わなければわからない、だけど確かな異臭――血の匂い。


「ここに、いるのか……?」


 直感が告げる、確かにここに奴はいる、と。


 眩いネオンの灯りに覆い隠された、影。

 一見華やかな風俗街だが、此処には確実に闇がある。

 人々が見向きもしない――あるいは知った上で存在を無視する、闇の影が。


「――なんともまぁ、胡散臭い場所だな……」


 客に媚びるように笑顔で声をかける娼婦たち。

 声をかけられた男達は、肝心な場所を隠そうともしない服を纏った女達に鼻を伸ばし、視線を釘付けにする。

 そしてやがては女に腕を組まれ、建物の奥へと姿を消す。もう間もなくもすれば、建物からは男の歓喜の声が、女の嬌声が聞こえ始めるのだろう。


 そう。


 ここが――


夜哭街(やこくがい)……」

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